~卑劣! バーサス・勇者~ 1

 パルとルビーが階段を登って行ったのを見届けた。

 ほんの少し前は――痩せていて、ガリガリで、少し触れただけで折れてしまいそうだったパルが。今では勇者パーティに挑めるほどに成長した。

 それを頼もしく思えるし、なんだか少し複雑な気持ちもあったけど。

 任せられるほどの信頼感は、パルから得ている。


「ふふ」


 ちょっぴりおっかなびっくりな背中を見送り、俺は後ろを振り返ると、そのまま城の一階を移動して外へと向かった。


「……襲わないでくれよ」

「……」


 ガーゴイルと目が合ったので一言伝えておくと、また元の彫像らしく振る舞った。眷属化していなくても許してくれるらしい。

 ありがとう、とガーゴイルに礼を伝えてから、お城の周囲を壁に沿って移動する。突き出したかのような崖の上に立つルビーの城。足元は全て石であり、雑草の一本も生えていない地面だった。

 城から少し離れれば、すぐに奈落の底につながるような崖……

 あそこから落ちそうになったと思ったら、思わず身震いをしてしまう。

 我ながら良く落ちなかったものだ。


「まぁ、記憶は無いんだが」


 無意識の内に割れた窓枠に魔力糸を引っかけていたらしい。

 しかもパルを助けながら、だ。

 あの一瞬でそこまでのことが出来たんだから、一応は『一流』の盗賊だと自負できるのだが……いかんせん、マジで記憶にないので胸を張ることはできそうにない。

 もっとも。

 今は少しばかり肉体が若返っているので、前回よりも容易にできるとは思うが。だがまぁ、二度とあんな目にはあいたくない。


「――ふぅ……」


 大きく息を吐く。

 盗賊スキル『隠者』。

 気配を完全に消しつつ、そのまま城の壁に沿って歩いて行き……目途をつけて立ち止まった。

 城の二階を見つめる。

 少しばかり懐かしい気配とでもいうのだろうか。以前はずっと見失わないように注意していた勇者と、そのパーティの気配をすぐそばに感じた。

 五人パーティとなってからは、俺はほとんど別行動を取っていた。食事も寝る時も別。いつだって周囲を警戒しながら、俺はパーティのみんなを守っていた。

 コミュニケーションは、ほぼ取らなかった。

 だから、賢者のことはほとんど知らない。神官のことさえも、あんまり知らなかった。

 その報いのようなものを受けたというべきか。

 それとも、報復に来た、というべきか。

 答えは分からないが。

 やるべきことはひとつだけ。


「……!」


 ガシャン、と大げさなほどの音をあげ、上空で窓ガラスが割れた。もちろん天が割れたわけではなく、お城の窓が割れただけ。

 窓から吹っ飛ばされて、地上に落ちたのは戦士ヴェラトル。

 俺と勇者はヴェラと呼んでいた。

 ヴェラと同時に飛び出してきたのはルビー。空中で目が合うと同時に、俺はお城の二階へと飛び上がった。

 盗賊スキル『蜘蛛足』。

 わずかな突起に手足をかけて、ふたりと入れ替わるようにお城の二階へ潜入した。ちらりと覗けば賢者と神官もいない。

 賢者シャシール・アロガンティア。

 勇者は確か……シャシーと呼んでいたっけ。名前を呼ばれると高貴な猫のように澄ました顔で答えていたが、犬のようにしっぽを振っていたのが丸わかりだったな。

 神官ウィンレィ・インシディオシス。

 勇者からはウィンレーと呼ばれていたっけか。愛称が自分だけほぼ変わらなかったのを気にしていたようでもある。大人しく見えて、割と強引にアプローチをしていた気もしないでもない。

