~卑劣! お姫様を部下にする~

 ジックス街の外。

 門から出て、壁沿いに移動していくと死角とも言える場所がある。丘に作られたジックス街は全体を見ればなだらかな坂になっていき、上に行くほど富裕層が済む街となる。

 その富裕層側に移動した壁付近は、比較的に静かな街並みになっており、あまり人が外を覗き込むことはない。

 ちょっとした死角というわけだ。

 そこへ、俺たちは集合した。


「……多いな」

「多いよね」

「多いですわ」


 お姫様ひとりに護衛が多くいるのは重々承知していたが……百人はいないにしろ、50人は確実にいる……

 果たして、この規模の集団を俺がコントロールすることは可能なのだろうか?


「無理だろうなぁ」


 早々に諦める。

 なにせ、マトリチブス・ホックだけならまだしも『優秀な盗賊』の皆さんも付いているわけで。

 そんな彼らが、どこの馬の骨とも分からない俺の言う事など真摯に聞いてくれるはずがない。

 ここはお姫様の安全を最優先として『仕事』として動いてもらうのが一番だ。なにより、その目的で雇われているのだから、最低限の仕事はしてもらいたい。

『優秀な盗賊』なのだから。


「いよい転移ですのね。わくわくします」


 漆黒の甲冑を付けたままのお姫様だが、その物々しい雰囲気とは違って楽しそうだ。鎧を着ていても、これほど中の人が透けて見えるのも珍しい。

 きっとヴェルス姫なら、普通の鎧を着ても誰が入っているのか分かってしまうんじゃないだろうか。

 王族としては、これほど優位なことはない。

 なにせ、どこに行っても目立つ、ということなのだから。


「では、ヴェルス姫。ひとつだけお願いを聞いてもらえますか」

「ひとつと言わず、師匠さまのお願いでしたら万の願いを聞き入れます」


 光栄です、と俺は肩をすくめた。


「やはり他国の姫がいきなり現れるのは色々とマズイと思います。面倒な外交問題になっても、俺では責任を取れませんので」


 マルカさんは静かにうなづく。

 この規模の集団が移動してきたとなると、そりゃもうバレバレになるわけで。一応は隠れ続けるつもりだが、それでも限界はる。

 いったいあいつらは何者だ、と思われたら正体が露見するまで数日と持たないだろう。

 そのために、一応の対策をしておく必要があった。


「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』はご存じですよね」

「もちろんです。あの巨大レクタを討伐したギルドですから。とても不思議な盗賊ギルドで、表立って動いているのは仮面を付けた3人。エラント、サティス、プルクラと名乗っているそうですわね」

「ルビー、頼む」


 俺の声に、待ってましたわ、とルビーは仮面を取り出した。もちろん取り出したように見えて、実は影から顕現しているんだけど。

 ふむ。

 そういう意味では、前から無機物的な物を眷属として召喚することはできてたんだよな。その能力が飛躍的にレベルアップした、と考えられるか。

 受け取ったオーガの仮面を装備する。

 俺は目元に、パルは口元に、ルビーは顔の半分を隠すような仮面だ。


「まぁ! ステキですわ師匠さま! パルちゃんとルビーちゃんも、カッコいいです」

「そういうわけで、ヴェルス姫にもディスペクトゥスのメンバーになってもらいたい。ひとまず謎の盗賊ギルドという名目で目くらましにはなるでしょうから」

「なるほど」


 お姫様だけでなくマルカさんも納得する。

 盗賊ギルド『ディスペクトゥス』という組織が動いてるのなら、それが集団であってもなんら不思議ではない。

 加えて、まさかそんな集団の中にホンモノのお姫様がいるなんて誰も想像しないし、例えそんな噂を聞いても、バカな情報を掴まされたバカ、という印象になるだけだ。

 とてもじゃないけど信じられるはずがない。

 いや、普通に有り得ない事象なので、こんな小細工する必要もなく信じられないと思うけど。

 でもまぁ、後になって国同士でもめて大変なことになってしまうのだけは避けたい。

 俺は悪くない。

 そう言って泣く泣く魔王領に逃げ込む……なんてことにはならないように気を付けたいと思います。

 それに。

 こんなに楽しそうなヴェルス姫なんだ。

 最初で最期になるかもしれない『あそび』を楽しませてあげてもいいだろう。

 そう思ってしまったんだ。

 だったら全力でやってしまおうじゃないか。

 俺はロリコンだけどさ。

 小さな子が、明るく楽しく元気に笑ってる姿が純粋に好きだ。

 好きなんだよ。

 あらゆる意味で。


「というわけで、お姫様には俺の部下になってもらう。異論はありますか?」

「ありません」


 間髪入れず返事があって、俺は笑う。


「ではヴェルス姫。あなたを盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の新しいメンバーとします。コードネームは……ふむ。『姫様』を旧き言葉でなんというかご存知で?」

