~卑劣! 好きな食べ物はなんですか?~
魔王領。
吸血鬼の支配する街。
その言葉だけを聞けば、陰鬱とした暗いイメージを想像する。いつまでも夜は明けず、住民たちは皆、吸血鬼の姿に怯え、家の中に閉じこもっている。
しかし。
現実は違った。
残念ながら空模様は想像通りで、常に雲が覆い隠しているのだが、住民たちは明るい笑顔でそれぞれの日常を過ごしている。
そこには多種多様な種族の姿があり、人間種も魔物種も分け隔てなく仕事に従事しているようだった。
もちろん人間種が奴隷のように扱われているわけではない。
言わば対等の存在、という感じか。
「アウダ」
「なんだい、エリス」
ルビーに案内されながら歩く勇者に、少し気になったところを聞いてみる。
「アスオエィローの領地はどうだったんだ?」
魔王領は、それぞれ四天王が分割して統治しているらしく、それぞれの領地での人間種の扱いは違うのだろうか。
ルビーは人間好きを公表している。
それでどうやって魔王に許しをもらっているのか、サッパリと分からないが。それでも、この状況を是としている魔王サマなので、こちらからは何の文句も付けられない。
対して――
乱暴のアスオェイロー。
俺の予想では、それぞれの四天王が『持っていない物』を名前にされているので……アスオェイローは乱暴ではなく理知的な振る舞いや丁寧さを持った魔物と思われる。
そんな人物……人じゃないのでマブツか……が、支配する領地での人間の扱いはどうだったんだろうか。
気になったので勇者に聞いてみた。
「大きな街なんかには近寄れなかったから、ハッキリしたことは言えないけど。どうにも魔物と人間は別々に住んでいたようではある」
「別々?」
「恐らく大きな街には魔物種が住み、小さな村や集落で人間が住んでいた。この街のように人間が明るい表情をしていることはなかったよ。奴隷のような扱いだったと推測できる」
「なるほど」
やはり支配者によって大きな違いがあるようだ。
「おまえさんはどうして人間が好きなんだ?」
俺とアウダの会話を聞いていたのか、ヴェラがルビーに聞いた。
「ん~、そう言われてましても。吸血鬼って人間の血が大好きなのですから、人間を嫌いにはならないと思いますけど?」
確かに。
牛肉が好きだが、牛は嫌い。
そんな精神状況というか好みというか、好き嫌いとでも言うべきか。複雑な心境にはならないのが普通と考えるべきだろうか。
牛が嫌いになったのなら、牛肉も嫌いになるだろうし。
しかし、動いてる魚は怖くて触れない、なんて話も聞いたことがあるが……だからといって魚が嫌いになるというわけでもないし……
う~ん。
難しい。
「そういう意味だと、魔王は人間を喰わないのか」
「そうですわね。魔王さまに食事を提供したことは何度もありますけど、人間の肉を所望されたことは一度もありません。むしろ人間そのものを毛嫌いしている様子もあります」
ヴェラは肩をすくめた。
まぁ、魔王サマの食べ物の好みは置いておいて。
「今はここの住民の好みを聞き込みしないとな」
そう言って勇者が見上げたのは一枚の看板だった。
レストラン『ザールフュア』。
ルビーに案内してもらった、この街で一番大きな食事処であり、午前中という時間帯にも関わらずそこそこの賑わいを見せていた。
窓から見える客層は、それこそ街の中と同じく人間種と魔物種の両方だ。
良いにおいがしてくるので料理人の腕前の良さが伝わってくる。
「そういえば」
アウダが思い出したかのように声をあげた。
「どうした?」
「アスオェイローの領地で人に聞いたのだが。魔物種は料理が作れないから、料理を作らされてると言っていたな」
そうなのか、と思わずルビーを見た。
「確かにそういう面もありますが……工夫次第なのでは?」
ごもっともな意見が返ってきた。
対してアウダは言葉を変える。
「僕も最初はそう思ったのだが、どうにもニュアンスが違うんじゃないかな。魔物種は料理を作れないんじゃなくて、作り出せない。つまり、新しい料理が作れないっていう意味だったんじゃないか?」
「想像性ってやつか」
俺の言葉に勇者はうなづき、ルビーは考え込む。
「確かにそういうところはあるかと思いますが……これはアレですわね。アスオくんが悪い」
どういうことだ?
