~卑劣! 盗賊職『口』の見せどころ~
ルビーとヴェルス姫――
そして何人かのマトリチビス・ホックとメイドさんがいっしょに屋上への階段のある、物置という名目にしている部屋に入って行った。
一応、それっぽく重要な部屋だということに見せるために昨晩それなりにアイテムを適当に置いておいた。
ルビーがいつの間にやら買い込んでいたお土産品も置いたり、何の意味もないポーションの空きビンをやたら重要そうに飾ってみたり、マジで貴重品の魔導書『マニピュレータ・アクアム』も飾ったのでハッタリは充分だ。
そんな倉庫でお姫様がお着替えをしている。
「……パルかルビーの部屋で着替えたほうが良かったのでは?」
そう思ってしまった。
いや、普通に考えてお姫様を物置に案内するって間違ってない?
「言われてみれば、確かに」
パルも今さらながらに気付いたらしく、うへへ、と絶妙な笑い声をあげた。
友達として付き合ってるが、それでもお姫様はお姫様。パルにしてみても、やっぱり物置で着替えというか装備を整えたりするのは、間違っていると思ったらしい。
「深夜のテンションって怖いな……」
「はい。あっ」
「なんだ? まだ何かあったか?」
「勇者サマって、夜中に技名とか考えてるのかなぁ~って」
「あぁ~……いや、あいつは素だな」
「素」
「そうッス」
「師匠」
「ごめん」
しょうもないダジャレを言うのはおじさんっぽかったか……
「いえ、ソースたっぷりのお肉をあげた料理が食べたくなりました」
「あ、そっち?」
そんなどうでもいい会話をしている間にもお姫様のお着替えが終わったので、物置から出てくる。ルビーを先頭にして、すこし足取りが不安定だが……それもすぐに慣れたらしく、漆黒の鎧を装備したお姫様が音もなく歩いてきた。
「おぉ~!」
思わずパルが拍手する。
だが、俺は少しばかり苦々しい思いではあった。
なにせ、魔王を小さくしたような姿だったので。もちろん細部は違うし、なにより特徴的なツノが無いので、比べてみたらまったく違う鎧ということは分かるんだけど……やっぱり大元が吸血鬼が作り出した鎧なだけに、少し禍々しい気がしないでもない。
雰囲気だけで言ってしまえば、ぜったいに悪いヤツだ。まぁ、これで大人サイズだったら間違いないんだけど、なにせお姫様サイズ。小さい。なんかこう、距離感がおかしくなってしまうような感じ。
う~む。
色は黒より白とか青のほうが良かったのでは?
今さら遅いけど。
やっぱり深夜のテンションでいろいろと決めてはいけない。
「凄いですね、この鎧。とっても軽くて動きやすいです」
「アーティファクト『ニーギリ・オンブラーミス』です。旧き言葉で『漆黒の影鎧』という意味ですわ」
「アーティファクト!?」
ルビーの説明を聞いて周囲がざわつくのも無理はない。
古代遺産たるアーティファクトなんて滅多に見られるものではないし、発見するだけで冒険者をクリアした、とも言えるアイテムだ。ましてやそれが装備品となると、英雄に手が届くと言われている。
つまり、めちゃくちゃ強い。
なにせ地上を跋扈していた頃の神さまたちが使っていた武器や防具になるわけで。
そんな強力な装備品が目の前にあるととなれば、驚くのも無理はない。
「……?」
しかし、どうにもマルカさんは疑いの目で見ている。
それもそうだろう。
この漆黒の影鎧がアーティファクトなわけがないのだから。
でも、それを『嘘』で丸めこまなくてはならない。
盗賊の腕――いや、『口』の見せどころだな。
「ヴェルス姫、着心地はどうですか?」
「とても良いです、師匠さま。なんでしょうか、このピタっとくっ付くような感覚。普通の鎧もこうなんですの?」
音もなく首を動かす姫様に驚きつつもマルカさんは答える。
「いいえ、そのような感覚はありません。その鎧が特別だからかと……」
「そうなんですね。なんだか体を覆ってもらっているような安心感があります」
まぁ、それってルビーが全力で守ってる状態だからなぁ。
この世界で一番安全な場所かもしれない。太陽神サマからの天罰は除くとして。
「ヴェルス姫、『成長する武器』という物をご存じでしょうか?」
「はい、聞いたことがあります。なんでもパルちゃんの装備しているブーツが、その力を応用したものだとか?」
「ほえ」
どこまで調べてんだよ、盗賊の皆さまァ!
話が早くて助けるけどさ。
「はい。成長する防具としてパルのブーツがあります。装備し続けることにより、防具としての能力が上がっていくことに加え、ぴったりと足にフィットしています。漆黒の影鎧にも、おそらく同じような効果があるかと……パル、ジャンプしてみてくれ」
「はいっ」
パルがジャンプして着地するが、音は一切しない。パルの消音技術もあるのだが、ブーツの補助によって足音が完全に消えている。
俺も欲しいくらいな仕上がりっぷりだ。
もしもパルが戦士だったり騎士だったりした場合、この効果は得られていない。パルが盗賊として活動してきたからこそ、成長するブーツはそういう方向に特化した能力になっている。
そんな例を見せたあと――
「姫様もジャンプしてみてください」
「はい。ほっ」
ちょん、とジャンプしたヴェルス姫。
かわいい。
で、着地しても――
「音がしませんでした!」
「姫様、先ほどから足音が完全に消えてました。いえ、鎧のこすれる音すら聞こえません」
マルカさんが信じらないといった雰囲気で言う。
そもそも全身鎧は金属の塊だ。
どれだけ薄く作ったとしてもその重さと扱いにくさから動きは鈍くなるし、体重が増えるので足音も響く。
本来、初めて全身鎧を装備してジャンプなんてできるはずもないのだが、お姫様はそれをやってみせた。
それだけ漆黒の影鎧が優れていることを証明できただろう。
なにより動きに対して、金属鎧同士がこすれて音が鳴ってしまうことが一切ない。隠密活動すら可能にしてしまう甲冑だった。
……いや、冷静に考えて凄いなこれ。
俺も欲しいくらいだ……
これがあれば『足手まとい』と言われることなく勇者の背中を守れただろうに……
「いや、しかし、待って欲しいエラント殿。どうしてこの鎧は、こんなにも小さいんだ?」
その質問を待っていたよ、マルカ殿!