「お任せください。その言葉でしたら『プリンチピッサ』ですね」


 さすが教養のあるお姫様だ。


「ではプリンチピッサ。俺のことはディスペクトゥスでもエラントでも好きに呼んでくれ。サティスとプルクラはそう呼ぶように」

「心得ました、エラントさま。サティスさまとプルクラさまもよろしくお願いします」

「よろしくねプリンちゃん」

「よろしくお願いしますピッサ姫」

「……エラントさま、部下Aと部下Bがまともに呼んでくださらないのですが」

「あいつらバカなんだよ」

「なるほど。ここは大人同士、知的な会話で盛り上がりましょうね。夜とかに!」


 いっそのことコードネームをドスケベ姫にしてやろうかと思いましたが、我慢しました。

 俺、大人なので!

 わぁわぁきゃぁきゃぁと名前で盛り上がる美少女たちはさておき、俺はロープを取り出し、マトリチブス・ホックの皆さんに先端を手渡す。


「『転移』するので全員でロープを握ってください。離れていると置いていってしまうので気を付けて。できれば近くの者に反対側の手で触れているようにしてください」

「分かった。その……これだけの規模の人間を一気に転移させて成功するのだろうか?」


 転移の巻物では、転移先に何らかの物が『重なった』場合、転移は発動せずに失敗してしまう。そうなってしまうと、恐ろしく貴重で高価な『転移の巻物』が発動せずに消失する。

 マルカさんはそれを心配しているようだ。

 今から俺が使うのはスクロールではなく転移の腕輪。どこにも発表されていない最先端の技術なのであまりおおっぴらにするわけにも行かないので、そこはごまかしつつ説明した。


「街やその近くに転移しません。街から少し離れた遺跡へ飛びます。今回は、その遺跡を活動拠点にするつもりです」

「遺跡か。そこは魔物などの心配は?」

「もちろん有ります。すでに探索しつくされた遺跡ですので人通りもあまりなく魔物が発生している可能性は高い。ですが街の近くともあって、それほど強い魔物は出現しません。だからといって油断するのはおススメしませんが」


 分かっている、とマルカさんは首を縦に小さく振った。


「名目上、ヴェルス姫は俺の部下として扱いますがマトリチブス・ホックはいつも通りに行動してもらってかまいません。姫様の護衛を最優先して頂ければと思います」

「感謝する、エラント殿。私たちでは――」


 俺はマルカさんの言葉をさえぎるように首を横に振った。


「礼は無事に帰ってきた時にしてください。ちなみに俺の好物はサンドイッチです」

「……ふふ、その情報はすでに得ているよ」

「では、先ほどの情報の伝達と認識を」

「分かった」


 俺は、ふぅ、と息を吐いてからキャッキャと騒ぐ美少女たちに向き直る。


「話、聞いてたか?」

「……き、きいてませんでした!」


 素直でよろしい、と俺はパルの頭をポンポンと撫でる。

 その場で屈んで俺は美少女たちと視線を合わせた。


「転移するのは砂漠国の遺跡だ。まず遺跡の外に転移して、中の魔物を一掃する。そこを拠点にして活動を開始。今日の予定はそれぐらいだ。なにか質問は?」

「はいっ」

「なんだプリンチピッサ」

「はぅ」


 いや、偽名を呼ばれただけで照れるのはやめて欲しい。

 なんかこっちまで恥ずかしくなってくるんだけど。


「失礼しましたエラントさま。戦闘は私も参加してもよろしいのでしょうか?」

「よろしいわけがない」


 えぇー!

