~卑劣! 人間牧場~
しばらく勇者の気分が落ち着くのを待った。
ぐずぐずと泣き続けるのは男らしくない、なんていう言葉を聞いたことはあったが。
こうやって素直に感情を吐露できるところがアウダらしいという気もするし、勇者らしいという感じでもある。
なにごとにも動じない鋼の心を持った勇者も理想だが。
こうやって、感情をあらわにしてくれる勇者も英雄譚に加わってくれればいいな。
「……もう大丈夫」
いろいろな物を吐き出し、楽になったのか。
アウダはバケツから顔をあげて、椅子に座った。
そんなアウダの様子をゴブリン店主は申し訳なさそうな表情で見つめる。感情豊かなゴブリンというわけではなく、これがこっちでの『普通』なんだろうな。
人間種も魔物種も関係ない。
同じ『生きる者』ということか。
「すまんな、勇者さん。これも商売なんだ」
「あぁ、こちらも分かっている。強制的にやめさせたい訳じゃない」
震える声で勇者が言った言葉を……果たしてゴブリン店主はバツの悪そうな顔で受け止めた。
何か思うところでもあるんだろうか?
少しばかりゴブリン店主の表情が気になる。
だがしかし、それを俺が指摘するのも違うというか、今はアウダが話をするべきなのだが――
「なにかありまして?」
遠慮して言い淀んでいると、俺の代わりにルビーが質問してくれた。
助かる。
立場上、今の俺は勇者パーティの一員ではないので、どうにもでしゃばっていいのかどうか、加減が難しい。
気にする必要はない、とアウダもヴェラも言うだろうけど。
俺が気にしてしまうので仕方がない。
「いや、う~ん……」
ルビーに対してもゴブリン店主はどうにも歯切れが悪かった。
ちらり、と視線は俺たちに向いているので、どうにも人間種にとって都合の悪い話というか、あまり良い類の事柄ではなさそうだ。
「問題ないぜ。この際だ、全て聞かせてくれ」
そんなゴブリン店主の態度は戦士ヴェラにとっては、歯がゆいというか、まだるっこしいようで。
遠慮なくぶちまけてくれ、と明け透けに伝えた。
「怒らないでくれよ」
「今さらだ」
勇者の返答にゴブリン店主は頭髪の無い頭をカリカリとかいた。こういうところも人間とそう変わらないんだな、なんて思いつつ。
彼が意を決して話し始めるのを待った。
「肉ってのは、いわゆる『食べられる部分』だ。動物であろうと、人間種であろうと、それは変わらない。牛の爪や骨、目玉なんかは食べる気がしないだろ」
目玉はギリギリいけそうな気がするが、さすがに爪や骨は食べられる気がしない。なにより、美味しくなさそうというよりも、人間にとっては硬くて食べられない物だ。
「肉っていうくらいだから、肉の部分を食べるわけだ」
そりゃそうだ、という話なのだが。
なるほど。
話が見えてきた。
それと同時に、ゴブリン店主が言いよどんだ理由も分かる。
「つまり、だ。人間ってのは……かなり肉が少ない」
俺たちは思わず自分の腕や腹を見下ろしてしまう。
自分を食べるとすれば……そう思うと、どこを食べればいいやらと迷ってしまう程度には、俺は痩せていた。
腹の肉もそれほどあるわけでもなく、更には筋肉がそれなりにあるので硬そうだ。
ヴェラの身体は大きく食べられる部分は多そうだが、俺以上に筋肉の塊であり、やっぱり硬くて美味しそうではない。
アウダが一番バランスが良いとも言えるが、それでも痩せているのは確かで。俺よりも食べられる部分は多いが、やっぱり引き締まった筋肉が邪魔するだろう。
となると――
「あら?」
俺たち視線は自然と俺の隣に座っている少女に注がれる。
この中で一番美味しそうなのは――吸血鬼だった。
「そんなに見つめられましたら困りますわーん。腕一本なら差し上げられますが、それでよろしいでしょうか?」
「よろしくない」
俺たちの視線もよくないが、ルビーの冗談もよくない。
「でもわたしを食べるのでしたら、そういう意味で食べてもらいたいところ」
「場所をわきまえてくれ、吸血鬼」
「……失礼しました」
場をなごませてくれたようとしたんだと思うけど。
下ネタをチョイスするところは最悪ですよ、ルビーさん。
「分かってもらえたと思うんだが、人間の肉ってのはあんまり食べるところがなくってな。非常に効率が悪い」
「骨はどうなんだい? 魔物……いや、モンスターの中には肉も骨も関係なく食べ尽くすようなヤツもいたけど」