「アスオくんって、ちょっとバトルマニアな面がありますでしょ?」
でしょ、と言われても困る。
でもアウダは、確かに、と納得していた。ヴェラもうなづいている。
え、アスオくんを知らないの俺だけ?
ちょっと仲間外れみたいでさみしい。
「ですので、アスオくんの領地で住む魔物種ってちょっとアレなんですよね」
「アレ?」
「頭の中まで筋肉で出来ている」
あぁ~……と、俺たち三人はなんとなく納得してしまった。
料理をパワーで解決してしまいそうな、そんな感じか。いや、それってどんな料理だよ、とは思うが、たぶん焼いただけの肉とかがメイン料理だったりしそう。
それはそれで美味しいとは思うけど、調味料はやっぱり重要だと思う。
世の中には塩や砂糖だけでなく、香草やはちみつ、香辛料と色々あるのだから。
「適材適所、みたいな感じで人間種に料理を任せていたら、そのまま当初の理由が忘れられて『そういうもの』という感じで定着した可能性があります。悪い伝統と申しましょうか。料理は人間がするもの。そういう常識がアスオくんの所にはあるのかもしれませんわね」
つまり、長く続く支配の中で、それぞれの支配領に『文化』が生まれているわけだ。
アスオェイローの領地では人間種が奴隷のように働かされ、料理は人間が作るものだと決まっている。
その始まりの理由をすっかりと忘れ去られていて、今では惰性で続けられていた。
「……」
「どうしたエリス?」
「いや、案外魔王も最初の理由を忘れていたりするのかもな、って思っただけだ」
大陸の北側を支配した魔王。
人間に対して敵対しているというのに、ルビーのような人間好きを許している。
もしかしたら、人間に対して敵対する理由も惰性となっているのではないか……
そう思ったのだが――
「それはありませんわね」
ルビーはきっぱりと否定した。
「魔王さまは今でも人間を嫌悪していらっしゃいます。そうでなければ、わたしが師匠さんのお腹を蹴り飛ばす理由は無かったでしょう」
「……そういえば、そうか」
あの時。
漆黒の鎧に身を包んだ魔王サマは気まぐれにもパルの『仁義を切る』に付き合ってくれた。それはルビーの所有物として認めていたからであって、人間種に心を許したわけではない。
長い長い支配の歴史に、その理由は錆びついているかと思ったが。
まったくそんなことは無いようだ。
「さぁ、いつまでもお店の前に立っていては営業妨害ですわ。入りましょう」
前後どちらでも開くようになっている店のドアを押し開けてルビーはレストランの中に入る。
その後ろに俺たちは続いて入った。
店の中は、それほど豪奢なわけではない。ただ、年季を相当に感じさせる雰囲気でなかなか味わい深いものがあった。
柱はすっかりと黒くなっていたり、床の木材は歩くたびにギシギシと音がなる。壁もまた同じように黒ずんでいて、相当な歴史を感じさせた。
「い、いらっしゃいませ、ルビーさま」
獣耳種……ではなく獣顔種とでも言おうか。魔物種の種族名は分からないが、顔がウサギのようになっている少女が少しぎこちない笑顔でにっこりと応対してくれた。
可愛らしい制服姿で少しメイド服に似ている。
ピンと立った耳が忙しなく動いているのは緊張しているかだろうか。
ウサギ少女は手も動物っぽくなっていて、人間種とは違うことをありありと見せている。思わず少女のスミズミまで観察するように見てしまうと、真っ赤な瞳をパチクリとまばたかせた。
「ごめんなさい、今日は食事をしに来たのではないの。話を聞きに来たのですけど……オーナーさんはいらっしゃいます?」
「しょ、しょうしょうお待ちくださ――あ、いえ、先に案内を、あ、え、うあ」
ウサギ少女は見事に混乱した。
「落ち着いて落ち着いて」
アウダは両方の手のひらを彼女に向けて、まぁまぁ、と笑顔を向けた。
勇者スキル『スマイル』。
数々の女性の心をときめかせてきた勇者サマの必殺技だ。もちろん、俺が勝手にそう名付けただけで、実際にスキルとしてアウダが使っているわけではない。
「は、いえ、でも」
ははははは、残念だったなアウダぁ!
