~卑劣! 曲解し過大解釈するのは常套手段~

 翌朝――


「おはようございます~」


 ちょっとだけ眠たげなヴェルス姫が訪ねてきたので、朝食を四人で取ることになった。

 家の二階。

 階段を上がったところでテーブルを囲み、メイドさん達が用意をしてくれる。

 お姫様の朝食というと、朝から豪華な気がしたので少し身構えたが――なんてことはない普通のサンドイッチだった。


「リンリーさんを誘ったのですが、頑なに断られてしまいました」

「いっしょに食べればいいのにね」


 さもありなん。

 宿屋の看板娘をやっていたらお姫様といっしょに朝食を食べることになった。

 なんて説明をしても、誰も納得してくれないような話だ。むしろ頭がおかしくなったんじゃないか、と神殿に行くことをすすめられる可能性だってある。

 いやいや、そもそも俺たちは盗賊。看板娘以上にそんなことが起こってたまるか、という状況だ。

 ため息が漏れそうになるのを我慢しつつサンドイットを口に運ぶと――


「あ、え? なにこれ美味しい……」


 なんだこのタマゴのふわっとした食感! トロトロの半熟に作られたわけでもないのに、しっかりと火が通っているはずなのに、めちゃくちゃ空気感というか、エアリー!

 味もピリッと引き締まるほんの少しの辛みがあって、これは美味しい……!

 だからといってタマゴ本来の味が感じられないこともなく、むしろ濃厚なタマゴ本来の味が後からジワッっと感じられて……

 美味い!


「うふふ。師匠さまがサンドイッチ好きとお聞きしましたので。料理人には頑張ってもらいました。あ、こちらのレタスサンドもどうぞ」


 俺、サンドイッチ好きを公言した覚えはないんだけど?

 でも確かにしょっちゅう食べているし、普通に好きだし、片手間に食べられるのでそれなりに重宝していたので、なんだかクセになって食べ続けているんだけど。

 いやまぁ、普通に好きですサンドイッチ。

 でも……

 えぇ~、そこまでの情報を手に入れてるのお姫様?

 というか、手に入れたのは盗賊ギルドか。本気じゃん。ちょっと怖い。じゃぁ、もう、性癖とかバレバレなんだろうなぁ。恥ずかしい。お姫様に知られてるのが恥ずかしい。

 俺が小さくて可愛い少女が好きってバレてるの。

 めちゃくちゃ恥ずかしくない?

 助けて勇者。

 俺、もう表は歩けないかもしれない……!

 なんて思いつつ、レタスサンドを食べる。


「……おぉ、シャキっとした歯ごたえとマヨネーズの酸味が合ってる……これも美味しい」

「やりましたっ!」


 ヴェルス姫が小さくガッツポーズする。


「あ、もしかしてこれ、ベルちゃんが作ったの?」

「はい。と言っても、マヨネーズを混ぜてレタスを切って挟んだだけですけど」


 それだけでもお姫様としては異例中の異例じゃないだろうか。

 朝から好きな人のために厨房に立つ末っ子姫。

 どんだけカワイイんだ……。ヴェルス姫と将来結婚する貴族がうらやましい。俺なら今すぐ結婚しちゃうね!

 いや、すいません。無理です。嘘です。

 平民が調子に乗りました。


「ふふ。手料理を食べてもらうのがこんなに嬉しいとは思いませんでした。クセになりそうです」

「そうなんだ……あたしも作ってみようかな……」

「パル」

「は、はい! なんですか師匠?」

「肉は使用禁止な」

「いくらあたしでも、朝からお肉サンドは作りませんよぅ!」


 なんですかお肉サンドって?

