~卑劣! 突撃無敵の影鎧~

 大規模転移――とでも言おうか。

 恐らく、人間種がまだ人同士で戦争していた時代。神話時代の次、いわゆる魔王が現れる前の『前時代』とも呼ばれていた時代では、こうやって大量の兵士が戦場に送られたそうだ。

 魔王サマのおかげで、人間の敵はモンスターとなった今。

 人同士で戦争することがなくなったので、大規模転移はついぞ実行されることは無かったが――


「成功したな」


 なんの因果があるのか分からないが、俺がその沈黙を破って実行してしまったという事実に息を吐く。

 人類の最先端を行くアイテムで、人類がやらなくなった行為をした。

 なんとも学園長が喜びそうなエピソードだ。


「お、おぉ~」


 ふわり、とちょっとした浮遊感と暗転する視界。まばたきひとつで何もかも環境が変わってしまう転移という行動を経験した者は少なく、少しばかり動揺が広がっている。

 しかも踏み固められた硬い大地から、いきなり砂だらけの砂漠の転移したのだ。

 慣れているパルでさえも足元の砂の感触に驚いていた。

 同行した盗賊たちの中でバランスを崩す者はいない。さすがだ。彼らは一斉に周囲の観察を始め、安全を確認した後にそろって息を吐いている。

 俺も素早く周囲を見渡したが、モンスターの姿は見当たらず、また砂漠国の住民の姿もない。

 無用な騒ぎは起こさずに済んだが……それも確実に言えたわけではない。

 砂の起伏が激しい砂漠だ。偶然にも砂底で待機していた冒険者がいたとしても不思議ではないので、見られた、という前程で行動するほうがいいだろう。


「大丈夫ですか、プリンチピッサ」

「この程度、問題ありません。と、言いたいところですが……」


 尻もちをついてしまった姫様に手を差し伸べる。

 さすがに慣れない全身鎧と転移に転ぶなというほうが無理だ。

 よいしょ、と姫様を引き起こすと足元の砂地を確かめるように足踏みをした。


「砂漠というのはこんなにも不安定なのですね。まるでふかふかのベッドの上にある布団を硬くしたような感じです。跳ねるような跳ねないような」


 なんとも独特な感覚で歩き方を確かめるお姫様。

 転ばないように、とパルと手をつないでいる。微笑ましい。いつまでも眺めていたい。好き。


「そっちは大丈夫か、プルクラ――プルクラ?」


 どこへ行ったのかと思えば、珍しくプルクラが転んでいた。

 というよりも、倒れていると表現したほうがいいだろうか。

 うつ伏せで指先がぴくぴくと震えている。


「おい、しっかりしろ」


 慌てて抱き起こすと、プルクラの顔は青白い。

 しまった。

 もしかしてマグの効果を砂漠の太陽が上回ったということか!?


「し、師匠さん。日光が、日光が痛い……!」

「ダメだったか。早く影に入ろう」

「はい。できればこのまま抱きしめていて、この太陽よりも熱いキッスを」

「……よし分かった」


 俺はプルクラをお姫様抱っこしながら立ち上がり――手を離した。


「ぎゃふん」


 いにしえの悲鳴をあげてプルクラは砂の上へと落ちる。


「なにをしますの、師匠さん!」

「こっちのセリフだ。こういう時に冗談はやめろ」


 砂を払いながら立ち上がるプルクラを見て、俺はため息を吐く。


「日光が痛いのは俺もだ。おまえの武器はなんだ、プルクラ」

「わたしの武器ですか? それはもうラークスくんが心を込めて作ってくださったアンブレランス(極太)です。それがどうかしまして?」

「あぁ~……そういう文化がなけりゃ気付かないか」


 ガシガシと頭をかきつつ、俺は開いてみろとプルクラに告げた。


「日傘だ。そっちには無い文化だよな、そりゃ」


 ガシャリ、と傘を開くには大げさなほどの音を立ててアンブレランスが開く。それを肩に添えるようにして、超重量の日傘となった。


「なるほど。傘の使用用途は雨除けだけではないのですね。むしろわたし向けのアイテムと言えます。ますますラークスくんのことを好きになってしまいそうですわ」

「……おう」


 なんかこう、もにゅもにゅする。


「なにを不安がっていますの、師匠さん。あなたの地位は揺るぎません。いつだって一番は師匠さんですわ」

「すまん。どうにもワガママになってしまっているようだ」


 ルビーはパルの存在を許しているというのに、俺がラークス少年の存在を許せない。というのは、すこし虫の良すぎる話だもんな。

 でもこう、なんか、もにゅもにゅする!

