~可憐! 説得方法は超簡単~
おばさん――じゃなくて、お姉さんになった賢者さんが目を覚ました。
むっくりと起き上がってきょろきょろした後に目が合う。
ぜんぜん状況は分かってないけど、とにかくあたしを見つけたのでいきなり戦闘モードに入っちゃった。
儀式剣は危ないので別の部屋に置いてあるから、いきなり斬りつけられることは無かったけど。でもなんか賢者さんの右手から先が、見えなくなっている。
「どういうつもりかは知らないが、口を割ってもらうわよ」
見えなくなっていた賢者さんの右手。
まるで空中に開いた穴から引き抜くように右手を動かすと、そこには豪奢な装飾が施された杖が掴まれていた。
金属で出来ていて持ち手側にはここからでも分かるくらいに大きな宝石が付いている。明らかにアーティファクトか、それでなくともマジックアイテムっていう感じがビリビリと感じられた。
高そう……じゃ、なくて!
強そう!
凄そう!
やばそう!?
「ま、ままま、待って待って!」
「待たないわよ!」
わたしが攻撃を仕掛けないと分かると、賢者さんはなにやら呪文を唱え始めた。聞きなれない言葉だから共通語じゃない。旧き言葉なのかも!?
それはともかく、あたしは賢者さんの足元を示すように指を下向けてアピールした。
「下シタした! 足元みて! 踏んじゃう! 神官さんを踏んじゃうから!」
「はぁ?」
なにを言ってるんだ、という目で見られた。
いや、そうですよね!
盗賊を相手するのに視線を外す人なんていませんよね!
「お願いしますぅ!」
義の倭の国の謝り方『土下座』。
それをしつつ、あたしは賢者さんの足元でまだ眠っている神官さんに近づいた。神官さんの姿さえ見てもらえれば理解してもらえるはず。
というか、このままじゃ神官さんを巻き込んで賢者さんの魔法が炸裂しちゃうので、なんとしてでも戦闘を止めないといけない。
あたしは、お尻をぴょこぴょこ突き出したようなマヌケな移動方法で、眠ったままの神官さんに近づいた。
マヌケなポーズで、恥ずかしい。
でもそんなことを気にしている場合じゃない。
「今さら命乞いしても遅ぃ……んん?」
賢者さんの魔法が完成したらしい。
なんか部屋の中央に巨大な闇の弾が浮いてるんですけど、アレなんですか? ヤバイですよね? みんないっしょに死んでしまいませんかコレ!?
なんて思ったけど、ようやく神官さんの姿に気づいてくれた。
「どういうこと?」
部屋の真ん中に浮かんでいたヤバイ闇弾を賢者さんは、なんか空間に開いた穴の中に放り込んだ。
ちょっとだけ見えたんだけど、あの穴ってもしかして『深淵』かな?
師匠の使う『転移の腕輪』での転移の時に見る真っ暗な空間と雰囲気が似ていた。
闇の弾……消したんじゃなくて、深淵に放り込んだっていう処分の方法はちょっとどうかと思っちゃう。いつか転移中に当たっちゃう気がして怖い……いや、そんなこと無いとは思うけど。
「ウィンレィになにをしたの?」
明らかに若返っちゃってる神官さんを見て、賢者さんは怪訝な表情を浮かべた。そして、なぜかあたしをめちゃくちゃ睨みつけてくる。
賢者さんの厳しい視線に、あたしはブンブンブンと首を横に振った。
「あたしじゃなくて、師匠です。えっと、それから神官さんだけじゃなくて……」
賢者さんを刺激しないように、あたしは両手を開いてバンザイするようにしたままゆっくりと立ち上がると――
部屋の中にあった大きな姿見まで移動した。
これルビーが用意してくれていた鏡。ぼんやりと宝物庫にあったような記憶がある。
まるで王女さまとかお姫様が使うような豪華な装飾が鏡のまわりにほどこされていて、楕円の鏡を支える台座もすごくしっかりした物。
なにより鏡が綺麗で、物凄くちゃんと反射する。
まるで水面を見てるみたいだった。
「……うそ」
そんな水鏡のような姿見の前に立った賢者さんは、自分の頬に手を当てた。
「嘘じゃないよ」
鏡に映っているのは間違いなく賢者さんで。
そこには若くて綺麗なお姉さんしか映っていない。
もちろん。
あたしの目にも、十代後半くらいの美人な賢者さんが見えている。
「幻術……?」
「あたし、そんな魔法は使えません。盗賊ですから」
「そうよね……じゃ、じゃぁどうして?」
「にひひ」
良かった。