 というお姫様の質問に吸血鬼が懇切丁寧に説明をした。


「さすがパルちゃん。肉欲に正直ですね」

「えへへ、大好きなので」


 パルパル華麗にスルー。と思いきや、たぶん気付いてない。

 いや、お姫様ももしかしたら言葉通りの意味で使ってしまって、そういう意味だと気付いていない可能性もありそう。

 なにせ、ほがらからに会話が続いているし。


「……」


 どう思います、というルビーからの視線に――


「……」


 分からん、と答えておいた。

 まぁ、そんな感じで楽しい朝食タイムを楽しんだ。メイドさん達によって片付けが終わったところで、俺はヴェルス姫に話を切り出す。


「姫、少しよろしいでしょうか?」

「もちろんです、師匠さま。少しと言わず、あと八日間はいくらでも問題ありません」


 お姫様に与えられたのは一週間。

 そのうちの一日が終わってしまったので、あと残り八日となっている。ヴェルス姫にしてみれば自由の終わるカウントダウンにも似ているのだろう。

 昨夜のしょんぼりとした雰囲気は無いので、ちょっとは吹っ切れたのだろうか。

 それでも、さみしそうな笑顔のようにも感じられた。


「それでは、盗賊特有のひねくれた解釈を」

「なんでしょう。とてもワクワクする響きですね」


 ヴェルス姫は両手を合わせてほほ笑む。


「国王からの手紙の内容を覚えていらっしゃるでしょうか」

「もちろんです。あのような短い手紙をもらったのは生まれて初めてですので、忘れたくとも忘れられない内容です」

「では、声に出して言っていただけますか?」


 えぇ、とうなづいてヴェルス姫は昨夜受け取った手紙の内容を宣言するように話した。

 さすが王族。

 今から俺がやろうとしていることを理解してくれている。


「許可をしたのは一週間のみ」


 その短い言葉に、俺はうなづき――周囲を見渡した。

 部屋の中に護衛としてマトリチブス・ホックの騎士たちがいる。彼女たちはヴェルス姫の近衛騎士であり、お目付け役でもあるはずだ。

 ヴェルス姫を『外』へ連れ出すには、まず彼女たちを丸めこまないといけない。


「それが姫様に与えられた時間ですね」

「はい、そのとおりです。私はたった一週間しか自由に行動することはできません」

「つまり、一週間は自由に行動しても良い。王様の手紙からはそう読み取ることもできます」

「――まぁ!」


 果たしてそれはワザとなのだろうか。

 ヴェルス姫は目と口をまん丸にして驚いた声をあげた。


「確かにそうです。お父さまにお願いして師匠さまに手紙を届ける仕事を請け負いました。それに与えられた時間は一週間ですが……手紙を渡すだけの時間にしては多すぎますもの。そうですわよね、一週間という期間、自由にして良い、という意味に違いありません! お父さまはなんと『粋』な計らいをしてくださったのでしょうか!」


 断言したな、お姫様。

 少しばかり逡巡するような空気が周囲から伝わる。


「つまり、あと八日間はヴェルス姫の好きなように使って良い、ということです。初めから王様はそのつもりだったのでしょう。手紙を渡すだけにしては長過ぎる期間ですから」

「確かに師匠さまの言うとおりです。まさかお父さま、私が手紙を渡すだけに一週間も必要だとは思ってもいないはずです。あぁ~、なんて優しいお父さまなんでしょうか」


 よしよし。

 そう捉えれば確かにそうかも?

 みたいな空気感になった。


「というわけで、ここから八日間の姫様の行動はある程度の自由が保障されています。もちろん単独での行動というわけには行きませんが」

「そうですね。さすがにひとりで遊びに行って誘拐されては大変ですもの。師匠さまは助けてくださるでしょうけど」


 いや、全力で助けるけどね。

 だってぜったい俺のせいにされちゃうんでしょ、その事件。


「では、王様からの手紙にはそういったニュアンスが含まれていた。という見解で相違ありませんね」

「はい」


 姫様はしっかりとうなづいた。

 俺はそのまま周囲に控えるマトリチブス・ホックの皆さま方にも視線を向ける。


「意義はありませんか?」


 俺の言葉に、果たして誰も異を唱えなかった。

 まぁ、当たり前だ。

 たった八日間で何ができる?

 ヴェルス姫の目的は、結局のところ俺やパル、ルビーと遊ぶこと。いっしょに砂漠国へ遠征に行くことではない。

 なんなら、砂漠国の女王からの手紙には日にちの指定も無かったわけで。急いで向かう必要はない。姫様と一週間遊んで、お別れしてから砂漠国へ向かっても充分だ。

 とでも考えているんだろう!