 胸の奥がもにゅもにゅする!


「ねぇねぇ、プルクラ。なんで師匠は手をわきわきしてるの?」

「指の運動でしょうか? 盗賊に必要な準備運動なのかと思いましたが」

「うふふ。師匠さんは自己の葛藤と戦っているのです。さぁ、わたし達は日陰を確保しましょう」


 と、とりあえずこの件は後回しにして飲み込んでおこう。

 美少女たちに先頭を任せるわけにはいかないので、俺はマトリチブス・ホックの皆さんに伝える。


「これから遺跡に入ります。罠などはありませんので、自由に行動してください。俺たちはそのバックアップをしますので」

「分かった。整列!」


 砂地での行動に多少のもたつきはあったものの、近衛騎士団は素早く隊列をつくって、それぞれが動き出す。

 現在地は、言ってしまえば遺跡の入口の真上。砂の山を下ったところに遺跡の入口がある。

 砂漠と言っても、なにも砂だけがあるわけではない。

 岩場もあるし、砂の下に巨大な岩石が埋まっていることもある。

 そんな一枚岩を丁寧にくり抜いたような遺跡が、この『クルハンの墓』だ。神話時代に活躍した戦士として名前が残っており、戦士クルハンの遺体を埋葬したのがこの場所と伝わっている。

 ただし、埋葬されたはずの遺体は見つかっておらず、カモフラージュだったのではないか、とも言われている。

 実際、クルハンに関する別の遺跡も見つかっており、いくつかあるカモフラージュのひとつである可能性が高い、というのが現代での考え方らしい。

 王ではなく戦士の墓がいくつもあるというのが奇妙な話なのだが、女王が支配する前の時代では、この『戦士』こそが王だったのではないか。

 そうも考えられるので、今もなお研究が進んでいる。

 らしい。

 勇者パーティとしてこの砂漠国に訪れた際に調べただけのにわか知識。詳しく知るには、そえこそ砂漠を越えた先にある学園都市に行って、話の長いハイ・エルフに聞いてみるのが一番だろう。

 もしかしたらクルハン本人と知り合いの可能性もあるし。

 なんて考えつつ砂山を崩すような勢いで下りていく。全員で降りると、かなりの量の砂が流れるようでちょっと怖いな。

 そして――


「ギャ、ギャギャ」


 予想通りというか、想定通りというか。

 遺跡の中にはモンスターがいるらしく、俺たちの接近で騒がしくなった。声の感じからしてゴブリンだろうか。


「……」


 どうにも魔王領で良くしてもらったゴブリン店主を思い出してしまう。

 ちょっとした弊害だなぁ、なんて思っていると盗賊のひとりが投げナイフを投擲して騒ぎだすゴブリンを倒してしまった。

 う~む。

 まぁ、仕方がないか。


「ゴブリンがいる、ということはそこまで凶悪な魔物はいません。遠慮なく攻めてください」


 砂地で戦うのは不利なので、足場を確保したほうが良い。

 マトリチブス・ホックの皆さんにそう告げて、俺たちは足早に遺跡の中へと侵入した。


「ゴブリンがいるとどうして凶悪な魔物がいないと分かるのですか?」


 前方で戦闘が発生する中、それをおっかなびっくりと後ろから覗き込みつつ姫様が聞いてきた。


「ゴブリンは兵隊の役目を担うことが多いです。つまり、誰かに使われている、という状態です。ということは集団行動をする魔物に使役されていると想定されます」

「つまり、知性がある者がリーダーである、と」


 そのとおりです、と俺は苦笑した。

 話が早くて助かる。


「凶悪な魔物っていうものは単独行動しているものです。もちろん例外はありますけどね」

「なるほど、分かりました……とととと、わわわわ!?」


 遺跡の天井スレスレを放物線を描いて矢が飛んできた。ゴブリン・アーチャーか。後ろを狙ってくるとは、なかなか厄介だな。

 お姫様は驚いて後ろへと下がると、マトリチブス・ホックの騎士たちがその前を防ぐかのように盾を並べて、防御を固めた。


「プルクラ、プリンチピッサの守りを」

「了解ですわ」


 そう答えて、プルクラはアンブレランスを差したままお姫様の隣に並ぶ。まるで雨を避けるように、矢の雨だって弾き替える防御が完成した。

 便利ですねそれ。

 うぐぐ。

 ラークスくんへの嫉妬ポイントがあがっていく。

 俺はなんて心の狭い男なんだ。

 ちょっと落ち込む……


「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 遺跡の中にゴブリンの叫ぶような声が響いた。どうにも前方は膠着状態らしい。それと共に金属を弾くような音が永遠と聞こえる。


「むぅ……?」


 遺跡という限られた空間で多数対多数という戦闘など経験が無いので、どうなっているのか分からん。なんだこの音? ゴブリンが盾を持って侵入を拒んでいるのだろうか?


