~卑劣! 攻略済みの遺跡ボスなど楽勝~
狭い場所でゴブリンアーチャーの群れ、なんていう稀有な状況を突破した俺たちは、そのまま遺跡を進んだ。
罠などとっくに解除されて、特に何の心配もする必要が無い遺跡。なので、ガンガンと進んで行き、時折襲ってくるゴブリンやコボルトを撃退する。
「今までと違ってなんか楽勝……」
「踏破済みだからな。隠し通路すら発見され尽くされていて、謎はひとつも残っていない」
物足りなさそうなサティスに苦笑しつつそう答えた。
「パルちゃ――サティスちゃんはどんな遺跡を攻略したんですか?」
すっかり後方待機を命じられたお姫様が質問してきた。
前方では騎士団の人々が戦っているというのに、なんともピクニック気分。まぁ、さっき最前線に強制的に送られたので無理もないけど。
「えっとね、凄い罠があったよ。なんとお腹がすいちゃうの」
「お腹がすくのは当たり前では?」
「いきなりお腹がすいちゃうんだよ。あ、でも違うか。え~っと、すいてないのにすいてるって思わされちゃって、ごはんを食べたてしょうがなくなっちゃう感じ。で、近くにあるテーブルに置いてある毒ごはんを食べちゃうって罠」
「それはダイエットの敵ですね。舞踏会前にそんな罠に引っかかってしまうと大変です」
そんな雑談をしながらのんびり歩くサティスとプリンチピッサ。
マルカさんは、もうちょっと緊張感を持って欲しい、みたいな表情で姫様の後ろを歩いている。
ちなみにプルクラは最前線に送られてしまった。無理もない。本来ならばその場でぶっ殺されてもおかしくないことをした。
寛大な罰である。
ちなみにアンブレランス(極太)の使い勝手を試している様子で、ときどき豪快にゴブリンが吹っ飛ぶ様子が後方からでも分かった。
「ふぅ。いい汗をかいた雰囲気です」
雰囲気だけかよ。
あと勝手に後方へ戻ってくるな。
戦場放棄で重罪だぞ、それも。
「師匠さん。いいですわ、このアンブレランス。太くて硬くて理想の大きさと形です」
「……おう」
「あら、なにか不満がありまして?」
「なんでもない」
「心配いりませんわ。これとそれとは別物ですので。あ、武器というジャンルではいっしょですわね。おほほほほほほ」
下ネタでご機嫌になる吸血鬼ってなんだよ、とは思った。
「あ、いま楽しい話をしていませんでした?」
そこに首を突っ込んでくるホンモノのお姫様もなんだよ、とは思った。
「おっと、全員止まってくれ」
遺跡の中ごろ、少しばかり広い空間に到着したところで俺は声をあげた。お椀をひっくり返したような半球状の広間になっており、そこそこ綺麗な場所だ。
「ここで飲み水が確保できる。なので拠点をここに作ろうと思う」
「分かった」
マルカさんはうなづき、それぞれに命令した。
本当は俺が命令して経験を増やしたりするべきなんだろうけど……やっぱりこういうのは適材適所だなぁ、とは思う。
実際に彼女たちを連れて魔王領に行った場合でも、それは変わらないか。
むしろ俺にできるのは周囲の警戒くらいなもので、状況によっては戦闘でさえも役に立てないかもしれない。
「この広間の左右に二か所ずつ水が湧き出てる場所があります。綺麗だとは思いますが、一応沸騰してから飲むようにしたほうが安全ですので」
「分かりました。この奥はどうなってるのですか?」
「もう少しだけ奥へ続きます。分かれ道もありませんし、このまま魔物を全て討伐できると思いますよ」
「なるほど。とりあえず奥へ続く通路を警備させておきます」
「お願いします」
マルカさんとそんなやり取りをしている間にも、おっかなびっくり付いてきたメイドさん達が活き活きと拠点製作に取り掛かっていた。
う~む。
ちょっとした工作兵だな、みたいな感想を持ったんだが……さすがにテーブルも椅子もないので、地面に布を敷いたりする程度。
