~卑劣! ばーさすアンブラ・プレント~ 2 +おまけ
奇妙な植物であるアンブラ・プレント。
まさに動く植物と言われるだけのことはあり、その言葉以上の行動を俺たちに見せつけた。どうにも、不用意に近づくとそれだけで攻撃を加えられ、毒のある棘で刺されてしまう。
歩くダンジョンという名も間違っておらず、足元にはツタのような物が張り巡らせており、触手のごとく襲い掛かってくるようだ。
「ふむ」
腐臭のただようフィールドで、俺は聖骸布を鼻の上まであげた。においを防止するという意味でもあるし、能力向上のスイッチを入れる。
赤から黒へと変わった聖骸布を確かめるように触りつつ――パルの位置を確かめた。およそ街の方角にいることが直感的に分かる。
今ごろ何をやっているんだろうな。
賢者と神官と仲良くやれれればいいのだが……まぁ、そこは女性同士のほうが上手くいくと考えられるか。
パルには勇者パーティの盗賊として合流してもらう予定だったわけで。
できれば賢者と神官――シャシールとウィンレィとは仲良くなってもらいたいものだ。
そういえば、この聖骸布同士の位置が分かる特殊な機能。聖骸布を持つ人物がどこにいるのかおよそ分かるんだけど……パルのやつ、これをすっかり忘れているな。
勇者がどうのこうの、というよりも、俺の仲間だというのがこれを使えばハッキリと分かったはず。
なにかこう妙に悩んでいる姿も見ていたし、何度か魔王領に来てるというのに。そのあたりに反応しなかったってことは、この特殊機能を使ってなかったってわけだ。
常に使っておけ、とは言わないが。
気になっていることがあるのにそれを忘れているとは情けない。
ギフトとして記憶能力を持っているくせに、それを使いこなせていないわけだ。
「あとでお仕置きだな」
なんて。
そんなつぶやきをしつつ、俺はアンブラ・プレントのフィールドのギリギリ端っこに移動すると、しゃがみ込んで足元を観察する。
「あった」
まるで切り取られたかのように円形に森の草木が無くなっているフィールド。その中がアンブラ・プレントの間合いとも言うべきなのだろうが、それを示すようにツルの先端を発見した。
「切れるか?」
俺の声に勇者が近づいてきて覗き込む。安全を確保するために盾を俺の前に差し出すようにかまえた。
「やってみる」
せーの、と合図しつつ投げナイフを突き下ろした。
手応えは――甘い。
切断はできず、ツタを地面に縫い止めたような形となり――
「防御!」
「おう!」
跳ね上がるように姿を見せた周囲のツタが俺たちの方向へ棘を射出してきた。
アウダはそれを防御し、俺は刺さらないように身を屈めた。
「ふぅ」
それで攻撃は収まる。
あくまで反応した場所に向かって攻撃が一度起こるだけで、追撃といった行動はない。
そのあたりは植物らしい『反応』というべきか。
むしろ『反射』で行動してるだけ、とも言えるだろうか。
近づいてきた生き物を棘で刺し、興奮状態にすれば近くで暴れ始めてしまう。そうなると余計にツタや本体を刺激することになって、棘が刺さり、致死量へと到達する。
あとは腐り果ててアンブラ・プレントの養分になるのを待つだけ。
「なんちゅう生き物だ。いや、植物だったか」
戦士ヴェラが肩をすくめつつため息をついた。
間違ったのも納得のできる『植物』からの逸脱ぶりだ。
「植物も生き物っていうことだろう。これからはサラダも感謝して食べないといけないな」
勇者の言葉に、ヴェラだけでなく俺も肩をすくめた。
世界中の植物が牙を剥いてきたならば、この世で一番強いのは肉食のケモノではなく、草食獣ということになってしまう。
山の中で暮らす鹿や野兎がどれほど恐ろしいことか。
まぁ、ダンジョンで出会うウサギはやばいけど。初心者のウチは逃げたほうが無難な相手だ。
「普段はこんなのが動き回ってるんだろ? 今は子育て中で止まっているが」
花が咲いてるっていうことは、そういうことらしい。
普通は逆なんだけどなぁ。花が枯れて、そこに種子ができるっていうのに。
まったくもって魔王領の植物は理解の範疇を越えている。
「ということは、こいつ……交尾したのか」
「「交尾っていうな」」
ヴェラの言葉に俺とアウダの声が重なる。
「植物でも交尾してるっていうのに、おまえらと来たら……」
「「ど、童貞バカにすんなし!」」
またしても勇者と言葉がかぶった。
「……アウダ。おまえ、まだ童貞だったのか」
「うるさいなぁ。僕よりもエリスが童貞で一安心だ」
「なんだと?」
「パルヴァスちゃんが無事で僕は安堵したんだ。おまえが童貞を卒業していたら、僕はいま、君に殴りかかっていたかもしれない」
「それはそうだ。うん」
「童貞バンザイ」
「童貞バンザイ」
ひゅー、と俺とアウダは拳を突き合わせた。
「はいはい。童貞野郎同士の仲良しごっこは気持ち悪いのでやめてください。今はあの交尾野郎を仕留めるのが先だ」
まさかアンブラ・プレントも交尾野郎という不名誉極まりない名前で呼ばれるとは思うまい。
「何か作戦はあるのかい、ヴェラ」
「燃やすってのはどうだ?」