ようやく賢者さんが怒ってるというか、不安だったような、そんな感情が消えて落ち着いてくれた。
「身体の調子はどうですか?」
「調子って……凄くいいわ。体が軽い。あぁ、すごい……魔力が満ちているというよりも、活性化してる」
ほら、と賢者さんは指を一本立てる。
その先にポワンと青白い弾が顕現した。それは小さくて丸い単純な魔力の塊だっていうのが分かる。魔力糸の上位レベルの魔力顕現だ。
しかも、そこから連続して別の色の魔力弾が次々に顕現していく。
合計7つ。
色はそれぞれ違った。
つまり、七属性全ての魔力を別々に顕現させたってことだ。すごい。
賢者さんはそれを指先の上で並べるようにクルクルと回転させると、次々に体の周囲をなぞって飛ばせ始めた。
「すごっ」
きらびやかに飛び回る属性魔力に思わず見惚れてしまう。
今まで見たこともないくらいに自由に魔力が飛んでいた。
「もしかして、これは夢なのかしら。それとも死後の世界……ここは天界なの?」
「まだ生きてますよ。あと天界から一番遠いような吸血鬼の城です」
残念ながら窓の外はどんよりとした雲ばかりで、冷たい空気のただよう魔王領。秋という季節でさえ、こんなにも冷たい空気なのだから、冬になったら刺されるんじゃないかって思ってしまう。
「全部説明してくれる?」
「はい」
鏡でひとしきり自分の姿を確かめた賢者さんは、ようやく落ち着いた。
それだけ若くなった自分の姿が気に入ったんだと思う。けど、おっぱいを何度も持ち上げてたのはあたしにとっては嫌味にしか見えなかったです。
ぷんすか。
「神官さんはまだ目覚めませんか?」
「起こしたほうがいいかしらね」
賢者さんは杖を持ち上げて、また何か呪文を唱えている。聞き取れないっていうか、聞いたことがない言語なので、分かんない。
旧き言葉でも無さそう。何語? エルフ語?
杖の先にさっきの属性弾と同じような丸い光が現れる。色は水色で手のひらより大きいぐらい。
それがゆらゆらと揺れながら賢者さんの頭のあたりにぶつかると、パン、とはじけた。
「ん……んんぅ……」
どういう魔法か分かんないけど、それで神官さんが目を覚ました。
「あれ……ごめんなさい……なんだか物凄い眠っちゃったみたいで……寝坊したのかしら……」
「そうね、若返るくらいに眠っていたみたいよ」
賢者さんの冗談に神官さんは眉根を寄せた。
「え、なに? シャシールがそんな冗談を言うなんて珍ら……しい……?」
神官さんは上半身を起こして、そばで立っている賢者さんを見上げて、固まった。
「ごめんなさい。まだ眠ってるみたい」
「現実よ」
「夢が現実を語ってる。ふふ、夢の中でもシャシールは堅物なのね。今度削ってあげるわ」
「いい度胸ね、ウィンレィ。とりあえず自分の姿を確認なさい」
賢者さんがあたしを見た。
……あ、なるほど。
「はいはい」
あたしは慌てて返事をしつつ姿見を神官さんの前へ移動させる。
って、なんであたしが運ばないといけないのさ!
「自分で運んでよ。年功序列反対!」
「あら、難しい言葉を知っているのね。感心してあげる」
「性格悪い『お姉さん』!」
「……賢い子は好きよ」
おばさんって言ったら殺しにかかるくせに。
もう!
「いつの間にか仲良しになっているのね、シャシール。あぁ、ここは天国かしら。ラビアンさまにご挨拶しにいかないと……」
「まだ死んでないわ、ウィンレィ。とにかく、ほら。鏡を見なさい」
「鏡って……これ?」
神官さんは自分が鏡に映っているにも関わらず、それを鏡だと認識していなかった。
まぁ、普通は若返るわけがないので、寝起きに鏡を見せられてそれが自分だと認識できないのも分かる。
年を取るって怖いことなんだなぁ。
なんて思ってしまった。
「うそ? え、どうして? どうしてこんな……え? え?」
神官さんも体をペタペタさわって、最後におっぱいを持ち上げてた。
なんなの!?
巨乳ってみんなそうなの!?
どうしてそんな酷いことができるの!?
だから師匠に嫌われちゃうんだ、この巨乳女!
「落ち着きなさい貧乳」
「成長途中ですもん。あと微乳って言ってください。美に繋がります」
「屁理屈ね。大きいほうも美しいわよ?」
「賢者さんには分からないですよーだ!」
やっぱりこのおばさん嫌い!
