~卑劣! バーサス・勇者~ 2
吸血鬼の城の前で。
俺は、かつての仲間――
この世界を魔王から救うべく、精霊女王から加護を賜った『勇者』と対峙した。
「……」
「……」
お互いに無言で。
睨み合うかのように、対峙する。
真っ直ぐに長剣をかまえる勇者に対して、俺はナイフを真横にかまえた。
しっかりと立っている勇者に他敷いて、俺は身を低くして立っている。
なにもかも反対な気がした。
聖人君子たる勇者。卑怯卑劣なる盗賊。
親から捨てられ、名前すらも与えられず捨てられて。同じ孤児院で拾われ、同じ部屋ですごし、同じ食事を食べて――
精霊女王から声をかけられたのは、あいつだ。
それはふたりいっしょの時だったのを覚えている……
勇気ある者よ、優しき者よ。
光の精霊女王ラビアンは、そう声をかけた。
そして、おまえは――『勇者』となった。
対して。
俺にできたことは、せいぜい盗賊だけだった。力が強いわけでも、戦闘が上手いわけでもなく、ましてや魔力が高いわけでもなく、神さまの声も聞こえない。
勇者の援護ができるような能力も才能も、なにひとつ持っていなかった。
俺が持っていたものは……人の視線に敏感で、人の気配がなんとなく分かる。その程度のことだけ。
あぁ、そうだよ。
指摘されるまでもなく自覚しているよ。
つまり、俺は――
ビクビクと他人の目と存在に怯えて生きてただけ、なんだ。
自分ひとりでは、何もすることができない臆病者。
何をするにしても、他人の顔色をうかがって、安全を確かめてからじゃないと動けない情けない人間。
それが俺だ。
おまえといっしょじゃないと、何もできなかったんだ。だから俺は――むしろ、盗賊となってでも、おまえにすがりつきたかったんだよ……
ひとりぼっちにはなりたくなかった。
だから、いっしょに旅立った。
そりゃ死に物狂いに盗賊スキルの修行をするよ。勇者だって、戦闘経験はゼロからのスターとだ。言ってしまえば、ふたりでレベル0からの旅立ち。
ゲラゲラ笑いながらゆっくりちょっとづつ必死に、ふたりで強くなっていった。
そんな日々は――
楽しかった。
楽しかったんだよ。
何もできないところから、ふたりでちょっとずつ何かを成し遂げられるようになっていくのが、最高に楽しかった。
そんな旅も、戦士ヴェラトルが加わってもっと楽しくなっていって。
神官ウィンレイが仲間になって、女の子だから守らなくちゃと頑張って。
賢者シャシールが仲間になった時に、俺は裏方にまわった。
楽しかった冒険者生活みたいなものが――
世界を旅する英雄譚ごっこみたいなことが――
全て、本気の『勇者パーティ』になった時。
いつの間にか、楽しいことを忘れていた。
そりゃそうだ。
世界を救う勇者がそれを楽しんでどうするんだって話だし、仲間がそんな態度では勇者の程度も知れてしまう。
賢者と神官の言う『勇者パーティに盗賊はふさわしくない』というものは、正しい。
卑怯、卑劣では。
世界を救うに値しない。
「……でもよぉ」
俺は小さく勇者に語りかけた。
聞こえない程度に、小さな小さな声で語りかける。
「仲間外れは寂しいぞ」
そうつぶやいて。
俺は勇者に向かって走った。
盗賊スキル『隠者の指先』で視線誘導。殊更レベルの高い相手には、視線ひとつ動かすだけで引っかかってくれる。
右を見つつ、左へ移動。次の瞬間には右へステップを踏み、一気に懐まで加速した。
この間合いでは、俺が有利!