砂漠の遺跡ということもあって砂がそれなりに入り込んでいるのを、どこに持っていたのかホウキで掃除しはじめるメイドさんもいた。
お姫様に仕えるのって大変なんだな、とは思う。
でも楽しそうなので、趣味が多分に混じってそう、とも思った。
「サティス、案内するんで付いてこい」
「はーい」
「私もいっしょに行っていいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
姫様にそう言ったのだが、ちょっと不満そう。
「師匠さまぁ、もうちょっと部下らしく扱って欲しいです」
俺はちらりとマルカさんを見る。
指示を出すのとこの場所の把握に忙しそうなので、大丈夫か。
「では、少しの間だけ。おまえも付いて来い、プリンチピッサ」
「はいっ」
嬉しそうな姫様の後ろで、わたしもわたしも、とアピールするプルクラ。そんな吸血鬼は放っておいても勝手に付いてくるので無視しておいた。
「酷いと思いません、師匠さん」
「愛されてますよ、プルクラさまは」
「あたしはあたしは?」
「もちろん一番に愛されてるのが分かります。私は三番手。あぁ、出遅れが響いています。せめてプルクラさまに勝てるぐらにはならないと」
「堂々とケンカを売ってくれますわね、プリン姫」
「プリンチピッサですわ、プルプルさま」
「あ、その名前ネタはサティスと散々やった後です」
「えー!?」
そんな美少女たちの会話を聞きつつ、水源へと移動した。
四角く切り取られたような場所が壁沿いにあり、その中にはたっぷりと水が満ちている。溢れた分は溝を通って部屋の外へ繋がる小さな穴へ流れ込んでいた。
穴の先はどこへ繋がっているかというと、この先の遺跡へ繋がっており雫となって落ちている。その雫は、ピチャンピチャン、と音を出す奇妙な装置になっていた。
学者たちの研究では、墓の主でもある『戦士クルハン』へ捧げる水だ、と結論付けられている。砂漠という水の乏しい世界において、これほど贅沢な音色は他には無いだろう。
ただし、かなりの年限が経過しており雫は床を削り、穴を空ける勢いだ。それによって音色は変化しており、今ではただの水が落ちる音になっている。
学者によっては、昔は完璧に計算された『音楽』が鳴っていたと提唱する者もいるが……真実はすでに誰にも分からない。
もしも『戦士クルハン』が神さまになっているのなら聞けるかもしれないが、残念ながら古代の戦士は神にはならず、その魂が今はどうなっているのか誰も分からなかった。
「ここで水を確保できる。地下から湧いているみたいで、それなりに深いから間違っても水浴びするなよ」
しませんよ~、と三人娘は答えるが……
いるんだよなぁ~、冒険者の中にはそういうヤツが。
砂漠国ということもあって気温はそれなりに高い。加えて砂が服の中に入ったりして不快感たっぷりなので飛び込みたくなるのは分からなくもない。
ただし、この水源は見た目以上にかなり深い。遺跡という光源に乏しい空間であるのと、水の屈折でなんとなく浅そうに見えるのだが、実際は深いので危険だ。
「それなりにゴミが浮いてますね。お掃除しないと」
姫様がちょこんと座って水をすくってみる。全身鎧なのに器用だな。というか、ルビーの能力が凄いのか。スライムが元になっているとか何とかって言ってたし、部分的には柔らかいのかも?
「プルクラならできるんじゃない?」
「わたしに上澄みだけ全部飲め、と。酷いですわサティス。いくらわたしでも限界があります」
ゴミを飲むのがイヤなのではなく、量を飲むのがイヤだ。という文句はどうかと思う。
「違うちがう。魔導書で上だけ取れない?」
「あ、そっちですか」
そっちしかないんですけど?
