~卑劣! いつか辿り着くべき理想郷~

 転移の腕輪に魔力が充填されたので。

 俺たちはジックス街へと帰ることになった。


「……またね、パル」

「うん! また会おうねサチ。あ、お別れのちゅーしなきゃ」

「……うん」


 パルとサチが手を合わせてちゅーしてる。

 くちびるをちょっぴり付けるだけの可愛らしいちゅー。

 うらやましい。

 どっちがうらやましいかと言われたら、気楽にちゅーできる女の子の立場がうらやましい、と言えるだろうか。

 俺も女の子だったらパルとかサチといっぱいキスできたのになぁ。

 と、思わなくもないが……実際に俺が女の子だったら女の子のことを好きになっているかどうか分からないので、まぁ考えるだけ無駄。


「むしろ勇者サマのことを好きになっていたのでは?」

「思考を読むのはやめてくれ、吸血鬼」


 もしかして眷属化ってご主人様に思考も筒抜けになってしまうの!?


「そんなうらやましそうに見ているからです。子どもでも分かりますわよ?」

「うっ」


 表情に出てしまっていたとは盗賊失格だ。


「サチ、わたしともキスしてください。これは恋愛ではなく友情なのですから」

「……うん、いいよ」


 ルビーは俺に流し目を送ってから、わざとらしくサチとキスしてる。パルの時より、ちょっと濃厚なキス……

 いや、もう表情に出てもいいやってくらいにうらやましいんですけど、やっぱり。


「師匠はあたしとすればいいんですよ」

「分かってる……でも我慢できなくなりそうでなぁ」

「あたしは我慢しますよ?」

「偉い偉い」


 パルの頭を撫でてやると、にへへ~、と嬉しそうに笑ってくれる。

 無邪気なんだけど、話してる内容が内容なだけに果たして無邪気でいいのか、とも思えてくるが……まっ、今はこんな関係を楽しむのでいいか。

 実際、本気でやろうとしてみせたらパルがちょっと躊躇してたし。

 どこかこのふわふわな関係性も楽しんでいるのかもしれない。

 たぶん関係性は変わらないけど。

 でも、何かが終わってしまう。

 そんな予感は、やっぱりパルも感じているのかもしれない。

 もしもパルに躊躇がなくなった時には。

 俺も覚悟を決めないといけないのだろうなぁ。

 それが10年後くらいだった、何も問題は無いんだけどね。


「学園長とミーニャ教授の見送りは無しか」

「……ふたりともヤバイ顔をしてた」

「分かる」


 うひゃひゃひゃひゃ、と女の子があげちゃいけない笑い声をあげていた。

 いや、ふたりとも『女の子』と呼称する年齢じゃないんだけど。

 ひとりは人類最古のハイ・エルフだし、もうひとりはハーフ・ハーフリングという世にも珍しい種族。どちらも人間種の中では一際幼く見えてしまう種族なので、ついつい『女の子』みたいな印象を受けるんだが、俺より年上なんだよなぁ。


「はぁ~……」


 未だにちゅっちゅしてるルビーとサチを見ながら、俺はため息を漏らす。


「師匠も混ざればいいのに」

「今のため息はそっちじゃない」

「あれ?」


 ちょっと面白かったので笑ってしまった。

 まだまだ他人の思考を読み切れないパルは可愛いなぁ~。なんて思いつつ、いつまでもちゅっちゅしつづけるルビーをサチから引き剥がした。


「……っ、はぁはぁ……危なかった」


 サチががっくりと膝を付きながら言った。

 なにが!?

 なにが危なかったんですか!?


「パルには後でやってあげますわね」

「いらない」

「遠慮なさらないでください。身内ですもの、加減はいりませんわよね」

「いらない」

「そうですか? なら仕方がありませんわね。パルの代わりに師匠さんにお願いするとしましょうか」

「あたしにお任せ!」

「ふふ、パルパルのそういうところ好きですわ」


 無駄に抱き付いてくるルビーを仕方がないという雰囲気で受け止めるパル。

 間に挟まりたい、などと思ってはいけない。

 その先は地獄だぞ。

 美少女同士が可愛くじゃれあっているのを邪魔してはいけない。勇者であろうと魔王であろうと、たとえ神さまや精霊女王であろうとも。

 間に挟まってはいけないのだ!


