~卑劣! 男は仕事、女は女子会~

 吸血鬼城から出てきた俺に、新しい防具に身を包んだ戦士ヴェラトルは疑問の声を投げかけてきた。


「サピエンチェはどうした?」

「女子会やるんだって」

「なんだそりゃ!?」


 俺たちが城の宝物庫でごちゃごちゃとやっている間にルビーはパルの様子を見に行ってもらったんだが、どうやら賢者と神官が目覚めていたらしい。

 なので、そのケアをするんだろうとフォローしておいた。パルだけだと襲われないか不安なので、抑止力的にルビーにいてもらったほうが安心できる。

 いろいろと情報交換になるだろうから、説明の手間が省けていいとは思うが……ルビーはマジで女子会をするつもりだろうな。

 パルが影響を受けちゃって悪い子になったらどうしよう。

 師匠、不安です。


「ところでヴェラ。その新しい鎧は大丈夫か? 呪われてない?」

「問題ないな。すげぇ着心地がいい」


 へっへっへー、と自慢するようにヴェラは装備した鎧を誇示するように胸を張った。デカイ男がさらにデカく見える。将来のお嫁さんが潰れてしまわないか心配だ。

 ヴェラがもともと装備していた防具類はルビーが破壊してしまった。ひしゃげた鎧を改めて見てゾっとする。

 なんて生きてるんだ、こいつ。

 と、思わなくもない。

 逆に言えることは、防具に配慮できない程度にはヴェラが強かったとも示している。

 いや、それこそルビーなりの配慮なのかもしれないな。

 ルビーの戦い方は基本的に影を使った絡め手。どちらかというと卑怯、卑劣な戦闘方法になるので、戦士職とは相性が良い。

 完封されてしまったら、いくらヴェラでも落ち込むだろうし。

 吸血鬼の心遣い、というのも変だけどね。


「魔法の効果が付随しているようだね。鑑定しなくていいのかい?」


 アウダがコンコンとヴェラの鎧の中心部に埋め込まれた宝石を叩く。鎧の色は深いワインレッドのような赤なのだが、宝石の色はオレンジ色。その宝石の中にはどこか炎のように魔力が灯っていて、揺らめいていた。