 そんな女性陣の姿は、どこにも無かった。

 上手く勇者パーティを分断できたようだ。

 願わくば、もうひとり助っ人が欲しかったのだが……今のところ、信頼できる仲間がパルとルビーしかいないので、パルにふたりを相手取ってもらうしかない。

 二階の廊下に残った気配はひとつだけ。

 残された者は――勇者ひとり。

 左右に分断されたパーティメンバーでどちらに助けに入るべきか、あいつは逡巡しているはず。

 本来なら神官から助けるのがセオリーだろう。パーティの回復を担う者であるし、補助魔法は戦闘における必要不可欠な要素だ。

 加えて、同じ側に賢者もいるのなら尚更だ。

 パーティの後衛だけの状態で敵に襲われたとなれば、それは即刻の死を意味する。

 前衛、中衛、後衛――と並んだ状態でバックアタックを受けるだけで、パーティが全滅してしまった例など数えきれないほど存在する。

 それほどまでに重要なのが後衛であり、パーティの要でもある。

 だが――

 この状況で、セオリー通り後衛を助けに行く、という選択を躊躇させるのがルビーの存在だ。

 言ってしまえば、ルビーは魔王領で五本の指に入る強さを持つ存在。なにせ魔王直属の四天王なわけで。

 ルビーの実力を低く見積もっても、魔王領で五番目に強いと言える。

 しかも吸血鬼という種族であり、『影』という見たこともない攻撃方法を使う。

 そんなものを戦士ひとりに任せておいて大丈夫か?

 勇者の中で、そんな考えが浮かんだはずだ。

 なまじ乱暴のアスオエィローと一騎打ちを経験しているのだから尚更だ。

 戦士ヴェラトルは確かに強い。だが、四天王をヴェラひとりに任せて無事に済むわけがない。

 仲間を思うがゆえに。

 勇者の一歩目は遅れる――

 だからこそ。

 俺は。

 卑劣にも、その隙を突く――!

 廊下を音も無く走る。スキル『忍び足』と『隠者』を使い、戦士ではなく賢者と神官へと向かう男の背後へ迫った。

 盗賊スキル『影走り』。

 対象の死角へと入り込み、俺はナイフを突き出す!

 盗賊の代名詞でもあるバックスタブ。

 その一撃で。

 決めるつもりだった。

 が――


「くっ!」


 素早く反転した目の前の男は、俺のナイフを弾くように剣を振るった。単なる投げナイフと長剣では、どれだけ強く握りしめていても投げナイフの分が悪い。

 下から斬り上げられたナイフは放物線を描くように後方へ飛ばされる。俺は素早くバックステップを踏み、後方へと下がった。

 弾かれて落ちてきた投げナイフを掴み、身を低く低く、かまえる。

 そして、対峙した。

 久しぶりに会ったそいつは……なんにも変わっちゃいない。

 別れた時のままの姿で。

 俺に長剣を向けて――かまえていた。

 黒く短い髪に快活そうな顔立ち。幼さも見えるが、年齢の割りには酷く若く見える。細身でありながら、俺とそう変わらない身長。白い外套の内側には青を基調とした鎧を装備している。

 甲冑にも思われる鎧を装備していて、それでいて重そうではなく自由に動けるのは特別品だからだ。

 アーティファクトには届かないが、マジックアイテムではある。

 能力向上の効果に加えて神さまの加護を受けた鎧。本来なら兜も存在したらしいのだが、残念ながら遺失しており、鎧だけになっている。

 英雄の鎧、とも呼ばれた防具に身を包んだその姿は。

 まさに『勇者』と呼ばれるにふさわしい。


「おまえ……!?」


 長剣の切っ先が、俺を見て揺れた。

 最高の技術を持ったドワーフたちが、最高の材料を用いて鍛えた剣――

 その銘を『グラディオス・ノヴァ』。

 勇者自身が名付けたせいで、仰々しい銘をしているが……その意味は旧き言葉で『新しい剣』だったりする。

 歴戦の影響でくたびれた印象は拭えないが……それでいて風格が増しているのは『成長する武器』だからこそ、か。

 そんな長剣の切っ先が、俺に定まらず揺れていた。


「な、んで……」


 答える義理はない。

 いや、答えてしまうと――俺の手が止まってしまう。震えてしまう。ためらってしまう。

 だから。

 勇者が。

 あいつが。

 俺を見て、動揺している今がチャンスだ。


「フッ」


 短い呼気を吐き、床を這うようにして勇者へ向かった。まるで地面から天井へ向かうようにナイフを振り上げる。


「くっ、ま、待ってくれ!」


 待たない!

