~卑劣! 勇者考案の新スキル~

 勇者は若返った。

 勇者パーティも若返った。

 だかといって、それだけで魔王を倒せるわけではない。今のパーティ実力では、甘く見積もってルビーと対等に戦える程度だろうか。

 もちろん、それは俺やパル、その他の支援を抜きにして勇者パーティの4人のみ、という戦力での話だ。

 だからこそ、そこに加わる俺やパルの実力を底上げしないといけない。

 なによりパルに経験を積ませるのが一番の最優先事項だろう。

 しかし――

 パルの修行は大事だが、それだけで魔王に勝てるのならば苦労はない。

 俺も強くならなくてはならないわけだ。


「行くぞ」

「いつでもいいですわ」


 ジックス街から少し離れた平原で、俺はルビーと対峙する。ルビーには夜に戦闘訓練をしてもらっているのだが、今日の訓練では昼にお願いした。


「珍しいですわね、師匠さんがお昼にわたしを指名するだなんて。疲れさせて夜にはぐっすり眠ってしまったわたしを夜這いするつもりでしょうか。さすが盗賊。卑怯で卑劣ですわ~!」


 くねくねと体を揺らす吸血鬼。

 動きが気持ち悪い。


「言いがかりが酷い」

「冗談ですわよ」


 くすくすと笑いつつも俺の動きには反応をみせるルビー。太陽のおかげで能力の大部分を失っているはずだが、どうやらその上限が上がっている。

 俺でも両手で持つのが精一杯のアンブレランス(極太)を片手で扱ってみせるルビーには驚いた。

 さすがに太陽の下で眷属召喚はできないみたいだし、他にも魅了の魔眼は使えないようではあるが。

 それでも確実にパワーは上がっていて、もしかしたら昼夜に渡って無敵の戦士が生まれてしまったのかもしれない。

 マグ『常夜のヴェール』の効果がアップしたのか、それともルビーがマグの効果に馴染んだのか。使用を続けると、なにかしらの変化が生まれるようだ。

 まぁ、それもそのはず。

 マグの元になったのは『成長する武器』と同じ機構だ。パルのブーツがそれであるように、盗賊のブーツとしての優秀さ、防具としての性能の良さにプラスして、なぜか攻撃力まで上がっている。

 成長する防具、なんてものを今まで使い続けた人間種がいなかったからなのかもしれないが、わりと重要な発見なのではないだろうか。

 もっとも。

 アホみたいに高価で、ジリジリとした結果なのか、普及させるのは不可能に近いが。

 まぁ、そういうアイテムが大元になっているので、装備し続けることによってマグに何らかの変化があってもおかしくはない。

 それを鑑みるに、パルが装備しているマグ『ポンデラーティ』にも何か変化が生まれているはずだが……


「ふひひ」


 パルは近くの森で木の実を拾っていた。

 楽しそうというよりも、美味しい物を前にした食いしん坊の顔をしている。

 かわいい。

 ほっぺた食べちゃうぞ。

 と、年甲斐もなくおじさんが言ってしまいそうになる。

 いつかあの柔らかいほっぺをちゅ~っと吸ってみたい……いや、イカンいかん……それではロリコンどころか、より一層と俺の変態性が高まっているみたいでパルに嫌われるんじゃないだろうか……どうしよう……怖い……でもやってみたい……


「隙あり! ですわ~!」


 超絶素晴らしいほどの可愛いを誇る我が愛すべき弟子に少しだけ気を取られた瞬間、ルビーが襲い掛かってきた。


「そういう時は無言で攻撃してくるもんだぞ」


 ルビーには、ちょっと太めの枝を武器にしてもらっている。

 もちろん、そんなもので普通に殴られても怪我をするし、当たり所が悪ければ死ぬので油断はできない。

 枝での攻撃をバックステップで避けて俺はペロリと指を舐めた。

 その『無駄な行動』にルビーが警戒し、一瞬だけ行動が遅れる。その隙を狙って、俺は上空高くへ投げナイフを投擲した。


「え?」


 またしても意味の無い行動に完全に気を取られるルビー。しかし、俺が反撃に転じたので慌てて木の枝でナイフでの攻撃を防御する。


「ブラフですの?」

「さぁ、どうかな?」


 持っていない物を持っているようにみせるのもブラフなら、攻撃ではないものを攻撃に見せるのもブラフ。

 奥の手など無いように見せつつ、ジョーカーを切るのが盗賊というものだ。

 もちろん逆もあるけどね。


「フッ!」


 俺は素早くルビーへと肉薄する。地面スレスレを這うようにしてダッシュするとナイフを足もとから切り上げた。


「当たりませんわ!」


 それを後ろに下がって避けるルビーだが、俺は更に追撃する。

 右へステップを踏み、左側へ逃げるようにルビーを誘導した。

 そこから更に投げナイフを投擲。わざと左側へ外し、俺はルビーから距離を取るようにして立ち止まる。

 すると――


「あぎゃあああ!?」


 スコン、とルビーの頭の上に、一手目で上空へと投擲した投げナイフが見事に刺さった。


「よしっ!」


 狙い通りだ!