 かなり大きい鎧で多少の調整は必要だったが、戦士には装備できたらしい。実用品というより調度品にも思える大きさだ。

 ルビーが使わずに宝物庫に放り込んでいたので、まさに宝の持ち腐れ。吸血鬼が使うわけがない上に装備もできないので、ヴェラが使ってしまっても問題ないだろう。


「しかし……どんな効果があるのか分からんのに良く装備できるな」

「がっはっは、恐れていちゃぁ前へ進めないぜエリス」


 ごもっともな意見なので肩をすくめて受け入れた。

 呪われた鎧じゃないことを祈るばかりだ。


「アウダの盾はどうだ?」


 同じく宝物庫に放置してあった盾を装備したアウダ。

 こちらは宝石の類とか付いておらず魔法の効果が付随しているような感じではない。ただし、見た目以上に軽いらしく、アウダは気に入ったようだ。

 マジックアイテムではないが、もしかしたらアーティファクトである可能性もある。

 そう思って聞いてみたのだが――


「普通の盾だね。カッコいいだけ」


 いわゆる『ヒーター』という種類に分類される盾で、勇者の鎧と似たような色合い。青を貴重とした色に紋章のような物が金色で描かれていた。


「確かにカッコいい」


 紋章が何を意味しているのか分からないが、カッコいいのは確か。

 若くなった勇者アウダクスに良く似合っている。


「だろ。ふふ、気に入った」


 装備品をカッコ良さで決めるのはやめてもらいたいのだが。まぁ、昔からアウダは剣や装備をカッコ良さで選ぶというか、なんというか、見た目重視というか。

 でも、そうやって選んでいっても『正解』を引き続けているので、今さら止めろとも言えない。

 とりあえず新装備になった勇者パーティと共に、俺たちはアンブラ・プレントをゲットするべき出発することになった。


「えっと、どっちだったか?」

「「さっそくかよ」」


 戦士ヴェラの物覚えの悪さに俺とアウダが同時にツッコむ。

 懐かしいな、これ。


「あっちだあっち。街から出て東の方角にある森だよ」

「あぁ、そうだった。で、どっちが北なんだ?」

「吸血鬼城がある方向が北……らしい」


 俺は曖昧に答える。

 そのあたりはルビーの言葉を信用するしかない。なにせ空はずっと分厚い雲に覆われているので太陽や星は見えない。

 切り株の年輪で方角を知る方法もあるのだが、驚くべきことに魔王領の木の年輪は全て等間隔で片寄りが無かった。

 やはり人間領の植物とまったく違うようで、常識の違いを見せつけられた気分だ。


「そりゃ植物も動き出すわな」


 ヴェラの言葉に俺も勇者もうなづく。

 太陽の光が少ないのであれば、もう自分から栄養を手に入れなくてはならない。植物系のモンスターのように、自分から動いて獲物を得ようとしても不思議じゃない。


「そういやぁツル系の魔物……いや、モンスターか。それがウィンとシャシーを縛り上げた時は、ちょっと良かったなぁ」


 おいこら、仲間をそういう目で見てんじゃねーよ戦士ぃ!


「分かる」


 分かんな、勇者ッ!


「この巨乳好きどもめ」


 まったく。

 仲間をなんて目で見てるんだ、こいつら。


「「ロリコンに言われたくない」」

「黙れ」


 はぁ~、とため息をつきつつ。

 俺は先行しようと前へ出た――んだけど、アウダに肩を掴まれた。


「おいおい、エリス。勝手な行動はよせ」

「え? いや、先行していつものみたいに情報を収集しようかと思ったんだが……」

「それはパーティが全員そろった時の行動だ。今は僕たちしかいない。君が後衛を担当してもらわないと困る」

「あぁ、そうか」

「久しぶりなんだ。並んで歩こう」


 そう言われてしまったら仕方がない。俺は歩調を緩めてアウダと並ぶ。その隣にヴェラも並んでいるので、男三人が道を塞ぐようにして歩くことになった。


「邪魔じゃないのか、これ?」

「まぁまぁ。街に入るまではいいじゃないか」


 まぁいいか、と俺たちはそのまま城から続く坂道を歩いて行き、再び街に入った。

 しかし、今度は支配者であるルビーはいない。

 少し緊張感が高まるが……もちろん街の魔物種が襲ってくることはなかったし、奇妙な目で見られることもなかった。


「変な感覚だよな、これ」


 ヴェラがつぶやくのも分かる。

 こうして堂々と勇者パーティが魔王領を歩けるのだ。想像していた風景というか、行動みたいなのが全く違う。

 魔王領に入ったら休まる場所などひとつもなく。

 永遠と戦い続ける日々が来ると思っていた。


「こんなことならエリスを追放するの、反対しておけば良かった」


 勇者さまが嬉しいことを言ってくれるが、それはもう終わった話だ。

 それに――


「俺を追放しなかったら、若返れなかったぞ?」

「難しいところだなぁ、それ」


 全ては偶然で言い表せられるのだが。

 どこか運命的とも言える。

 全ては神の導くままに――、と神官が言っていた気もするが……果たして、これは光の精霊女王ラビアンの導きなのか、それとも運命を司る神のおかげか。はたまた、偶然を司る神の仕業なのかもしれない。

 なんにしても答えは得られないので。

 受け入れるしかないか。

 さすがに街中を横に並んで歩くと迷惑なので、勇者を先頭にして進んで行く。街の南に向かって歩いて行くと、なにやらざわざわとした空気を感じた。


「なんだ?」


 どうにもざわめきが伝播しているような雰囲気。

 この先で何かあったのかも――?


「暴れスレイプニルだー!」


 住民から声があがった。

 なんだって?

