~卑劣! 俺たちは監視されている~

 ジックス街へ帰ったきた俺たちは、少しだけのんびりと日常を過ごした。

 重要で大きなこと。

 言ってしまえば人間種全てに関わる大きな仕事をやり遂げた。

 肉体的な疲れは無かったのだが、やはり精神的な疲れはあるもの。身体は元気でも、精神的な疲れはどこか響いてくる。

 もちろん、この状態でこそ得られる経験値もあるのだが……逆に言ってしまうと、この状態を乗り切った、という経験は得てして人生の邪魔になる。

 つまり、追い詰められてもきっと大丈夫――みたいな選択肢が生まれてしまうのだ。

 多少の無茶を人生経験が許容してしまうのは、パルにはして欲しくない。

 なので、俺たちは休暇を楽しんだ。

 何もしない自由な日を三日ほど取って、のんびりと怠惰に過ごしてしまったのだ。

 しかし――なんというか……


「これはこれで罪悪感のようなものが凄い」

「勇者サマが頑張ってますもんね」


 パルに罪悪感の正体を言い当てられて納得してしまう。

 そうだよなぁ。

 アウダは今ごろ街や村、集落をまわっているっていうのに。ほとんど情報が無い魔王領という地を懸命に進んでいるというのに。

 俺はこんなところでのんびりと休暇を楽しんでいるわけだ。


「いいんですのよ師匠さん。一度はあなたを不必要だと見限った人間種。これくらいは役得なのでは?」


 朝食のサンドイッチを食べながらルビーは言う。

 ちなみにもうお昼に近いので、朝の内に買っていたパンはパサパサになってしまっているが、起きてこないルビーが悪い。


「ルビーはお寝坊さん」

「だって吸血鬼ですもの」

「……そういえばそうだった」


 むしろ昼に起きてくるのも吸血鬼にしてみれば異常に思えるが……そもそも吸血鬼の何を知っているんだ、と問われれば何も知らないわけで。

 絵本や英雄譚の中でしか吸血鬼を見たことがないのでそれも仕方がない。


「ルビーの他に吸血鬼っていないのか? モンスターでもいいが」

「いるんじゃないでしょうか? でも魔物種では出会ったことがありませんわね。みんな燃え尽きてしまったのかもしれません」

「両親から生まれたわけではないんだったよな?」

「厳密には、覚えてません、と答えるのが正解なのですが。気が付けば棺桶の中でしたので」


 棺桶?


「死んでたのか?」

「そうかもしれませんわね。目が覚めたら真っ暗で、棺のフタを開けて外に出たのを覚えています。あとはどうなったのか……ちょっと思い出せませんわね」


 トマトとレタスのサンドイッチを食べながらルビーは肩をすくめた。


「ふ~ん。じゃぁルビーって人間だったのかも?」

「その可能性は否定できません。けれど、もう吸血鬼でいる時間のほうが遥かに長いので、元人間種であろうとも誤差ですわ」


 自分の種族を誤差というのも凄いが……

 だが、人間種から神になった英雄もいるという。今さら人間時代のことを言われたところで、その神さまも困るだろう。

 永く生きる者にとって種族の差など身長の差くらいな意識なのかもしれないな。


「そういうもの?」

「そういうものですわ。パルも吸血鬼にしてあげましょうか? 師匠さんといっしょに永遠の時間を生きましょう」

「あ、それいいかも」

「知り合いが先に全員死んでいくぞ」

「うっ……」


 俺の言葉にパルは嫌な顔を浮かべた。

 まぁ、その顔ができるんなら大丈夫だ。

 そそのかされて、愚かな判断をしてしまうことはないだろう。


「師匠さんは酷いことをおっしゃいますね」

「学園長が嘆いているのを聞いたことあるんでね。知り合いは全員、先に逝ってしまうと。だからもっとお話をしようではないか、と」


 その結果、誰も話を聞きに来てくれなくなったのは本末転倒なのだが。


「最初の百年。それさえ耐えれば、あとは問題ありませんわよ? どうしてもダメならエルフとお友達になることをおススメしますわ。永遠の親友を作れば良いのです。全てが全てとは言いませんが、ハーフリングを見ているような気分程度にはなるんじゃないでしょうか」

「それもまた、ハーフリングには失礼な話だけどな」


 俺は肩をすくめる。

 イタズラ好きの子どものような種族であり、誰一人としてマトモな死に方をしないと言われている種族、ハーフリング。

 冒険好きということもあって、全員が冒険者になっているようなイメージもあるが、その上で喜んで罠に挑み、飛び込んでいくという無鉄砲さ。

 仲間にしておくには頼もしいのか恐ろしいのか、判断はつかない。

 果たしてこの世界で、いったい何人のハーフリングが寿命を迎え天寿をまっとうできたのだろうか?

