~卑劣! 時には昔のように~
吸血鬼の運んできた朝ごはんをあっさりと受け入れる勇者。
「もっと疑うべきなんじゃないのか?」
「だって、エリスが普通に食べてるじゃないか。これで疑うようならば、僕はもう一度エリスに殺されたほうがマシだ」
「そんなもんか?」
「そういうものだ」
そんな俺とアウダのやり取りをホクホク顔で見つめる吸血鬼。いや、ホント、そういう目線で見るのはやめてくださいます?
俺とアウダは幼馴染んだけで、ただの友達。
そこに愛は有ってもラブではない。
そういう関係だ。
「いえいえ、師匠さんと勇者サマは友達という枠組みに収まっているはずがありません。もう結婚していると言っても過言ではないのでは?」
過言だ。
「同じ孤児院で拾われて、いっしょに育ってきたからね。僕とエリスは恋人というより家族という感じだ。もちろん僕も愛しているよ」
「なるほど、理解しました。わたしは愛人一号ではなく、愛人二号だったわけですね」
「ぜんぜん理解してないな、おい!」
冗談ですわ、とルビーはパンをちぎって口の中に入れる。
魔王領で作られたパンは、ちょっと硬い。歯ごたえがあって、これはこれで美味しいのだが、サンドイッチには合わなさそうだ。小麦粉が違うせいなのかもしれない。
「ところで勇者サマ」
「なんだい?」
「師匠さんのことをエリスと呼んでいるようですが……もしや、それが本名?」
「おいおい。おまえは自分の愛人に偽名を名乗っているのか」
「愛人じゃねーよ。というか、すんなり愛人とか受け入れるな」
はぁ~、と俺はため息を吐く。
「プラクエリス。孤児院で付けられた俺の名前だ。プラクと呼んでくれりゃいいのに、みんなして俺をエリスと呼んでる。あんまり似合わないだろ、俺をエリスって」
「そんなことありませんわ」
「そんなことないぞ」
吸血鬼と勇者がそろって俺の言葉を否定する。
複雑な気分だな、これ。
「まぁ、なんにしても勇者パーティを追放されたんでね。今さら元の名前を名乗るのも嫌気がさしてエラント(彼らはさまよう)と名乗り始めた。ちょっとした抵抗心の表れだ」
「そういう意味では、合っていたかもしれないな。僕たちは魔王領をさまよっていたよ。呪いはちゃんと発動したな、エリス」
「……すまん」
気にするな、とアウダは俺の背中をバシバシと叩いた。
「ん……んん~……」
その音がキッケカになったのか、それとも偶然か。
戦士ヴェラトルがようやく目を覚ます。
やはり怪我の総量によって効果がマチマチになるらしく、目が覚める時間にも影響するようだ。
「ここは……あぁ、みんな死んじまったのか」
ヴェラはそう判断したらしく、俺とアウダの顔を見て泣きそうな表情を浮かべた。
「心配するな、ヴェラ。僕たちはまだ死んでいない」
「はぁ? そんなわけがないだろ。エリスもいるし、なんなら美人の吸血鬼……なんでおまえさんがいっしょに食事してんだ? 勇者に殺されたのか?」
「それでは辻褄が合っていませんわ、戦士サマ」
「あ、あぁ、そうか。え? え?」
混乱するようにヴェラはきょろきょろと俺たちを見た。
それも仕方がない。
目が覚めたら自分を殺そうとしていた相手が楽しそうに仲間と食事をしているのだ。しかも、追放した元パーティメンバーもいるし、明らかに勇者は若返っているし。
なにより自分の体調がすこぶる回復している。身体が自分の物とは思えないほど軽くなっている上に、全ての怪我が無かったことになっているわけで。
どう考えても死後の世界――もしくは、ここが天界だと勘違いするのも当然といえば当然だ。「どこから説明して欲しい、ヴェラ?」
「全部だ全部。なんだエリス、おまえが暗躍していたのか?」
「おう」
「そうならそうと言ってくれよ……ぐす……」
「おいおい、泣くな泣くな。俺が悪者みたいじゃないか」
相変わらず感情が爆発してるなぁ、ヴェラは。
いや、まぁ、ヴェラにしてみたら勝手なことばっかりして、急に現れて自分たちを殺そうとしたようにしか思えなかっただろうし。
ヴェラが泣いちゃうのも無理はないか。
俺は、すまんな、とヴェラにパンを持たせてやると、泣きながら齧りつき始めた。そんなヴェラに俺とルビーが現状を説明してやる。
全てを説明し終わる頃にはヴェラの涙も引っ込んで、硬いパンを豪快に食べ終わった頃だった。
「若返った? オレが?」
「そうだ。ほら、鏡を見るといい」
