~卑劣! 改めまして、好き~

 勇者と戦士と盗賊で。

 吸血鬼の支配する街の肉屋に行くことになった。

 案内するのは支配者たる吸血鬼。そんな待遇の良さ。ここが魔王領とも思えない好待遇ではある。

 もっとも。

 そんな状況の勇者パーティに『盗賊』が混ざっていることが、俺にとっては『好待遇』と言えるかもしれない。

 まさか、もう一度。

 いや、生きている間はもう二度と訪れることが無かったと思う。

 俺が。

 元勇者パーティの盗賊が。

 勇者アウダと戦士ヴェラといっしょに行動する日が来るなんて。

 思いもよらなかった。

 もとより、追放される前もほとんど別行動をしていたので、三人でいっしょに行動するなんて何年ぶりだ?


「う~む」

「どうしたエリス」


 アウダにそう言われて、俺は口を挟み込むようにして両頬をマッサージした。


「この状況が久しぶりなんで、どうしても顔がニヤけてしまう。油断するとニヤニヤと笑ってしまいそうだ」

「それは僕も同じだ。エリスを歓迎しない理由がない。なにより、久しぶりの男だけのパーティだ。気兼ねなくいけるし、なんならヴェラなんかすでに笑ってるぞ?」

「はっはっは! オレはいつだって笑ってるから気にしなくていいな」


 どうやら三人とも思っていることは同じらしい。

 ニヤつく男たちで廊下に出ると、ルビーといっしょにパルがやってきた。いっしょに行くのか、とも思ったが……ルビーの後ろに隠れるようにこっちを見ている。


「どうした、パル? いっしょに行くのか?」


 そう声をかけると、パルはおずおずと返事をした。


「いえ、あの……お留守番してます」

「そうか……まぁ、仕方がない。気をつけてな」


 無理に、付いて来い、とは言えない場所だ。なんなら勇者にさえ見て欲しくなかった物、と言えるかもしれない。

 最初にあの光景を見たとき、パルは相当にショックを受けていた。

 だからこそ、無理強いはさせられないと思っていたが……どうやらそれだけの理由ではなさそうだ。

 チラチラとパルはアウダとヴェラを見て、最後に俺を見た。

 そして、なにやら恥ずかしそうにルビーの背中に隠れる。


「んん?」


 パルは割りと物怖じしないというか、誰にでも遠慮なく話しかけるような性格をしている。俺にブラフだけで勝負をしかけてくる程度には肝が据わっていた。

 ハーフ・ドラゴンのナユタにも遠慮なく、というよりも、無遠慮に話しかけて怒りを買っていたし、なんならしっぽを触っていたぐらいだ。

 そんなパルが『勇者』程度に物怖じするとは思えないのだが……


「し、神官さんと賢者さんを看てますね。いってらっしゃい、師匠!」


 そう言うと逃げるように隣の部屋に入って行ってしまった。


「あらあら」


 そんなパルの様子に俺たち男連中は首を傾げたのだが……ルビーだけがその心情を読み取れたらしく、ニヤニヤと笑った。


「アレはどういうことなんだ、ルビー?」

「分かりませんの、師匠さん。勇者サマと戦士サマも?」


 三人で、分からん、と答えると吸血鬼サマは盛大にため息を漏らした。


「これだから殿方はダメなのです。パルパルの表情を見ました? あれは恋する乙女の表情です」

「は、はぁ……?」


 まぁ、以前から好き好きと言われているので、それはそうだろう、としか受け取りようがないのだが?


「ホントに分かりませんの?」

「分からん。教えてくれ……いや、教えてください」


 いいでしょう、とルビーはうなづいた。


「パルは師匠さんを『惚れなおした』んですの。顔も見れなくなってしまうほどに」

「あぁ、なるほど」


 勇者アウダが納得した。


「やるじゃねーか、色男!」


 戦士ヴェラが俺の脇腹を肘で突く。

 それを受けて――

 俺は――


「そ、そうか……」


 顔が熱くなるのを感じて、口元を手で覆うようにみんなから顔をそむけた。


「あはは、こいつ本気で照れてやんの!」

「なんだよ、おまえ。マジかよ!」


 ゲラゲラと笑う勇者と戦士に茶化されるので、俺はブンブンと手を振るようにしてふたりに殴りかかるが、勇者と戦士にそんな攻撃が当たるわけもなく素で避けられた。

 ちくしょう!


