~可憐! 恋しちゃいました~

 眠り続けるふたりの女性を見て。

 あたしは、大きく息を吐いた。


「はぁ~……」


 でも、どうして自分がため息を吐いたのかも良く分かんない。

 自然とため息が出てしまった。

 ……嘘。

 理由は分かってる。

 ため息が出ちゃう理由なんて、ひとつしかない。


「うぅ~」


 なんか師匠の顔を見るのが恥ずかしくなっちゃって。

 上手く話せる自信も無くなっちゃった。


「ずっと好きだったのに」


 なんでかなぁ~。

 と。

 あたしは眠ってる賢者さんや神官さんに相談するみたいに独り言を言った。

 師匠と出会った時のことを思い出す。

 最初はね、師匠のことを利用するだけのつもりだったし、好きになるなんて思ってもみなかった。好きになるわけなんて無いって思ってた。

 だってあたしは孤児だし、痩せてて、汚くて、チビで、嫌なことに向き合わないで逃げ出すような人間だもん。

 だから、師匠もあたしのことを好いてくれるなんて思わなかったし、なんなら嫌われててもいいやって思ってた。

 利用して、強くしてもらって。

 ひとりで生きていけたら、それでいいって。

 そう思ってた。

 出会ったのも偶然だったもん。

 いつものように物乞いするためにジックス街の入口で、お金や食べ物をくれそうな人がいないかと見ていた。

 食べ物を恵んでもらえたら、素早く逃げないといけない。

 じゃないと、他の人に取られてしまう。

 だから、周りを警戒しながら見ていた。

 そしたら師匠が現れて、物凄いスキルで詐欺師をやっつけてた。

 だからあたし、そのスキルさえあれば生きていけると思った。盗賊になったら、死なないで済むって思った。

 生きていくためには、なんでもやってた。残飯をあさって、骨とか食べてたし、泥水も飲んでたし、頭から汚水もかぶってた。

 死にたくなかった。

 こんなところで死んだら、あいつらに笑われる。

 死んでも嫌だ。

 だから。

 精一杯自分を守って。

 なにがなんでも生き抜くつもりだった。

 一度くらい失敗してもいい。

 なんなら、殺されない程度の無茶なら、何度だってやれる。

 そう思って、師匠の跡を付けて。

 師匠に勝負を挑んだ。

 だから、師匠にブラフを仕掛けるくらいの勇気はあった。

 師匠が実はロリコンで。

 小さい女の子が好きって分かった時には――


「うぅ」


 いろいろされちゃう覚悟もできてた。

 娼婦になろうとして娼館に行ったけど追い返された時には、こんな気持ちにならなかったのにな。

 今はなぜか。

 とっても恥ずかしい。

 師匠に抱かれるつもりだった自分が。

 なんだかとっても恥ずかしい気がした。

 でも、師匠は優しかったから、まだ抱いてもらえない。師匠から言葉はもらっているけど、行動では何ももらっていない。


「はぁ~」


 またため息が出てしまった。

 最初の夜。

 あたしが師匠の弟子になった初めての夜。

 なんだかんだ言って、師匠にぜったいえっちなことされちゃうって思って、覚悟を決めてたんだけど……気が付いたら朝だった。

 ふかふかのベッドで、あたしはぐっすり眠ってしまった。初めてお腹いっぱいになれたっていうこともあったかもしれない。初めてふかふかのベッドに乗ったっていうことも、あったと思う。