アウダに手鏡を渡され、ヴェラは自分の顔を映す。あらゆる角度から自分の顔を見るヴェラだが、次第に顔がパーッと輝き出した。
「おぉ! すげぇな、めちゃくちゃ若返ってるじゃないか!」
「「お、おう……」」
俺と勇者な、少しだけ返事を濁らせた。
自分ではそう見えるのか、ヴェラ。
申し訳ないが、俺にはそんなに若返ったようには見えない。確かに雰囲気的に若返ったのは理解できる。しかし、明らかに見た目が変わったか、と言われると答えを濁すしかない。
昔から老けてたからなぁ。
若返った今でも老けている。
なんとも複雑な結果だった。
「どうりで力がみなぎってくる訳だぜ!」
ヴェラは拳を握りしめると、ムキィ、と筋肉を誇示するように両腕を曲げた。パワーだけの重い筋肉ではなく、的確な量で速度も期待できそうだ。
「あら、ステキな肉体ですわね。触ってもよろしい?」
「いいぜ、サピエンチェ。いくらでも触ってくれ」
「まぁ、硬い。それに太いですわぁ。素晴らしいです! もっと触ってもいい?」
「はっはっはっは! いくらでも触ってくれぃ!」
ルビーはまぁいつも通りの言動と言えるのだが……ヴェラよ、おまえはそれでいいのか? 殺し合いをした相手だぞ。というか、思いっきりおまえが負けたんだが?
「サピエンチェは敵じゃないんだろ? 殺されかけたのは事実だが、そこに理由があったんじゃぁ仕方がない。オレは気にしねーぞ」
「いや、まぁ……おまえがそれでいいのなら何も言わないが。それに、俺が何か言えた義理じゃないか」
俺は肩をすくめる。
そんな俺に対してニヤニヤとルビーが言ってきた。
「そうですわよ、盗賊さま。人類種の敵を愛人にするなんて、とんだ性欲の持ち主ですわ」
「性欲って言うな」
それじゃぁまるで、俺が下半身で吸血鬼を味方につけたみたいじゃないか。
俺はまだやってない。
「うふふ。ですが、そういう意味ではわたし……勇者サマの血も飲みたいのですが」
チラ、チラ、とわざとらしくアウダを見るルビー。
「いやいやいや、ダメだ。それは俺が許さん」
「ですわよね」
分かっております、とルビーは嘆息しつつ答えた。
「なんだエリス。嫉妬か?」
ニヤニヤと笑ってくるヴェラに、違う違う、と俺は首を横に振る。
「ルビーに血を吸われると眷属化してしまうんだ。パルの様子を見ただろ?」
「あのチビっ子か。確かにちょっと雰囲気が違ったな」
「あんな風に自由を拘束されてしまう。ある程度の自由があるっぽいが、ルビーに従うようになってしまうんだ。勇者アウダクスが吸血鬼の眷属になるなんて許されるわけがない」
もうここまできてルビーが裏切るとは思えないが。
それでも最後の一線というか、やってはいけない行為というか。なんかそういうのを感じる。
「いや、血を吸ってもらってもかまわないよ」
「おいおい、何を言い出すんだアウダ」
戦士の呆れるような言葉に、俺もうなづいた。
「そ、そうですわ勇者サマ。酔狂で冗談でやるような行為ではありません。あなたは光の精霊女王に見張られているのです。わたしが呪われますわ」
なぜか自己保身に走る吸血鬼。
立場が上のはずなのに、ちょっとあせっているのが面白い。
「いや、ちょっとしたお願いがあってね。血を吸ってもいいかわりに、そのお願いを聞いて欲しいんだ」
「はぁ。なんですの? 魔王さまを倒すのでしたら、すでに協力をしているようなものですが」
「いや、違う」
アウダは口を開きかけて、少しだけ言葉を選ぶようにして、閉じた。そして、再び口を開いて吸血鬼にお願いの内容を告げる。
「人間が売られていただろ。その……肉として」
「えぇ。確かに売られています」
「そこへ連れていって欲しいんだ」
勇者は真っ直ぐにルビーを見て、お願いします、と頭を下げた。
「……目的を教えてください」
そんな勇者に対して、支配者たる吸血鬼は真っ直ぐに受け止め、勇者の真意を問う。
「別に暴れようとか解放しようとか、そうは思っていない。ただ……『勇者』としては、ちゃんと見ておかないといけない気がして……」
ルビーの支配領では、人間種と魔物種は共存している。楽しそうに遊ぶ子ども達の姿もあるし、同じ職場で人間と魔物がいっしょに働く姿もあった。
それにも関わらず、一部の人間種が食肉という扱いを受けており……肉屋で普通に売られていた。
恐ろしいほど矛盾していた。
共に生きている横で、友を食べているような。
そんな雰囲気を感じる。
いや。