「おまえはやっぱりアホだな」
ああん、とヴェラが俺をにらんでくる。
「依頼内容はアンブラ・プレント、もしくは種子、苗木の取得だろ? 燃やしたらアウトじゃねーか」
「あぁ、そうだった」
倒すことしか頭になかったらしい。
やはり戦士職は頭の中まで筋肉になってしまうのだろうか。恐ろしい。俺は絶対にこうはならないことを雲の上にいらっしゃる光の精霊女王ラビアンに誓った。
「しかし、どう考えても捕獲は無理だろうよ。縄で引っ張るにしても、それ事態が不可能じゃねーか」
「そんなことはないぞ、ヴェラ。全てのツルを切断するか、もしくは全ての棘を無効化さえすれば本体に近づける」
勇者の作戦に俺は却下と伝えた。
「日が暮れるってレベルじゃないぞ、それ。ここは素直に本体を倒して種子、もしくは苗木を探すのが一番じゃないか?」
「それが現実的か」
アウダは肩をすくめた。
「で、どうするんだ?」
方針は決まったものの、結局倒すことには違いがないので振り出しに戻った感はある。
う~む、と悩む俺たちだが、アウダが声をあげた。
「エリス。輪投げの要領でナイフを投擲してみてくれ」
「輪投げ?」
各国のお祭りには、大抵ちょっとした子ども向けゲームの出店がある。その中でも良く有るお店が輪投げだ。
お金を払って木製の輪を投げ、得点が書かれた棒に入れる単純なゲーム。遠いところの点数は高く、近いところは点数は低い。獲得した点によって、景品であるお菓子の豪華さが変わってくる。
もちろん、ひとつも入らなくてもオマケがもらえるので、子ども達に人気の出店だ。
「輪投げのように上から落とせばツタは防御できないんじゃないか?」
「なるほど。やりたいことは理解した」
ただし――
「そんな簡単にできると思うなよ」
「できないのかよ、盗賊」
「投擲と別のスキルだろうが、こんなもん!」
真っ直ぐ横に投げるのと、狙った場所にピンポイントでナイフを投げ落とすのでは、まったく違う能力なんですが、勇者さまにはそれが分からないらしい。
「ほれ。とりあえず僕の頭に突き刺してみろ」
「やってやらぁ!」
というわけで、俺は少し離れるようにバックステップで後ろに下がると、思い切り空へ向かってナイフを投擲した。
俺、勇者、戦士がナイフを見守り――落ちたのは勇者がいた場所。もちろんアウダはそれを避けたが。
「出来た」
「出来たな」
「出来るんじゃねーか」
がっはっは、とヴェラが笑ったところで、なんというかしょうもない才能が自分に有ったもんだ、とがっくりと俺は肩を落とした。
パルみたいなギフトが良かったなぁ~。つくづく、俺は神に愛されてない。
まぁ、生まれた瞬間に捨てられるような人間なので、愛されてるわけがないんだけど。
「よしヴェラ、警戒だ。俺も防御しておく。いつでもいいぞ、エリス」
「はいはい」
とりあえず、何度か頭の中でイメージしてから上空へ向かってナイフを投擲した。
真っ直ぐ投げた時とは違ってツタは反応していない。
ナイフはそのまま落ちていき――本体のすぐ近くに落下した。その周囲のツタがビクリと蛇のように鎌首をあげる。
しかし、一斉に反応はしたものの棘は射出せず、ウネウネと動いただけで停止した。
「外れたぞ、おい」
「いきなり完璧になるかよ。風の影響を受けるのを忘れてた」
さっきの練習では森の木々が風除けになって、ある程度のブレは抑制されたのだが。本番環境では、木がひとつも無い状況なので、風の影響をモロに受けることになった。
そのせいで外れたんだろう。
やっぱ才能無かったわ、俺。
神さま文句を言ってすいませんでした。
「だが、得る物はあったな。やはり上空からの攻撃には反応しない。棘も射出することなく、ツタが動くだけだった……さて、これを利用するにはどうすればいい?」
アウダが、ふ~む、と考え込む。
「上から攻撃か。あのチビっこを放り投げて攻撃してもらうか?」
「パルに危険な役目を押し付けるなヴェラ。それをやるなら、俺が行く」
失敗したら最後、全身に棘が刺さるだろう。
誰がそんな危険な役目をパルにやらせるか。まったく。
「じゃ、エリスが行けよ。おまえさん、転移できるんだろ?」
転移の腕輪を見てヴェラが肩をすくめる。
無理だと分かってるような態度だなぁ、もう。
「こんなところで、しかも植物相手に刺し違えたくないな」
「だよな」
恐らく転移攻撃は成功する。
が、他の生き物と同じで植物であっても攻撃は止まらない。勇者アウダが俺への攻撃をワザと止めたように、アンブラ・プレントは本体を断たれたからといって攻撃を停止させるとは思えない。
またアンブラ・プレントは『視覚』で攻撃しているわけではなく、気配察知や反射というもので攻撃してきている。空気の流れを感知しているのかもしれない。
つまり、多方から同時に攻めたところで意味はないし、なにより盗賊の代名詞たる『バックスタブ』が絶対に実行不可能という相手だ。
なにせ、どっちがアンブラ・プレントの背中か、分かったものじゃないのでね。
さてさて、どうしたものか。
空がダメなら地面でも掘っていくか?
