~卑劣! 深夜テンションでの命名は危険~

 結局――


「ふあ~、あふ……」

「ベルちゃん、眠い?」

「眠いですね。あぁ、今日という夜が無限に続けばいいのに」

「あら、いいことを仰いますわね。さすがホンモノの姫は違います」

「へ?」


 お風呂から上がってきた美少女たちの『夜の女子会』は深夜まで続いたが……お姫様の眠気がマックスに近づいたのでお開きになりそうだ。

 もっとも。

 そんな女子会になぜか俺がいるので、真の意味で女子会ではなかったと思う。

 むしろ俺を抜いたほうが盛り上がったんじゃないだろうか。マトリチブス・ホックの女性たちも交えて、楽しかったと思うんだが?

 近衛騎士の彼女たちは、むしろ俺を警戒して会話に参加できなかった状態だし。

 敵は外ではなく内側にいる。

 そんな状態では気も休まらないだろう。


「ヴェルスさま、そろそろ寝られては? 楽しいのは理解できますが、これでは明日がもったいないです」


 寝不足では、明日が楽しめなくなってしまう。

 ごもっともな意見にお姫様は、そうですね、と納得した。


「名残惜しいです――ほわぇ? どうしました? なにかあります?」


 俺とパル、そしてルビーがそろって顔を一方向に動かしたのをお姫様は気の抜けた言葉で質問してきた。


「誰か来たみたい」


 一瞬にしてその場に緊張感が増す――が、家に訪れたのがどうやら関係者だったみたいで、窓を覗く騎士の合図で警戒が解かれた。

 なんらかの伝令だろうか?

 そう思っていると、扉がノックされて息の切れた女性が頭を下げつつ入ってきた。目に見えて汗が浮かんでいるところを見るに、相当疲れているようだ。


「ヴェルスさま、パーロナ国王より手紙を預かってきました」

「まぁ!」


 どうやらお姫様が送った手紙に対しての返事が早くも返ってきたようだ。

 いや、いくら早馬で届けたと言っても早くない?

 恐らくリレー形式で全力疾走したと思われる。いや、それを加味したとしても早い。俺の知らない王族だけにしか伝わっていない方法があるのかもしれないな。

 それにしても、かなり無理したのは確実だ。

 今回頑張ったお馬さんには是非とも美味しい物をいっぱい食べさせてあげて欲しい。スタミナ・ポーションで増強されたと思うが、それでもヘトヘトに疲れていることは間違いなさそうだ。

 なにせ、上に乗ってる人間もヘトヘトなので。


「まさかもうお父さまから返事がくるなんて。早くても明日と思ってましたのに」


 ヴェルス姫は封を開いて中の手紙を取り出す。


「王様はなんて?」


 国王からの手紙を横から覗き見るとは……場合によっては一発アウトだぞ、パル。


「『許可をしたのは一週間のみ』。え、それだけ? うぅ~……もう! お父さまの意地悪ッ!」


 ヴェルス姫はそう読み上げると、手紙を机の上に置いた。確かに手紙にはシンプルに短い文章が書いてあるだけで、それ以上の言葉はない。


「一週間って?」

「自由にして良い時間です。私に与えられたのは一週間だけ。これでは砂漠国どころか、お隣の国にも行けません。うぅ~」


 はぁ~……と、お姫様は肩を落としテーブルに突っ伏した。


「この大人数を引き連れての移動と考えれば、準備に早くても三日程度は必要ですわね。そうなると、帰る時間も合わせてせいぜい次の街に行くのが精一杯でしょうか」


 ルビーの冷静な言葉がグサグサとお姫様に刺さっている。

 うぐ、うぐ、と悲鳴をあげるヴェルス姫。

 ちょっとカワイイと思ってしまった。


「期待……し過ぎてしまいましたか」


 眠気も相まって、お姫様はしょんぼりとしてしまった。

 お城の中では自由に行動できても、お城から出た世界で自由になれるとは限らない。むしろ、一週間も自由を与えてくれたパーロナ王はかなり寛容とも言える。

 まぁ、成人もしていない末っ子姫にそれほど公的な仕事があるわけでもなく、ましてや年端も行かない少女に国の重要な事柄を背負わせる訳にもいかないので、一週間程度は自由が与えられるのは当たり前と言えば当たり前だが。

