~卑劣! あの頃みたいに~

 勇者たちは眠り続けたまま、翌日になった。


「お、おはようございます師匠……」

「おはようパル」


 一足先に目が覚めたので日課である朝の訓練をしていると、パルが目を覚ました。

 俺の姿をじ~っと見て、なにやらワチャワチャと手を動かしつつ、床で寝ているアウダの顔と俺を交互に見る。


「……師匠」

「どうした?」

「ほ、ホントに師匠は勇者パーティだった……んですか?」

「マジだ」

「ちょっと意味が分かんないんですけど?」

「マジだ」

「あ、あわわわわ……ふぎゃー!」


 愛すべき弟子は逃げるように部屋から出ていってしまった。


「ふむ」


 どうやら俺は嫌われたらしい――じゃなくて、どうやら一晩たってようやく勇者パーティの真実を飲み込めたというか、理解が追いついたというか、真実を受け止める準備が整ったようだ。

 そして。

 真実に耐えきれなくなって現実逃避となったのだろう。

 たぶん。

 ……嫌われたのならどうしよう。

 たぶん泣いちゃう。


「おはようございます、師匠さん。パルが窓から飛び降りようとしてたので捕まえておきました」

「モガ! ふがふが! ふー! ふがー!」


 愛すべき弟子は捕らえられた猫のような暴れている。

 いや、捕らえているのが不気味な黒い影。うぞうぞとうごめくだけの不定形な塊が巻きつくようにパルの身体を拘束している。

 マジで怖い。 

 俺も同じくらい暴れる気がするので、パルがふがふがと暴れるのも無理はない。


「しばらくそっとしておいてやって欲しい……つっても、ここは魔王領だからな。窓から飛び降りるのはともかく、ひとりでウロウロするのは危ないか」

「いきなり食べられたりはしませんけど。推奨はしませんわね。でも仕方がありません。隣の部屋に放り込んでおきますか」


 賢者と神官が眠っている部屋ならば、まぁ問題はないだろう。


「え!? やだやだやだ! あ、あの人たちに『おばさん』とか言っちゃったから、あたし殺される!」


 そんなこと言ったのかパル。

 ……いいぞ、もっと言ってやれ。


「その程度で人は人を殺しませんわ。わたしなんてロリババァって呼ばれてますわよ?」

「誉め言葉じゃん!」

「褒められてましたの!?」


 どちからかというと、ハイ・エルフやエルフの蔑称なんだがなぁ、ロリババァって。

 年齢は普通の人間と比べると遥かに高いのに、少女と同じ見た目をしている。ただし、その精神性は少女のそれを凌駕するほど成長しているので、ロリと比べて別物。

 ハイ・エルフたる学園長を幼女扱いすると、とても楽しいことになるのでおススメはしない。

 ちなみに。

 学園長の見た目は、ちょっと美しすぎて好みから外れている。贅沢者と言われれば、甘んじて受ける覚悟だ。

 あの誰でもいいから自分の話を聞いてくる者にやたらと擦り寄ってくる性格と、普段からベラベラと喋りまくる話が短ければ好きになってたかもしれないけど。

 最古から生き続けるハイ・エルフだというのに、未だに経験人数ゼロというのが、なんとも答え合わせになっているような気がしてしょうがない。


「ほらほら、行きますわよパル」

「やだー! やだやだやだー!」

「朝ごはんは何がいいですか?」

「パン!」

「ちょっと待っててくださいね~」


 なんて言いながらルビーはパルといっしょに部屋から出ていった。

 まぁ、俺が勇者パーティだった真実は、おいおいと納得して受け入れてもらうしかない。

 パルが盗賊代表となって魔王を倒しに行くんだよ、という俺の計画を受け入れてもらうのは、もっともっと後かな?

