~卑劣! 勇者パーティ全滅~
空にぽっかり開いた丸い穴。
そこから見える青空を見上げていると――誰かが近づいてくる気配がしたので。
俺は目元をグシグシとぬぐった。
「師匠~!」
どうやらパルだったらしい。涙をぬぐって正解だった。
少しばかり落ち着いてから振り向くと、パルといっしょに二匹のオオカミが歩いて来ていた。四本足で歩いているのにパルと同じくらいの大きさがある。立ち上がれば、優に俺よりも高くなるだろう。
そのオオカミの背中にはふたりの女性が乗せられていた。
見知った姿であり……あまり顔を合わせたくない人間種……
神官ウィンレイと賢者シャシールだった。
どうやらルビーが手伝ってくれたようだ。やはりパルだけでふたりを相手するのは難しかったのかもしれない。
機転の効く吸血鬼さまには感謝しないといけないな。
神官のほうはダラリと動いていないが、賢者は黒い布のようなものが身体を拘束している。ルビーの影による拘束だろう。それを解こうと無駄に動いているが、徒労に終わることは明白だ。
「無駄な足掻きは止めておけ」
せめてものアドバイスとしてそう告げたのだが……
賢者は俺の顔を見ると絶句したように一瞬だけ目を見張る。そして、なにかを叫ぶように声をあげた。残念ながらルビーの影に口元を覆われているので、何を叫んだところで聞こえない。
まぁ、内容は予想できる。
どうせ俺に向けての罵詈雑言だろう。
神官のほうも動いてはいないが意識はあるらしく、俺の姿を見て動揺していたのは間違いない。瞳が素人でも分かるほど左右に揺れていた。
そんなふたりは足元に倒れている存在――勇者アウダクスに気づき、より一層と抗議の様相を強めたが……それもすぐに止めてしまった。
諦めたのか、それとも逃げる算段を立て始めたのか。
まぁ、どれだけ暴れたところでルビーから逃げられないだろうし、どんなに知恵をまわしたところで、この状況から勇者を助け出せる方法など皆無だ。
「師匠、その人……大丈夫ですか?」
パルが倒れている勇者を心配するように近づいてきた。
血が今も流れ続けているし、意識を失っている。内臓にまで達している傷によって、治療することなく放置すれば確実な死が待っていた。
「うわ、どうなってるのこれ?」
パルが鎧を貫くナイフを見て、驚いた声をあげた。
奇妙なことに、投げナイフが鎧を貫通して腹に刺さっている。
本来なら、投げナイフ程度の武器ではアウダが装備している鎧など貫けるわけがない。弾かれるか、投げナイフが折れてしまう。
「上手くいった」
俺はパルに分かるように、転移の腕輪を見せた。
「あっ」
パルはそう声をあげて、状況を理解したらしい。
転移の副作用効果――
と、言えるだろうか。
転移した際、俺はナイフと鎧が重なるように手を伸ばした。
その結果。
ナイフは鎧と重なるように貫いた。
これは『転移の巻物』であった場合、転移先の物と転移する物が重なるようなことがあると、転移は発動せず巻物だけが消失した。
しかし、転移のマグ『トランスフェーレ・アルミーアス』には、そういった安全処置的なものが組み込まれていないらしい。
もしくは、組み込まれているが上手く機能していないのかもしれない。
これは、少々危険だ。
もしも転移先に人間がいた場合、思いっきり重なったとしたら……俺の肉体が優先されて、重なった相手は押し出されてしまう。
つまり、爆発四散するのではないだろうか。
いや、場合によっては俺もいっしょに弾け飛ぶかもしれん。
なんにしても、学園長に報告だなぁ。
「そいつは大丈夫だ。まぁ、大丈夫じゃないけど」
「ハイ・ポーション使わなくてもいいんですか。あたし、持ってますよ」
「……パルは優しいな」
パルの頭を少し強めに撫でてやった。
「いいんだ。このままで」
「……はい」
理解はできないけど、とりあえず納得はする。