少し前にパーロナ城に現れたレッサーデーモンが良い例だろう。
人間を頭からバリバリと食べて、肉体は内臓すらも残らず、服だけが発見された。
骨も肉も内臓も目玉も関係なく食べるようなモンスターがいるのだから、魔物種にもそんな種族がいるのかもしれない。
そう思ったが……
「いや、そんなヤツは聞いたことがないな。骨を料理に使うっていうのは聞いたことがあるが、人間の骨じゃないとダメだ、という料理ってのも聞いたことがない」
「そうなのか」
やはり魔物種とモンスターとでは、根本的な何かが違っているらしい。
そもそも魔王領で生きる魔物種で、レッサーデーモンがいるのかどうかも分からないし、例え存在するとしても人間を頭からバリバリと食べるような種族ではないのだろう。
「あともうひとつある」
この際だ、とゴブリン店主は眉根を寄せながら指を一本立てた。
都合の悪い話、というか、人間の肉が商売に向いていない理由はまだあるらしい。
「牛とかブタがどれくらいで肉になるか、おまえさんらは知っているか?」
その質問に、俺たちは顔を見合わせた。
食用となる牛とかブタが、生まれてからどの程度で食べられるようになるか。
それは……申し訳ないが考えたこともなかった。
どれくらいだ?
「5年か?」
当てずっぽうで答えてくれた戦士ヴェラに感謝だ。常識外れと笑われるのが怖くて、俺は答えることもできなかった。
「牛で3年、ブタで半年、鳥は50日ほどだ」
へぇ~、と俺たちは声をあげた。
ちなみにルビーの声も混じっていたので、俺たちだけが常識外れというわけではなかったらしい。意外と早いんだなぁ、と思った。
まぁ、そもそも魔王領の牛やブタ、鳥なので人間領と同じ種類とは限らないのだろうけど。
そもそも植物の種類がぜんぜん違うからな。餌となる物もぜんぜん違っているはずなので、人間領とは大きな違いがあるかもしれない。
「で、おまえさんら。人間は何歳まで育てれば充分に食べられると思う?」
その質問に。
俺たちはやっぱり隣の吸血鬼を見た。
さっき自分たちの中で一番食べやすそうな者を選んだばかり。
そんなルビーの見た目年齢は……11歳か12歳くらいだろうか。パルは10歳だから、まぁそのあたりの年齢だと、そこそこ食べられる気がするが……
「15歳くらいか?」
またしても戦士ヴェラがそれなりの数字をあげてくれた。
妥当といえば妥当だと思う数字。
ただし――
自分で答えただけに、ヴェラの顔が歪む。
具体的な15歳という年齢をあげただけに、およその人間を想像してしまったのだろう。
ゴブリン店主が言い淀む話題なだけはある。
あまり大っぴらに出来る話じゃないのは確かようだ。
「理想を言えば18年は育てたい。15年でも充分だがな」
そんなヴェラに対して、ゴブリン店主は指を三本立てる。
なるほど、言いたいことを理解した。
つまり――人間の肉を食べようと思えば、15年の歳月が必要となる。
ということだ。
しかも、そんな人間であっても食べる場所は牛やブタに比べてかなり少ない。
非効率極まりない食べ物。
それが人間種ということか。
「……人間の肉について、ある程度は理解できました。新たな疑問なのですが、どうしてそれで商売をしているんですか?」
勇者のごもっともな質問にゴブリン店主は苦笑した。なかば諦めるように椅子の背もたれに体を預けて答える。
「代々引き継いできた商売だから。その一言だけだ」
「……つまり、やめてもいい?」
アウダのその質問には、ゴブリン店主は難色を示した。
「正直に言うと、確かにやめたい。だが、それで親父から引き継いだ牧場を手放すっていうのも気が引けるんでな」
いま、嫌な単語が聞こえた。
「――牧場」
もちろん俺が引っかかったんだ。
勇者が引っかからない理由がない。
そうか、そうだよな。
牛やブタ、鳥が『生産』されているんだ。人間だって『生産』されているだろう。
分かってたくせに、わざと考えをそこまで伸ばさなかった。知らず知らずのうちに知らないフリ、気づかないフリをしていたんだろう。
そりゃあるよな。
人間牧場。
「あぁ、ある。人間を育てている牧場はある。ただ、これだけは言っておくぞ。絶対に見るな。近づくな。おまえさんらが耐えられるもんじゃない」
ゴブリン店主の強い言葉に、俺たちは思わず唾液を嚥下した。
人間の肉を勇者が食べることを是としたゴブリン店主が、それを否定してしまうほど。