 生まれて初めて。

 親に捨てられてから初めて。

 あたしは、安心して眠ってしまったのかもしれない。

 ほんとは警戒しないといけなかったのに。

 師匠に無理やりされちゃうから、覚悟を決めないといけなかったのに。

 でも。

 ずっと眠ってたのに、起きたら何もされてなかった。あたしの身体には、師匠は指一本、吐息ひとつ触れてなかった。


「あぁ、師匠は優しい人なんだ」


 そう思った。

 自分の物にしていいのに、好きにしていいのに。

 欲望のままに、あたしの人生を好きにしていいのに。

 奴隷のように粗末に扱ってさえ、いいっていうのに。

 師匠は、ちゃんと我慢して。

 あたしの人生を見てくれている。


「ふふ」


 それが嬉しかったけど。

 でも。

 同時に不安にもなった。

 だってそれは、師匠の物になってないってことだから。師匠の物じゃないから、いつでも捨てられてしまう可能性が残ってる。

 責任を取れ、なんて言えない。

 あたしを助けたんなら、最後まで面倒を見ろ、なんて言えない。

 だって。

 だって、まだ何もされてないのだから。

 あたしの身体は、路地裏で生きてる時よりも綺麗になっているのだから。


「……」


 膝を抱えるようにして座った。

 ひとりぼっちになるのが怖い。

 路地裏で生きてる時は、誰かのそばにいるのが怖かった。

 何をされるのか分からない。暴力を受けるかもしれないし、持っている物を全て奪われるかもしれないし、無理やり犯されるかもしれなかった。

 だから独りのほうが良かった。

 安心できた。

 でも。

 もうあの頃みたいには思えない。

 もう、ひとりぼっちには耐えられない。

 だから。

 あたしは師匠の物になりたかった。師匠の物にして欲しかった。師匠が捨てられない物になりたかった。

 師匠は好きだって言ってくれる。

 愛してくれているのも分かるし、結婚もしてくれるって言ってくれる。

 でも。

 それは今じゃない。

 もっと先の話だ。

 だから、怖い。

 その間に、師匠がもっともっと好きな女の子が現れたら?

 ルビーのことが本気で好きになっちゃったら?

 ベルちゃんが、本気で師匠を迎えに来ちゃったら?

 もっともっと可愛い子たちが、師匠のことを追いかけたら?


「あたし、勝てない……」


 抱えた膝におでこを乗せる。

 あたしには、何もない。

 ルビーは強いし、役に立てることがいっぱいある。ベルちゃんはお姫様だから、お金もあるし、結婚したら王族になれる。

 でも、あたしには何も無い。

 だって、弟子だもん。

 弟子が師匠といっしょになっても、何もあげられるものが無い。

 あたしは師匠からもらうばっかりで。

 師匠にあげられるものは、ひとつも持っていない。

 それが不安で。

 そのことが怖くて。

 なんだか、つらい。

 だから。

 だから。

 だから。

 早く師匠に。

 抱いて欲しかった。


「……そうなんだけど。そうなんだけどなぁ」


 なぜか急に、めちゃくちゃ恥ずかしくなっちゃった。

 師匠は実は凄い人だったんです。っていうのは、なんとなく分かってた。盗賊スキルも凄いし、教え方も分かりやすくって凄しし、優しいし、強い。

 でもでもでも。

 それが勇者パーティだったなんて!

 知らない知らない!

 そんな現実、どう考えても嘘じゃん!

 師匠の嘘吐きぃ!

 好き!

 ……ってなった。

 なんだか絵本とかで呼んだ英雄譚の、その本人に会ったような気がして。

 恥ずかしいっていうか、なんていうか、うぅ。


「うぅ」


 うぅ。

 としか、なんか言えなくなっちゃって。


「はぁ」


 悲しいのか嬉しいのか、良く分かんない。

 感情がぐちゃぐちゃ。


「勇者パーティか~」


 今、目の前に眠っている人も、そう。賢者さんと神官さん。めちゃくちゃ強かったし、まったく知らない魔法とか使ってきたし、凄かったなぁ。

 でも、賢者さんとか神官さんを見てて、恥ずかしい、とか、なに話していいのか分かんない、っていうふうには思わない。

 やっぱり師匠だけ。


「ふふ」


 師匠だけ、会うのも喋るのも見るのも恥ずかしくなっちゃった。


「……変なの」


 膝を抱えつつ、あたしは笑った。

 ちょっとは落ち着いたのかもしれない。

 いろいろ変なことを考えて、師匠のことをいっぱい思い出してたから。今だったら、普通に話せるようになってるかも?

 師匠ってば、勇者さんと戦士さんといっしょに行動してる時、めちゃくちゃ嬉しそうな顔をしてた。

 なんだろう。

 子どもみたいな気がした。

 男の子っていう感じ。

 そこが師匠のかわいいところで。なんだか胸がきゅ~ってする。でも、ぜんぜん悪い意味じゃなくて、好き。

 うん。

 そっか。

 好きなんだ。

 あたし、師匠のことが好きなんだ。

 ちゃんと。

 ちゃんと好きになったみたい。

 本当の意味で。

 あたしはようやく、師匠のことが好きになったんだ。


「ふふ、ふふふ……あはは」


 バカみたい。

 今までずっと好きって言ってたけど、それって自分のために好きって言ってたんだ。もうひとりぼっちになるのは嫌で、捨てられるのが嫌だったから。

 好きだと言って。

 師匠にしがみ付いてただけなんだ。

 でも。

 あたしは、ちゃんと。

 ちゃんと師匠のことが好きになった。

 この気持ち――

 早く師匠に伝え――


「ん……んん……ここは?」


 賢者さんがむっくりと起き上がった。

 きょろきょろと状況を確かめるように周囲をうかがう。

 で、あたしと目が合った。


「このクソガキいいいいいいいいいい!」

「ぎゃあああああああああああああああ!?」


 助けて師匠!

 怖いおばさんが目を覚ましちゃった!

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