 暴れスレイプニル!?

 暴れ馬じゃなくて!?

 暴れスレイプニル!?

 ほんとに!?


「危ないぞ、避難しろー!」


 避難を呼びかける声をあげつつ住民たちは建物の中へと避難していく。中には子ども達を助けるために他人の子であろうが種族が違ってようが、容赦なく建物へと引き込んでいく姿もあった。

 優しい光景だ、素晴らしい光景だ、と感心しているヒマはない。


「来たぞ、ヴェラ、エリス。僕は正面から受け止める」

「おいおい、そいつはオレの役目だろうが」


 六本脚の巨大な馬。

 白い体に幽鬼のような力強い青い目をしている馬で、なにが気に入らないのか街中に設置してあるベンチや屋台などを脚を振り上げて破壊していた。

 口から泡を吹くように唾液が溢れているのが分かる。

 相当に興奮しているようだ。

 手綱をつけるハミと呼ばれている器具を取りつけているので、もともとは飼われてるスレイプニルだろう。

 怪我をさせたり、殺してしまうのは飼い主に悪い。


「来るぞ!」

「任せておけ!」


 暴れスレイプニルは俺たちへと向かって走ってきた。

 巨体なだけに恐ろしい迫力だが、臆することなく勇者と戦士はスレイプニルの前に立ちはだかる。


「おおおおおおおおお!」


 真正面から体当たりするようにしてスレイプニルを受け止める戦士ヴェラ。

 すげぇな、どうなってんだよ、と思った。

 そんな戦士を踏みつぶそうと振り上げられ、振り下ろされる足を受け止める勇者アウダ。

 おまえもどうなってんだよ、それが若さか!?

 なんて疑問に思ってるヒマはない。

 俺は素早く回り込むようにしてスレイプニルの背中に乗る。アブミが取りつけられていないということは馬車を引く役目だったんだろうか。

 ともかく手綱を思い切り引き、馬……じゃなくてスレイプニルを落ち着かせるように背中へとしがみついた。


「よしよし、落ち着け落ち着け。誰もおまえを攻撃しないぞ」


 俺を振り下ろそうと暴れまわるスレイプニルだが……この程度で振り落とされてしまう程、盗賊は愚鈍でもマヌケでもない。

 まるで怒りを発散させるように後ろ足を蹴りまくるスレイプニル。

 俺を振り下ろそうと必死に暴れまわっているが、アウダとヴェラが周囲にぶつからないようにと抑えてくれた。

 そうやって怒りを発散させるようにしていると、やがて落ち着いていくスレイプニル。

 ブルルルルル、とくちびるを震わせるようにして鳴くと、ようやくストップして完全に落ち着いてくれたようだ。


「ふぅ……」


 よしよし、と分厚い首を撫でてやる。当たり前なんだけど、今まで乗ってきたどの馬よりもデカイな、こいつ。

 あと六本脚なので安定感が凄い。

 まぁ、暴れた場合はエグいほどの機動力になるけど。


「さすがだなエリス」

「いや、俺から言わせればおまえらのほうが凄いんだけど」

「はっはっは。力がみなぎってくるぜ!」


 なんにしても、アウダとヴェラは相当にパワーアップしてるな。レベルアップじゃなくて、パワーアップ。若返るとはこういうことなのだろうか?

 スレイプニルが暴れる音が消えたので、住民たちがこっそりと外をうかがう。俺たちが落ち着かせることに成功したとしって、ワッと盛り上がる声が聞こえた。


「やるじゃねーか、兄ちゃんたち」

「ありがとう、助かったよ」

「お兄ちゃんたち、すごーい」


 住民たちからの歓声。

 あぁ、久しぶりだな……こういうの。


「エリス」

「なんだ、アウダ」

「いいもんだろ、称賛って」

「……まぁな」


 裏方で活躍するのも楽しかったけど。

 表舞台に立つのも。

 まぁ、悪くはないか。

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