~卑劣! 実践実戦実証実正~
屋外への移動となると、それなりに警備への動きがある。
もちろんそれは承知しているので、マトリチブス・ホックたちが先に屋上に出て安全を確かめた後、俺たちは階段を登った。
「ベルちゃん登れる?」
「大丈夫です。普通に足も上がりますので、転ぶ心配もないですよ」
それでも、とパルはヴェルス姫の背中を押すようにして階段を登った。美少女同士がきゃっきゃとジャレている姿は至高である。
素晴らしい。
永遠に見ていたい。
今度、ララ・スペークラに自慢してやろう。
「わたしは師匠さんの背中を押しますわね」
「介護みたいになるからやめてくれ」
ルビーに背中を押され、俺は苦笑しながら言った。
「乙女が殿方に触れたいという恋心を介護というのはやめてもらえます?」
「まぁ、確かに。本来は逆だもんな」
俺より遥かに年上なので、ルビーこそ背中を押してあげるべき。
「では、お尻を押してください」
「魅力的な提案だが、やめておこう」
「意気地なしですわね」
「勇気ある決断だ」
なんて無駄な会話をしつつ俺たちも屋上へ登ると、周囲はマトリチブス・ホックの皆さんが取り囲むという状況になっていた。
屋上の周囲をぐるりと外側を向いている者と内側を向いている者とが交互に並んでいる。
ちょっとしたリンチ現場にも見えた。
物々しくて怖い。
「リンリー嬢が誤解してないといいけど」
そう思いつつ黄金の鐘亭の二階を見ると、ちょうどリンリー嬢がこっちを見ていた。
「パル、ちょっとリンリーに手を振ってくれるか?」
「ほえ?」
いらぬ誤解を与えないために先手を打っておこう。
「あ、宿の看板娘さんですね。では私も」
ふたりでブンブンと手を振ると、リンリー嬢は首を傾げつつも手を振り返した。
まさか黒い鎧の中身がお姫様だとは思うまい。
後で知ったら卒倒するかもしれないな。お姫様に気楽に手を振ってしまった、と。
もっとも。
お祭りなんかで国王の挨拶があったりする場合、お姫様たちが同席することは多々ある。その際に領民から手を振られることもしばしばあるので、不敬というわけではあるまい。
「さて、漆黒の影鎧の性能を試しましょう」
「はい、楽しみです!」
物々しい鎧なんだけど、中身がお姫様だけに動きというか所作が可愛らしくて、なんかギャップが生まれて面白いなこれ。
なんて思いつつ、お姫様には屋上の中心に立ってもらった。
「パル。ちょっとヴェルス姫に触ってくれ」
「さっきから触ってましたよ?」
「確かに……」
段取りの失敗である。
まぁ、いいや。
「とりあえずもう一回触ってくれ」
「はーい」
パルは元気よく返事をして、お姫様に両手で触れた。
胸に。
両手で。
タッチするように。
触れた。
……わざわざ胸に触れなくてもいいんじゃないか?
という言葉を全力で飲み込んでから、周囲に説明する。
「このように、敵意や害意の無い相手からは普通に触ることができますし、逆にヴェルス姫から触れることもできます。姫様、パルを触ってもらえますか?」
「はい」
まぁ、そりゃ触るよな。
胸を。
両手で。
がっつりと。
「ひゃうん」
「ぺったんこですわね」
「ベルちゃんもあたしと同じくらいじゃん」
「ちょっと膨らんでいるほうが女の子らしいと言えます」
「確かに。ねぇ、師匠はどっちが好き?」
この展開は予想できたので俺はガン無視した。
しゃがみ込んだり前屈みになったりしなくて済みそうだ。
がんばれ、俺。
心を強く持て!
「――次に、パル。お姫様を殴ってくれ」
「はい!」
ざわ、と周囲がざわついたが――それ以上に早くパルはお姫様の顔を蹴りつけた。殴れって言ったのに蹴った。まぁ、事前に打ち合わせ済みなんだけど。
よりインパクトを与えるために、パルにはわざわざ蹴ってもらった。
そんなパルのキックに対して、漆黒の影鎧は黒い影を顕現させる。その影がまるで盾のようになり、パルの足を防御してすぐに消滅した。
なんと!