そんな感じのパルの表情に、なんだか申し訳なさを感じた。
まぁ、それでもアウダを倒れたままにしておくのも可哀想なので、身体の向きをパルとふたりで仰向けにしてやった。
意識は無く、青い顔というよりは土色をしている。内臓に達した刺し傷なので相当に苦しいのだと思う。
早く楽にしてやりたい――と、思ったところでルビーが駆け足で戻ってきた。
「お待たせしました」
戦士ヴェラトルを片手で持ち上げながら走ってくる様子は、ちょっとした不思議さをかもしだしている。
なにせ、小さな女の子がかなりの巨体を――しかも重装備の鎧を着込んだ男を片手で持ち上げながら走ってくる様子は、どう考えても現実的ではない。
いや、夢であっても信じられないような光景だ。
ルビーはアウダの隣にヴェラを寝かせる。ヴェラも意識を失っていて、金属鎧がひしゃげるように破壊されており、その金属片が身体に突き刺さっていた。
「うわぁ!?」
大変だ、とパルは戦士ヴェラと俺を交互に見ている。
早く助けないと、という言葉をパルが口にする前にルビーは薬品を取り出した。
「あ、それって……」
時間遡行薬。
濃縮されたポーションと、そのポーションを煮詰めて粉にした物のセットである。きっちり保管していたのをルビーが持ってきてくれた。
「もしかして、今回の目的って……」
「そういうことだ」
俺はパルの頭を撫でた。
勇者アウダクスを若返らせる。
肉体的なピークをとっくに過ぎてしまった勇者の肉体を、全盛期にまで戻す。ボロボロになってしまっているアウダの身体を、最高の状態にまで回復させる。
それが目的だ。
「見ない方がいいぞ」
俺はパルの頭を撫でながらそう言った。
時間遡行薬をそのまま使ったのでは、若返り過ぎてしまう。相応の『ダメージ』を負う必要があるのだが……ナイフで刺された程度では、まだ全然足りていない。
だから、ルビーによってトドメを刺してもらう。
その光景は。
恐らく、残酷だ。
「……」
パルは俺を見上げてくる。
「どうした?」
「……分かんない。でも、見ておいたほうがいい気がして……」
「そうか……? そうか……」
分かった。
と、俺をパルの頭を撫でつつ、肩に手を置いた。俺の手が、震えていたことにパルは気づいたようだが、何も言わなかった。
師匠思いの、良くできた弟子だ。
たぶん俺が泣いていたのも、バレてるんだろうなぁ。
「師匠さん。このふたりはどうしますの?」
ルビーはオオカミの上に乗せられている賢者と神官を指し示した。同時にオオカミはバシャリと溶けるように影になり、そのまま賢者と神官を十字に貼り付けるようにして、手足を伸ばした状態で立てた。
同じように勇者と戦士も十字に立てられる。
勇者パーティが横一列に並んだ状態となった。
「んー!? んー! んー!」
口元には影が巻きついたままなので賢者の抗議は聞こえない。
「……あ……くっ……」
神官は動きこそしないが、明らかに表情が怒りに満ちていた。
ふたりの視線は俺に向いている。
侮蔑の表情で、俺を見下していた。
まぁ、そうなるだろうなぁ。
パーティから追放したと思ったら、優秀で可愛い女の子と恐ろしく強い吸血鬼と共に復讐しに来たとしか見えないのだから。
「反省の色が見えませんわね。大人しくしていれば眷属にしてやっても良かったのに」
ルビーが賢者に近づくと、黒の影がナナメに倒れる。
賢者と視線が合うくらいに倒れると、ルビーはにこやかに笑いつつ賢者の頬を軽くペシペシと叩いた。
それでも尚、賢者はルビーを睨み、俺へと視線を送る。
屈辱か?
そうだろうな。
「こちらはどうでしょう?」
同じく神官の影もナナメに下げると、ルビーは頬を叩く。賢者よりも大人しいが、それでも強い視線は隷属を是としていない。
もっとも。
それは勇者パーティらしいと言えるんだがな。
「ダメですわね。見込み無しですわよ、師匠さん」
どうします?