 やったぜ!

 魔王領でのアンブラ・プレント戦で適当にやってみた技――勇者命名『上空投擲(カエルミ・アクティス)』だが、風の影響があるのを忘れててアンブラ・プレント戦では外してしまった。

 しかし今回、まず指を舐めるという行為で相手を牽制・困惑させつつ指先で風を読んだ。そしてナイフを上空へ投擲し、相手を落下場所へ誘導。ナイフを当てることに成功した。

 当てるのではなく、当たるようにした、というわけだ。

 相手が格上の場合は使えないし、屋外限定のスキルになるが。

 なかなか良いんじゃないか、これ。

 ここから次の一手への伏線になるし。


「あた、あたまががが、あばばばばば」


 さすがに頭の中にナイフが到達してしまっては吸血鬼もおかしくなってしまうらしい。何かを言おうとしてるけど、言葉になっていない。


「あ、あへぇ~」


 というか、美少女がやっちゃいけない顔をしているな。

 とてもじゃないけど、見せられない。


「ふんぬ!」


 そんな気合いを入れるような野太い声を出しながらルビーは頭に刺さったナイフを引き抜いた。もちろん血も出ていないし、頭に開いた穴はすぐに閉じる。


「大丈夫か?」

「この程度、問題にもなりません。なんなら首を切断しても大丈夫ですわよ」

「そこまではやらん」


 大丈夫だと分かっていても、自分を好いてくれている者の首を切断できるほど俺のレベルは高くない。加虐趣味が極まってるじゃないか……

「では、吸血鬼退治の代名詞でもある『串刺し』はいかがでしょうか。師匠さんにはわたしの心臓に杭を打ってもらいたいです。でも、それでは楽しくありませんので師匠さんにはわたしのあそこに杭ではなくおち――」


「言わせねーよ!?」


 危ない。

 もうちょっとで具体的な話になってしまうところだった。


「上の口でもかまいませんわよ?」

「上の口って言うな。口は上にあるもんだ」

「……女の子には下にも口がありますの。もしかして師匠さん、ご存じない?」

「知ってるよ!」


 童貞バカにすんな!


「うふふ、冗談ですわ。ところで『二口女』ってご存じでしょうか?」

「ふたくちおんな? モンスターか?」

「はい。頭の上、後頭部にも大きな口があるモンスターです。上にも口があるんですのよ」

「へ~……いやそんな一般的じゃない話をされても」

「もしかしたら魔物種にもいるかもしれませんわね。ふたくち女」

「分かったよ、分かった。上の口って言い方を認める。この場合、真ん中の口か?」


 二口女には口が三つある……

 あ、いやいや。

 具体的な話はやめておこう……


「うふふ。師匠さんのそういうところ好きです」

「この場合、あんまり嬉しくないなぁ」


 まぁ、嫌われるよりよっぽどいいんだけど。


「もう一本、いいか」

「もちろんですわ。今度は負けませんわよ」


 さて、どうかな?