それだと棘を全て避け切るほうが、よっぽど楽だしなぁ。
「いいこと思いついた」
腕を組んで考え込んでいたアウダが顔をあげて楽しそうに言った。
いや、実際にこの戦闘を楽しんでいるのだろう。
アウダらしいと言えばらしいのだが、勇者らしくはない。
ま、たまにはいいか。
「みんな耳を貸してくれ」
「聞かれても問題ないだろ」
アンブラ・プレントに目も耳もないのだから。
「こういうのは雰囲気が大切なんだよ」
分かるような分からないような。
とりあえず、俺たちはアウダと額を突き合わせるようにして、勇者の勇者らしくない作戦を聞くのだった。
~☆~
一方その頃、女性陣は――
「ダメよ、パルちゃん。女は押しの一手なんだから」
「そんなことないですパルちゃん。時には慎重な一手も必要です」
「え、えぇ~?」
賢者と神官の正反対の意見に、パルヴァスは混乱するように首を両者へと振った。どちらの意見も合っているような、どっちも間違っているような、そんな気がしないでもないパルヴァスは真なる意見を求めるようにルゥブルムを見る。
「わたしは押しの一手に賛成しますわ。師匠さん、あれでいて押しに弱そうですもの。全裸で土下座すれば一撃です」
そんなのダメですからね、と神官は慌てるように否定した。
賢者もその強引さには否定的なようで、
「それは下品よ。いいえ、下劣と言ってもいい」
と、ルゥブルムの意見を一刀両断した。
なんとも意見がまとまらないものだ、とパルヴァスはお皿の上に山盛りになったポテトフライに手を伸ばすと、先っぽからあむあむと食べていく。塩の利いた美味しさに思わず二本、三本と食べてしまう美味しさがあった。
「それにしても若返るっていいわね……遠慮なく揚げ物が食べられるわ」
「そうですね。太る心配が無いっていうか、お肌の心配が無いというか……」
賢者と神官もポテトフライをつまみながら、自分の頬に手を当てる。明らかにスベスベとなった肌に感謝するように述べながらも、手の甲の無くなったシワに口元が緩んでいくのを止められないようだ。
「とりあえず、賢者さんも神官さんも師匠のこと嫌いにならないでくださいよ」
パルヴァスはそういうと、渋々ながらもふたりはうなづいた。
「まぁ、感謝はしてる。いえ、感謝するべき、かしら。とにかく若返れたんだから、何の文句もないわ。これで勇者さまの愛を受け入れる準備は整ったのだから、いつでもイケる」
「何を言っているのです、賢者ともあろう御人が。それは全て魔王を倒してから。そして、その愛を受けるのは私です」
「言ってくれるわね、ウィンレィ」
「あなたこそ、抜け駆けができると思わないでくださいねシャシール」
ふたりの若い乙女は額を突き合わせる勢いで睨み合うが……先ほど同じような状況でルゥブルムにキスされてしまった賢者は慌てて顔を引き離した。
「私はあなたなんかにキスしませんよ」
「わ、分かってるわよ……全てこの吸血鬼が悪い」
「うふふ。公平に神官サマにもキスをしましょうか? ここはわたしの城です。『みんな仲良くしましょう』が今月のスローガンですので。ケンカするようでしたら容赦なくくちびるを奪いますので、そのつもりでいてくださいね」
堂々と嘘をつく吸血鬼だった。
「飲み物をお持ちしました」
と、扉が開いて下半身がサソリのアンドロが入室してくる。下半身のサソリ部分のハサミで器用にトレイを持っており、その上には液体が入っているボトルが何本かあった。
「ホントによろしかったんですか?」
そんなボトルをテーブルに置きながらアンドロは上司へ確認する。
「なにがですの?」
「お酒。昼間から飲むつもりですか?」
「親睦会ですもの。お酒があってもよろしいではないですか。はい、アンドロも座って座って。って、あなたいつも座っているようなものですわね」
おほほほほ、と笑う吸血鬼をアンドロは睨みつけた。
「種族蔑視発言として魔王さまに訴えさせて頂きますが、よろしいですかサピエンチェさま」
「嘘ですごめんなさい調子に乗りました」
支配者である知恵のサピエンチェは、部下に堂々と土下座をして謝る。
そんな様子を見て、賢者と神官は少し驚くような呆気に取られるような表情を浮かべたが。
「あはははは!」
パルヴァスは友人のマヌケな姿に、ゲラゲラと笑うのだった。
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