 世の中、予定外に想定外なことだらけ。

 実際にはどうなるのか。

 神すらも知らない、というところだろうか。


「ふぅ~……」


 苦笑しつつ、またひとつ事を進められたという安堵に息を吐いた。

 なにより、アウダを無事に若返らせることに成功したのは、なによりの――


「ん、んん……?」


 勇者アウダクスの瞳がぼんやりと開き、状況を確認するかのように首を左右に動かした。もちろん、俺は近くに座っていたので目が合ってしまう。


「よ、よう……」

「おはようエリス……今日はいっしょに居てくれるのか。はは、嬉しい……な……って違う!?」


 アウダは勢い良く起き上がって、慌てて自分の脇腹を手で触った。そこにはナイフで刺された傷があるのだが、それは綺麗さっぱり消失している。

 違和感すら残っていないはずだ。


「いったいどうなって……んん!?」


 しかも、すこぶる身体の調子が良いことに気づいたアウダは、驚きながらも両肩をぐるんぐるんと回している。座った状態から一瞬にしてストンと立ち上がると、改めて自分の状態を確かめた。


「身体が軽い。いや、軽いなんてもんじゃない。魔力が頭の先から足の先まで満ちているし、気力も充実している。どこも痛くない。まるで身体が新品になったみたいだ!」


 両手を闘士のようにかまえたかと思うと――アウダは凄まじい速さで拳を突き出す。俺でも目で捉えるのがやっとの速度だった。


「すげぇ。アウダ、今のは五発か?」

「あははは、甘いなエリス。六発だ!」

「マジか!」


 俺は立ち上がって両手を開いて顔の横あたりにあげた。アウダはニヤリと笑って、俺の前に立つと拳を握りしめる。


「フッ」


 という軽い呼吸の後、パパパーン、と手のひらに軽い衝撃が伝わる。まばたきを一度する間に合計六発、左右三発づつの衝撃が俺の手のひらに加わった。


「うお、はえー!? マジかよ、おい!」

「マジだよ、マジ。あはは! こんな身体が動くなんて、まるで死んだ……死んだ? そ、そうか僕は死んだのか」


 上機嫌かと思ったら急激に落ち込みはじめる勇者の姿に俺はケラケラと笑う。


「いいや、生きてるぞ?」

「……気休めはやめろよエリス。って、おまえも死んだのか!? なんで!? おまえが死んだら意味がないじゃないか!」

「いやいや、落ち着け勇者さま。おまえは死んじゃいない。若返ったんだ」


 ほれ、と部屋の中にあった手鏡をアウダに投げ渡す。なんでこんな物があるんだ、と思ったけどルビーが用意してくれたんだろうな。

 手鏡を受け取り、それを覗き込むアウダ。


「……ゴースト種にはなっていないな、確かに」


 と、苦笑した。

 ゴーストになったのなら、投げ渡された鏡は持てないのだが。その前に俺の手を拳で打ったことを覚えておいて欲しいものだ。

 軽めのはずなのに、割とヒリヒリしてるんだけど?