魔物種とは美醜の概念が違うので、おまえのスマイルは彼女には効かないようだぞ。
「くくくく」
俺が忍び笑いをしていると隣でヴェラも我慢するように笑っていた。お互いに勇者について思うところがあるらしい。
俺たちはうなづきあい、拳をガツンとぶつけた。
ざまぁみろ、と。
「なにをやってますの男の子たちは。ほらほら、別に店を取り壊しにきたわけでも視察でもないです。そうですわね、甘味を食べに来たついでにオーナーさんに話がしたい。その程度ですわ」
「そ、そうなのですか?」
「何度も食事に来てるじゃないですか、わたし。今さら緊張することはありませんわよ」
「最近仕事を初めたばかりの新人なので」
「あら、ステキ。では緊張するのも仕方がありませんわね。でも、これからは頑張ってくださいな」
ルビーに応援されて嬉しそうなウサギ少女。
どうしてこんなにルビーの好感度が高いのか、いまいち分からないんだけどなぁ。そんなに良い領主なんだろうか、ルビーって。
むしろアンドロさんの功績のような気がしてならない。
「こちらです」
ウサギ少女に案内されたのはレストランの奥にある個室だった。ルビー専用っていうわけじゃなく、そこそこ使用されている感はある。
丸いテーブルにそれぞれ付くと、ルビーはフルーツの盛り合わせを注文して、ウサギ少女にオーナーを呼びに行ってもらった。
その間に俺たちはテーブルにあったメニュー表を見る。
「ところどころ分からないメニューがあるが……おおむね人間領と変わらない気がする」
アウダの言葉に俺はうなづいた。
街一番の食事処、レストランということでメニュー数はかなり多い。共通語で書かれているのでその全てを読むことができた。
人間領のどこの国でもあるような料理が無かったりするが、昔からあるような定番料理はここのレストランにもあった。
そうなると……この見たことも聞いたことがないメニュー名の中に人間の肉を使った料理があるということか。
問題はその値段だ。
「恐ろしく高いな」
ヴェラが顔をしかめる。
魔物領での通貨の価値が人間領とそれほど変わらないと仮定しても、知らないメニュー名の中には桁がひとつ違ってくるような料理もあった。
「それが人間の肉を使ったものですわね。煮込み料理。時間と手間をかけた濃厚な一品ですわね」
「……」
思わず眉をしかめてしまうが、残念ながら何一つ料理の想像ができなかった。ただ人間をじっくりと煮込んだ、というイメージだけで顔が歪んでしまう。
この感覚には、一生慣れることがないんだろうな。
「お待たせしました、ルビーさま」
そうこうしていると、ひとりの老人がフルーツの盛り合わせを持ってやってきた。白髪の老人だが、鼻の下あたりからにょろりとナマズのヒゲのような触手が生えている。目も人間とは違ったまん丸で、魔物種であることが分かった。
魚人という感じだろうか。
オーナーは、よっこいしょ、という感じでルビーの隣に座る。
「急にお呼び立てて申し訳ございません。お忙しくなかったですか?」
「いえいえ、私などもう引退寸前。ヒマをしておりますので、いつでも呼んでくだされば喜んでうかがわせてもらいますよ」
そう言って頂けると助かります、とルビーは返答してからフルーツに手を付けた。ブドウのような感じで色が黄色の果物をひとつ取ると、お皿を中央に置く。
全員で食べよう、ということか。
出された物を手を付けないのも失礼だな。
ということで、俺たちは適当にフルーツを手に取って食べてみる。俺が食べたのはオレンジのような果物だった。
甘いというより酸味が勝つ果物で、むしろレモンじゃねーかこれ、と言いたくなってくる。魔王領の果物、恐るべし。
顔が強制的に中央に寄ってしまった。
すっぱ!
ちなみに勇者は当たりを引いたようで美味しいと表情を明るくさせていて。
戦士はあまりの甘さに水をがぶ飲みしている。
そんな様子を見てルビーはにこにこと笑っていた。まるで自分の土地で取れた特産品を自慢する村長みたいな顔をしているな、こいつ。と思ってしまったのは秘密にしておこう。
「それで、ルビーさま。どういったご用件でしょうか?」
「話を聞きに来ただけです。わたしではなく、こちらの勇者サマが」
「勇者?」
オーナーに対してアウダはしっかりと頭を下げる。
「初めまして、オーナーさま。僕はアウダクスと申します。光の精霊女王ラビアンの加護を受けた勇者をやっております」
丁寧に挨拶をする勇者。
「ほうほうほう、それは珍しいお客様だ」
オーナーは好々爺のように勇者を見るのだった。
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