と、ルビーが聞いてきた。
「……」
このふたりは、俺を追放した。
俺のことを嫌っている人間であり、勇者パーティとしてあるまじき恋愛事で……感情で物事を判断した。
賢者シャシール・アロガンティア。
神官ウィンレィ・インシディオシス。
俺はこのふたりを――
殺してもいい。
勇者パーティには必要なし、と追放してもよい。
だが。
生かしてもいい。
活かしてもいい。
いや。
終わらせてもいい。
捨ててもいい。
「……」
俺を追放した女たちを。
俺のことを、心底見下していた女たちを。
相応の目に合わせてもいい。
「……」
恨みを晴らすなら今だ。
受けた屈辱を、そのまま返してもいい。
倍にして返してもいい。
「……」
なんなら、このままの状態でミノタウルスの巣に放置し、犯されるままに泣き叫ぶ女たちの声を楽しむのもいい。
手足を拘束したまま、モンスターの群れに放置するのでもいい。
助けて、助けて、と言う声を聞きながら、それを放置して眺め続けてもいい。
「……」
いま、目の前の女性の権利を。
全て手に入れている状態だった。
「……」
俺は。
俺は。
俺は。
「…………はぁ~ぁ」
俺は大きくため息をつく。
何にも。
そんなことをしても。
なーんにも、楽しくもないし、嬉しくもない。
ただただ胸糞悪いだけだ。
このふたりが死のうと生きようと奴隷になろうと……肉塊となって、街の肉屋に吊るされて売られたとしても。
ひとつも嬉しくない。
「クソつまんねぇな」
ざまぁみろ、と笑ってやるつもりもあったんだけどな。
まだまだ未熟な俺の弟子に負けてやんの、と嘲笑してやることもできたんだけどな。
「……」
結局、おまえの知恵なんてそんなもんかよ賢者。
結局、精霊女王ラビアンの加護がなければ、大したことはできないんだな神官。
結局。
誰かに守られてなきゃ、おまえ達は何ひとつ成し遂げられない弱っちい存在だったな。
それで勇者パーティかよ。
それで勇者の隣に立っているつもりかよ。
情けねぇ。
おまえらの代わりに俺が立ってたほうが――
「……」
俺は歯を喰いしばり……それから、肩をすくめた。
結局。
俺の怒りはこの程度なんだ。
嫉妬。
あぁ、嫉妬だよ。
おまえらと同じ嫉妬なんだよ。
だから。
だから――
「ルビー」
「はい」
「全員、やってくれ」
「……分かりましたわ」
全てを理解したような表情で、ルビーはうなづく。
パチン、と指を鳴らせば。
再び賢者と神官を縛っている黒い影が持ち上がり、勇者と戦士に並んだ。
「んー! んんんー!?」
賢者だけが抗議の声をあげている。
「うるさいですわね。まずはこの方を黙らせますか」
賢者の身体を黒い影が覆う。目元だけが見えている状態まで、影で覆われてしまった。
まるで布でぐるぐる巻きにされたかのようになると、次の瞬間にはあまり聞きたくないバキバキと骨が折れる音が聞こえてきた。
思わずパルが耳をふさぐ。
それほどまでに聞きたくない音だった。
「――――!?」
悲鳴をあげたんだろう。
見開いた賢者の目は、恐怖と痛みに揺れていた。全身の骨を折られ、その激痛に震えるだけで、動かなくなる。
次いで、神官の身体からも同じ音が聞こえた。麻痺していた分、多少の痛みは軽減されているだろうが……それでも痛みはあったようで顔から一瞬にして血の気が引いた。
全身の骨が折られる。
もちろん大怪我ではあるけれど。
「これだけではまだ足りませんわよね」
ルビーの言葉に、まだ次があることを知り、賢者と神官の顔に絶望が浮かぶ。
その間にも、ルビーの影は勇者と戦士の身体も影で覆って骨をバキバキに折る音を奏でさせた。
苦悶の表情と共にふたりの口から血が吐き出される。
まだ生きている。
でも――まだ。
まだ……生きてる。
致命傷には、もう一手必要だ……
「では、ここからが本番です。準備をなさってください、師匠さん」
「わ、分かった」
かつての仲間たちが――勇者が――アウダが死にそうな目に合っているのを見続けるのは、胸が冷たくなってくる。
声が震えてしまう。
手が、恐ろしいほど冷たくなって、震えていた。
それでも、これに耐えないといけない。