「おおおお!」
横薙ぎに振ったナイフを弾かれた――瞬間的にバックステップで避けられつつ、剣でナイフを弾きやがった。
「ハッ!」
尚も肉薄するように距離を詰めた俺に対して、勇者は剣の柄を振り下ろしてくる。俺は避けるように身体を回転させ、裏拳をはなつ。
「フン!」
それをしゃがんで避けた勇者は低い位置から長剣を横に振った。それをジャンプして避けると、空中から蹴りを放つ。その攻撃は勇者にしっかりと腕で防御されたので、そのまま大きく後ろへ宙返りをしながら下がった。
「はぁ!」
だが、着地を狙われた。
飛び込んでくるように勇者は大きく一歩を踏み出し、長剣をナナメに斬りおろしてくる。両手にナイフを逆手に装備した俺は、それをクロスさせるようにして勇者の一撃を受け止め、弾き返した。
「おらぁ!」
「フン!」
お互いに両手をあげた状態。がら空きになった胴に、お互いが蹴りを入れる。鎧を着てる分、勇者にダメージは無い。俺は息を漏らしながら後方へと転がり、跳ね起きる。
ちくしょうが!
「こっちは盗賊なんだよ!」
「だったらおまえも鎧を着ろ!」
顔をあげた時には、すでに勇者が剣を振り下ろしてくる最中だった。
盗賊スキル『無色』
集中力を一瞬で高め、音と色が消えた世界で知覚速度を高速化する。
その状態で『影走り』。
身体を無理やり制御して振り下ろしてくる剣を避けつつ、刃と勇者の視線が合致した瞬間に真横へ移動。
太ももとふくらはぎの筋肉が悲鳴をあげるが、それを無視。『無色』の世界が終わり、色と音が戻ってきた瞬間に勇者をナイフで斬りつけた。
肘関節の部分。
鎧には、どうしても隙間が必要だ。そこを狙ってナイフを刺し込んだ!
「ぐっ!? クソが!」
それだけでは勇者は止まらない。
斬り下ろした剣をひるがえすように、下から上へと刃を振り上げた。
「くっ!」
スキルで無理をした分、身体の反応が遅れた。
無意識に身体を防御するように左手を差し出したが……手のひらを切り裂かれ、血が飛び散る。だが、その血を利用した。
出血した手を振り、ナイフと共に血を飛び散らせる。
至近距離の投擲に勇者はしゃがんで避けたが、飛び散った血が顔に付着した。
運良く、目には当たらなかった。
いや、俺の運が悪かったのか。
「おおおおお!」
だが自分の運の悪さに嘆いている場合じゃない。俺はそのままナイフを持つ手を振り下ろした。それを勇者は防御するようにナイフを弾くが――力が入っていない。関節へのダメージが効いている。
そのまま連続で攻撃するが、やはり片手だけでは連続攻撃の繋がりが悪く。一撃一撃の間に不自然な間隔が開いてしまった。
そこを見逃す勇者のはずがない。
「甘いなぁ、盗賊!」
「うるせー、勇者が!」
隙を狙って勇者が剣を振るう。
だが、その攻撃もさっきまでの勢いは無い。
ダメージは確実に通っている。
「おおおおおおおおお!」
「あああああああああ!」
気が付けばお互いに武器を振り続けているような状態になった。
至近距離で刃を振り下ろし合う。間合い的には俺が有利なのだが、勇者も絶妙に間合いを取ってくる。それを潰そうと近づくと剣の柄での攻撃が待っているので、距離を縮めず、明けることなくナイフを振るった。
「はあああああ!」
「があああああ!」
呼吸をするヒマも与えてくれない攻撃に、応戦する。
だから、俺も呼吸をするヒマを与えない。
まるで殴り合うように武器を振り、避け、攻撃をし、防御し、距離を詰め、妨害し、距離を離れ、阻害し、一手先を読み、フェイクを挟み、咆哮するように――
「がっ!?」
均衡が崩れ、長剣の柄が俺の頭に当たる。
痛みと反動で体勢が崩れ、思い切り蹴られて後ろへと転がった。
「――!?」
転がりつつもようやく息が吸えたことに安堵しつつ立ち上がる。
すでに迫っていた勇者の剣。
さすがだ。
俺はもう限界だったっていうのに……勇者はまだ動けるのか。
だがなぁ。
俺もここで終わるわけにはいかないんだよ!