 それほどまでに命の軽い種族である。

 もっとも。

 吸血鬼からしてみれば、俺たち全員がそう見えているのかもしれない。

 なにせ、吸血鬼に比べたら人間種など遥かに脆弱で弱いからなぁ。ちょっとした怪我で死んでしまうこともあるし、刃物が身体に刺さっただけで死ぬ。

 ハーフリングと比べたら誤差程度にしか見えていない可能性もある。


「ルビーは寂しくないの? 師匠が先に死んじゃうの」


 え~……

 ……ものすごい直球の質問をしたなぁ~、パルパル。

 それエルフに聞いたら、場合によってはめちゃくちゃ困らせてしまう質問だぞ。


「問題ありません。師匠さんが永眠され、弔いが終わった後はわたしも後を追いますので。あの憎くて憎くて仕方がなかった太陽が、わたしを師匠さんの元へ連れていってくれる舞台装置に変わるのです。素晴らしく感動的ですわよね」


 対して、吸血鬼の答えも容赦がなかった。

 後追い自殺とか、して欲しくないんだが……?


「はぁ~。昼から気が滅入る話題だ。もうちょっと楽しい話題にしてくれ」

「了解ですわ。師匠さんは子どもは何人欲しいと思います?」

「明るい話題だが、なんかニュアンスが違う。昼からする話題じゃない」

「では夜にしましょうか。色んな意味で」

「意味はひとつでいい」

「師匠!」

「なんだ?」

「あたしは三人欲しいです!」

「オッケー、分かった。聞かないことにする」


 なんで!?

 と、パルが叫んでいるが頭を撫でて黙らせた。

 具体的な数字は出さないでください。

 計算してしまうじゃないですか、やだー。


「そろそろ休暇も終わりだ。仕事がないか盗賊ギルドへ行ってくる。ふたりはどうする? また冒険者ギルドへ行ってくるか?」


 ここ二日間ほどは、ふたりは冒険者ギルドで軽い仕事を探していた。残念ながら良い仕事は残っていないらしく仕事にありついていない。

 下水掃除や薬草摘みはあるが、それはルーキーに置いておきたい依頼でもあるので。

 中途半端に実力が付いた頃、冒険者としては一番の悩みどころではある。これで無理をして格上の依頼を受けて帰ってこないことも多々あるので気を付けないといけない。

 もっとも。

 だからといってビビって簡単な依頼ばかり受けていると、いつまでたってもレベルは上がらないわけだが。

 時には勇気も必要だ。


「もうお昼ですので、まともな依頼も残っていないでしょう。わたしは読書でもして過ごしますわ。パルはどうします?」

「師匠といっしょに行ってもいいですか?」

「いいぞ~」

「じゃ、付いていきます」


 分かった、と返事をして立ち上がる。片付けは任せてくださいまし、と言うルビーに任せて、俺たちは家を出た。


「任せろっていうか、ルビーしか食べてなかったんだからルビーが片付けるのは当たり前ですよね?」

「あ、確かに」


 パルとふたりでルビーについて、あれこれ言いながら盗賊ギルドへ移動した。

 あんまり陰口は言いたくないので、軽めにね。パルもルビーを嫌っているわけではないので、バカにしているんじゃなくて、ちょっと言いたかっただけっぽい。

 ふたりが仲良しでなによりだ。賢者や神官のように仲良しに見えて内心はバチバチに争っている状態じゃなくて良かった。

 どっちかっていうと、初めから一歩引いてくれているルビーのおかげか。甘んじて二番手に控えているからこそパルに余裕が生まれている。

 出会った当初は、ちょっとパルが前のめりになっていたものな。ドキドキしたけど。危なかったけど。

 まぁ、今は落ち着いたのでヨシとしよう。

 ルビーの見た目はパルの少し年上程度の幼女に見えるが。

 なんだかんだ言って『大人』だというわけだ。


「いや、ロリババァか」

「ほえ? なんですか、師匠? あたし? あたしのこと?」

「いや、なんでもないよ」

「あたしはロリロリです」

「自分で言うな。俺の変態性が上がってしまう」

「ふひひ」


 ときどき見せるパルのイタズラっ子的な笑い方。

 好き!

 なんて雑談を話しながら、酒問屋『酒の踊り子』でいつもの符丁を合わせて地下のギルドへと下りていく。

 いつものように幻の壁を越えるとゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディがタバコの紫煙を吐き出していた。


「よう、おふたりさん。結婚の報告かい?」

「うん!」


 堂々と嘘をつく弟子だった。


「ははは! そりゃいい。いつだ?」

「もっと未来の話だ。結婚がホントでもおまえは呼ばん」


 ひでぇなぁ、と肩をすくめるルクスにパルはケラケラと笑っている。


「そういえばルクスさんは結婚してるの?」

「残念、パルちゃん。誰も私をもらってくれないらしい」


 ルクスは手の甲にもバッチリ入れられたタトゥーを見せながら、左手の薬指をアピールする。

 そこには指輪のひとつも付けられていなかった。

 つまり、結婚指輪はしていない。そんな相手がいないってことだ。まぁ、たとえ結婚していたとしても指輪を常に付けているかどうかは文化の違いで微妙なところだが。

 ドワーフは常に付けているイメージがあるが、エルフはあまり付けているイメージはない。種族文化の違いかなぁ~。

 エルフって金属系の装備を嫌うところがあるし、装飾も控えめな者が多い。ルクスのように全身に紋様のようにタトゥーを入れている者は古代遺産ばりにレアだ。


「ルクスさん、もうちょっと太ればモテそう」

「そう? パルちゃんだったらもらってくれる?」

「師匠の次で良かったら」

「愛人枠か。悪くないねぇ~」


 悪いよ!