だからこその『魔王領』とも言えるし、だからこそ人間種と魔物種は争っているように思われているし……精霊女王は勇者を加護し魔王を倒せと語りかけてくる。
どこかイビツな状況なのは、間違いない。
「それぐらいのお願いでしたら、問題ありません。血を吸うなんて条件がなくとも連れていってさしあげます」
「そうか、ありがと――」
「ただし」
勇者の言葉をさえぎって。
吸血鬼は告げる。
「あなたにとって、相当キツイ物を見る結果になりますわ。わたし個人のおススメは『見ないフリ』をすることです。それでも行きますか?」
「……あぁ。行く。行かなくてはならない」
ルビーの目を真っ直ぐにみて。
アウダはゆっくりとうなづいた。
「……分かりました。戦士サマはどうします? 盗賊サマは?」
「勇者をひとりで行かせるわけにはいかんからな。オレも行くよ」
ヴェラは頭をガシガシと掻きながら了承した。
顔をしかめているのは、食用となった人間種を思い出しているからだろう。
街を通ってきたのであれば、勇者パーティもあの店を見たはずだ。店頭に並んでいた人間の頭が、他の動物と並んで置かれていた。
俺たちから見れば、残虐性だけが強調されたような店だが。人間領でも牛やブタの頭を並べている店はある。アレと同じ感覚で、見世物にしている意識は無いんだろう。
それでも。
アレに自分から近づいていくというのは……さすがにしんどい。
ルビーは俺を『盗賊サマ』と呼んだ。
ここから先の返事は、俺を個人でなく勇者パーティの一員として扱ってくれるらしい。もう追放されて、今は無関係なはずなんだけど。
でも。
そう扱ってくれるのであれば――
俺を勇者パーティの盗賊として見てくれるのであれば。
だったら、返事は決まっている。
「俺も行く」
勇者を影から守るのは、俺の役目だから。
いっしょに付いていくのは当たり前だろ。
「分かりました。それでは案内しますが……神官サマと賢者サマはまだ目覚めないのでしょうか。少し様子を見てきますね」
「パルは大丈夫なのか?」
「美味しそうにパンを食べてましたわよ? 一応、いっしょに行くか声をかけてみますわ」
「よろしく頼む」
いえいえ、と返事をしてルビーは部屋から出ていった。
「しかし、なんだな……」
パタンと扉が閉まるのを待ってヴェラが言う。
「魔物も、話してみりゃ人間と変わらないな。まったく。今まで戦ってきたのは何だったんだって話だ」
「どうにも人間種が思っている事情が違うようだ。俺たちは魔物が闇から発生し、人間を襲うモノだと思っていたが……魔王領の魔物も、その闇から発生したモノに襲われている。こっちではモンスターと呼んでいるな」
「モンスター……バケモノという意味だったか」
アウダの言葉に俺はうなづく。
「ルビーは『魔王さまの呪い』とも言っていた気がする。そこを突っ込んで聞くのは、まだ少し怖くてな……聞けていない」
「それは分からんでもないが。おいエリス。なんであのサピエンチェはおまえに惚れてるんだ? おまえ何かしたのか?」
「俺の血がめちゃくちゃ美味しいらしい。俺に惚れた、というよりも俺の血に惚れた、という感じだ。さっきの様子だとアウダの血も美味しそうに見えてるんじゃないのか?」
「僕の?」
アウダは思わず自分の手を見るが……もちろん、怪我をしているわけもないので血は見えていない。
「う~ん。血がいいと褒められたことがないからイマイチ実感が湧かないな。そういう意味ではヴェラには一切興味を示さなかったな、彼女」
「ちぇ。どうせオレの血は不味そうですよ。魔王を倒して一国の王となった時には、美女たちにオレの血を舐めさせ……って、これじゃぁオレが魔王みたいだな」
「違いない」
「魔王よりも変態じゃないか、それ」
「うっせー! ロリコンに言われたくない」
「なんだとスケベ野郎。おまえが女湯を覗こうとしてすっ転んで怪我をしたのを黙って神官に治してもらったこと、バラしてやろうか」
「やめろ! オレまで追放されちまう!」
「まぁまぁヴェラ。今度は僕もいっしょに覗きに行くよ」
「「おまえは行くな!」」
「なんで!?」
と。
三人でゲラゲラと笑った。
久しぶりに、男同士で。男だけで。友達と、腹の底から笑った。
あぁ。
楽しいな。
またこうやって三人で気兼ねなく下らない理由でゲラゲラと笑える日が来るなんて。
嬉しいな。
そう思った。
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