「パル、ちょっと見てきて」

「は~い」


 ときどき降ってくる矢を避けつつパルを待っていると、すぐに戻ってきた。


「師匠、大変です」

「なんだ、なにがあった?」

「ゴブリンアーチャーが大量にいて、永遠に矢を撃ってきてる状態でした」


 なんだそりゃ!?


「盾を持って突っ込めないのか?」

「ボガートが大上段に斧を振り上げていて待ってます」

「陰湿ぅ」


 戦闘狂モンスターであるボガートにその選択をさせられると、ちょっと躊躇してしまうのは分かる。

 遠距離攻撃しように、矢を連打されると盾の隙間を開けるのも怖いしな。

 さてどうしたものか。

 矢が尽きるのを待つのが一番かなぁ。


「わたしにイイ考えがあります」

「ほう。どうするんだ、プルクラ」

「こうしますわ」


 プルクラはアンブレランスを差したままお姫様の後ろへまわると、両肩に手を置いた。


「へ?」

「ちょっとボガードを倒してまいりますわ~」

「へ、ちょ、ま、まままま、まあああああああ!?」


 止める間もなくプルクラとお姫様は先頭へ向かって走って行ってしまった。


「え? 姫様!? ひめさまあああああ!?」


 なんていう悲鳴がところどころあがる中、マジで実行してやがるプルクラに戦々恐々としつつ、慌てて後を追いかけると――


「ひやああああ! わわわぁ、うわぁ!? こわいこわいこわい、ゴブリンこわい!」


 無数の矢が飛び交う中をオートガードで防ぎ続けるプリンチピッサ姫。ゴブリン・アーチャーごときの矢では、漆黒の影鎧にダメージを与えることができない。

 なにあれ、無敵?

 凄いな……


「いやああああああああ!」


 近衛騎士団が慌てて盾をかまえつつ追いかけるが、姫様とプルクラはそれまでにボガートの前まで到達。


「ぎゃぎゃがががあああああ!」


 と、渾身の一撃で斧を振り下ろしてくるボガートのその一撃をプルクラがアンブレランスで受け止める。


「プリン姫、いまです!」

「なにが!?」


 なんて叫んでいる間にマトリチブス・ホックが雪崩れ込むようにしてゴブリンアーチャーを蹴散らし、そのどさくさでボガートも倒された。


「なにをやってるんだルゥブルム殿!」

「いやですわ、マルカ。いまのわたしはプルクラです。そうお呼びください」

「名前なんてどうでもいい!」

「あら。師匠さんが名付けてくれたステキな名前をどうでもいいとは失礼な」

「そういう問題じゃなーい!」


 一段落したところでマルカさんがルビーを説教してる。

 しかし、ルビーに反省する様子はなかった。

 まぁ、この程度なら問題ない、という鎧製作者の確信があったんだろうけど……ちょっとは怒られてて欲しい。


「ルビー」

「はい、なんでしょうか師匠さん」

「アンドロさんに報告する」

「そ、それだけは勘弁してくださいまし!」


 困った時のアンドロさん頼り。

 反省してください、ルビー。


「こわかった、怖かったです、パルちゃん」

「おぉ~、よしよし。もう大丈夫だよベルちゃん。でも戦闘に参加できて良かったね」

「小説を読むのと体験するのとでは天と地ほどの差があるようです。そういう意味では、戦う主人公たちは身が縮む思いをして戦っているのですね。作者さんはそこまで考えて執筆なさっていると考えると、読み方も変わってきそうです」

「作者の人、そこまで考えてないと思うよ?」


 絵本作家とか英雄譚を執筆した人とか小説書きって、インドアだもんな。

 ぜったい戦ったことがない人が書いてるよ。

 うん。


「次! 次の戦闘はありますでしょうか? 次は剣をかまえながら進みたいと思います!」

「適正あるじゃねーか、この姫様」


 怪我しないうちに止めたいと思います。

 マルカさーん!

 ちょっと姫様の隣にいてください!

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