 ウチのパルヴァスは浮気なんてしません!


「エラントはもらってくれないのか?」

「すまんな。年下が好みだ」

「だははははははは!」


 いや、そこまで面白いことを言った覚えはないんだが?

 というか、その下品な笑い方のせいじゃないのかね、おまえさんに結婚相手がいないのは。

 このゲラゲラエルフめ。


「で、そろそろ次の仕事をしようかと思ってるんだが……何かあるか?」

「あははは、はぁ~。んっ、んん。次の仕事ねぇ~。残念ながらあんた達に任せられる仕事は今は無いねぇ。う~ん……なにかあったかなぁ~……サーカスって知ってる?」

「サーカス?」


 いわゆる大道芸人の集団というか、それを大きなテントの中でやる大がかりなショー。

 だったか?


「そう、それ。パルパルは見たことある?」

「無いです。おもしろい?」


 パルが俺を見上げてくるが、俺は肩をすくめた。


「残念ながら俺も見たことがない。確か移動しながらやっているんだっけ。見に行こうと思わない限り、なかなか出会えるもんじゃないからなぁ」


 ほへ~、とパルはうなづく。


「で、そのサーカスがどうしたんだ?」

「もうすぐこのパーロナ国に来るみたいだから、暇なら見に行けば、と思っただけ」

「情報の押し売りかよ……」


 仕方がない、と俺はルクスに銀貨1枚を弾き渡した。


「昼食代ゲット。ありがたいね~、エラントくん。律儀な師匠ちゃんで助かる」

「へいへい」


 嘆息しつつ肩をすくめる。

 上納金だと思えば、まぁ悪くない。


「他に、何か面白い情報はないか?」

「面白いかどうかは分からないが――」


 そこでルクスは表情を入れ替える。

 真面目な顔だ。


「またあんた達のことを探ってる、という情報があるな」

「ほう」

「ディスペクトゥスの名前も込みで探っている。それなりに噂を広めたとは言え、そこを繋げてくるとは驚きだ」

「ふむ。なかなかの『情報通』ということか」


 そこまでは分からん、とルクスは肩をすくめた。

 盗賊ギルドで取り扱われる情報は、いわゆる『表』でもある。普通に売り買いされるものであり、よっぽどのヤバイ情報意外は誰でも買うことができる。

 いわゆる『公然の秘密』という感じに近い。

 対して『情報屋』という存在が扱う情報に、それは無い。物の良し悪しの判断を下さず、なんでもかんでも売ってしまう『裏情報』というやつだ。

 仮に、この裏情報がキッカケで戦争になろうと貴族が没落しようと情報屋は感情を動かしたりはしない。

 秩序に対して責任を持たないのが情報屋の仕事でもある。

 もちろん、簡単に情報屋の『情報』は手に入らないし、その存在自体を知らない者は多い。盗賊であっても知らない人間がほとんどじゃないかな。

 パルも首を傾げているし。

 知らないでいたほうがイイのかもしれないな。


「誰が探っているかの情報は掴んでない。いや、掴めないのかもしれない。ともかく、気を付けるこった」

「分かった。ありがとう」


 俺は中級銀貨をルクスに手渡した。

 さっきの1アルジェンティコインはルクスのは昼食代に消えるが、こちらは正式な情報量だ。ありがたく納入させてもらう。


「気を付けろよ、と私が言うまでもないか。何か困ったらいつでも言ってくれ。金額次第で助けてやるぞ」

「金額次第かよ」

「もちろん」

「いつの間にここは商業ギルドになったんだ?」

「さてね。でもパルちゃんは無料で助けてあげてもいい」

「やった! んふふ~、ルクスちゃん好きぃ」

「私も好きだぜ、パルパル。やっぱ嫁にもらってくれない?」

「師匠の次で良ければ」

「勝てないかぁ~!」


 お手上げ、という感じでルクスはバンザイした。


「パルちゃんがちゃんと守ってくれよ、師匠ちゃん。じゃないと、私の目覚めが悪い」

「善処するよ。ありがとう」

「じゃね~、ばいばい~」

「暇なら今度飲もうや」


 へいへい、と軽く返事をしながら俺とパルは盗賊ギルドを後にした。


「師匠」

「なんだ?」

「ふたりっきりはダメですよ」

「ルクスとふたりっきりは、むしろ俺が嫌だ」

「……それはそれで酷い。師匠はもっと女性に優しくするべきです」

「えぇ!?」


 そういうもんなの!?

 女の子って難しいなぁ。

 そう思いました。

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