俺は時間遡行薬が入れられた瓶のふたを外し、いつでも液体と粉を混ぜられる準備をした。
あまり時間をかけてられない。
モタモタしていると、ホントに死んでしまう可能性は充分にある。
「いいぞ……!」
俺は一息。
空気を吸って、吐いて、覚悟を決めた。
「では、皆さま。御覚悟を」
ルビーがそう言った瞬間――
勇者パーティの腹を黒い槍が突き破った。
ルビーの影が鋭い刃となって顕現され、みんなの身体を貫いたのだ。
「――」
四人から声無き悲鳴があがり。
その誰もが、一瞬の覚醒に俺を見た。
どこかすがるような視線の神官。
どこかうらむような視線の賢者。
どこか困惑したような視線の戦士。
そして。
なぜか笑ってそれを受け入れた勇者。
「……くっ!」
お腹に大穴をあけて、勇者パーティはどさりと仰向けに地面に倒れる。目は見開かれ、あと数秒の命だと見て取れた。
俺は慌てて近寄ると、震えそうな手でなんとか液体に粉を入れる。
青く濁った液体の中に沈んでいく白い粉。それは自動的に混ざり合うと一気に透明と化した。
疑似エクス・ポーション。
テンポス・ペレグリナッチォネ・メディチーナ。
時間遡行薬。
それが完成した瞬間を狙って、俺はアウダの口の中に流し入れた。
「……カハッ」
意識の無い勇者が反応する。
それを確認しつつ、俺は戦士の口にも時間遡行薬を入れ……続いて、賢者と神官へと入れた。
女性たちは完全に意識を失っているのか、反応はない。
しかし、勇者と戦士は苦悶の声をあげているのが分かった。それと共に身体の中の骨が動いているのが分かる。バキバキに折れたはずの骨が強制的に元に戻っているかのようだった。
「ルビー」
「なんでしょうか、師匠さん」
時間遡行薬の効果を興味深くキラキラした瞳で観察している吸血鬼。
そんな彼女には申し訳ないが……
「四人を安静できる部屋へ連れていってやってくれ」
「分かりました」
気が付けば、四人のお腹に開いていた穴はふさがっていた。まだまだ身体への変化が続いているのか、苦悶の表情を浮かべ続ける勇者パーティ。
ミチミチと筋肉が動くような音も聞こえる。
確実な変化が、勇者パーティに訪れていた。
「丁重に、な」
地面へ寝かせたままだと、ちょっとかわいそうなので。せめてベッドで寝かせてやりたいと思った。
ルビーがパチンと指を鳴らすと、倒れている四人の影からそれぞれ大きな亀が顕現される。もしかしたらレクタ・トゥルトゥルを模したのかもしれない。
幅広の甲羅に勇者たちを乗せて、のっしのっしと移動していく四匹の亀。
オオカミとは違ってゆっくりなので、ルビーなりに考慮してくれたのかもしれない。
「では、こちらの方々をお城で寝かせて参りますわね」
ルビーはそう言って、今も変化を続けている勇者パーティをキラキラした瞳で見ながら。
お城へ向かってゆっくりと歩いて行った。
「……はぁ~」
それを見届けて、俺はその場にどっかりと腰をおろす。
疲れた。
簡単な作戦だったし、命がけというほどでもなかった。魔王と対峙した時のような恐怖でもなんでもなく、ただただ疲れた。
それだけだ。
こんなものか、と思えばこの程度。勇者パーティにいた頃の一戦闘程度の疲れとも言える。
それでも。
「疲れた」
俺はうなだれるように、そう言った。
今も指は震えているし。
胸の奥は冷たいままだ。
なにか致命的な失敗をしてしまったような気もするし、どこか不安は解消されていないまま。
俺は重いため息を吐き出した。
「お疲れ様です、師匠」
と――
パルが俺の頭をポンポンと撫でてくれた。
見上げると――笑いかけてくれる。
どこか大人みたいな笑い方で、パルが笑っていた。
あぁ、申し訳ないことをしたな。
そう思った。
まだまだ子どもであるはずのパルに、こんな大人みたいな笑い方をさせてしまうなんて。
俺は。
悪い師匠だなぁ。
なんて。
そう思ってしまったのだった。
「ゆっくり休んでください師匠」
そう言って。
パルはそっと抱きしめてくれた。
「ありがとう……」
俺はそう一言だけ告げて。
パルの胸の中で、また少しだけ泣いてしまったのだった。
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