~卑劣! ノド元過ぎればアレがくる~
暴れスレイプニルを大人しくさせた俺たちは、避難から戻ってきた人たちから情報を集めた。
どうやらスレイプニルは街の外からやってきたらしい。
というわけで、スレイプニルを連れて街の外までやってくると――
「おっ。あそこから逃げてきたのか、おまえ」
戦士ヴェラが前方に壊れた馬車を見つけて、にこやかにスレイプニルの首あたりをバシバシと叩いた。
ブルルルルン、と震えるように口を鳴らすスレイプニル。
おまえのバカ力でまた暴れたらどうするんだ、とは思ったが、さすが魔王領で生きる動物。この程度ではびくともしないらしい。
いや、動物でいいのか?
まぁ魔物ではないし、モンスターでもなさそうなので分類的には動物になってしまうのだが……どうにも六本脚の馬ということになると、モンスターっぽさが出てしまうので困る。
「大丈夫かい?」
馬車の近くで頭を抱えていた人物に勇者アウダが声をかけると、その男は立ち上がってこちらを向いた。
恰幅の良い体付き。身なりの良さから商人とは思うが……人間領の感覚でそう捉えていいのかどうか少し迷う。
性別は男のようで、中年か初老という印象だ。
なにより、顔がブタの魔物種のようで年齢は分かりにくい……って、オークか。さっき顔がウサギの種族を見てしまったものだから、それのブタバージョンかとも思ったんだけど、普通にオークだった。
恰幅が良いのではなく、種族の特徴のような感じかな。
ようするにデカくて太っている種族だ。
そんなオークがこちらを向くと、パッと小さな瞳を輝かせた。思わず垂れ下がっている耳が開いてしまうほど嬉しかったらしい。
「おぉ! あなた方がこの子を!?」
スレイプニルに首に抱き付くオーク。
申し訳ないが、人間領の感覚で言うと馬の首にかじりついているようにしか見えない。
ほんと、申し訳ない。
でもスレイプニルも目を細めて安堵している様子。ぶるるるん、と嬉しそうにくちびるを震わせている。
大事にされているのは間違いなさそうだ。
「何があったんです?」
アウダの質問にオークはスレイプニルを撫でつつも答えた。
「それが、急に暴れ出したんですよ。このままでは馬車ごと引きずり倒されてしまうと、なんとか接合部を外したものの、手綱を離してしまいまして。そのまま走って行ってしまって……街に入ってしまったのを見てどうしようかと頭を抱えていました」
改めてオークは俺たちに頭を下げる。
それを受け入れつつも、俺は気になったことを聞いてみた。
「急に暴れだしたのか?」
俺の質問にオークは、えぇ、とうなづいた。
何か理由があるのかもしれない、と俺はスレイプニルの身体を調べてみる。基本的には白い毛並みの巨大な馬、という感じなので、多少は分かることがあるかもしれない。
アウダとヴェラは馬車に取りつけるのを手伝っている。
力の弱い俺では出番が無さそうなので、遠慮なくスレイプニルを調べさせてもらおう。
「む。これは……?」
体表や毛並みには異常が無かったので最後に蹄の裏側を危険のないように調べさせてもらった。
すると、真ん中の左足――その蹄の裏に白い針のような物が刺さっているのを発見した。
「我慢してくれよ」
針だと思って引き抜いたそれは、円錐のような形をした棘だった。かなりの大きさで俺の人差し指くらいある。
「こりゃ痛くて暴れるのも無理ないなぁ……いや、痛くて暴れるのはおかしいか?」
