~卑劣! クエスト発生・受注しました~

 なるほどな、と肉屋の店主はうなづいた。

 種族がゴブリンであるために身長は低いが、まぁ人間種でいうところのドワーフのような雰囲気を感じる。どこか職人気質というか、そんな感じか。

 まかり間違ってもハーフリングではないっていうのが少し面白い。いや、面白いと言うと失礼に当たるので表現が難しいけど。

 イタズラ好きで不真面目で面白いことが大好きで、そのほとんどがまともな死に方をしないという奇妙な種族ハーフリング。

 勤勉で真面目なゴブリンを見てしまうと。

 ハーフリングのほうが、魔物種のような雰囲気さえ感じてしまう。


「……ん?」

「どうしました、師匠さん」


 なにかこう、思うところはあったのだが……上手く言語化できない。

 人間種と魔物種の違いというか、なんというか……


「いや、なんでもない」


 今はそれよりも、人間の肉についてゴブリン店主を巡らせている。

 邪魔してる場合ではない。


「つまり、勇者サマよ。ゆるやかに食べるのをやめていく、ってのがアンタの望みだな」

「あぁ。いきなり食べるのをやめると言っても無理が生じる。だから、少しずつでいいので、食べるのをやめていって欲しい。それが僕の願いだ」

「それはウチにとっても多いに賛成だ。しかしなぁ」

「やっぱり伝統が問題かい?」


 勇者の言葉に、いやいや、とゴブリン店主は苦笑した。


「この際だ。親父から受け継いだ牧場は放棄してもいい。今の時代、お荷物ってわけじゃないが、多少の無理をしていたこともある。すっぱり切ってしまってもいい」


 ゴブリン店主は、だが、と続ける。


「そうなると牧場で働いているヤツらの首を切らなきゃならねぇ。おっと、勘違いするなよ勇者サマ。この場合の首を切るってのは辞めさせるって意味で、ホントに首を切らねぇからな」

「大丈夫ですよ。人間領でも『首を切る』という言葉は使ってます」

「そうか。早合点しちまったな」


 ゴブリン店主は髪の無い頭をポリポリと掻く。

 人間みたいなリアクションだった。

 いや、この際だ。人間種も魔物種も同じだと考えを改める必要がある、認めてしまえば良い。

 わざわざ分ける必要がない。

 それこそ人間やドワーフ、エルフに有翼種や獣耳種、更には小人族と言われるハーフリング。

 同じ人間種であっても、まったく姿や耳は違うわけで。

 有翼種に至っては羽まで生えているのだ。

 それがどうして魔物種ではないと判断されているのか。

 根本的な理由は無いんじゃないか。

 今さらゴブリンが人間種だと言われても問題ない。小人族の一種族だと考えるのが良いだろう。ハーフリングよりよっぽど真面目に仕事してるし。うん。


「その……いま人間を育ててる牧場で牛とかブタを育てるんじゃダメなのか?」


 戦士の言葉に、俺もうなづく。

 確かに牧場を今すぐ閉鎖してしまっては、そこで働く人間に影響がある。俺たちは人間を救った気でいられるが、そこで生きてた者の生活を奪ってしまうのでは意味がない。

 今すぐの話ではなかったにしろ、勇者のせいで不幸になった、というのであれば本末転倒だ。

 いや。

 そもそも魔物種がこうやって同じ言葉で話せること事態が想定外というか。

 どうしてこんなにも理解ができて、文化にそう相違が無いっていうのに、世界は分断されているのだろうか。

 いっそのこと魔物種がモンスターのように人間に敵対的で。全ての種族が人間を餌としか思っていないような思考をしていれば楽だったのに。

 ――そんな。

 とても失礼なことを思ってしまった。


「悪いが、牛やブタ、鳥なんかは充分なんだよな。これ以上、増やしたところで処理しきれないっていうか食べきれないというか。無駄になっちまう。加工品にしてしまうっていう手もあるが、それもすぐってわけにはいかんしな」