「うふふ、師匠さんってば可愛いでしょ?」

「「知ってる」」

「やめろ!」


 まぁ、そんな風に怒っていても俺はニヤニヤしてるわけで。これはパルに惚れなおされたから嬉しいのではなく、アウダとヴェラと以前のように会話が出来ていることが嬉しくて。

 つい、笑ってしまう。

 まぁ他人から見れば、幼女に好きだと言われてめっちゃニヤニヤしてるおじさん、ということになってしまうけど。

 でもここは魔王領だ。

 どう思われたところで俺には関係ない――と、思っていたがアンドロさんが凄い顔で俺たちを睨んでた。

 ロリコンは睨むくらいに嫌悪対象なんですか、ごめんなさい。

 そう謝りそうになったのだが、先にアンドロさんが話し始めた。


「お出かけするようですね、サピエンチェさま」


 訂正。

 睨まれているのは俺じゃなくて、ルビーだった。


「はい。勇者サマに街を案内してさしあげます」

「……はぁ~。分かっておられるのですか? その『勇者』という存在を」

「理解していますわ。たかが精霊女王に選ばれただけの人間種。それ以上でもそれ以下でもありません。アンドロちゃんこそ理解していますか?」

「何をです……?」

「わたしが『人間が大好き』ということを」

「……分かりました。分かってます、分かってますよ。知りませんからね、魔王さまに怒られても」

「その時はアンドロちゃんもいっしょに謝ってくださいまし」

「嫌です!」

「そんなこと言わずに。勇者サマもいっしょに謝ってくださいますから」

「僕も!?」


 思わず勇者が声をあげて驚いてしまう。

 魔王サマに謝る勇者、という光景は滑稽を通り越して意味不明だな。


「ま、まぁ、街の秩序を乱すことになったら申し訳ないので、そこは謝らないといけないかもしれないな」

「真面目か」


 思わずヴェラがツッコミをいれた。


「はぁ……まったく。勇者サマも変わった御人のようで。あまり無茶はしないでくださいよ。無用な混乱を引き起こすのは避けてください」


 ギロリ、と鋭い眼光で睨まれて、勇者は思わずハイと返事をした。


「戦士サマもエラントさまも。あまり自由に行動できると思わないでください。ここはあくまで魔王領。人間領とは、恐らくなにもかも違う場所です」


 ――そうか。

 アンドロは人間領の常識を知らないから、大きく『差』があると思っているのだろう。

 それによって、俺たちが思わぬ混乱を引き起こし、問題の火種になるかと危惧しているようだ。

 だから、睨みつけるようにして俺たちの行動を制限しようとしているのか。


「分かった。気を付けよう」


 戦士ヴェラが神妙にうなづく。

 対して、俺もうなづきつつも一言添えておいた。


「人間領と魔王領。その違いは種族の違いくらいだ。言葉も同じだし。だが、無用な混乱を起こさないように気を付けるのはごもっともな話だ」


 そうだよな、勇者。


「あぁ。僕の見立てでは……魔王領での、サピエンチェの支配領こそが理想的とも言える場所ではあるので。これを間違っていると言える人間種はいないと思います」

「そ、そうなのですか?」


 アンドロが少し驚いていた。

 勇者の言葉は、少し過剰だ。

 なにせ、『人間が食べられていること以外は』という言葉が抜けている。そのことに目をつぶれば、それこそ人間種と魔物種がいっしょに生きている平和な国、と捉えることも可能だ。

 他の四天王がどんな統治を行っているのか、俺は見ていない。だがそれでも、サピエンチェ領がかなりマシなのは確かだろう。

 それを魔王が是としているという事実もある。

 逆にどうして魔王がそれを許しているのか、良く分からないことでもあるのだが。

 魔王サマの考えることは、人智を越えているのか、はたまた別の目的があるのかどうか。

 人間に恨みがあることは確かであるし、対面した時の恐ろしさも充分に理解した。加えて、ルビーが本気で俺やパルを蹴り飛ばさなければ、殺されていただろう。

 根本的には人間を嫌っている魔王。

 ただし、自分の部下が人間と共生することを選んでも文句は言わない。

 矛盾しているような気もするし、寛容の一言で済ませられるような気もしないでもない。

 魔王サマについては、もっと詳しく調べてみないといけないようだ。


「迷惑をかけないように気を付けるよ」


 勇者はそう言ってアンドロに対して頭を下げた。それに合わせて戦士も頭を下げたので、俺も下げておく。


「分かりました。私も思い込みだけで話していたようです。詳しく調べてみないといけませんわね」

「そういうことでしたらお留守番をしているパルに話を聞いてみるといいでしょう。ついでに眠ったままの賢者サマと神官サマのお世話をお任せしても?」

「突然襲ってこないですか?」

「大丈夫だ。とりあえず鏡を渡しておけば賢者が理解してくれる」

「鏡、ですか。分かりました、用意しておきます」


 アンドロは頭を下げてサソリである下半身をわちゃわちゃと動かすように反転すると去っていった。

 やっぱりあの下半身では反転する動作だけは苦手のようだ。


「それでは皆さま。案内いたしますので、付いてきてくださいな」

「お願いします」


 ルビーを先頭にして、俺たちはお城を出た。

 ガーゴイルに挨拶しつつ、眼下に広がる街に向かって歩き出す。

 人間領に比べて不毛とも言える大地。

 常に分厚い雲が空を覆い、薄暗く冷たい空気の魔王領。

 そんな世界で。

 果たして、人間種が食べられている実情というのは。

 どういうものなんだろうか。


「……」


 知るのが、少し恐ろしくて。

 俺は隠れるように、重い息を吐いたのだった。

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