 どんだけパワーアップしてんだ、まったく。


「若返るって……いや、うーん……確かに若返ってる……うわぁ……って、え!? は!? なんだこれ!?」


 アウダは自分の顔を見て、奇妙に顔を歪ませた。

 まぁ、そりゃそうなるよな。

 しばらく見てなかった自分の若い頃の顔が、いま目の前の鏡に映っているのだから。


「だいたい8年ぐらい若返ってる印象だ」

「おいおい、どうなってるんだ、これ。マジで二十歳のころの僕か。う~ん……こんな少年ぽかった? もっと威厳がある勇者だと思ってたんだけどなぁ」

「そんなもんだぜ、アウダ。それに、若返る前も勇者の威厳なんておまえに無かったぞ」

「酷いなエリス。そういうこと言うから賢者と神官に嫌われるんだからな。もっと思いやりを持ったほうがいいぞ。昔っから言ってるけどさ」


 悪い悪い、と俺は苦笑する。

 思いやりを抜きにして話ができるのは、おまえだけなんだ。

 そんなセリフは、一生伝えることがないだろうな。

 ふ~む、と息を吐きながらアウダは鏡の中の自分をいろいろと観察している。そのうち服を脱ぎだして、しっかりと身体をチェックした。


「エリスに刺された傷も消えてる。いや、その他の傷も消えてるな……あ、そうだ。アレはどうやったんだ? 僕の目にも追いつけない速さで背後を取るなんて」

「あの一瞬で、俺が後ろにまわったと判断できるおまえが恐ろしいよ」

「何年いっしょにいると思ってんだよ、プラクエリス。盗賊という条件を抜きにしても、おまえが消えたら背後にいることは分かってんだよ」


 ケラケラと笑うアウダ。

 その言葉に俺は肩をすくめるしかなかった。


「孤児院にいた頃も、僕がかくれんぼの鬼をやった時、ずっと背後にいただろ。昔っからエリスは何にも変わってないのさ」

「うへ。そんなの忘れてくれよ。というか、そういうの全部覚えてるからアウダは嫌いだ」

「照れるな照れるな。愛してるよ、親友」

「だったら俺を追放するな」

「それとこれは別」


 アウダは、あっはっは、と楽しそう笑った。

 ま、勇者さまが楽しそうでなによりだ。


「それで。種明かしをしてくれるんだよな?」

「マジックを使った覚えは無いが。全部話すよ」


 俺は勇者に、俺が追放された後のことを語った。

 もともと弟子をパーティに合流させるだけのつもりだったが、偶然にも魔王四天王のひとりと知り合えたことに加え、時間遡行薬を作ってしまったことによる計画変更の結果が、今この状況だ。


「――というわけで、俺の計画はなにひとつ順調ではない。当初の予定とぜんぜん違う結果になっちまった」


 アウダは苦笑しつつ、そんなもんだよ、と笑う。


「僕がエリスを追放したのも、こんな予定じゃなかったからね。故郷で大人しくしてくれているかと思ったけど、まさかこんなことになるとは……」

「まぁ、初めは大人しくしとくつもりだったんだけどなぁ」


 勇者の行く末など、知ったことか。

 なんて思ってたことは確かだ。今でも賢者と神官は嫌いだし。

 だけど。

 ジックス街に戻った瞬間、孤児に絡まれてしまったわけで。しかもブラフで負けたんだから、仕方がない。

 盗賊としてパルを訓練してやれば、あとはパルひとりで生きていけると思った。最後まで面倒を見るつもりもなかったんだが、気が付きゃ大事な『家族』みたいになっていたわけで。

 そうなると欲が出た。

 パルヴァスを勇者パーティに入れることができれば。

 勇者アウダクスの助けになるはず。

 そう思ってしまったんだ。

 まったく。

 俺の意思も薄弱としたものだ。

 すっかりと美少女の魔力にやられたとも言える。


「しかし、どこか運命的なものを感じるな」

「……アウダもそう思うか」


 うん、と勇者はうなづく。


「偶然とも言えるし、成るべきしてそう成った、とも言える。どこからが偶然で、どこまでが仕組まれたことなのか。難しいところだ」

「少なくとも転移の腕輪を作ることを思いついたのは俺の意思だが。そこから大怪我をすることになり、エクス・ポーションを自分の身体で試すことになるとは思わなかったけどな」

「そのキッカケになったのももちろんだけど、エクス・ポーションの開発が時間遡行薬に繋がっているというのも不思議な感じだ。確かに学園長の言うとおりポーションは時間に関係しているとも言えるけど。でもやっぱり不思議な感じだ。ここを見てよ」


 アウダは左腕を見せる。


「ここには一番古い傷があったはずだ。エリスと旅立った頃だから、十二歳くらいか。今、僕は二十歳という肉体年齢だとしても、十二歳頃の傷は残っていないとおかしい。でも見てくれ」