しらばく神官さんが落ち着くのを待ったあと、あたしはふたりにこれまでの話をした。
あたしは師匠の弟子で、師匠のことが好き。
そして、サチと出会ったり吸血鬼のルビーと出会ったり、神さまと出会ったりして、時間遡行薬を作ったこと。
今まであったことをふたりに説明をした。
神官さんが怒っちゃうかもしれないので、時間遡行薬の作り方は言わなかった。その代わり、作っている場所が学園都市で、ちゃんと学園長も協力していることを伝える。
「それで、あなたはプラクエリスの弟子なわけ?」
「プラクエリスって師匠の名前?」
賢者さんは、もちろん、という感じでうなづいた。
神官さんもうなづいている。
「やっぱりそれが本名なんだ……えへへ」
師匠の名乗った『エラント』っていう名前が偽名だっていうことは分かってたけど。でも、あたしにとっては、その嘘でも充分だった。
それに――
あたしも、本当の名前じゃない。
ただ小さいから『パルヴァス』と呼ばれていただけで。
おそろいって感じで嬉しいけど。
でも、師匠のホントの名前に確証が持てたので。
それが嬉しかった。
「恋、してるんですね」
神官さんに言われて、あたしは思わず自分の頬をおさえた。
赤くなっているのがバレちゃってる。
盗賊はポーカーフェイスが基本って教わったのに。
「いいわよ、隠さなくて。あんな盗賊のどこがいいの?」
「優しくてカッコいいもん。お姉さん達には分かんないと思いますけど」
む、と賢者さんがくちびるを尖らせた。
美人のせいで、それでも綺麗なままだからズルい。
師匠~ぉ。
この人を若返られせたのは失敗じゃないですかぁ~?
師匠にぜんぜん感謝してませんよ~?
と、あたしが抗議の視線を賢者さんに送っていると――
「パル~、お腹すいてない? お菓子もってきたわよ~」
何の前触れもなく扉がバーンと開いた。両手にトレイを持った吸血鬼が足で蹴破るように扉を開いた音だった。
ついでにノンキな誘い文句も聞こえてきたんだけど……なんというか、こう、マヌケな吸血鬼にしか見えない。
威厳のひとつも感じさせない支配者の姿だった。
「あら? ……くくくく、目が覚めたようだな人間ども。覚悟の準備はよろしくて?」
賢者さんと神官さんが目覚めてるのに気づいたルビー。
両手にトレイを持ちながらも、悪い顔を浮かべて偉そうに挨拶した。
「取り繕っても遅いわ、吸血鬼」
「お世話になっております、吸血鬼」
まぁ、そんな雰囲気なので。
賢者さんと神官さんも襲い掛かったり警戒したりすることなく、挨拶した。いや、挨拶したのは神官さんで賢者さんは呆れてるけど。
「こんなアホに負けただなんて……」
「聞こえてるわよ、賢者サマ。わたしはアホでも、師匠さんの作戦は完璧でした」
「あなたもプラクエリスを師匠と呼んでいるのね」
もちろん、とルビーは胸を張って自慢するように答えた。
なんでルビーが嬉しそうというか偉そうにしてるのかサッパリ分からないけど、自慢できる師匠っていうのは間違いないのであたしは黙っておく。
「丁度いいわ、吸血鬼。あなたも説明なさい」
「偉そうですわね、賢者のお姉サマ。わたしのことをルゥブルムと呼ぶのでしたら、説明してあげなくもありませんわ」
「分かったわ、ルゥブルム」
「ふふ、物分かりの良い人間は大好きですよシャシール・アロガンティア」
いつの間にか賢者さんの名前を覚えていたらしい。
「ふん。偉そうなチビ吸血鬼だわ」
「あら。大きいだけが自慢の賢者サマには、慎ましやかという言葉が存在しませんのね」
「なんですって?」
「新しい辞書をプレゼントしましょうか、と言っているのです」
「どうやらクソガキの仲間のようね」
「この程度でおつむに来るとは、勇者パーティの程度が知れるというものですわ」
ルビーはそう言いつつ、賢者さんに顔を突き付ける。負けじと賢者さんは顔を突き付けたので、お互いにおでこをぶつけそうなほどの勢いなんだけど――
「あ、逃げて賢者さん!」
「え?」
時すでに遅し。
ここまでいっしょにルビーと行動してたので、あたしには分かる!
「ちゅ」
ほらー!
ぜったいキスすると思った!
「……なにをしやがるんだ、吸血鬼ぃいいいいい!」
「ふぎゃあああああああ!?」
見事。
綺麗な軌跡を描いて振り下ろされる一撃。
まるでお手本のような賢者さんの攻撃だった。
ルビーは賢者さんの振り下ろした豪華な杖の一撃を喰らって床に倒れる。
たぶんマジックアイテムだろうし、それなりの威力もあったから、ちゃんとダメージになったんだと思う。
すごい。
あのルビーがちゃんとダメージを受けてる!
さすが勇者パーティの魔法使いの賢者さん!
「いいぞ、もっとやれ~」
「味方が酷い!?」
「ふひひ」
まぁ、この程度で死なないし怪我もしないし、倒せもしないので。
厄介だよねぇ~、吸血鬼って。
あとで賢者さんに倒す方法を考えてもらって、いつかはルビーを倒したいと思います!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます