~卑劣! ばーさすアンブラ・プレント~ 1
理由はさっぱり分からないが――
何故だか俺と勇者は汗だくになった。
おかしいなぁ、大した運動なんてしてないはずなんだけどなぁ。
とりあえず俺と勇者の汗が引くのを待って、東の森を進むことにした。
「無駄な時間だった」
ひとり無事だった戦士殿が肩をすくめている。
「何のことだかサッパリ分からないな」
後ろでヴェラのつぶやく言葉に、勇者アウダはとぼけた答えを返した。
本来ならぺちゃくちゃと喋りながら討伐対象を探すなど言語道断なのだが……今回の相手は植物だ。目もなければ耳もない。
そんな相手に対して静かにしたり気配を消したりしてもあまり意味はないだろう。
加えて――
「なんだあれ……」
思わず俺はつぶやいてしまう程度には、森の中に奇妙な野生動物もいる。
鹿と馬が合わさったような生物がちらりと見えたが、こちらの気配に反応してか去っていった。
無用な戦闘を避けるためにはアウダとヴェラのおしゃべりが丁度いい。
クマみたいな生物とバッタリ遭遇してしまったら戦闘は避けられないので、ワザと声を出しながら移動するのも悪くはない。
逆に、モンスターがいれば襲い掛かってくることになるのだが。これもまた別の考え方によって肯定される。
つまり、最悪のパターンとしてアンブラ・プレントとの戦闘中にモンスターと遭遇してしまうこと。下手をすれば挟み撃ちのようになってしまうことは避けたいので、襲い掛かってくるのであれば先に来てもらいたい。
もっとも。
吸血鬼クラスの恐ろしく強いモンスターに遭遇したくはないが。
「問題なし、と」
ガサガサと地面に生えている硬い植物の葉を踏み鳴らし、周囲を探索する。
アンブラ・プレントの棘は木に刺さっている物ばかり。地面に落ちている物はそれほど見つからないので、すでに罠として発動した跡なのかもしれない。
「ふむ」
少しばかり掘り返されたような土の穴を発見したので観察してみるが……棘は無く、穴があいてるだけ。
もぐらの掘り返した跡かもしれないし、未知の動物の可能性もある。
棘が埋まっていた後とは言い切れなかった。
魔王領、サッパリ分からん。
「どうしたもんかねぇ」
ガリガリと頭をかいているとアウダたちが追いついてきた。
「盗賊が役に立てないってなると、マジで追放した意味があるな」
「同感だ。俺もそう思う」
笑えない真実に俺たちは肩をすくめた。
戦闘以外で活躍できる場面が多かっただけに、戦闘以外で活躍できなくなったとすれば、それはもう本当の意味でお荷物だ。
狩人には負けるにしても、森や洞窟の中ではそこそこ役に立つ斥候ではあったのだが。魔王領では動物の行動などが違い過ぎて、今までの知識と経験がまったく役に立たない。
動物の足跡を見つけたとしても、これがどんな動物で危険度はどのくらいあって、何日前に通ったのか、という情報が何も読み取れなかった。
まったく。
今さら別行動していたのが正解だったと思い知らされることになるとは。
なんとも因果なものだ。
「まぁ、頑張れエリス。罠にかかってもオレが助けてやるよ」
「頼りにしてるぜ、ヴェラ」
こんな森に罠なんて無いと思うけど。
「僕も頼りにしてくれよ」
「そりゃおまえ次第だな」
盗賊が酷いことを言う、とアウダの声を背中で聞きながら再び先行した。
やはり生態系が違うというか、文化が違うというか、生き物の気配みたいなものがそれほど感じられない。
風が無いとは言え、異常な静かさだ。
これが魔王領での『普通』なのかどうか。そして、この森についての『普通』であるのかどうか。やはり判断ができない。
なんて思いつつ歩いて行くと、嫌なにおいが漂ってきた。
「これは……腐臭か」
思わず吐きそうになるほどの腐ったにおい。
近くに動物の死骸でもあるのかと思い、周囲を探索したが……見える範囲には無い。そんなにおいを発する花があると聞いたこともあるのだが、黒い森の中で花が咲いている様子もなかった。
「これはどこからのにおいだ?」
そういえば、今は秋。
実りの季節とも言えるはずなのだが……この森では木の実がなっている様子もない。どれもこれも硬そうな木で、幹も葉っぱも黒いだけ。
鮮やかな森が恋しくなってくるが、腐臭が現実へと引き戻してくる。
「……」
俺は後ろのふたりに、来てくれ、と合図。
一応は警戒しつつもアウダとヴェラは足早に俺の元まで来ると、においに気づいたのか表情を歪ませた。
「これは……強烈なにおいだな」
「どっかに死体置き場でもあるのか? 鼻がひん曲がりそうだ」
案外、ヴェラの言葉が当たってそうでもある。
もしかしたら、この森は墓場として利用されているのかも。魔王領の埋葬は土葬でも火葬でもなく、自然葬――だとか?
「においの元へ行ってみるか?」
「そうだな。アンブラ・プレントを探すにしても、こっちが気になる」
もしも人間種の死体が大量に転がっていたら?