 そこにあるはずの傷は無い。

 むしろ、本来は傷だらけのはずの勇者アウダクスの肉体。それが綺麗さっぱり傷がなくなっている。


「これは時間遡行薬でも無いんじゃないか? むしろ時間遡行薬以上の効果がある気がする」

「確かに」


 言ってしまえば、若返るのと同時に古い傷まで完全回復している。時間が戻った、というだけでは説明できない変化が肉体には起こっている。

 それこそ肉体が全て『新品』になっているというアウダの言葉がそのまま当てはまっているようだ。


「俺の傷は治っていないんだけどなぁ」


 俺は服を脱いで古傷をアウダに見せた。

 確かにちぎれそうになった両腕やお腹は完全に回復しているのだが、それ以前に受けた傷までは治っていない。


「エリスの時は試作品で、鍋から直接、というのが悪かったんじゃないのか? 時間遡行薬の粗悪品だった、とか」

「……なんかこう、有り得そうな話だなそれ」


 あっはっは、とアウダは笑う。


「よし、エリスももうちょっと若返ろうぜ。今度は僕が刺してやるよ」

「嫌だ。おまえ根に持ってるだろ」

「当たり前だろ。素直に話せば信じた。僕がみんなを説得して、こんな大がかりな戦闘をやらなくて済んだはずだ」

「ギルティ。おまえにあのふたりは説得できない」

「なんでだよ」

「説得できるんなら、俺は追放されてない」

「ぐぬぬ」


 ぺちん、とアウダは俺の肌を叩いた。

 若返った能力をフルに活かせて、恐ろしい速さでの攻撃だった。


「いった!? なにをする!」


 仕返しだ、とばかりに逃げようとするアウダの背中を叩く。ぱっちーん、といい音がして、背中に手形を残すことに成功した。ずっと鎧を着てるから生白い背中だ。真っ赤になった手形が良く目立つ。はっはっは!


「いったたた……こんのぉ!」

「ははは、勇者が盗賊に追いつけるか――って、ええええ!?」


 速い!?

 なにそのパワーアップぶり!?

 想像以上だぞ、おい!

 というわけで、一瞬にして俺は捕まり、すこーん、と足を払われて床に押し倒された。


「ふっふっふ、おまえではもう僕には勝てないよ。大人しくするんだなぁ、プラクエリス」

「ま、待ってくれ、お、俺が、俺が悪かった」

「許さないと言っている。大人しく観念し――」

「朝ごはんですわよー」


 ばたーん、と扉が足で開けられてお城の主たる吸血鬼さまが部屋に入ってきた。

 もちろん俺と勇者はそのままの状態だ。

 そのままっていうのは、アレだ。

 俺が床に倒れていて、勇者その上に乗っかっている状況で組み伏せられている。しかも、ふたりとも服を脱いだ状態だということで。


「おっふ」


 なぜかルビーは奇妙な声をあげて、瞳を閉じた。

 すー、はぁー、と大きく息を吸って吐いて。

 目を開いて、こう言った。


「続けなさい」

「「断る」」


 奇しくも、俺と幼馴染の声がそろってしまったことにより、ルビーは、ぶひゅ、という悲鳴とは思えない声をあげてその場にしゃがみ込んでしまった。

 ぷるぷると震えている。


「おい、エリス。笑われてしまったぞ」

「あれは笑ってるんじゃない。悶えているんだ」

「モダ……? なんだ、どういうことだ?」

「おまえは知らなくていい」

「なんでだよ。僕はこの世を救うつもりだ。だからこの世で僕に関係ないことなんてひとつもない」

「……分かった。じゃぁ教えてやろう」

「うん」

「あれは俺とおまえが同性愛を育んでいる姿に喜びを感じているんだ」

「なるほど、理解した」


 理解すんな!


「男同士の恋愛がおまえの弱点というわけだな、吸血鬼!」

「そうですわ!」


 肯定すんな!

 嘘をつくな!

 なに言ってんだ吸血鬼ぃ!

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