スレイプニルくらいの強さを持つ馬ならば、これは当たり前なのかどうか。ちょっと分からない。それに、動物でもあるスレイプニルがこんな物を踏んでしまうのも妙な気がした。
「すまない。蹄の裏にこれが刺さっていたのだが……」
分からないことは素直に聞いてみるに限る。
推測や予想を立てるのは良いが、それで間違った方向へ進んでしまうのは良く無い。
聞くのは恥ではない。
間違うことこそ、恐れよ。
情報とは盗賊の命だ。
というわけで、オークに棘を見せてみたのだが――
「こ、これは!」
ぶるるん、と顔の皮膚を震わせてオークは驚いた声をあげる。
「アンブラ・プレントの棘です! こんな街の近くにあるだなんて、なんてことだ!」
オークはこの場所から見える『東の森』に視線をやった。
それは俺たちが目的としている場所でもあり、その棘は目的としている植物の名前でもある。
慌てるオークをなだめるように勇者は聞いた。
「失礼。そのアンブラ・プレントについて教えてもらえますか?」
「あ、あぁ。非常に危険な植物でな、特に花が咲いた時の狂暴性は手が付けられないと言われている。もちろん近づかなければ何も恐れる必要はないんだが、まさか森の外に棘が落ちるほど近くにあるとは。早くサピエンチェさまに報告しなければ!」
急がなければ、と慌てるオークを勇者はなだめた。
「落ち着いてください。問題ありませんよ。僕たちは、そのサピエンチェさまに言われて来たのですから」
「なんと!」
勇者がシレっと答える。
嘘をついたわけではないが、正確には違う微妙なところ……まぁ、同じようなものなので問題ないか。
「では、サピエンチェさまに報告してもらえるだろうか。他にも危険があるかもしれない」
「えぇ分かりました。いえ……ちょっと待ってください! もしかしてアンブラ・プレントを討伐に?」
そのつもりだが? と、俺たちはオークを見る。
「たった三人で行かれるつもりですか!? しかも人間種の方々が! 危険です、止めておいたほうがいい!」
オークは、オロオロと俺たちを見る。
そんなに頼り無さそうに見えるのかなぁ……とは、違うか。どちらかというと、アンブラ・プレントが相当にヤバいように思える。
「そんなに強いのか、そのアンブラ・プレントってのは」
戦士の質問にオークはぶるんぶるんと皮膚を震わせてうなづいた。
「もちろんです。ダンジョンがそのまま動いているようだ、という意見もあるくらいです。なにより花が咲いている状態は子どもを守っているとも言われていて、周囲に避けることも不可能な棘を発射するとか。この一本も、もしかしたらその一部ではないでしょうか?」
しかも、とオークは続ける。
「地面に落ちた棘は罠のように土の中にもぐるのです。そして上を踏むと飛び出してくる仕組みを持っていて。この子が踏んでしまったのも、そのせいでしょう」
なるほど。
そういう事情だったのか。
スレイプニルが踏んだのは不幸中の幸いな気がする。人間種ならば足を貫通しているぐらいの大きさではあるので。
「加えて、棘には毒があります。興奮剤とでも申しましょうか。魔物や人、動物が踏むと狂ったように暴れて息絶えるとか。この子が助かったのは毒が少なかったのか古い棘だったのか。運が良かったです」
思った以上に厄介なようだな、アンブラ・プレントは。
歩くダンジョン、と呼ばれる理由が理解できる。
ふ~む。
どうにもアンブラ・プレントには明確な『意思』がありそうな気がするんだが……動物ではなく植物っていうのはどういうことなんだろうな?