その牧場は、きっと。
俺たちにとっては、見てはならないもの。なんだろうな。
「わたしも見たことがありませんわね、そういえば。なんでなんですの?」
「……知性の与えられていない人間ってのは、おぞましいものに見えます。言葉が悪いですが、同じ種族に見えないんですよ。街中で遊んでる子ども達と、それが」
「その言い分ですと、あなたは牧場に足を運んでいないようですわね」
「あぁ。平気な者に任せっきりにしています。人間を食べる種族からしてみれば耐えらえるらしいんですが、食べない者が働く空間ではないです。もちろんサピエンチェさまも行かないほうがいい」
自分たちの支配者にもハッキリと言ってしまえるほど。
そこは、俺たちにとっては壮絶な場所、らしい。
「興味が無いと言えば嘘になりますわね。生産現場が気になるのですが。どうやって仕込むのでしょうか?」
「牛やブタのほうが、何倍もマシです」
ゴブリン店主は首を横に振りつつ、そう答えた。
「……申し訳ありません」
興味本位で質問したルビーが反省するように謝った。
そんな支配者さまをゴブリン店主は慌てて気づかう。
「……なぁ、ご主人」
「なんだ、勇者さん」
「どうにもあなたは、その……人間の肉を売るのをやめたがっているようにも聞こえるのだが。それは僕の気のせいだろうか?」
「いいや、間違っちゃいない。正直に言えば倫理観とかじゃなく、単純に儲からないし、めんどくせぇ。でもよぉ、今さら変えられるかっていう話があってな」
ゴブリン店主の言いたいことは理解できる。
代々受け継いできた物を自分の代で打ち壊すのは、それはそれで恐ろしいだろう。例えそれが商売に向いていない非効率的な物であっても。
「例えばだが、代替品は無いのかい? 人間をやめて牛やブタにするっていうのは……?」
「それができりゃ苦労はない」
「というと?」
「生産量を増やすっていっても、品質管理に限りがある。放っておいても育つ、ってわけでもないしな。それこそアンブラ・プレントじゃあるまいし」
ん?
聞きなれない単語だな。
「すまない。そのアンブラ・プレントというのは?」
勇者の質問にゴブリン店主は答えてくれる。
「知らねーのか? こっちにしか居ないのかねぇ。アンブラ・プレントってのは動物みたいな植物でよ。狂暴なんだが、その肉は美味いって評判だ」
動物みたいな植物?
しかも狂暴?
それでもって『肉』が美味い?
聞いている限り、意味不明なのだが?
「ご主人。もしもそのアンブラ・プレントという植物がいたのなら、人間の肉をやめることはできるのか?」
「そうだな。多少の初期投資は必要だろうが……今よりよっぽど儲かる」
ゴブリン店主の顔が商人のそれに変わった。
人間の肉よりよっぽど価値が高いんだろうな、そのアンブラ・プレントっていうやつは。
「だが、今すぐアンブラ・プレントが手に入ったとしてもすぐには変わらんぞ。今いる人間種を全て処分するのは気分が悪いからな」
それに、と店主は話を続けた。
「お客さんがどう言うか、だな。悪いが、人間の肉を買っていくお客さんがいる限りはやめられないかもしれん。こっちも商売なんでね。無くなっても問題ないっていうのならいいんだけどよぉ」
それはまぁ、確かにそうだ。
「どうでしょう勇者さま」
ルビーが進言する。
「あまり時間を取るとお仕事の邪魔になってしまいます。ここは一端、街の人から話を聞いてみるというのはいかがでしょうか?」
「……そうだな。そうしよう」
勇者は立ち上がり、ゴブリン店主に向かって手を伸ばす。
握手という文化は魔王領にもあるらしく、ゴブリン店主はしっかりと勇者の手を握った。
「貴重な話を聞けて助かった。また迷惑をかけるかもしれないが、その時はよろしく頼む」
「いや、こっちも商売だ。良い儲け話に繋がるんだったらいつでも歓迎するぞ」
ふたりはがっちり握手をしたので、俺とヴェラも店主を握手をしていく。
職人らしいがっちりした手のひらだった。
最後にもう一度お礼を言ってから、俺たちは肉屋の裏口から外へ出る。
相変わらずどよんと曇った空模様だが。
「少し光明が見えたかもしれないな」
アウダの言葉に。
俺とヴェラはうなづいたのだった。
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