今までの話の前提がひっくり返ってしまうし、なんならルビーに問い詰める必要がある。もしかしたら、この時点でルビーの裏切りを認めて、敵対しないといけないかもしれない。
その可能性は……まぁ、無いと思うけど。
でも、確率をゼロにするためにはきっちり調べて情報を得ないといけない。
これこそ盗賊の仕事だろう。
「……しかし、キツイ仕事だ」
腐臭の発生源を調べる、ということは腐臭がにおってくる場所を特定するということ。できれば嗅ぎたくないにおいを追うっていうのは、なんともツライなぁ。
ただでさえ吐きそうになってくるほど強烈なにおいだが、それも段々と麻痺してくる。人間の優れたところなのか、それともポンコツなところなのか。
野生の動物にはどうあがいても勝てない要素ながら、俺は鼻を利かせるようににおいの発生源を追った。
もちろんアンブラ・プレントの棘やその他の野生動物にも注意しているし、モンスターの不意打ちにも備えている。
幸いなことに、他の危険に遭遇することなく。
その場所へと辿り着いた。
「げぇ……」
で、思わずそう声をあげてしまう。
森の中にぽっかりと開いた空間があった。木が生えていない空間で、池でもあるのかと思ったが違う。
周囲の木がすべて薙ぎ倒されているのだ。
引きずり倒されたかのような、引きちぎられたかのような木。それらが大量にその場に転がっていた。
加えて――
大量の動物の死骸が横たわっている。そのほとんどが腐っており、より一層と濃くなった腐臭が漂っていた。
まるで毒の霧のようにも感じられる空間だ。
ぐずぐずに溶けた肉は地面に落ち、分解されているのだろうか。すでに白骨化した物もあるし、形が残っている物もある。
中心に近づくにつれ、こんもりと死骸が積もっているような雰囲気を感じるが……
「あれがアンブラ・プレントか?」
その空間の中心には、何かが立っていた。
一見して、緑色の太い棒。
砂漠国で見たサボテンのようではあるが、みずみずしい緑色をしているわけではない。棘がびっしりと表面を覆っている。丸みを帯びた姿ではなく、角材にも見えた。だが、それが一部の根本付近だけであって、先端にいくにつれ丸みを帯びていく。
枝分かれするように部位みたいな物もあるが、それらは本体に沿うようにして一塊になっていた。
「異様だな」
そして人間で言うところの『頭』とも言える部分には、大きく赤い花が咲いていた。
花びらが何枚あるのかこの場所からは分からないが、少なくとも俺の顔よりかは大きな花が帽子のように咲いている。
屍の上に立つ植物。
それだけでも不気味なことこの上ないのに――
「動いてる」
まるで俺の呼吸に合わせるようにズズズと幹のような部位を動かした。手とも足とも言えない部分を枝と呼ぶべきか、幹と呼べば良いのか分からないが、とにかく動いている。
しかも、俺の動きに合わせて。
「どんだけ敏感なんだよ」
恐らくこの空間――木が折られている内部がアンブラ・プレントのテリトリーなんだろう。
そこへ足を踏み入れない限り大丈夫だと予想されるが、どうにも油断はならないらしい。
俺は少しばかり下がって、勇者と戦士が来るのを待った。
「アレがアンブラ・プレントか」
「うへぇ、こりゃキツイな」
鼻が曲がりそうなほどの腐臭に加えて、不気味なことこの上ない光景。
この森の中に動物が少ない理由も分かった。全部、アンブラ・プレントに殺されてるんじゃないか? そう思えてくる。
死骸の山を探ればモンスターの石も大量に見つかりそうだな。一儲けできるかもしれない。ただし、命の保障は無いだろうけど。
「木を倒したのは少しでも太陽の光を受けるためか。それとも別の目的か? もしかして、動物の死骸を養分にして栄養を吸収しているのかもしれない」
勇者の見立てに納得しかけるが――待ったをかけた。
「養分ということは根があるのか?」
植物は基本的に根っこから土の栄養を得るらしい。大根とかにんじんは、その根っこを食べている感じと聞いたことがある。
それを考えると――
「アンブラ・プレントに根があるってことか?」
ヴェラの言葉に俺も同じ疑問を思い浮かべた。
動く植物、という存在に『根』があるとは考えにくい。
なによりこの位置から見えるアンブラ・プレントは、本当に『立って』いるように見える。足ではないが、本体の底部分は地面に埋もれている様子がない。
およそ根っこがあるような植物には見えなかった。
「見た目だけで言うと、無さそうだな。でもおかしいぞ」
アウダは指をさす。
「アンブラ・プレントの棘。あんなに細いか?」
「確かに」
俺はうなづく。
スレイプニルの蹄や木の幹に刺さっていたアンブラ・プレントの棘はもっと太くて長い。それに比べればあのサボテンのような体表を覆っている棘は、もっともっと短くて細い。
同一の物、と言われれば納得する色や形なのだが。
しかし、どう考えても大きさが違う。
「確かめてみるか」
俺は地面に落ちていた石を拾い、魔力糸でスリングを作り出した。
「防御は任せるぞ」
それをひゅんひゅんと回しつつ、狙いを定める。
「任せておけ」
「いつでもいいぜ」
勇者は新品の盾をかまえ、戦士はバトルアックスの腹を盾のようにして俺の前へと立った。
「3、2、1――!」
カウントダウンと共にふたりの隙間からアンブラ・プレントを狙って石を投擲する。
投げるよりも高速な一撃は、果たして防がれてしまった。
「ッ!?」
死骸に埋まっていた長い長いツル。その棘だらけの鞭のようなツルが投擲した石を正確に弾き上げ、本体に到達するのを防いだ。
しかもそこに反撃のオマケ付き。
自在に動くツルに付いていた棘がこちらに向かって何本か射出される。まるで毒をまき散らすように噴射させながら、かなりの速さでこちらへと飛んできた。
「くっ!」
それをアウダが盾で防いでくれるが、思わず身体がぐらつく勢いはあったらしい。反れていった本数も加えると、攻撃された方向へバラまくように反撃をするみたいだ。
「なるほど、厄介だな!」
勇者は笑う。
まるでピンチを笑うように、物言わぬ『動く植物』を見つめるのだった。
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