~卑劣! ばーさすアンブラ・プレント~ 3 +おまけ

「どっせーい!」


 と、戦士ヴェラトルは『斧』を振るう。

 もちろん普通の斧ではなく、戦斧――バトルアックスだ。

 その巨大なバトルアックスは、あくまで敵を倒すための武器だが……斧というアイテムの本来の使い道は木を切ること。

 まるで原点回帰のようにヴェラは斧を振り、森の大部分を構成する『黒木』を倒すための準備を着々と続けていた。

 倒したい方向にまず鋭角な三角形の切り込みを入れ、その後に反対側から真横に切っていけば任意の方向へと倒すことができる。

 もちろん、俺たちが倒したい方角にはアンブラ・プレントがあり。

 黒木は確実にアンブラ・プレントに届く大きさだった。


「空から攻めれば攻撃はこない。だったら、木を切り倒して押しつぶしてしまえばいい」


 という勇者アウダクスの作戦だ。

 ただし、その案に俺は苦言を呈させてもらったので、改良は加えている。というよりも、根幹はアウダの案だが、もろもろは俺のアイデアが採用となった。

 割りとおおざっぱなところがあるからなぁ、アウダは。

 ヴェラも直進的というか、なんというか、真正面からぶち当たることを望んでいる性格なので。やっぱりこういう絡め手というか一筋縄ではいかない相手には不安がある。

 もっとも。

 この場に賢者と神官がいれば、まったく違う作戦が取れただろうし、なんなら賢者がもっともっと楽で安全な策を提案してくれるはずだ。

 残念ながら俺たちの頭の良さではこれが精一杯。

 愚直でリスクのある作戦しか思いつけない。

 なにより、俺たちは魔法が使えないので。こういうアホみたいに大がかりな作戦になってしまったわけだ。


「勇者さまは木登りできるか? できないのなら手伝うぞ」

「エリスより僕のほうが上手かった。君は思い出を改変するつもりか」

「そりゃ昔の話だ。今、そんな鎧と武器を持った状態で木登りできるのかって聞いてるんだよ、こっちは」


 思い出を改変するわけないだろ。

 大切なものだからな。


「余裕だ余裕。なんなら足だけで登ってみせる。僕に不可能はない」

「物理的にあるだろうが」


 ヴェラが準備を進める間に俺たちはアンブラ・プレントが形成したフィールドを一周しながら観察する。

 残念ながら種や苗木の姿はテリトリーの外からでは見当たらなかった。

 倒木の影に隠れているのか、はたまた動物の死骸に埋まっているのか。それなりに探す必要がありそうだ。

 こっそりと『盗む』ことは不可能。

 なんにしても、アンブラ・プレントを倒さないといけないな。


「おーい、そろそろいけるぜ」


 ヴェラの声に俺たちは返事をして、集まる。黒木にはしっかりと切れ込みが入れられ、あと何回か斧を入れると倒れそうだ。

 あまりギリギリ過ぎると黒木に登っただけで倒れてしまうので、加減が難しそうだったが。この程度であれば大丈夫だろう。


「ふむ」


 黒木を見上げる。

 そこそこ立派な木であり、枝もしっかりと張っている。登るのは簡単そうだ。


「手伝おうか?」

「そっちこそ、後で僕が引き上げるためのロープは必要ないのかい?」

「いらねーいらねー。さっさと登れ、勇者猿」

「誰が勇者だ、誰が」

「猿を否定しろ、猿を」


 ケラケラと笑いながら猿は木を登って行った。さすがに鎧に加えて剣と盾を持った状態での木登りは辛そうかと思ったが……スルスルと登って行きやがる。

 言葉通り、平気だったみたいだ。

 これが若さか、とやっぱり思ってしまう。


「いいぞ、エリス」

「おう」


 ここは盗賊として負けるわけにもいかない。

 アウダに負けじと、俺は盗賊スキル『蜘蛛足』で跳ねるように木を登った。アウダの半分の時間もかからずに登ってみせた。


「くそ。さすがは盗賊か」

「ふふふふふ」


 勝った。

 やったぜ。


「そんなところで勝負してんじゃねーよ、おまえら。おら、準備しろ。倒しちまうぞ」

「待て待てヴェラ! こっちにも都合がある!」

「心の準備ってもんがあるんだよ!」


 覚悟もしていない状態でアンブラ・プレントのフィールド、それも中心地に飛び込む訳にはいかない。

 そう。

 作戦は酷く単純なものだ。

 倒れる木を利用して、アンブラ・プレントに接近、肉薄し攻撃する。

 これだけ。

 いろいろな想定を踏まえて、突撃するのは俺とアウダのふたり。

 恐らくこれがベストなはず。

 まぁ、失敗したら別の作戦を考えればいいし、どうしても無理なら賢者と神官が起きるのを待って手伝ってもらえばいい。

 そうなったら俺は逃げるけど。

 もしあのふたりを加えても無理だったら、サピエンチェさまの出番だ。遠慮なく影を利用して引きずり倒してもらおう。

 そんなことを考えつつも、俺は魔力糸を顕現させ勇者の腰に巻き付ける。その反対側は俺の腕に巻いておいて、糸の長さにはかなりの余裕を持たせた。

 引っかかることは無いだろうが、そのあたりは気を付ける必要がある。


「ふぅ」


 俺もアウダも大きく息を吐いた。

 少しだけ目を閉じ、集中し、目標であるアンブラ・プレントを見つめる。


「よし。行けるかエリス」

「あぁ、問題ない」


 アウダの言葉にうなづき、俺たちはヴェラに合図を送った。


「行くぜ。いつ倒れるかは分からんからな」


 そう言いながらヴェラはバトルアックスを水平に振る。それこそ一撃で倒し切る勢いでバトルアックスを黒木へと差し込んだ。

 ガツン、と揺れる木。

 その程度で振り落とされはしないが、それでもかなりの迫力がある。いつ倒れるか分からないので、普通の戦闘とは違った緊張感があった。


「もういっちょう!」


 二撃目。

 めきめき、と嫌な音がする。


「これでいけるだろ!」


 三撃目――

 バキバキと幹が悲鳴をあげて、木が倒れはじめた!


「行くぞエリス!」

「おぉ!」


 倒れる木の角度に合わせて、俺たちはまるで木の上に立つように体勢を変えた。

 ぶっつけ本番の勝負。

 バランスを崩せばアンブラ・プレントのフィールドに落ち、ツタと棘にやられ毒がまわってアウトだ。


「――!」


 盗賊スキル『無音』。

 極限まで集中力を高め、必要のない音と色を消し去る。

 聖骸布で向上された能力を最大限に活かし、行動。

 それが、勇者パーティで生き残ってきた俺の戦い方だ。

 もちろん。

 一撃でも敵の攻撃が当たれば俺は死ぬ。

 いつだって死と隣り合わせの戦いだった。


「――」


 だが、今は。

 そんなヒリヒリと心が冷たくなるような戦いではなく。

 勇者の背中を任せられた喜びのようなものを感じる。

 胸が熱くなるな。

 間延びしたような時間の中で、俺と勇者はアンブラ・プレントへ向かって叩き落される倒木の上で武器をかまえた。

 アンブラ・プレントは『動く植物』と呼ばれている。

 だったら――

 この程度の倒木。

 避けて当然だよな!


