~卑劣! ご褒美は計画的に~

 商談が成立した。

 いや、俺は商人じゃないので、商談が成立したもなにもあったもんじゃない上に、そもそも褒美をもらいに来ただけのはずだったのだが、どうしてこうなった?


「逆にこの技術を応用すれば胸が大きく見せられるやもしれぬな」

「それは素晴らしいアイデアですわ、女王陛下」

「お~、おぬしもそう思うかプルクラよ。そなたも巨に憧れる者であったか」

「女として生まれたからには一度は味わってみたいものです。こう、たゆんたゆんに」


 何かウチの吸血鬼と女王陛下が気持ち悪い話題で盛り上がってる。

 ちょっと意味が分かりませんね、俺には。

 なんなの巨って?

 虚のほうがいいに決まってんだろ!


「ハイッ」


 そんな中でプリンチピッサが手をあげた。

 何かとんでもない発言をするんじゃないかと後ろでマルカさんがオロオロしている。


「なんじゃプリンチピッサ」

「若輩者ながら具申します、女王さま。殿方は胸に幻想を抱きがちです。いえ、抱いております。もしも大きく見せるブラがあったとして、それを装着した人がいざ本番とベッドの上で殿方に脱がせてもらった時、おっぱいが小さくなってしまってはガッカリするのではないでしょうか」

「「確かに!」」


 吸血鬼と女王の声がそろった。

 仲いいですね。

 どうでもいい会話なので、あんまり聞いてなかったです。いま何の話題なんですか? ちょっと分かりません。


「師匠、目が死んでます」

「サティスはカワイイな~」

「ふへ」


 喜ぶ愛すべき弟子の顔を見て癒されておこう。

 今すぐナデナデしたい。

 もちろん頭をだ。

 イエス・ロリ、ノータッチの原則は遵守する。


「ここは大きく見せるよりデザインで魅せるのが良いと思います。今の女王さまみたいに」


 お姫様は力強く申し出た。


「これか」


 女王陛下は自分の着ている下着を示す。

 黒い下着で、むしろ見られることを前程としているようなもの。どちらかというと下着というよりも水着のような雰囲気に近い。

 なんというかエロくないんだよね、不思議と。


「いいえ、そちらではありません」


 プリンチピッサは鎧兜をかぶった頭を横へと振った。

 そっちではない?

 つまり……どれ?


「こっちか!」

「そっちです!」


 女王さまが示したのは――肌が透けてみえている服のほう。


「そのスケスケの素材でブラを作れば殿方の視線を釘付けできること間違いなしです!」


 このドスケベ姫がぁ!

 と、叫びそうになったのを我慢できた俺を誰か褒めて欲しい。

 他国の女王に何を進言してんの、お姫様!?

 具申じゃないよ、具申じゃ!

 愚申じゃねーか愚申。

 ホントなにいってんの、このドスケベ姫!?


「おぬし面白いのぅ。気に入った。作ってやるから付けろよ」

「……え? 私?」

「おぬしだ、おぬし。言い出しっぺの法則、なんという田舎言葉をわらわは聞いたことあるぞ」

「ぜひ!」


 遠慮しろ!

 ゲラゲラと女王陛下が笑ったところで美青年が部屋へと戻ってきた。

 なにやら女王さまがご機嫌に笑っているので少しばかり躊躇したが、それでも意を決して女王さまに耳打ちしている。


「ふむふむ。理解した」


 七星護剣についての『情報』か、それともまた別の話か。

 女王さまが俺を見る。


「エラント、分かったぞ」


 歓談は終わりだ、とばかりに女王陛下は表情を入れ替える。

 にこやかな表情は消え去り、いつものように上から目線の『女王』らしいものになった。


「七星護剣とやらは残念ながらわらわの宝物庫にも国の宝物庫にも無かった。加えて、過去に所蔵していたという痕跡も無い」


 ――予想通りの答えに、俺は少しだけ自分が期待していたらしいことを理解した。

 もしかしたら、という思惑。

 残念ながら世界はそう上手くできていないようだ。


「次に、残念ながら我が国では七星護剣という存在そのものを認識していない。つまり、完全に情報が無いということが分かった」

「そうですか」


 まぁ、そうだよな。

 そもそも持っていない宝物の情報など、かなり有名なアーティファクトでない限り、集めたりしないだろうし、無理もないか。


「エラント。おぬし、いま気を落としたか」

「まさか」


 俺は首を横に振る。

 ポーカーフェイスと嘘は盗賊の基本スキルだ。

 いつだってフラットな状態でいれるのが盗賊という存在でもある。たとえ今、俺のすぐ隣でサティスが全裸になったとしても、俺は平静を装える自信はあった。

 装えるだけだけどな!


「ふぅむ。よし分かった。おぬしがそこまで望むのであれば、わらわの総力をあげて七星護剣とやらの情報を探してやろう」

「いえ、そこまでして頂かなくても――」


 俺の言葉をさえぎるように、女王陛下は指を三本立てた。


「三日だ。三日、わらわに時間をくれ」

「……」


 イヤな予感がした。


「三日後、おぬしにしっかりと七星護剣の情報を渡そう。しかし、そうじゃなぁ。三日というのは、のんびりするには少々長いし、遊ぶにしては少々短い。困ったのぅ、困った困った」


 まったく困ってないのですが?

 というか、女王さまもまったく困った表情をしていないんですが?