「……女の子ならいいと思います」

「どうやらサチと俺は宗派が違うようだ」


 仲良し女の子の間に別の仲良し女の子が入るのは、なんか嫌だ!

 やっぱりこう、ふたりっていうのが美しいと俺は思うね!


「……三人でもいいと思います」


 そう言ってサチはパルとルビーに抱き付いた。


「ぐ、ぐぅ……!」


 確かに素晴らしいものだった。

 俺の負けだ。

 三人派。

 認めようではないか!


「――って。これじゃいつまでたっても帰れん。ほれ、そろそろ切り上げるぞ、パル、ルビー。サチももういいか?」

「はーい」

「了解ですわ」

「……うん」


 報告も済ませたし、俺が勇者パーティの一員であったことも伝えた。

 それでも態度を変えることなく接してくれるサチやミーニャ教授はありがたい。果たして彼女たちは大物なのか、それとも個人主義なのか……まぁ、俺に興味がまったく無いとも言えるんだけど。

 というか、サチはパルが好き過ぎるだろ。ナーさまが一安心だから心開きまくってない? だいじょうぶ? 恋愛の神さまから声がかかったらナーさまと宗教戦争おこらない?

 いやいやそれよりも、だ。

 将来、サチとはパルを巡って明確なライバルになりそうで怖い。

 俺、負けたらどうしよう。

 パルだけでなくルビーも取られそう。

 泣いちゃう。


「どうしたんですか、師匠?」

「なんでもない」


 頬を少しだけ叩いて気分を入れ替える。勇者と再会して、少しメンタルが疲弊しているかもしれん。

 家に帰ったら、しばらくはゆっくり休むのがいいかもしれない。


「じゃぁね、サチ。まったね~」

「……ばいばい」


 いつでも会える、という安心感もあるのでお別れの挨拶は気楽なもの。そんなサチが手を振るのを見届けて、俺たちはジックス街へと転移した。

 深淵を感知することなく転移は完了。


「もうすっかり夜だな」


 神殿に閉じこもっていたので空は見えてなかったが、転移した先はジックス街の外。

 見上げれば満天の星が輝いていた。


「そういえば、星が見える時には月がいないよな」


 満月の時は月が明かる過ぎて他の星が見えなかったりする。やっぱり太陽といっしょで精霊女王たちの威光で眩しいのだろうか。

 でも月は太陽よりも眩しくないので、やっぱり精霊女王たちは優しい雰囲気がある。

 もっとも。

 それは確定した情報ではなく、単なる憶測なのだが。


「師匠~、早く帰りましょ」


 しばらく帰ってなかった我が家。

 パルにとって『帰る』という行為そのものが、なんだか楽しそうだ。


「おう。慌てて転ぶなよ、お嬢さん。あとスリに気を付けたまえ。世の中、悪い人がいっぱいだ」

「ふふ。今さらそんな人に襲われませんよぅ。あたし、これでも強くなりましたから」


 そうだな、と俺はパルの頭を撫でる。


「しかし分からんぞ。世の中には俺より強いスリがいるからな」

「マジで!?」


 いるいる、と嘘をついておいた。

 出会ったことはないけど、たぶんホントにいるだろうし。

 ヨボヨボの老人に見えるお爺さんが、実は若い兄ちゃんが変装した盗賊だった、なんて話は普通に転がってるし。

 なんなら、そのあたりに歩いている『普通の冒険者』が俺より強いことなんて普通にある。場合によっては引退して武器屋をやっているおじさんが、実は凄い実力があってスキルの腕だけは衰えていない、ということもあるだろうし。