この一連の防御行動はルビーが制御しているのではなく、完全に自動である。
つまり、この影鎧。
まじで吸血鬼の眷属として顕現しているものであり、つまるところ『生きてる』ようなもの。
「作れるかも、と思ってやってみましたが……ホントにできるとは思いませんでした。スライムをベースにしてみたんですけどね。むしろゴーレムが近いのでしょうか」
眷属召喚した本人もいまいち良く分かってないのが怖いけど……できてしまったものは仕方がない。
というわけで、『オートガード』という特殊性能を有したマジでアーティファクトっぽい鎧が完成した。
ちなみに弱点というか、攻撃を通す方法はある。
まずオートガードが発動する速さを越えた攻撃は普通に当たる。パルの蹴りレベルでは大丈夫だが、俺やルビーの速さだけに特化した攻撃ならば当てられた。
それに加えて、いわゆる『重い攻撃』というのは耐えられない。
例えば、俺がそのまま体当たりをすると攻撃事態は防御されるが、その勢いは盾を通して鎧に伝わり姫様が支えきれない。
もちろん影鎧が補助をしてくれるので、ある程度は押し返してくれるけど、全てを無効化できるわけではなかった。
つまり、ゴブリン程度ならば問題なく戦えるが、オーガを相手すると普通に負ける。
強いように思えるが、オートガードに頼りきったノーガード戦法は心許ない。
結局、ちゃんとした盾で防御するのが一番だ、という結果ではある。
それでも――
「おぉ~」
オートガードのインパクトは抜群なので、マトリチブス・ホックからは感嘆の声が漏れた。
「過信はできませんが、姫様の命は充分に守れます。更にあちらをごらんください」
俺は右手で黄金の鐘亭を指し示す。
盗賊スキル『隠者の指先』。
一番簡単な方法で、その場にいる全員の視線を誘導し――その間に素早く上空へ投げナイフを投擲した。
上空投擲(カエルミ・アクティス)を、こんな場面で使うとは予想もしていなかったが――役に立ってくれて勇者も喜ぶだろう。
技名は恥ずかしいけどな!
「あっ」
と、みんなが気付いた時には、上空からお姫様の頭上に落ちてくるナイフを影鎧がオートガードで防いだところだった。
「このように不意打ちにも効果があります」
「びっくりしました……師匠さまも人が悪いです」
「これでも盗賊ですので」
人を騙すのは得意なんですよ、とは口が裂けても言えないな。
現在進行形で嘘を貫き通しているし、お姫様も『俺』という存在に騙されているような気がするので。
ホント、どうして俺なんかのことを……
「カッコいいですよ、師匠さま」
脈絡の無い姫様の言葉。
いや、違うか。
「……表情に出ていましたか?」
「いいえ。これでも私、王族ですので」
人心掌握術、というものか。それとも他人の心の機微を感受するのに優れているのか。
なるほど。
王族と話してはいけない、という言葉を聞いたことがあるが――それは『恐れ多いから』という意味ではなく、心を読まれてしまうから、という意味だったのかもしれない。
「心配はいりませんよ、師匠さま。これでも私は冷静ですので。それにもうすぐ成人です。そのあたりのことを甘く考えているほど子どもではありません」
「そ、そうなのですか?」
俺のことを好きだと言ってくれるのは嬉しい反面、恐れ多いというか、絶対に叶わない恋だというのが分かっている。
その真実を受け入れて尚、このお姫様は俺のことを好きだと言ってくれているらしい。
まったくもって、強い。
王族の精神力は勇者にも匹敵するのかもしれないな。
「所詮は末っ子なので、割りと自由が利きます。政治利用されることは重々承知していますが、全てを否定されるわけではないはず。というわけで結婚しましょう」
「イヤです」
「パルちゃん、どうしよう。プロポーズが失敗した!」
「あきらめないでベルちゃん。勝負は夜だよ、夜!」
「そうですよね、殿方はベッドの上では赤ちゃんになってしまうと聞いたことがあります。嫁ではなくママになればチャンスがありますよね!」
「そうなの!?」
やっぱこの姫、ドスケベ姫でいいよもう!
何言ってんの!?
ウチのパルに余計なこと教えないでくださいます!?
「なるほど……赤ん坊プレイってそういうことですのね……」
そこの吸血鬼さまも何を覚えてんですか!
「たぎりますわね」
なにが!?
ちょっとマルカさん、なんとか言ってくださいよぉ!
「……あか、赤ちゃんプレイ……」
なに照れてんスか!
しっかりしてよ、もう!
むっつりなの姫じゃなくてマルカさんじゃないですか、やだー!
「はぁ~……」
とりあえず、なんか有耶無耶になった感じではあるけれど。
漆黒の影鎧の性能をうまくごまかせたような気がするので良しとしよう。
「では、全員に伝達してもらえますか」
俺はカツンと投げナイフ同士をぶつけ、金属音を立ててから言った。
ここが区切りだ、という合図であると同時に重要なことです、という意味でもある。
「全員で『転移』します。漏れなく全員を連れていきますので、関係者は集合するように、と」
お姫様が自由になれる一週間。
そんな短い時間で砂漠国に行くには、これしかないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます