~卑劣! 魔王を倒して終わりではない~

 獣耳種ならぬ魚顔種。

 ルビー支配領の文字通り『城下街』。そこで一番を誇るレストラン『ザールフュア』の店主は好々爺のようにまん丸の目をにっこりとさせながら、丁寧に勇者アウダクスの言葉を聞いた。

 魔物種であっても、種族は人間とまったく違ったとしても、商人は商人ということか。

 相手の話をしっかりと聞いてくる姿は、世界共通で商人共通らしい。

 もっとも。

 話をしっかりと聞くことすらできない者が商人になったとしても大成できるはずもないのだが。


「なるほど、勇者さまの話は理解できました」


 肉屋で聞いたことに加えてアウダ自信の気持ちを語り終えたところで、オーナーは勇者が何を言いたいか理解したらしい。


「ハッキリと申し上げましょう」


 一瞬、ピリリとした空気が流れる。

 魔物の矜持を語るのか、とも思われたのだが……オーナーから発せられた言葉は想像の正反対だった。


「人間の肉を利用したメニューですが、あれはなかなか売れません。なにせ値段がどうしても高くなってしまいますからね。しかも仕込みが大変で、予約をして頂けないとおいそれと提供できない状態です」

「そ、そうなのか?」


 意外だ、とアウダはあせるように返事をした。

 値段は高いものの、もっと頻繁に食べられているかと思ったが。どうやらそうではないらしい。


「なにせ人間の肉は硬いですからな。それでいて量が少ないため、なかなか美味しい料理に仕上げるのは難しい。牛やブタのほうがよっぽど簡単に美味しく作れます」


 そう語ると、オーナーはふむふむと腕を組んで考え始める。


「あなた方……勇者さまの目的は、人間の肉を食べるのをやめさせたい。そうですかな?」

「できるのか?」

「むしろ、好都合……というのが本音でしょうな」


 どこか他人事のようにオーナーは語った。


「人間の肉で作る料理は値段も高く、手間がかかって料理人の負担も大きい。滅多に注文されないということもあって、レシピの改良も進まない。だが、それでもメニューにあるので備蓄はしておかないとならない。そして、新人コックにも作り方を教えないといけない。という状態です。更に言ってしまえば、人間種の料理人を雇った場合――」

「心労は計り知れない、ということか」


 アウダの言葉にオーナーは、こくん、とうなづいた。


「いくら人間の肉を食べるのが当たり前という状態でも、やはり影響がゼロとは考えられません。平気な者もいるでしょうが、平気でない者もいる。大丈夫か、と聞けば大丈夫と答えてしまうのが新人コックですからな」

「そうか……そうか……」


 勇者は少しだけ目を閉じながら、椅子の背もたれに体重を預けるようにした。

 恐らく、新人コックの心境をおもんぱかっているのだろう。

 余計な背負い込みをするなよ、とは言いたいが。そうやって人間領を旅してきた俺たちだ。今さら、『勇者』という職業を放棄できるアウダではない。

 そんなアウダを見て、オーナーは語った。


「人間の肉を使った料理。レストラン『ザールフュア』としましては、無くなっても困らないもの、という立場を取らせて頂きます。いえ、遠からずこんな日が来るとは思っていましたが……まさか今日という日になるとは思いませんでしたな。さて、ご期待に添えますかな勇者さま」

「も、もちろんです!」


 勇者アウダは立ち上がり、頭を下げた。

 そんな勇者に対して、オーナーはにっこりと笑う。


「ただし、すぐにとはいきませんなぁ。滅多に出ないから、という理由はありますが、それでもいきなりメニューから消すと反発もありそうです。勇者さまには悪いですが、徐々に減らしていく、という形でもかまわないでしょうか?」

「それで充分です。いえ、その言葉が聞けただけでも嬉しい。いや、嬉しいというのは僕の独りよがりな考えか。他者の文化に口を出して申し訳ない気分でもあるが……いや、すまない。複雑な気分だ」


 オーナーはアウダのあせるような姿を見てほがらかに笑う。


「すぐにゼロにしてしまいますと、余計に食べたくなってくる者が出ると思います。食べるのを禁止と言うと、逆に食べたくなってくるものですからなぁ。余計な悲劇が起こる可能性が高くなりますよ」


 オーナーの言葉に、確かに、と俺たちはうなづいた。

 禁止されたことはやりたくなってしまう。

 夜に外へ出てはダメ、と言われた子どもは時に親の言葉を振り切って遊びに出てしまうものだ。もちろん、危険なことは承知の上で。

 それと似たようなことが人間の肉でも起こると考えられる。

 禁止されれば食べたい。

 だが、売っていない。

 そうなれば、手を出すのはそのあたりに歩いている『隣人』ということが起こりかねない。

 オーナーの言うとおり、徐々に減らしていくのが一番良いんだろうな。


「話はそれだけですかな? では、ゆっくりとフルーツでも楽しんでいってください。あぁ、サピエンチェさまが食べ尽くしてしまう前に」


 勇者が話してある間にルビーはフルーツ盛り合わせをつまみまくっていた。

 遠慮しろよ、遠慮。

 オーナーはにっこりと笑ってから退室する。

 それを見送って、俺たちはぐだ~っと椅子から腰を滑るようにして緊張を弛緩させた。


「持て余しているのか、魔物たちは」

「食べるってなると、そう簡単に手に入るもんじゃないってことだろうよ」


 勇者の言葉に戦士が答える。

 いや、そもそもの前提が間違っているというか――


「牛とかブタ、鳥が異常なんじゃないのか?」


 俺はそう告げた。

 なんというか、食べられるようになるまでの成長が異常に早い。だからこそ、畜産という形が生まれたんだろうし。

 それに比べて他の動物は、わざわざ育てて食べようとされていない。つまり、成長が遅かったり可食部が少なかったりすると考えられる。ヒツジなんかは別の目的があるからこそ育てられているのかも。

 狩人なんかは時々クマを狩ることもあるし、ハチミツをたっぷりと食べた『クマの手』なんかは珍品として扱われている。

 あれも、やりようによっては人工的に作り出すことも可能だろうが……リスクとコストが割りに合わないんだろう。

 人間種や魔物種が古来より生きてきた結果が、牛やブタ、鳥というところ。馬は食べるというより移動手段という感じか。

 まぁ、なんにしてもそれ以外の種族は食べられるけど畜産には向いていない。

 なので値段が高くなる上に、人間の肉は硬くて料理が難しい。

 悪条件がそろっているわけだ。


「なるほど。興味深いですわね」


 ルビーは果物をヒョイヒョイと掴んでは口に運んでいる。太るぞ、と言いたいところだが、吸血鬼が太っているところはちょっと見てみたい気もした。

 あぁ、そうか。

 人間の場合、太らせるにも大変なわけだよな。

 もしかしたら人間牧場では牛やブタの肉を食べさせて人間を育てているのかもしれない。野菜などでは、あまり太らないだろうし。果物もたくさん必要なんだろう。

 それを考えると、やっぱり効率は最悪だな。

 肉屋の主人がやめたがっているのも無理はない。代々引き継いでいないのなら、すぐにでも止めるんじゃないかな。


「ルビー」

「なんでしょう、勇者サマ。あ、食べます?」

「食べるよ。次は子ども達の話を聞きたい。案内してくれるかい?」

「もちろんです。わたしのことをルビーと呼んでくださるのであれば、どこへでも案内いたしますわ」

「ありがとう」


 む。

 なんだろう。

 アウダがルビーと呼んでいると、なんかちょっと胸のうちがザワザワする。

 アレか。

 これが嫉妬というやつなのか。

 むぅ……


「ふふ。ほら師匠さんも食べてくださいな。わたし、機嫌が良くなりましたので今なら全部あげてもいいくらいです」

「ほとんど残ってないのだが?」


 話をしている間、ずっと食べてたもんなルビー。


「なんのことでしょう? ほら戦士サマも食べて食べて」

「甘いのは苦手なんだよなぁ。だが領主さまには逆らえねぇ。いただきます」


 というわけで、フルーツの盛り合わせをみんなで完食するとレストランから退出した。ちなみにお金はルビーが払ってくれたというか、後でお城に請求してくれ、というツケ払い。