「では、姫様」

「はい師匠さま」

「砂漠国へ行きましょう」

「えぇ!」


 やはり、という感じで姫様はうなづく。


「ちょちょちょちょちょ!」


 そこへ止めに入ったのはマトリチブス・ホックのリーダー的存在であるマルカ・ドゥローザさん。

 兜のバイザーを勢い良く跳ね上げながらストップをかけてきた。


「どういうことですか、エラントさん」

「いえ、そのままの意味です。ちょっとした裏技がありまして、砂漠国へは一瞬で行けるんですよ」

「いえ、手段を聞いているわけではなく――え? 行けるんですか?」

「はい」


 ふむふむ。

 俺たちの情報を手に入れていると思ったが……さすがに『転移の腕輪』の情報までは知らなかったか。

 まぁ、この情報が漏れているとなると学園都市にベラベラと喋ってしまう人間がいることになってしまうので、ちょっとミーニャ教授やクララスが危なくなる。対応を考えないといけなかったが、そこまでは至らないようだ。


「全員を連れていきます。『全員』ですから、安心してください」


 この場にいる者だけではない。

 メイドさんを含め、全員だ。

 外にいるヴェルス姫に関係する者を全員、俺は連れていく気でいた。

 これは、俺の経験値を増やしたいという意味でもあるし、打算的に言うとマトリチブス・ホックの実力次第では魔王討伐のその時に役立てたい、という思惑もある。

 無論、魔王にぶつけるなんていう愚かなことは考えていない。いくら近衛騎士でも、そこまでの実力は無いだろう。

 俺が考えているのは陣地の警護程度のものだ。

 魔王の居城近くに休める場所がどうしても必要になってくる。たった一日でもいい。安心して勇者パーティが身を休める場所が欲しい。

 その貴重な一日を稼ぐには、やはり騎士団規模の護衛が必要だと考えている。

 もちろんヴェルス姫の近衛騎士だ。

 俺が自由に使えるわけではない。だが、手伝ってもらえる部分はあるんじゃないか。そう思っている。

 都合が良い考えなのは重々承知だ。しかも姫様の勘違いにも似ている恋心を利用するようなマネで心苦しいとは思う。

 それでも、俺は盗賊であり、卑怯で卑劣を売りにしている職業なわけで。

 マトリチブス・ホックが使えるのかどうか。

 そして、俺がその集団を上手く活かせるのかどうか。

 見極めたい。


「いや、しかし――たとえ『全員』を連れていけたとして姫様の安全は保障されない。前準備にどれほど時間をかけたか、想像できないわけじゃないだろエラント殿」

「なら、安全が保障されていれば良いのですね? ヴェルス姫に『絶対の安全』が保障されていれば問題ない、と」

「その安全をどうやって保障するんだ、盗賊」


 おっと。

 ケンカするつもりはないので、俺は両手を顔の前にさらした。


「言葉遊びで証明したところで意味はない。実際に実力を示したほうが早い」

「おまえの強さは分かっているぞ」

「違いますよ、騎士のお嬢さん。姫様の実力です」

「……は?」


 意味が分からない、とマルカさんが怪訝な表情を浮かべた隙を付き、俺はくるんと反転するとルビーに向き直った。


「頼む」

「了解ですわ」


 ルビーは皆の注目を集めるように大仰に歩いてみせるとヴェルス姫の前へ移動し、にっこりと笑った。


「さぁ、ベル姫。お着替えの時間ですわ」

「えぇ、分かりました。ルビーちゃんが手伝ってくださいますの?」

「わたしだけで不満でしたらパルも手伝いますし、師匠さんが手伝ってもよろしいかと」

「是非」

「断る」

「「ざんねんですわ」」


 なぜルビーまで残念がる!?


「……いや、待て待て待て! 姫様に何を着せるつもりだ、おまえら!」

「何って――」

「最強の鎧だが?」


 ルビーと俺が答えた言葉に。

 果たしてマルカさんは、ぽかん、と口を開けた表情で固まるのだった。

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