勇者の剣を握る手に向かって、俺は前進しつつ自分の両手を伸ばした。いつの間にかナイフを落としていたらしい。仕込んでいたナイフを取り出すヒマがなかった。
振り下ろされる前に勇者の手に掴みかかり、剣を受け止め、肘で勇者の顔を殴り飛ばした。
「ぐは!?」
倒れる勇者はすぐに距離を取るようにして後転して起き上がる。
追撃したかったが――息を吸うために身体は動かなかった。ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をしながら状態を把握する。
片手は血まみれで使い物にならない。
頭からは血が流れている。
全身はすでに疲労困憊。
今すぐにでも体力がゼロになってしまいそうだ。
いくら若返ったと言っても――やっぱり年は取りたくないもんだな。
なぁ、勇者。
おまえもそうだろ?
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
攻撃してこないところを見るに、勇者のダメージも大きい。
まったく。
どれだけ乱暴のアスオェイローとの戦闘影響を残しているのやら。以前のおまえだったら、この程度で息すら乱していなかったんじゃないのか?
そんな状態でどうやって四天王たちに勝つって言うんだよ。
ましてや、魔王なんてもっと強いぞ。
勝てるわけがない。
このままだと、おまえは確実に魔王に殺される。
いや。
魔王になんて辿り着けない。
良くて乱暴のアスオェイローに勝てたとしても。もう二度と戦うことができず、愚劣のストルティーチァか陰気のアビエクトゥスに殺されてしまうだろうよ。
……ちくしょうが。
ちくしょうが。
ちくしょうが!
どうして。
どうしてだ!
どうしてそこに、俺も混ぜてくれないんだよ。
どうして俺だけ生き残らせようとしてんだよ!
俺も!
俺もそこにいさせろよ。
俺もいっしょに、死なせてくれよ。
俺だけ生き残ったところで。
俺だけ人間領で人生をまともに過ごしたところで。
俺だけ平穏に暮らしたところで。
俺だけ。
俺だけしあわせになれると思ってんのかよ!
このクソボケがぁ!
「なぁ――」
俺は右手を握りしめて、だらりと身体の前へと突き出した。
「……」
それに対して、勇者は剣を頭の上へ掲げるようにして――大上段にかまえた。
なにより。
おまえは俺のことを知っている。
知っているからこそ、防御よりも攻撃にシフトした。
「俺の右手には――何がある?」
その言葉と共に握りしめた拳の中に亜空間を発生させた。深淵へと繋がる道。物語の外側へと続く扉。言い方や表現なんてものはどうでもいい。
神さまから与えられたギフト。
世界で唯一。
俺だけが持っている技。
それを強く握りしめるように――俺は右手をだらりと身体の前に垂れさせた。
血まみれになって役に立たない左手を右肩へと近づける。
手首に装備したマグと二の腕に装備したマグを重ねた。
「どうせ――」
勇者は汗の流れる顔で。
ニヤリと笑った。
挑発するように。
バカにするように。
笑いながら言った。
「どうせ、つまんねぇもんだろ?」
そうかもしれないな。
俺に盗めるものは、右手に持てる分しかない。
完璧に強奪できるのは、右手に収まる程度の物しか盗むことができない。
神さまからもらったギフトを。
こんな方法でしか活かせない俺は。
勇者パーティには、本気でふさわしくないんだろう。
「へへ。そうかもなぁ」
俺は笑った。
「だがよぉ、勇者さま」
俺は腰を落とし、勇者を見る。
「俺の右手にあるもんは、『勝利』かもしれないぜ?」
「ハハ。この期に及んで言葉遊びか盗賊さま?」
勇者は。
ついに、侮蔑の表情を浮かべた。
「その薄汚ぇ右腕ごと、おまえの勝利なぞ斬り落としてくれる」
ビリ、と空気が痛いほど冷えつく。
いや。
あいつの殺気が、痛いほど俺に集中した。
そうだ。
その目だ。
それくらいに俺を睨んでくれ。
じゃないと、俺の右手が止まってしまう。おまえを殺そうとする手が、自然と止まってしまうんだ。
だから、俺を本気で殺そうとしてくれ。
殺す気で斬りかかってくれ。
俺も。
おまえを殺すから。
「こいつで最後だ」
「あぁ。心臓でもなんでも、僕から盗むといいさ」
いくぜ、勇者。
これはおまえにとって、初見殺しだろ――!