「ッ!」


 俺の『予想』は果たして当たっていた。

 フィールドに木が転がっているのだ。周囲の木を切り倒したにしろ、薙ぎ倒したにしろ、ノロマな植物では事故が起きる可能性がある。

 それを鑑みるに、アンブラ・プレントの動きは速い、と考えるのが妥当だ。

 だからこそ俺たちが倒木に乗じて近づく必要があった。


「おおおおおおお!」


 木の倒れる衝撃をものともせず、勇者はアンブラ・プレントへと剣を振り下ろした。倒木を避けたばかりの隙だらけの状態のはず。

 もちろん隙があるかどうかは分からないが。それでもナナメに振り下ろした斬撃は、確かにアンブラ・プレントの肉体とも言うべき身体を切り裂いた。

 半分から上側が切断され、切り飛ばされる。

 だが――反撃がきた!

 ツタではなく、アンブラ・プレント自身が、地面に残された身体をぐにゃりと奇妙に動かして、まるで殴りかかってくるように腕を伸ばした。

 まるで拳を握りしめたかのような攻撃。

 棘だらけのパンチ!


「くっ!」


 それを勇者は除けるが――驚くべきことにもうひとつ拳のように腕を振るうアンブラ・プレントがいた。

 切断された上半身とも言える部位からの攻撃!

 問題ない!

 それを防御するのは俺の役割だ。


「――!」


 音無き世界で声をあげつつ投げナイフを投擲。棘パンチが届く前に、拳の先端にナイフを差し込み、それをブーツの底で蹴り飛ばした。

 途端に色と音が押し寄せてくるように戻り、世界のスピードが元に戻る。


「――ハァ」


 息を吐いた次の瞬間には、勇者の二撃目がアンブラ・プレントの下半身側を両断した。真上からまっぷたつに、アンブラ・プレントの下半身へ向かって剣を振り下ろしたのだ。

 その結果を見届ける間もなく――俺は右肩と左手に装備したマグをぶつけるように重ね合わせ――叫んだ!