 そもそも今回の話も俺に手紙を渡す、という『仕事』としての名目だろうし。


「……」


 それを考えると、もしかしたら最初で最期の機会、なのかもしれないな。


「ヴェルス姫」

「……はい、なんでしょうか師匠さま」

「眠気は思考の敵です。今晩はスッキリと寝て、明日に考えたほうがいいですよ」


 これは事実だ。

 眠い時に画期的なアイデアなど思いつくはずもないし、大抵そういうものはフラフラと散歩でもしている時に思い浮かぶ。


「……そうですね。今日はもう寝ることにします」


 少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて。

 ヴェルス姫は立ち上がり、頭を下げた。


「おやすみなさい、師匠さま。パルちゃんもルビーちゃんも、おやすみなさい」

「うん。おやすみベルちゃん」

「おやすみなさいませ、ベル姫」


 それぞれ挨拶して、ヴェルス姫を守るようにぞろぞろとマトリチブス・ホックの皆さんが家から出ていった。

 多少の盗賊的な気配は残っているが……まぁ、俺たちは監視されているのではなく、全体的な監視の一部に使われているだけだろう。

 気にすることはあるまい。


「ねぇ、師匠」

「どうした?」


 パルにしては珍しい甘えてくるような声。

 眠いのかと思って、抱き寄せて膝に座らせた。ルビーが文句を言うかと思ったけど、黙って見てる。

 アホな言動が多いのに、こういうところで空気が読める吸血鬼だ。助かる。


「ちょっと恥ずかしいです……」

「気にするな。お姫様はもう見てないぞ」

「はい。そ、そのベルちゃんなんですけど……」

「なんとかしたいのか」


 はい、とパルはおずおずと返事をした。


「いま思えば、あのハシャギっぷりも納得できる。初めて『親の目』が届かないところへ来たんだ。普段できないことをやってみたかったんだろう」

「その結果が夜這いでは、親の目が必要なのは間違いなさそうですわね」


 言ってやるなよ、ルビー。

 と、俺は苦笑した。


「それも『親の目』を逃れる逃避行動なのかもしれんぞ。夜這いとは、すなわち大人になる行為でもあり、他人の物になってしまう。そういう行動を無意識に選択したのかもしれん」


 酷い言い方をしてしまえば――

 夜這いが成功した場合、パーロナ国の末っ子姫の『商品価値』はゼロになる。

 どこぞの盗賊に穢された姫など、誰もが嫁入りを拒むだろう。それこそ、政略結婚の道具には成り得ない状態になる。

 そうなれば、ヴェルス姫がどう扱われるかは簡単だ。

 なにもしなくてもいい。

 悪い意味で、自由が与えられる。

 いや、それは都合の良い考え方だな。場合によっては暗殺されて、存在すら無かったことにされる。

 もちろん、姫に手を出した盗賊など存在すら許されるわけがない。


「……」


 それを理解していて。

 それを受け入れながら。

 それを楽しんで、冗談として、ハシャイでいたんだろう。

 ヴェルス姫は。


「師匠。ベルちゃんを助けてあげられないですか?」

「……難しいことを言う。それは神さまでも叶えてあげられない願いかもしれんぞ」

「分かってます。でも……」

「一生逃げ続けるのなら、手はあるぞ。ヴェルス姫を連れて魔王領まで逃げる。いまのところ、人間種では追って来られないから安全だ。ただし、俺たちも一生魔王領から戻ってくることはできなくなる」