 というわけで、俺は少し距離を取って再びルビーと対峙した。ふぅ、と息を吐いて準備を整える。ルビーも木の枝をかまえて、いつでもどうぞ、と笑顔を見せた。


「よーい、どん」


 本来、こんな風に戦闘は始まるものではないが。

 とりあえずスタートの合図でルビーは再びこちらへ向かって走ってくる。それに対して、俺は風を読むために指をぺろりと舐めた。


「もう騙されませんわよ」


 不可解な行動も、一度見せてしまえば不可解にはならない。

 一手損をしてでも俺が指を舐めてみせたのは、今度こそ『ブラフ』のためだ。


「フッ!」


 ルビーの振り下ろしてくる木の枝を避けつつ、上空へナイフを投擲――すると見せかけて、普通にルビーへ向かって投げた。


「わぁ!?」


 見事に策にハマってくれる吸血鬼。

 盗賊冥利に尽きるというか、なんというか。

 それでもさすがというべきか、ルビーは木の枝でしっかり防御した。だが、その隙に俺は今度こそナイフを上空へと投擲する。


「しまった!?」


 上空のナイフの位置を確かめるべくルビーは空を見上げる。

 もちろん、戦闘中に空を見上げるなんて愚の骨頂。

 隙だらけだ。

 なので――


「よっ」


 普通に近づいて、ぐさりとナイフを首に刺した。


「あ……わたしの負けですわん」


 ルビーはその場で、ばったりと後ろへ倒れた。そして上空へ投げたナイフがちょうど降ってきて、額にスコンと刺さったのだった。


「ええええええ!?」

「死んだ状態で驚かれても困る」

「抜いて、抜いてくださいましぃ~ぃ~」


 今度は言語がやられていないのか、普通に喋れるようだ。額に刺さったナイフを抜くと、むくりとルビーは身を起こした。


「難しいですわ、師匠さん。どうすれば良いのでしょう?」

「思い切り逃げるか、思い切り俺を攻めるか、どっちかだな。あと木の下に避難するのも良いかもしれん」

「なるほど。師匠さんに抱き付けばいいと」

「ふむ。それを見越してナイフを投げるのもいいかもしれんな」

「ぐぅ。卑怯ですわ」

「良く言われる」


 ん~、とルビーが両手を伸ばすので俺は彼女を抱きかかえるようにして起こした。それで満足してくれるので安いものだ。いや、実は高くついているのかもしれないけど。


「一応使えそうなスキルだが……使いどころは難しいな。むしろ不意打ちに使ったほうがいいかもしれん。ブラフに使うには条件が厳しすぎる」

「そうですわね。もしも夜でしたら、わたしは避ける必要ありませんし。なんならアンブレランスを普通の傘のように使えますものね」

「兜を装備するだけで無意味になるが……パルのマグと合わせれば攻撃力が増しそうだ」

「重くすれば確かに貫けるかもしれませんね。連携の練習をされては?」

「いいかもな。で、肝心のパルは?」

「森の中へ行きましたわわよ……あ、戻ってきました。おみやげ、いっぱいのようです」


 なんか両手にいっぱい持って帰ってきたな……しかも、もう食べてるし。


「おかえりパル。なに取ってきたんだ?」

「くり」


 生で栗を食べる美少女なんて初めて見た……


「あとで焼いて食べような」

「うへへ~」


 にっこり嬉しそうに笑ったパルは俺たちに見せるように両手いっぱいの栗を見せつつ、顔を寄せた。


「師匠。誰かに見られてました」

「……マジか。何人だ?」

「ひとりです。姿は見えませんでしたし、敵意はありませんでした。でも、確実に見られてるのが分かりました」

「隠すつもりが無いってことか……?」


 そこそこ実力があるような相手だが、その存在を報せるということは、なんらかの意味があるのかもしれない。

 また盗賊ギルド関連だろうか?

 それとも、俺たちの情報を買ったという者の仕業だろうか。


「ふむ。ルビーは何か感じるか?」

「いいえ。残念ながらわたしの魅力には触れてくれないご様子。ちんちくりんのパルが好みのようですわね」

「師匠といっしょでロリコンってこと?」

「だったらルビーも対象だろうが」

「ほら、わたしはほら……ほら?」

「言い訳くらい用意しとけ」


 なんにしても攻撃を仕掛けてくる意思は無さそうだし、いまのところは放置でいいか。


「次、パルとやっていいか」

「はい! あたしはルビーみたいなマヌケな結果にはなりませんからね、師匠」

「お、言ったな。頭にたんこぶができても泣くなよ」

「ふっふっふ、師匠の頭にたんこぶを作ってみせますよ!」


 というわけでふたりでパルの修行をしたのだが……


「あいたー!?」


 弟子に負ける俺ではないので、しっかりと頭の上に木製ナイフを落としてやりました。ちゃんと安全に作ってあるのでコツンと当たる程度。安心です。


「はい、罰として体力訓練に出発。ジックス街を一周するぞ~」

「ふわ~い」


 えっほえっほ、と三人で走って持久力訓練をしてから帰宅する。

 一応ワザと隙をさらすようにしてみたのだが……残念ながら視線の主が現れることはなく、あぶり出しにも引っかからない。

 やはり、そこそこ優秀な監視者のようだ。

 もしかしたらターゲットは俺ではなくパルなのだろうか。

 そんなことを気にしている間に午後となり――


「たたたた、大変ですー!」


 リンリー嬢が家に飛び込んできたのだった。

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