 さすが領主さま。

 でもこういうことするからアンドロさんの負担が増えるんだろうなぁ。と、思ってしまう。

 申し訳ない。


「子ども達がいる場所は、公園でしょうか」

「公園なんてあるのか」


 思わず聞き返してしまったので、ルビーはワザとらしくぷんぷんと怒った。


「ありますわ。子どもは国の宝、というではないですか。子ども達がのびのびすくすく育ってこそ美味しい血……ではなく、領地が豊かになるというものです」

「いま本音が出たな、吸血鬼め」

「なんのことでしょう? あ、こちらですわ勇者サマ、戦士サマ。盗賊サマは向こうで幼女をナンパなさってはいかがでしょう?」

「断る」

「わたしが許可を出しますわ。好きにしていいんですのよ?」

「……断る」

「「いま迷ったよな?」」


 勇者と戦士が同時にツッコんできた。


「迷ってません!」

「はいはい、分かった分かった」

「しっかりしてくれよ、盗賊さまよぉ」

「迷ってねぇから!」


 とりあえず否定しながら俺たちは公園に入った。

 公園といっても適当な広場になっているだけでベンチがある程度。あとは砂場があるくらいで特にこれといった特徴があるわけでもなかった。

 単なる空き地を公園と言ってるだけっぽい。

 大人たちの姿はなく、あくまで子ども達だけが遊んでいる場所。種族関係なくきゃっきゃと遊ぶ子ども達の姿は、どこか理想的にも思えた。


「……こんな世界が来るといいな」


 少しまぶしそうに目を細める勇者に、俺と戦士は同意した。

 そんな子ども達はルビーの姿に気づくと、わ~、と集まってくる。

 人間領で領主さまの姿を見ても子どもは集まって来ないだろう。人徳の差、というものなのか。ちょっと支配者というか統治者としてのニュアンスが違うっぽい。


「サピエンチェさま、遊びに来たの?」「遊ぶ?」「サピエンチェさま綺麗~」「なにしてんの、なにしてんの?」「ドレス綺麗~、あたしも着たい」「好き」「サピエンチェさま~」「なにして遊ぶ? なにして遊ぶ?」「ボールはどこ? ボールで遊ぼ!」「さぴえんちぇちゃ! ま!」


 などなど。

 子ども達が一斉にしゃべってきゃぁきゃぁ言って、ひとりひとりの言葉は聞き取れなかった。


「はいはい、落ち着きなさい子ども達。じゃないと食べてしまうわよぉ~、がおー!」


 吸血鬼らしくルビーは牙を剥き出しにして子ども達をおどした。

 きゃ~、と楽しそうに逃げる子ども達。

 いや、笑ってるけど。どう見てもガチの牙じゃん、それ? 人間領だと号泣もんだぞ、普通。

 やっぱり文化が違うのかなぁ。

 ひとしきりルビーが子ども達を追いかけまわして遊ぶと、はいはい集合~、とルビーは子ども達をアウダの前に集合させた。


「今からこのお兄さんがみんなに質問します。正直に答えてくださいね」


 はーい、と答える子ども達。

 う~む……どことなく孤児院の先生を思い出してしまう。

 なんというか、ルビーにもあるんですね。母性というものが。

 と、そんなことを言うと怒られそうなので黙っておこう。


「この中で、人間の肉を食べたことある子はいるかな~?」


 アウダも勇者としてではなく、にっこり笑って子ども達に質問した。

 魔物種に混じって人間種の子どももいる。本来はするべき質問ではなさそうだが、ギョっとした様子の子はひとりもいない。


「食べたことなーい!」


 大半の人間はそうだったが、数人の魔物種の子どもが手をあげた。

 オーガ種のようで、頭からはツノが生えている。


「食べたことあるよ!」


 その中で一際元気な男の子にアウダは質問した。


「どうだった? 美味しい?」

「う~ん……かたい!」

「そっか。どうかな、これからも食べたいと思う?」

「あんまり~。それより普通のお肉のほうがいいよ!」


 他の食べたことある子どもに聞いてみても、だいたい同じような答えが返ってくる。

 やはり、大好物でそれなしでは生きていけない、というものではないらしい。

 どちらかというと珍品扱いだ。


「もしかしたら、上手く行くのかもしれない……!」


 勇者の表情に希望が灯る。

 魔物は人間を食べなくても生きていける。

 それが分かれば。

 そうなれば。

 人類と魔物は共存できるはず。


「ふ~ん。時代は代わるものですわね~。ところで勇者サマ」

「なんだいルビー」

「わたし、人間種の血が嗜好品なわけですが。これは許してくださるのでしょうか?」

「……別に相手を殺してしまうわけではないのだろう?」

「えぇ、そうです。あくまで血を舐める程度。ですが、相手を眷属にしてしまいます。どうお考えでしょうか?」


 それは他者を支配する行動。

 言ってしまえば、食べると同義でもあるような気がした。


「――あなたが暴走しない限り、安全は保障されている。そういう話になってくると思いますが……今はエリスがいるだろう」

「俺?」

「あぁ。おまえの血が一番美味しいんだろう? だったら何も心配はいらない」


 それでいいのか?

 とも思ってしまうが……まぁ、それが最善だろうな。

 今さら吸血や眷属化を否定しようとも、どうにもならない。

 人間の肉に対しての解決の糸口が見えている今、無理にルビーの嗜好まで止める必要はないだろう。

 あと、犠牲者も出ないし。

 犠牲者は俺だし。

 今のところ、大丈夫なわけで。


「肉屋へ戻ろう。主人に話を付けてみる」


 勇者は子ども達にお礼を言って。

 ルビーに再び案内してもらいながら肉屋へと戻るのだった。

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