当然の疑問だ。
本来、全身を覆う甲冑タイプの鎧は大きい。
その理由は明白だ。
体が大きくないと装備しても動けないから。
小さな子どもが全身鎧を装備したとしても、重くて動けなくなってしまう。
だからこそ、体の大きな者のみが装備できる防具でもある。
しかし、この漆黒の甲冑は小さいサイズだ。
つまりお子様用の鎧となっている。
軽いから、という理由だけで作られたにしては、いささか不自然な防具でもある。
そこに明確な理由を示すことができれば――
この『嘘』は完成する!
「どう見てもこれは『子ども用』の鎧に見える。そんなもの存在するとは思えないのだが――」
「パルの『成長するブーツ』を知っているのなら、ルビーが持っている魔導書もご存じですよね」
「あ、あぁ。申し訳ないが調べさせてもらった。あなた達が『ディスペクトゥス』という盗賊ギルドを名乗り、巨大レクタを討伐した本人であることも確認している。そして、その後に発見されたという遺跡での話も、調べさせてもらった」
「そこまで知っているのならば、もはや説明することはあまり無いかもしれません」
俺はそれっぽく肩をすくめた。
「あの遺跡は、とある神さまを祀るための場所でした。そして、俺たちはその神と遭遇し、話もしている」
これは奇跡的というよりも、奇跡そのものでした。
俺はそう語る。
事実、神さまと地上で話せるというのは『奇跡』だ。神官でもない限り、神の声は聞こえないし、こちらの声にも答えてくれない。
俺は勇者パーティの一員だった。だからこそ、光の精霊女王ラビアンさまが気にかけてくださり、ときどき声を聞くことができる。こちらの声も届いて返事をくださる時もある。同じ条件でパルも見守ってくださってるみたいで感謝するばかりだ。
加えて、大神ナーである。
小神だったナーさまは神官がひとりだけ。そんな状態で大神となったものだから、いろいろ状況がおかしくなって、簡単に『降臨』してしまうぐらいにはおかしな状況だった。
もしも、そんな例外を『奇跡』とするのなら、この世界での神の所業は奇跡でもなんでもなくなってしまう。
例外中の例外ばかりを見ているせいで、神さまと直接お話できたことにそれほどの驚きが無かったというか、なんというか。
まぁ、どっちにしろ感覚が麻痺して同じような対応だったと思うけど。
とにかく、『純』を司る神アルマイネさまとの会合は、記録に残されている。歴史書に記載される程度の内容だったわけだ。
つまり、そこで手に入れた物は伝わる。
伝わってしまう。
だが、それも完全ではなく、あくまで伝聞であることが重要だ。
つまり、情報には漏れがある、と。
誰もが暗黙で了解していること。
そこに、俺たちの『嘘』を完成させる鍵がある。
「アルマさまより頂いた物があります。ひとつはルビーがもらった魔導書。もうひとつ、パルがもらったものがある。恐らく、ここまでの記録は残っていると思われます」
「そうだ。パルヴァス殿がもらった物、ランドセル、という保存の力が働くカバンの情報も得ている」
「では、おかしいと思いませんか? パルとルビーが各々ひとつずつもらって、俺だけ何も頂いていないという状況は」
「……確かに」
いえ、普通におかしくないんですけどね。
だってルビーの魔導書とかちょっと無理やりだったし、なんならあの遺跡のギミックになってる大元だから、本来はもらっちゃいけない物だ。
まぁ、そんな本音を隠したまま俺は続ける。
「そういうわけで、俺が頂いたのがこの『漆黒の影鎧』です。子どもサイズなのは、先ほど説明した通り純を司る神アルマさまの鎧だから、です。アルマさまは子どものような姿をしてらっしゃいまして、ちょうどパルやヴェルス姫と同じくらいの身長でした。強力なアーティファクトであることは間違いないのでパルかルビー用にと頂いてきたのです。子ども用サイズの鎧というのは、そういう理由からなのですよ」
「なるほど……神さまが着ていた鎧か」
どおりで、とマトリチブス・ホックの皆さまは納得した。
良しっ!
嘘にはほんの少しの真実を混ぜるといい。
これにて『嘘』の完成である。
「それでそれで師匠さま! この鎧にはどんな能力があるんですか?」
バイザーをパカパカと明けながらお姫様は笑顔でかたる。
そこ、ちゃんと開くんだ。
こだわったんだなぁ、ルビー。
「ふふふ」
自慢そうに笑う吸血鬼。
ほんとにこだわったらしい。
「話をするより実際に見せたほうが早いです。屋上へ行きましょう」
「はい。楽しみです」
ご機嫌になったお姫様を伴って。
俺たちは家の屋上へと向かったのだった。
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