「食べたら美味いって聞いたんだけどな。その辺はどうなんだ?」
ヴェラの質問にオークは苦笑しつつも答えた。
「確かに美味しいと聞きますね。ですが滅多に手に入らない一品。死ぬまでには一度食べてみたいものです」
そのレベルで手に入らないってことか。
こりゃ、相当に厄介な植物に違いない。
「貴重な情報、ありがとう。街に入ったらスレイプニル君をもう一度看てあげてください」
「えぇ、もちろんです。サピエンチェさまに報告もしておきますが……やはり行かれるのですか?」
「任せろって。こいつの暴走を受け止めたくらいだぜ、オレたち」
ガツン、と新品の鎧を打ち鳴らす戦士ヴェラ。
頼もしい限りなのだが、それでもオークは心配そうだ。
「サピエンチェさまが任せてくれたってことは、俺たちだけで大丈夫という判断です。問題ありませんよ」
「そうですか……そうですよね。サピエンチェさまを疑っても仕方がありません。ですが、くれぐれも注意してください」
「あぁ。ありがとう」
オークはもう一度俺たちにお礼を言ってからスレイプニルを走らせた。馬車は無事だったようで、すんなりと動き出すと街に向かってゆっくりと進んで行く。
それを見送ってから、俺たちは『東の森』へと向かった。
「相当ヤバそうな感じだな、アンブラ・プレント」
「まぁ、エリスがいるから大丈夫だろう。頼りにしているよ、斥候」
「調子いいなぁ、勇者さまは。にしても『歩くダンジョン』とは恐ろしい。魔王領ってのはやっぱりとんでもない場所だ」
危険があると分かった以上、並んで歩くわけにもいかない。
俺は、いつものように、先行して素早く周囲を探索。俯瞰するような視線で、違和感だけに注意をしつつ、森まで素早く移動した。
圧倒的に魔王領での経験が足りないが、仕方がない。
やれるだけやってみよう。
真っ直ぐに歩いてきた道には棘らしき物は他に無かった。わざわざ探して歩くには目的が違い過ぎるので、今回は無視しておく。
東の森と呼ばれるそこは、魔王領の暗さも相まって『黒い』。それは日が差さないので暗いというわけではなく、森の木々が深く濃い色をしているので黒く見えている。
森を構成している主たる木の葉が黒かった。幹の色はそこまで黒いわけではないが、それでも人間領の木に比べたら色が濃い。
森に入りつつそんな黒木を観察すると――
「あった」
木の幹に刺さっている棘を発見した。
それを引き抜き、観察する。
「ふむ」
棘の先端をナイフで切断すると中からベトベトの液体がこぼれだした。恐らく、これが毒なんだろう。
手に取ってみると、少しトロみがある。皮膚についただけではピリピリする感覚はないので、あくまで身体の中に入らないと効果は発生しないようだ。
無色透明でにおいは少し甘い。
蜜のような感じにも思えた。
「ヴェラ、舐めてみるか」
追いついてきたヴェラに差し出してみる。体格が大きくて体力のあるヴェラなら、多少の毒が身体に入ったところで耐性が強いと思うが……
「甘いのは苦手だ」
拒絶された。
「食べれば美味いらしいアンブラ・プレント。毒っていうよりも蜜だと思うんだがなぁ」
「確かに。香辛料も舌がピリピリするし、あれも毒といえば毒っぽい」
そう言ってアウダは小指の先に少しだけ蜜を垂らし、舐めた。
「あ、美味しい」
マジか、とヴェラは驚いている。
どっちかっていうと、マジで舐めたのか、という雰囲気があった。
勇者とは勇気ある者を指す。
こんなところで発揮されてしまうとは光の精霊女王ラビアンさまも思ってもみないことだろうけど。
「どれどれ」
俺も舐めてみるが……うん、確かに美味い。甘いんだけど、奥のほうになにやら香辛料的な辛さがある気がする。
なんていうのかな。甘辛い? 違うな。う~ん、美味しいのは美味しいけど表現がなかなか難しい。
だが少量でも充分な味わいがあって……ん?
「か、辛い……!」
勇者の顔がだんだん真っ赤になるのが分かった。
あ、やべぇ、と思った瞬間――俺にもキた!
「ぐが!? あ、いた!? 痛い痛いいたい!?」
辛い!
めっちゃ辛い!
いや、もう痛いっていうレベルで辛い!
口の中が痛くて、ノドが辛い!
ひぃ!?
「が、カハッ!? ゲホッ、た、たすけてヴェラ……くぅ……あぁ……!」
「痛い、痛い痛い痛い! あぁあああぁぁあ、ひぃいぃぃいいいい!?」
「なにやってんだ、おまえら……」
というわけで。
まだ戦闘も始まってないのに、俺たちはポーションを消費することになった。
うひぃ!
まだ辛い……!
むしろツライ……!
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