 と、抗議の声が漆黒の鎧から響いた。


「せっかく剣もありますのに」


 よいしょ、という感じでお姫様は腰に装備されている剣を引き抜いた。


「一応それっぽく用意しましたが、それニセモノですわよ。斬れません」

「そうなんですか?」


 慣れた人間から見れば刃の有無は分かるが、お姫様ともなれば剣をマジマジと見る機会なんて無いだろうしなぁ。

 もっとも。

 この剣を専門家に見せたら大変なことになってします。

 なにせ『影』から作られた金属っぽい何か、なのだから。下手をすれば未知の金属ということになって大騒ぎになる可能性もある。

 まぁ、そのためのアーティファクトという『設定』なので。神さまが作った、なんかそれっぽい剣と説明すれば納得してくれるだろう。

 たぶん。


「残念です。戦ってみたかったです~」


 剣をそれっぽくブンブンと振ってみるお姫様。

 そこそこ形になっているのは、マトリチブス・ホックの訓練の様子を見ているからだろうか。もっとへっぴり腰になるかと思ったけど、なかなか堂々としているので逆に困るな。


「プリンチピッサ……いや、ヴェルス姫」

「はい、なんでしょうか」


 俺が名前を言い直したことを察知して、真面目な話と受け取ったのか、お姫様は剣を振るのをやめて俺へと向き直った。

 ほんと賢い姫さまだ。

 助かる。


「姫様は、どこまでなら殺せますか?」

「……ど、どういう質問でしょうか、それは……」

「小さな虫は殺せますか?」

「は、はい」

「では、猫は? 犬は殺せますか? 鳥は? ひつじは? 馬は?」

「ね、ねこ!?」


 とんでもないです、とヴェルス姫は首を横に振った。


「では人は?」

「殺せません……あぁ、分かりました。そこが線引きなのですね」

「はい。冒険者を志す若者が、一番最初に自覚する壁です。倒すべき魔物が、絵本や英雄譚で見てきた悪いヤツらが、猫や犬や人間種のように『生きている』のだと」


 ヴェルス姫はパルを見た。

 それに応えるように、パルは大きくうなづいて口を開く。


「あたしが初めて殺したのはコボルトだったよ。手が震えたのを覚えてる。ほんのちょっと移動して、ナイフを刺して倒しただけなのに息が切れて、汗だくになったのを覚えてる。怖かったんじゃなくて、なんだかよく分かんない感じだった。ほんとにこれで良かったのかって、そんな不安になる感じ」

「そう……ですのね。プルクラさまはどうでした?」

「残念ながら覚えていませんの。最初の壁を乗り越えられる者もいれば、乗り越えられない者もいます。ですが、そもそも壁があったかどうかも分からない者もいますわ。もちろん、褒められたものではないですけど」


 それっぽいことを言ってるが吸血鬼だもんなぁ。

 最初の一歩が人間種だった、という可能性も充分にあるし。そのあたりのことは怖くて聞けない。


「剣は……自分を守るために振るうことにします。それっぽく見える構え方を教えて頂けますか、エラントさま」

「ハッタリは得意分野だ、プリンチピッサ」


 俺はそう笑って、兜の上からお姫様の頭を撫でてやる――って、思わず撫でてしまったけど、大丈夫か? 怒られたりしない?

 マトリチブス・ホックの皆さんを見ても特にそういう視線ではなさそう。

 よかった。

 まぁ、鎧兜の上からなら触っても大丈夫か。

 だからといってベタベタ触るつもりはないけど。


「では、そろそろ転移したいと思う。ロープをしっかり持ってください。反対側の手で近くの人に触れてください」


 俺の言葉に従って、みんなが動く。

 まさに、この場の人間が全て俺の部下になったような錯覚に――恐ろしさが重圧となって心臓を締め付けそうな気分になった。

 つくづく、上に立つには向いていない自分の性格に乾いた笑いがこみ上げてくる。

 俺の判断ミスでこの場にいる全員が死んでしまうかと思うと、イヤになる。むしろマルカさんに全て投げ出したいくらいだ。


「プリンちゃん、こっちこっち」

「ロープじゃないんですか?」

「ディスペクトゥスメンバーの特権ですわ。師匠さんに直接くっ付いて転移する権利が与えられますの」

「なんてステキな特典でしょうか!」


 いや、そんなものを特典にした覚えはないんですけど?

 でもまぁ、美少女たちにしがみ付かれるのは悪くない気分……って!


「姫様、だから前からはやめてくださいと!」

「今の私はプリンチピッサです、エラントさま!」

「プ、プリンチピッサ、前から離れてくれ!」

「いいえ! 部下が思うとおりに動くとは限りませんよ、エラントさま!」


 そんな話があるかぁ!


「ええい、もう知らん!」


 ぐだぐだとやってたら、離したタイミングで転移しかねん。

 それならいっそ、さっさと転移してしまったほうがいい。


「行きます!」


 俺は全員に宣言し、左手首に装備したマグを右肩の腕輪に重ねる。

 転移先のイメージは――砂漠国の遺跡。


「アクティヴァーテ」


 同時にダミーの転移の巻物をルビーが顕現し、消失させてくれる。

 暗転する視界。

 俺たちは知覚できない速度で深淵世界を通り――無事に砂漠の砂地に全員で着地したのだった。

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