 あぁ、それは確かにあるかもしれない。

 商品を無駄に多く作ってしまうと、どうしても余ってしまう。それが宝石とか玩具であれば、いつまでも在庫として置いておくことができるが……

 食べ物となれば、やはり劣化してしまうもので。保存の魔法があると言っても限度があるし、いつまでたっても無くならない在庫は、やはり捨ててしまうだろう。

 倉庫も無限にあるわけでもない。

 賢者の使う亜空間みたいな能力が誰にでもあるわけじゃないので、簡単に商品を増やすわけにもいかないか。


「ヒツジはどうだい? 羊毛も取れて商売の幅が拡大すると思うけど」


 勇者の提案にゴブリン店主は腕を組んで唸る。


「それも魅力的なんだが……ちとワガママを言っていいかい?」


 店主の瞳がキラリと輝く。

 商人特有の儲け話をする時の目だ。

 時と場合によるが、下手をすれば貴族以上に注意しないと厄介な事この上ない事態に巻き込まれてしまう目でもある。

 できるだけ退路を確保しないといけないが――


「もちろんだとも。なんでも言ってくれ」


 勇者アウダクスがいきなり退路を放棄した。

 まぁ、知ってた。

 というか、こういうことが無いように俺が裏方にまわって調整したりしてたんだよな。アウダは基本的に人のお願いをなんでも聞く。聞いてしまう。

 それが勇者の使命だ、と言われればそれまでだが。

 おかげでひとつの街での滞在時間が無限に伸びていく。そのせいで、おっさんになるまで人間領を旅することになってしまったわけで。

 実力は物凄くついたけどさ。

 ほんと若返れたので良かったよ、まったく。

 ただの手遅れになって、歴代の勇者に鼻で笑われてしまうところだった。いや、死んだあとで歴代の勇者さま達に会えるかどうか知らないんだけどね。


「さっき来た時に言った代替品の話だ。『アンブラ・プレント』」

「確か、動く植物、だったか」


 そうだ、とゴブリン店主がうなづく。


「アンブラ・プレントの肉はなかなか美味くてな。それこそ人間とは比べ物にならないくらいに需要が高い。本物の希少品だ」

「肉がある植物なのか」


 ヴェラが思わず横やりを入れてしまうが、俺も同じ疑問を持った。

 植物なのに肉があるっていうのは、どういうことなんだ?


「正確には肉じゃないんだが、茎とか言うにしても違う気がしてな。果肉とも違うし、あぁ~、なんだ、とにかく肉っぽい植物なんだよ」


 めんどくさくなったのか店主は説明を放棄した。

 まぁ、とりあえずそのアンブラ・プレントっていうのは、植物ではなく、動物みたいなものと思っていたほうが良さそうだ。


「それを牧場で育てようってわけだね」

「そう、それだ」


 ゴブリン店主はニヤリと笑う。


「どちらかというと農家の仕事のような気がしますが、違うのでしょうか?」

「動き回る植物なんですサピエンチェさま。畑に種をまいたとしても、どっか行っちまいますよ」


 ルビーは肩をすくめた。

 せっかく育てた作物に逃げられるのであれば、それは農家の仕事とは言えないな。


「アンブラ・プレントを育てるノウハウはあるのか?」


 俺の質問にゴブリン店主は首を横に振った。


「何度か試みがあったらしいが、成功はしていない。なにせ狂暴なんでね。試した牧場が破壊された、なんて話も残っている」

「おいおい、大丈夫かよ」


 ヴェラの言葉にゴブリン店主は静かにうなづく。

 どうやら秘策があるらしい。


「さっきあんた達が出ていったあとに考えてたんだが……そもそも人間牧場が丈夫に作られている。牛とか馬とかと違って、人間ってのは手足が器用に動くからな。脱出されないようにしっかりと作ってあるんだ」


 まぁ、柵で囲うだけ、というわけにはいくまい。


「そこにアンブラ・プレントを入れれば、まず破壊されて脱出される心配はない」


 なるほど、と俺たちはうなづく。

 現物を見ていないので最終的な判断はできないが、ゴブリン店主が可能だと言っているのでそこを否定する材料は俺たちには無い。


「そして、アンブラ・プレントを種から育てる」


 ん?

 ということは――


「今までのアンブラ・プレントを生産する実験は種からじゃなかったってことか?」

「あぁ、そこが一番の問題でな」


 店主は俺を見て、うなづいた。


「種っていうのは子どもみたいなもんだろ。だからアンブラ・プレントは自分の種を死に物狂いで守りやがる。普段も狂暴だが、そうなると手も付けられないほど凶悪になるって話だ。だから今までアンブラ・プレントの種を手に入れたヤツはいない。だが――」


 店主は勇者を見た。


「勇者サマなら、それが可能だろ?」

「もちろんだ」


 おいおい。

 即答しやがったぞ、このアンポンタン。


「話が見えたな。めちゃくちゃ簡単じゃねーか」


 戦士もバカだった。

 魔物種が誰も成功していない問題だぞ。そんな簡単に判断していいのかよ、おい。


「決まりですわね」


 決まってねーよ!

 なんでおまえまで勇者パーティの一員ですって面してんの、サピエンチェさま!?


「ありがてぇ、頼むぜ勇者サマ」


 ゴブリン店主は立ち上がり、勇者アウダと握手した。

 勇者も立ち上がって、それを受け入れる。

 待て待て待て待て。


「そうと決まれば武器を持ってこねーとな。サピエンチェさまよぉ、俺の斧は壊れてないのか?」

「ちゃんと置いてありますわ。ですが鎧は壊れてしまいましたので新しいのを宝物庫でみつくろって頂けます?」

「いいのか?」

「わたしには無用の長物ですので。置物にしておくより使って頂けたほうが良いでしょう」

「そいつはありがてぇ」

「いいなぁ、ヴェラ。僕も新しい防具が欲しいところだ」

「勇者さまもいいですわよ。自由に見ていってくださいな」

「ほんとかい? 嬉しいなぁ」

「うふふ。それでは参りましょう」


 ……行ってしまった。

 楽しそうに行ってしまった。

 なによりルビーが勇者パーティ面しているのが、なんかムカつく!


「おいおい、兄ちゃんは行かなくていいのか?」

「いや、行くよ。行きます。……はぁ~」

「危険なんでな。気を付けてくれよ」

「それをもっと主張したいんだが……あいつらバカなのか?」

「兄ちゃんのほうが知ってるだろ」

「うん、知ってた」


 俺は肩をすくめて、もう一度ため息を吐く。

 ゴブリン店主は俺の肩をポンポンと叩き、まぁ頑張れ、と励ましてくれた。

 まさか。

 ゴブリンに励まされる日が来るとは思わなかった。

 魔王領は進んでるなぁ~。

 人間領のゲラゲラエルフだったら、俺を見て爆笑してるだけだぞ、ぜったい。

 はぁ~……

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