「アクティヴァーテ!」
転移の魔具『トランスフェーレ・アルミーアス』。
その効果で、俺の身体は一度、『深淵』へと送られた。転移位置は勇者の真後ろ。転移する距離が近ければ近いほど深淵にいる知覚時間は長くなる。
『完璧強奪(ペルフェクトス・ラピーナム)』
その深淵時間内で、俺はギフトを起動させた。
右手の中にハッキリとした感覚を手に入れて――俺は深淵世界から現実世界へと、戻る。
その瞬間――
伸ばしていた右手に、生ぬるい感触が伝わった。
「ぐぅ……!?」
それと共に勇者のくぐもった声が聞こえ――俺の首筋に当てられた長剣の刃に気づいた。
「え?」
俺は勇者の背後に転移したはず。
だが、勇者は俺のほうを向いていた。
まさか!?
転移する場所を失敗した?
いや。
いや、違う。
周囲の景色から分かる。俺は確実に勇者の背後に転移したし、確実に転移は成功した。
なのにどうして――
いや、それ以上に――
「なんで……なんで剣を振り切らなかった……?」
勇者は。
俺の首を斬らずに。
剣の刃を肩で止めていた。
いくら俺が先にナイフを刺そうとも、振るった剣がそこで止まるわけではない。人は動き続ける。振り下ろされた剣は、途中で持ち主が死のうとも、最後まで振り下ろされてしまう。
意図的に止めない限り。
自分の意思で止めない限り。
刃は、俺の首を。
跳ね飛ばすはずだった。
「……ごふ」
血を吐き出す勇者。
よろよろとその場に座り込み、血を吐きながらも笑った。
「へ、へへ。ははは。そんなこったろうと思ったよ。おま、おまえが――エリスが消えたら、そりゃ後ろに現れるに決まってる……げほ、う、はは……おまえの行動なんて、な、ぜんぶ、お見通しなんだよ……幼馴染、なめんなよ……」
「俺は、おまえが――どうして剣を止めたのかって聞いてるんだよ、アウダ!」
勇者は。
いや。
俺の幼馴染のアウダクスは――
俺の言葉に、へへへ、と笑った。
血が混じった顔で。
嬉しそうに。
笑った。
「やっと……やっと昔みたいにアウダって呼んでくれたな」
「おい、誤魔化すな!」
「いいだろ……別に。げほ、ごぼっ……刺されると、痛いってより、苦しいなぁ……」
「なんで止めたんだよ、ちくしょう」
完璧に俺の負けだった。
この程度のナイフの傷ならば、ハイ・ポーションで治る。もちろん、このまま放置していればいずれ死ぬだろうが。
それでも、首を切断されて即死であっただろう俺と比べれば。
アウダのダメージは、遥かに少ない。
「あはは……その顔が見たかった。ごほっ……やったぜ、ざまぁみろ……世界一の盗賊を……プラクエリスを……出し抜いてやった」
「おい、アウダ!」
アウダはちょっぴり悲しそうな。
それでいて泣きそうな。
そんな笑顔を浮かべて、俺に言った。
「だって」
だって――?
「親友を殺せるわけないだろ」
そう言って。
コロン、と眠るように。
勇者アウダクスは、倒れたのだった。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
そんな勇者に対して、俺は答える。
「俺もだよ」
うつむき、右手に伝わる感触を振りほどきながら、ナイフを捨てた。
「俺も、親友なんか……刺したくなかったよ……!」
作戦は成功した。
勇者を、倒すことができた。
当初の目論見通りだ。
何も間違っていない。
だから。
だから、俺は空を見上げた。
そこにはなぜか、丸く切り取られたように雲が無くて。
無駄に青い空が見えていた。
「ちくしょう」
頬に冷たい液体が、なぞるようにこぼれた。
雨が降ってくれなかったのが。
少し残念だった。
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