 世の中、舐めてかかれるほど甘くはない。


「油断していたヤツから死ぬぞパル。油断は禁物」

「はーい」


 ちょっぴり落ち込んでしまった弟子に、俺は手を差し出す。それだけでパっと顔が明るくなるのだから可愛らしい。


「えへへ~」


 パルと手を繋いで歩いて行くけどルビーはニコニコして何も言わなかった。たっぷり血を舐めたものだから機嫌が良いのかもしれない。

 そのままジックス街へ入ると――いろいろな視線にさらされる。

 ひとつは盗賊からの視線。

 スリもいるだろうし、旅人を狙った詐欺師もいる。

 それらの視線はフイッと一瞬で無くなる。ターゲットから外されたからだ。

 しかし、残っている視線はあった。


「う……」


 珍しくパルがたじろいだ。

 その視線は物乞いからの視線で……パルと同じくらいの女の子のもの。汚れた髪と服でこちらを見て、逃げるように路地裏に消えてしまった。


「待っ――」


 パルが、待って、と言う間もなく、その姿は闇に消える。


「追いかけるか……?」


 今からなら余裕で追いつけるはず。

 しかし、パルは首を横に振った。


「なにかできるわけでもないし……あたしじゃ傷つけるだけですから」

「そうか」


 俺は愛すべき弟子の頭を撫でた。

 パルは一歩を踏み出し、俺にブラフでも勝利をもぎとった。その結果、ここでこうして俺の隣に立っている。

 その勇気がなければ。

 称賛するべき一歩が無いのであれば。

 助けることはできない。

 ほどこしと援助は別物であり、恵むことと救助もまた、別物だ。


「……難しい問題だな、こればっかりは」


 孤児を助ける存在はある。

 でも、助けられたその先で馴染めなかった者やパルのように身の危険を感じた者は、そこから逃げ出すしかない。

 馴染めなかった者、逃げ出した者、それらの人間を助ける術は……果たして存在するのだろうか。

 もちろん、ひとりやふたりなら俺だって助けられる。

 だが、その全てを助けられるかと言われれば、無理だ。

 それでもいいから助けろ、という意見もあるかもしれないが……それは命の選別に似ている。

 こっちを助け、あっちを助けない理由は無い。

 いや。

 むしろ俺の場合、もっと最悪だ。

 ロリコンである俺の場合、『少女』を助けるわけにはいかない。どう考えても下心が最悪に透けて見えることになり、それは一種の奴隷契約と変わらなくなってしまう。

 パルだって覚悟していたはずだ。

 俺が手を出さなかったのは、たまたまかもしれない。

 もしも好きにしてよい自分の所有物のような少女を手に入れたら――俺は、おかしくなってしまうかもしれない。タガが外れたように、狂うかもしれない。畜生にも劣る人間に、成り下がってしまうかもしれない。

 隣にパルがいようとも、後ろにルビーがいようとも、だ。

 自分がそんな人間だなんてひとつも思っていないけど。

 人が、簡単に変わってしまうことは、良く知っている。

 いい意味でも。

 悪い意味でも。

 人間なんて、ころっと簡単に堕ちてしまうものだ。


「魔王を倒したら」

「ん?」


 パルの言葉に。

 俺は思考から戻ってきた。


「魔王を倒したら、あたしみたいな孤児はいなくなりますか?」


 無関係だ。

 それは、まったく関係ない。魔王と孤児は、まったく関連性がなく、この世界から魔王がいなくなりモンスターが全て消えたとしても。

 孤児はゼロにはならないだろう。

 だけど――


「魔王を倒しただけで勇者の物語は終わらない。次の物語が始まる。その時はパルが新しい目標を立てれば、あいつは手伝ってくれるかもしれん」

「あたしがやるんですか?」

「俺は手伝うぜ?」

「……はい!」


 いつかこの世界から孤児がなくなる方法を探す。

 それはきっと。

 魔王を倒すよりも困難な道のりだろうけど。

 偽善であってもいい。

 理想を追い求めることも、『一歩』を踏み出さないと何も始まらない。


「ふたりとも~。早く帰りますわよ~」


 前を歩きながらルビーが手を振っている。

 俺たちはそれに追いつきつつ、ちょっとした理想の世界を語り合うのだった。

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