 俺たちの周囲には、まるで取り囲むようにツタがその身体を起こし。

 四方八方から無数の棘が射出されていたからだ。


「アクティヴァーテ!」


 一瞬の深淵世界を見て、俺と勇者は戦士の近くへと転移。

 着地した後、顔をあげると――さっきまで俺とアウダがいた場所には、数えきれないほどの棘が射出されて地面を棘だらけにしたのだった。

 ドドドドドド、という激しい着弾音。

 とてもじゃないが、あの中心で生き残れそうになかった。


「……はぁ~」


 力無くその場に落ちるツタを見て、俺とアウダも大きく息を吐く。

 どうやら作戦は成功したようだ。


「末恐ろしい植物だなぁ、あれ。エリスの予想通り、マジで切ったほうも攻撃してきたじゃねーか」


 ヴェラは感心するようにつぶやき、肩をすくめた。


「さすがは魔王領の植物といったところか。魔王城の前にアレが大量に植えられていたらお手上げだな」

「そんときゃ魔王は一生出てこれないから安全じゃないか?」


 なんて話をしながら、アウダと俺は地面に座り込んだ。

 体力的には問題ないが、精神的には疲れ果てた感じはある。そこはさすがに肉体が若くなっても精神性は変わらないようで、勇者も大きく息を吐いていた。


「どれ」


 そんな俺たちに変わって、ヴェラが石を投げてみる。

 多少ツタは動いたものの石を弾いたり棘を射出する力は残っていないらしく、反撃はこなかった。

 ツタが残っている限り動き続けるかもしれない。

 そんな最悪の予想は外れてくれたようだ。


「気を付けろよ」

「おう」


 ヴェラがフィールドに入る。ウゾウゾとツタは動くものの、やはり攻撃はしてこなかった。

 そのまま中心地までヴェラは歩いて行き、アンブラ・プレントの中心部を観察している。


「なにかあったか?」

「にんじんの頭みたいなのがあるな」


 なんだそりゃ、と思うが……にんじんを料理する時に捨ててしまう葉っぱの生える部分、みたいな感じか。

 さすがに動く植物なだけあって『根』は無いのだろう。葉っぱの代わりにツタが生えている感じで、それが四方に広がっていた感じか。

 それを切断するようにヴェラはバトルアックスを振り下ろした。ツタが多少は動いたものの、それ以上は動くことはなく、しっかりとトドメとなったらしい。


「あとは種か苗木を探さないといけないが……帰ったら風呂だな、風呂」


 腐臭の漂うフィールド。

 腐った動物の死骸を探るのは、少々『骨が折れそうだ』。骨だらけなだけに。

 なんていう冗談は言わないでおく。

 アウダに、おっさんみたいだ、と言われてしまうのがオチだ。

 うん。


「くぅ~、勝った勝った! あはははは! あ~、楽しかったぁ~」


 勇者は満足そうにつぶやく。

 まぁ。

 俺も楽しかったけどさ。


「……」


 でも。

 これはオマケみたいなもので。

 次はきっと。

 魔王を倒した後なんだろうな。

 なんて思ってしまった。


「……」


 少し寂しくなってしまったのは、ナイショにしておこう。


  ~☆~


 一方その頃、女子飲み会では――


「だから~、勢いが大事なのよ、勢いが!」

「いいえ! 淑女たれ、です。大事なのは相手の気持ちですよ、気持ち!」


 賢者と神官がすっかりお酒で出来上がってしまい、お互いの恋愛論を年端も行かない美少女たるパルヴァスにぶつけていた。


「あたしは家族になりたいです! いっしょがいいです! 師匠が大好きです!」


 そんなテンションの高さに当てられてか、パルヴァスはお酒を飲んでいないにも関わらず、まるで酔っ払いのように告白する。


「いいわ、行きなさいパルヴァス。あなたを邪魔するものなんていないの。そこの吸血鬼に負けてるヒマはないわよ」

「いいえ、ダメですパルヴァス。女の子から攻めるなんてはしたないと思われます。チャンスを作り、相手がそっと触れてくるのを待つのです。なので既成事実でもいいですから。とにかく、とにかく、なんかこう、えっちな雰囲気にするのです!」

「それじゃ遅いのよウィンレイ。だから陰険なんて言われるのよ」

「シャシールに言われたくありません。あなたこそ傲慢と言われているのをお忘れですか」


 グダグダと赤くなった顔を突き合わす勇者パーティのふたりを見て、吸血鬼はケラケラと笑い、その部下であるアンドロは大きくため息をついた。


「まさか勇者パーティの女性が恋愛脳だったとは」


 真面目さ一辺倒のような表情に眉根を寄せるアンドロ。

 そんなアンドロに対してルゥブルムはにこやかに語りかける。


「女とはそんなものよ、アンドロちゃん。恋愛こそ女にとって最大の娯楽です。あなたこそ相手はいませんの?」


 偏見に満ちた意見に対して、果たして部下は大真面目に答えた。


「仕事が恋人です」

「え~。仕事は気持ちよくしてくれませんわ。つまんない」

「つまらなくありません。それに、一仕事終えたあとの爽快感は素晴らしいものがあります。気持ちいいですよ。サピエンチェさまもやればいいのに」

「それよりぜったいひとりエッ――」

「言わせませんわよ!?」


 そんな盛り上がってる一同を見て、パルヴァスは楽しみながらも思うのだった。


「お酒って怖い」


 ――と。

 まぁ、それはともかく。


「あたしもあたしも! あたしも師匠と気持ちよくなります!」

「良く言ったパルヴァス! 行け、恐れんな! 女は度胸よ! 勇者になれ! いつだって攻める覚悟を持っていなさい。これを常在戦場の心得と言うのだから!」

「ダメです! あくまでお淑やかに攻めなさい! 女は愛嬌です! 淑女たれ、です! ベッドの上だけが本当の自分を解放して良い瞬間なのですから!」

「はい、頑張ります! 賢者さんと神官さんって、どんな風に勇者サマとしたいんですか?」

「「いい質問!」」


 年上の美人たちが、お酒に酔ってとんでもない発言をしているのが面白いので、ワザとそれを煽りまくるパルヴァスだった。

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