~卑劣! 大神さまがみてる~
転移の腕輪のチャージが終わるまで、もうしばらく学園都市で待機することになった。
「師匠ししょう~。修行はしなくていいんですか?」
「サチといっしょに何かやってみるか? なんなら冒険者ギルドで依頼を受けてきてもいいぞ?」
これまで時間さえあればパルの修行やスキルの訓練を行っていたのだが……久しぶりに友達と会った時くらいはのんびりさせてあげたい。
特に魔王領での目的は果たしたばかり。
しばらくはゆっくりしてもいいんじゃないか、とも思う。
まぁ、やることもないんだったら依頼を受けて経験を積んでもいいし、パル自身が強くなりたいと望むのなら戦闘訓練を行ってもいい。
「どうするサチ?」
「……私はのんびりしたい」
「じゃぁそうしよう! 師匠遊んできていいですか~?」
問題ないぞ、と俺はパルの頭を撫でた。
「気を付けてな。ごはんを食べさせてあげるとか言って近づいてくる知らないおじさんに付いていっちゃダメだからな。悪いヤツに騙されるんじゃないぞ」
「あはは。あたしが逆に騙してやりますよ!」
それもそれでどうなんだ?
なんて思っている間にパルとサチはいっしょに出掛けていった。
手をつないで仲良しな光景は非常に眼福である。
素晴らしい。
ララ・スペークラに見せてやって、永遠の絵画として保存してもらいたい。
「恋愛より友情なのかしら?」
残されたのは俺とルビーだけ。ミーニャ教授は学園長に相談しないと、とランドセルを背負ってガチャガチャと走って行ってしまった。
言わなかったけど、ミーニャ教授もランドセルが非常に似合う。
無敵か?
ランドセルを背負った少女は、漏れなく無敵になるのだろうか?
詳しく調べたいところだ。
「良からぬことを考えていますわね、師匠さん」
「なんのことだ? 俺にはサッパリ分からないな」
心が読まれているというか、表情が読まれたのかもしれない。
ひとつ、大きな山を乗り越えたので肉体が油断してしまっているのかもしれないな。
気を引き締めなければ。
俺はむにゅむにゅとほっぺたを揉み込んでおく。
そんな俺を見て、ルビーはくすくすと笑った。
ナー神殿の中でほがらかな笑い声だけが響いた。おごそかで神聖な空間だというのに、そこで可愛らしく笑っているのが吸血鬼、というのがなんとも皮肉的だと思えた。
「ねぇねぇ、師匠さん」
ナーさまの影人形を前に横長の椅子に座っている俺へ、ルビーは少しだけ距離を詰めてきた。
「わたしも頑張ったと思いません?」
ピト、と肩をくっ付けてくるルビー。
「勇者の件か?」
「勇者サマの剣をお世話した覚えはありませんが、勇者さまの関連で頑張ったことは間違いありませんよね? ね?」
「いちいち茶化さないと会話できないのか、おまえは」
思いついてしまったんですもの、とルビーはくすくすと笑う。
「しかも下ネタだし」
「え?」
「え?」
あ、やべぇ。
そのままの意味だった。
剣は剣ですよね、うんうん。
「いや、なんでもない。ルビーは頑張ったよ、うんうん」
「あ、はい」
こほん、と俺たちはお互いに咳払いをした。
便利な間の取り方というか、一端会話状況をリセットするのに持ってこいである。
「と、いうわけで~」
「血か」
「うふふ。吸わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
断る理由もないので、俺はうなづく。
「いいぞ。本来はもっとルビーに感謝しないといけないんだろうけどなぁ……」
それこそ、人生を捧げるぐらいの価値がある。
ルビーがいてくれておかげで、いろいろと状況は変わった。
俺とパルだけでは、どうしても魔王領へ行くのが遅れただろうし、勇者を助けるには間に合わなかった可能性だってある。
転移の腕輪は、あくまで知っている場所しか行くことができない。
つまり、俺が転移できるのは――あの丘から見下ろす断崖絶壁の向こう側。せいぜい魔王領のはしっこに転移するのが精一杯だった。
それをルビーのおかげで勇者たちよりも先回りすることができただけで。
本来ならば、パルの修行を終えた後にふたりで魔王領を一から追いかけるつもりだった。
もしもそうだったら――
勇者アウダクスは乱暴のアスオェイローと引き分けたが最期。
再戦も敵わず、どこかで野垂れ死んだ可能性だってある。
もしもルビーと出会わない世界で、仮にも時間遡行薬を作ることができたとしても。勇者に追いつき、薬を渡すことは不可能だったのではないだろうか。
いや。
それ以上に、どれだけパルを強くしたところで盗賊ふたりで魔王領に行くなど自殺行為にも等しい。
結局は、なにもかも手遅れになって、勇者のことなど忘れてしまって。
俺はパルとふたりで盗賊として生きていくことになった……の、かもしれない。
実力はそれなりにある。
普通に、盗賊ギルドのメンバーとして成り上がることはできただろう。
……それもまた、ひとつの結果だ。
ルビーがいなかった世界では、そうなっていた可能性が高い。
ましてやルビーは魔王直属の四天王のひとり。
それが、こうやって味方をしてくれているのがなにより感謝すべき状況であり。