「やってみましょう。『マニピュレータ・アクアム』」
魔導書を発動させるプルクラ。
水源の上澄みだけが真四角に切り取られて宙へと浮いた。
「まぁ! すごいです、プルクラさま。魔法ですのね」
「うふふ。お飲みになられますか、プリン姫」
「遠慮します」
「あら、残念」
ばしゃーん、とこぼすように魔法を解除するプルクラ。その下にいたサティスはもろもろの予感があったのだろう。きっちり逃げ出した。
「ふふん、これくらいお見通しよ」
「愚かですわ、サティス。まともに水をかぶれば師匠さんに心配してもらえて、裸になって身体を拭いてもらえるチャンスでしたのに」
「プルクラ、水源はあと3つあるよ!」
「そうですわ。ちょうど私たちの人数分あります。さぁ、善は急げというではありませんか!」
「あなた達のそういうところ、大好きですわ」
おーっほっほっほっほ、と笑いながら移動していく三バカ娘たち。
「俺は行かないからな」
「「「なんで!?」」」
サティスとプリンチピッサが俺の両手を引っ張るが、たかが美少女ふたりに引きずられる俺ではない。
逆にふたりをズリズリと引きずりながらマルカさんの元まで戻った。
「水源は大丈夫そうです。少し休憩をしてから、何人か警備をここに置いて奥へ進みましょう」
「分かりました。おーい、手が空いた者から休憩だ!」
さっそくメイドさんが用意してくれたお茶とお菓子を食べつつ休憩をした。
その間にも盗賊たちは分担を決めて砂漠国・デザェルトゥムの都へと向かっていく。情報収集も大事だが、地形の把握も大事だ。早めにやっておいて状況を共有したいのだろう。
休憩も終わって、メイドさん達に見送られながら遺跡を奥へと進んだ。
「できれば未踏破の遺跡も冒険してみたいものですね」
「この人数では逆に危険ですよ、姫様」
「そうなのですか?」
「まぁ、極端な例ですけど『幻惑の罠』があります。ちょっとした興奮剤や魔法による幻術なのですが、味方を攻撃することになるので、人数が多ければ多いほど厄介なので」
「確かにそうですね。攻撃してくるマルカを倒すのは心が痛いです」
「姫様、私が罠にかかる前程なのですか……」
「あはは、冗談ですよマルカ。マルカは罠にかかっても私を守ってくださいますよね」
「が、がんばります」
ある種の呪いにも似た信頼だなぁ、なんて思いつつ遺跡を進んで行く。
相変わらず先頭ではゴブリンやフッドなどの比較的弱いモンスターと戦っているみたいで、メイドさんがいなくなった今、進むスピードは結構早い。
半ば歩き続けるようなペースでついに遺跡の奥までやってきた。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「アレがボスですか。黒くて細いですね。アレはなんという魔物ですか?」
「確か……ダークグレムリンだよ、プリンちゃん」
正解だ、と俺はサティスの頭を撫でた。
えへへ~、と嬉しそうにサティスは笑う。
「グレムリンは聞いたことあります。それの上位種ということでしょうか」
ゴブリンとそう変わらない魔物であるグレムリンは、毛むくじゃらで爪を武器に襲ってくるレベル2の魔物。こちらの武器によってはゴブリンよりも倒しやすいモンスターではある。
そんなグレムリンの上位種であるダークグレムリンは、その名前の通り色が毛の色が黒く、身体も大きい。レベル20ほどのモンスターだったかな。
そんなダークグレムリンが指示を出すようにしてゴブリンやコボルトが襲い掛かってくるが、集団の数が違う。まるで物量で押しつぶすようにしてマトリチブス・ホックの皆さんが突撃して、あっという間にダークグレムリンだけになってしまった。
「師匠さま、トドメを」
「え、俺がやるの?」
「はい。カッコ良く決めてください!」
なぜか近衛騎士の方々もそれを期待するようで、ダークグレムリンを盾で取り囲むようにして待機していた。
まるで集団リンチじゃないか。
可哀想なので、さっさと倒してあげよう。
俺は女性騎士たちの間を縫うようにして前線へ向かうと、右手をギュっと握り込んだ。
「味方には、手のうちを見せておいた方がいいだろう」
もっとも。
今の俺の右手の中身は見せることができないけど。
「ぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!」
俺が前に進んだので、まるで破れかぶれのごとくダークグレムリンが突っ込んできた。振り下ろされる鋭い爪付きの剛腕。
それを掻い潜りつつ、俺は脇をすり抜けてひらりと反転した。
「――俺の右手には何がある?」
そう言って、ダークグレムリンに見せてやった。
どくどく、と動く心臓。
もちろんそれはダークグレムリンの物であり、俺が完璧強奪(ペルフェクトス・ラピーナム)で抜き取ったものだ。
目の前にいるのなら、神さまのぱんつだって盗んでやる。
俺にとっては、ダークグレムリンの心臓を盗み出すくらい、どうってことない。
「ぎゃ……がが……」
俺が持っている心臓が、果たして自分の物かどうか。それが分かったのかどうかは分からないが、ダークグレムリンは倒れて消滅した。
同時に心臓も消滅して、ダークグレムリンの石が手のひらの上に残る。
「ザッとこんなもんだが……」
おぉ~、と周囲からパチパチと女性たちの声と拍手が届いた。
え、どうしよう。
なんかめっちゃ嬉しい……
「失敗しました。どうしよう、師匠さまがモテてしまいます!」
「大丈夫だよベルちゃん。師匠はもともとカッコいいから。すぐにバレてたと思うよ」
「そうですわ。あなたの近衛騎士なんて、一晩のうちに全員が妊娠してしまいます」
「大変マルカ! あなたも!?」
「むむむ、無理です!」
いやぁ、俺はそんなにモテないよ?
あと、全員の子どもを育てられるほどの甲斐性とかもないんで……勘弁してもらえませんかねぇ……
はぁ……
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