「いいアイデアですわね。わたしは歓迎いたしますわ」

「勇者パーティだけでなく、人間種からも追放されるのは勘弁してくれ」


 俺の言葉にルビーは肩をすくめた。


「やっぱり無理ですか……?」

「ん~」


 俺は少しだけ逡巡する。

 果たして、この答えがヴェルス姫にとってプラスになるのかどうか。

 ……いや。

 それを俺が考えても意味がないことか。


「残された一週間で、砂漠国に行くことはできる。全員を引き連れて、問題なく、な」

「ホントですか!」


 俺は自分の腕に装備されたマグ同士を重ねて、魔力が灯るのを見せた。


「そっか。みんなで転移すればいいんだ」


 ヴェルス姫だけでなく、マトリチブス・ホックだけでなく、お付きのメイドさんや警戒している盗賊、更には街の中に溶け込んでいる護衛の者まで。

 余すことなく全員で砂漠国に転移してしまえばいい。


「それは可能だとして。あの近衛騎士たちが納得するでしょうか?」


 一応の結論は出た、と感じたのかルビーが近づいてきてパルを退けるように俺の膝に座った。

 ちょっとは不満があったらしい。


「ルビーは来ないでよぉ」

「こういう時は素直に半分こするのが第一夫人の器量というものですわ」

「そ、そうなの?」


 素直に俺の膝を半分明け渡すパル。

 恐ろしく可愛いので抱きしめたくなったが、我慢した。

 俺、偉い。


「師匠さんはしっかりとわたし達を抱きしめてくださいな。それが旦那さまの器量というものです」

「うっ」

「あたしもあたしも」


 ルビーが俺の手を取って自分の腰あたりに手をまわさせる。それを見たパルも同じように俺の手を誘導させたので、なんというか両手に華となってしまった。

 さっき我慢した俺の心意気を返せ。

 そう言いたい。


「お姫様に手を出さなかったのです。ここで手を出しては台無しになってしまいますわね、師匠さん」

「分かってる。分かってるよ」

「そういう訳ですので、存分に甘えていいですわよパル。今日は無敵モードです」

「ほへ~。触っていい?」

「そこは止めてあげてください。さすがに……ねぇ……?」

「俺に聞くな。と、とにかくマトリチブス・ホックを納得させりゃいいんだろ?」


 その案は、一応ある。

 というか……ルビー頼りの裏技みたいなものだ。


「ルビー。影人形というか眷属召喚というか、アレである程度の自由な形は取れるよな」

「もちろんですわ」


 ルビーは自分の影からいくつか形づくって召喚してみせた。小さなパルみたいな人形がよちよちとルビーの体を登ってくる。

 これはこれで可愛らしいが、それがぐにゃりと曲がるように変化して短剣の形になった。

 不気味で怖かった。

 やめてほしい。


「以前はここまで出来なかったのですが……いろいろと経験を積むと出来ることが増えていきますわねぇ。ディスペクトゥスの仮面もそのうちのひとつです。キッカケは大神ナーが宿ったことでしょうか」


 半分は乗っ取られたような物だったが。

 それが逆に『気付き』になったらしい。


「ある程度の物なら可能ですわ」

「太陽の光に触れても?」

「一応は。そのための『眷属』ですから」


 主の代わりに動くのが眷属。と言われればそのとおりなのだが、影なのに日光に当たっても平気なのは、少し奇妙にも思える。

 もっとも。

 人間種ではなく魔物種である吸血鬼。

 それがどんな能力を持っているにせよ、それが当たり前なのだから仕方がない。


「では、ルビー。ヴェルス姫を守る『最強の鎧』を眷属で作り出してくれ」

「なるほど」


 その一言だけで納得してしまったらしい。

 ルビーは俺の膝から立ち上がると、とっぷんと影の中に沈んだ。なにかしら準備に時間が必要なのか、それとも要望が難しかったのか、少しだけ時間をかけたあとに再び影から現れた。


「うわぁ!?」

「ぎゃあ!?」


 その姿に俺とパルは悲鳴をあげる。

 なにせ、影から出てきたのは『魔王』だったので!


「ご安心くださいまし。ただの模倣ですわ。分かりやすいようにツノは付けませんでしたのに、気付かれませんでした? 盗賊失格ですわねぇ、師匠さんもパルも」


 ケラケラと魔王の鎧の中で笑うルビー。

 いや、マジで怖いんですけど。


「これは、俺は悪くないと思うが?」

「あたしもそう思う」


 魔王と対峙したことがある者だったら、嫌でも印象づいてる闇のように真っ黒な鎧。その兜にツノがあろうが無かろうが、印象としてはそこまで変わらない。

 むしろ、強烈な印象はツノよりも漆黒の鎧のほうにある。

 それが俺の部屋の中にいる時点で、悲鳴をあげたくなってくるのは理解してもらいたい。


「一応は作り出してみましたが――そこまで丈夫ではなさそうですわね。ある程度の攻撃以外はわたしが制御することになると思います。ベル姫の命を守るかわりにわたしは役立たずになると思ってください。いえ、いざとなったらこの鎧を操って姫を攻撃に参加させることもできますけども」

「やめてあげてください」


 たぶん、中でお姫様が泣き叫ぶと思うので。


「ねぇねぇルビー。盾と剣も付けようよ。そのほうがカッコいい」

「そうですわね。鎧だけでは味気ないので、なんか強そうな盾と剣も付けましょう」


 パルとルビーはいろいろと盛り上がって鎧のデザインを決めていく。

 最終的には、魔王の鎧ではなく『漆黒の影鎧』という感じになった。


「では、名前はそれで。古代遺産・アーティファクトということにしましょう。全自動防御してくれる最強の鎧『漆黒の影鎧』ですわ!」

「わーい、カッコいい~」


 夜中のテンションで決めるとロクなことがないのは勇者で実証済みだが。

 漆黒の影鎧。

 う~む……

 まぁ、この程度ならマシか。

 その後もパルとルビーの意見を聞きつつ、いろいろと『嘘』を作っていった。


「さてそろそろ寝よう。きっと早朝からお姫様が突撃してくるぞ」

「じゃぁ、三人でいっしょに寝てベルちゃんをびっくりさせよう」

「いいですわね、そのアイデア。パルってば天才って言われない?」

「うへへ~」


 夜中のテンション!

 部屋から追い出すようにパルとルビーを自室にちゃんと返しました。

 俺の部屋に置きっぱなしになった、ちょっと魔王サマの鎧に似てる漆黒の影鎧がなんだか俺を見下ろしてる気がして。

 その日は、ちょっと眠りが浅かったです。

 ふあ~ぁ~。

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