俺とルビーの力量差から考えても、俺は今すぐ眷属化されて自由を奪われたとしても、なんら文句を言える筋合いは無いとも思う。
「俺を眷属化して、好き放題にしてもいいぞルビー」
「――それ、本気で言っていますの?」
珍しくルビーは表情を硬くして俺を睨みつけた。
ただでさえ美少女。
まるで凍り付くような迫力があるのは、吸血鬼というだけでは無いだろう。
「すまん。だが、俺にできる礼なんて、それくらいだろ?」
「嘘が下手ですわ、師匠さん。師匠さんにできることなんて、それこそ山に生えている木よりも多いです。なんなら今すぐ抱いてくださってもいいんですのよ? 師匠さんは幼い少女に手を出すのを躊躇されるくらいには良識と優しさがあるステキな殿方です。でも、残念ながらわたしは年上ですので。ロリコンの夢を叶える者です。ロリババァです」
「自分で言ってしまうのか、それ」
「ふふ。どうします師匠さん。わたしがお礼に抱いてください、と頼んでしまったら?」
「……難しい問題ですね」
「ちょっとちょっと、こっちを見てくださいまし」
現実に向き合いたくないのでルビーから視線をそらしたが、それも許されないらしい。
「安心なさってください。師匠さんがその気になるまで待っていますわ」
「……ありがとう。というべきなのかどうか、微妙だな」
「いつでもいいんですのよ? 今日の夜でもかまいませんし、今からでも」
ルビーは俺の腕にからみつくように身体を寄せると、太ももをスリスリと撫でてくる。
まるで立場が逆じゃないのかこれ、なんて思いつつも俺はまたしても視線を斜め上にあげておいた。
「ふふ、かわいい」
「からかわないでくれ。これでもおっさんなので、かわいいと言われたらどういう反応をしていいのか分からん」
「わたしからしてみれば人間種の年齢なんて誤差です。赤ちゃんとそんなに変わりませんわ。文字通り、赤子の手を捻るようなものです。ホントにやると可哀想なので、この言葉を作り出した人間種は今すぐ滅びるべきですけど」
相変わらず人間大好きな吸血鬼だな。
「はい、抱っこしてください」
ルビーは立ち上がると、俺の前に移動してパチンと指を鳴らした。途端に足元から黒い影が溢れるようにルビーの姿を包み込み、泡が弾けるようにして消失する。
黒影の中から出てきたのは――紅色のドレスを着たルビーだった。
「どうですか師匠さん。似合います?」
「あぁ。すごく綺麗で可愛いよ」
「ふふふ。光栄ですわ」
ルビーは両手を広げる。彼女を受け入れるように俺も両手を広げると、ルビーは飛び込むようにして抱き付いてきた。
俺をまたぐようにして椅子の上に膝立ちになると、そのまま腰を落とす。向かい合うようにして座っている状態となった。
スカートをばさりと広げるようにして、俺の足がすっぽりと覆われてしまう。そのままルビーが俺の首の後ろへ両手をまわした。
後ろに転がらないように、俺はルビーの背中に手をまわして支えてやる。
「ありがとうございます師匠さん。いま、わたしの下着が直接師匠さんの下半身に触れていますわね」
「そ、そうですね……」
「うふふ。まぁ、それがどうしたっていう話なのですが。どうします?」
「どうもしない。どうもしないぞ、俺は」
「はい。がんばってくださいね師匠さん。我慢できなくなったら最低ですよ? 大神ナーが見ている前で吸血鬼を犯すなんて。勇者パーティの一員とは思えない所業です」
マジで最低な盗賊になってしまうので。
なんとしてでも我慢しないとダメになってしまったではないか、こんちくしょうが!
「ふふ。ふふふふ。あぁ、なんてイジらしいのでしょう。好きですわ、師匠さん。もちろん血だけでなく、あなたの全てが」
「そいつはとても嬉しいね」
「えぇ。ですので、いつかはわたしのことも愛してくださいな」
ルビーはそう言って俺の首筋に顔を寄せる。ぞわり、とした感覚は舌で舐められたからか。そのあとに、少しの痛みがはしる。
熱さのようなものを感じた。
牙が立てられ、血がにじみでたのだろう。
ぴちゃり、ぺちゅり、とルビーが血を舐めとっていく。
「ふ、あ、はぁ……いつ味わっても美味しい。ますます甘くなっているように思えます。好き。好き好き、師匠さん。大好きです。とてもとても愛していますわ……」
「そいつは良かった」
恐らく世界で俺だけじゃないだろうか。
血を褒められているのは。
できれば顔とかも褒めてもらいたいところだ。
「顔も好きですわよ?」
「取って付けたような言葉だなぁ」
「嘘ではありませんわ。だってキスしたいくらいですもの」
ルビーはそう言って俺のくちびるに自分のくちびるを重ねた。避けるヒマもない。こういうところが吸血鬼なんだろうか。強い。
「ん~、ちゅ」
たっぷりと俺の口の中を楽しんだようで、ルビーはくちびるを離す。
「血の味がした」
「うふふふ。では、もう少しだけ」
ルビーは再び俺の首筋に舌を伸ばす。
その間、俺はルビーを抱きしめるように身体を支えていたのだが。
俺の視線の先にあるのはナーさまの影人形。
目を閉じているとは言え、やっぱり神さまに見られているような気がして。
ちょっぴり恥ずかしい気分でした。
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