「おぉ、そうだ。そういえば、ちょうど良い用事があったのぅ」

「……」


 イヤな予感じゃなくて、イヤなこと確定。

 やられた。

 俺の挑発やら何やら、その全てはどうやら徒労だったらしい。

 全ては初めから決められていた、ということだ。


「ちょっと仕事を頼まれてくれ、エラント。いや、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』」


 ニヤリと笑う女王陛下。

 それに対して俺は――


「はい」


 というしかなかった。

 断ったら情報くれないんでしょ? 知ってる知ってる。しかも、すでにそれらしき情報のしっぽは掴んでいると見た。

 そうでなければ三日という超短期間で見つかる存在ではない。

 むしろ、この仕事を片付けさせるための時間だろう。

 ハメられた。

 これだから、砂漠国の女王は嫌いだ。


「分かりました、分かりましたよ。仕事をやればいいんでしょ。なんですか、仕事って」

「くふふ。ようやく態度を崩したか盗賊。おまえは素のほうが人間らしくてわらわは好きじゃ。不敬などと言わん。自由にしろ。これは命令じゃ」

「断ります」

「カカカカカカ」


 上機嫌に笑う女王さまに対して、俺は頭をガシガシと掻く。

 やっぱり貴族とか王族とか関係なく、年上の女性はイヤだ。年下だったら許せる態度も、年上というだけで許せなくなる。

 はぁ~。


「して、おぬしらに頼みたい仕事じゃが。ただの魔物退治じゃ」

「群れでも現れましたか?」

「いや、ちょっと強いのが一匹おるのじゃよ。砂漠の特に用事もないようなところにいるので、今のところ放置されておる。時折、運悪く通りがかった者が襲われる程度で被害らしい被害は出ていない」


 は?

 なんですって?


「いやいや、待ってください」

「なんじゃ? 不満か?」

「通りがかった者が襲われる、という情報が届いてるわけですよね?」

「そうじゃ」

「それは助かった者がいるから報告できるのであって、助からなかった者は報告できていませんよね?」


 死人に口なし、という義の倭の言葉がある。

 なにせ、死んだ人間は襲われた話すらできないのだから。


「なるほど。やはりおぬしは賢いな」

「被害は想定よりも大きい可能性があります。どうして対処していないのですか、女王陛下」

「だから今こうして依頼しておるではないか」

「そうですけど、しかし――」

「分かっておる。わらわは愚かじゃが、バカではない。中途半端に派遣する危険があるのじゃ。なにより砂漠じゃぞ? 大規模で行軍できると思っておるのか?」

「ん?」


 いま、なんて言いました?


「今の世で騎士団なんて堂々と動かせる機会があるとすれば、それは巨大レクタの件くらいじゃろうて。わらわにもそんな名声を得るチャンスが来たかと思えば、こちらは平原ではなく砂漠。ホイホイと騎士団を砂漠に向かわせるだけでもどれほどの物資が必要か。しかも水の確保には魔法使いが必要じゃろ? それに加えて任命責任やら神殿との交渉やらで面倒なことこの上ない。というわけでエラント。倒してこい」

「お断りしま――」

「許さん。断ればそこの怪しい鎧姫の正体を衆目の元にさらす」

「私!?」

「そうじゃ。どう見ても怪しいじゃろ。もっと賢い隠し方をしてこい、姫とやら」

「き、気を付けます」

「ふむ。では合意を得たということで頼んだ。詳しいことは後で誰か説明にやってくるじゃろ。では、わらわは寝る。いやいや、楽しかったぞエラント。三日後、会えることを楽しみにしておるわ。カカカカカカカ」


 女王さまは立ち上がるとそのままペタペタと歩いて行き外に出ていこうとした。

 待て待て待て待て!


「ちょっと!? ちょっと女王陛下! 陛下! おい! とま、おい! このスケスケ女!」

「あん? 仕事を増やすぞ、盗賊」

「すいませんでしたぁ!」

「良い。わらわは寛容じゃ。許す」


 王族に勝てるわけもなく、俺は一撃で敗北した。

 俺が頭を下げている間に女王陛下は退室してしまう。

 残された俺は、大きくため息を吐くしか抗議をする術は残されていなかった。


「ご、ごめんなさい師匠さま。私のせいで……」

「いや、姫様がいてもいなくても結果は同じです。どうせやらされていた」


 きっと俺が七星護剣の情報を求めなくても、結論は先に出してあったのだ。きっとポーション一本だけを要求しても三日という時間で魔物退治をやらされたに決まっている。

 俺が訪れた時点で決定した。

 厄介な魔物がいるから、こいつらに『無料』で倒させよう。

 褒美で呼び出されたんじゃない。

 褒美で『釣られた』んだ、俺たちは。


「はぁ~」


 俺はがっくりと肩を落とす。


「まぁまぁ師匠さん。さっさと魔物を倒してしまえばいいだけですわ」

「うんうん。師匠なら一撃ですよ、一撃」

「そうですよね、師匠さまはお強いですもの」


 美少女たちが俺を慰めてくれる。

 ……嬉しい。

 もうちょっとだけ落ち込んだフリをしたかったけど、俺は大人なので。立派な大人なので。その言葉に救われておくことにした。


「ありがとう、三人とも」


 ちょっぴり落ち込んだまま。

 俺は美少女三人組の頭を撫でるのだった。

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