 返事をすることなく連撃を加える。右手のナイフを振りつつ、左手に針を仕込み魔力糸を通した。

 盗賊スキル『影縫い』。

 あいつの外套に針を通した。牽制するかのように勇者が剣を振るうのと同時に俺は後ろへ下がり、グイっと魔力糸を引っ張る。


「うっ!?」


 前へ引かれてバランスを崩す勇者。

 俺はそのままナイフで斬りかかるが――


「待てと言っている!」


 勇者の野郎、そのまま倒れ込むように身体を投げ出すように前転し――延髄蹴りをしかけてきやがった。


「なっ!?」


 俺は慌てて床に滑り込むように身を屈め、一回転する勇者の下を潜り抜ける。

 バタン! と城の廊下を跳ねるように勇者はバウンドして起き、俺は転がるように廊下を進んで距離を取った。

 起き上がり、対峙する。

 視線があった。

 あいつは、まっすぐに俺を見た。


「……復讐か?」

「……」

「答えろ。これは復讐かと聞いている」

「……」


 俺は答えることなくナイフをかまえた。


「……バーカ」

「あ?」


 おい。

 おい、なんだ。

 いま、なんと言ったこの勇者? なんか言ったよな? ちょっと突拍子もなさすぎて意味が理解できなかったんだが?


「おい、バカ。もしくはアホ。なんだったらクソボケと言おうか? 人に質問されたら答えましょうって先生に教えてもらえなかったのか、このマヌケ」

「なんだとアホ勇者め」

「はっはっは! なんだちゃんと言葉が理解できのか。僕はてっきり猿以下になってしまったのかと心配したんだけどな」

「そっちこそ、随分と品格が下がったなぁ、おい。俺がいなくなったのをいいことにババァとパコパコ楽しんで頭じゃなくて下半身で物を考えるようになったんじゃねーの?」

「んだと、このロリコンがぁ!」

「うるせええええええ!」


 ロリコンは関係ないだろ、ロリコンはよおおおおお!

 俺はナイフを逆手に持ち替えて、拳で殴りかかるように斬りつけた。勇者はそれを長剣で防御して蹴ってくるが――そんなものは予想済み。何度おまえの蹴りを喰らったと思ってんだ、今さら当たるわけないだろ、と避けつつ地面にしゃがみ込むように足払いをする。


「ボケが!」


 しかし、それは予想されていた。大きくジャンプした勇者はそのまま剣を振り下ろしてくる。

 強打の一撃はナイフでは受け止めきれない。

 後転して避け、続く横払いの一撃を間合いを見極めて避けると、そのまま体当たりを喰らわせた。


「ぐは!」


 床に叩きつけられ空気を吐き出す勇者。そのまま倒れた勇者にナイフを突き立てようとしたが、両足で腹を蹴られ、俺は後ろへと吹っ飛ばされた。


「ぐぅ!?」


 このバカ力が!

 だがルビーの一撃よりよっぽど弱い!

 吹っ飛ばされた勢いを利用して、床を押すようにして身体を浮かびあがらせ立ち上がる。

 素早く勇者を視認すると――


「走斬(クーレ・スラッシュ)!」


 勇者の追撃。

 クーレ・スラッシュ。

 全力ダッシュから剣を振り下ろすだけに、そんな御大層な名前を付けたアホみたいな技。

 だが、今となってはそれは改良されている。

 床を踏み抜かんばかりの一歩目で、勇者は突撃してくる。まるで空中を滑るような一撃は、一呼吸の隙すらも与えてくれない。

 まばたきひとつも許されない速度で肉薄し、横薙ぎで剣を振るう勇者。


「おおおおお!」


 俺はその一撃を、ナイフの腹とその後ろに左腕をクロスさせるように添えて受けて防御する。もちろん、盗賊の俺にとっては重すぎる攻撃だし、受け止めて威力は殺せるわけもなく、パリィもできない超速度。

 なので後方へ飛びつつ、全ての力を受け入れて廊下を真っ直ぐに吹っ飛ばされ――


「ぐあ!?」


 窓ガラスを突き破って、外へと落ちた。

 だが、問題ない。

 俺を追うようにして勇者も遅れて落ちてくる。吹っ飛ばされる一瞬の間に魔力糸を勇者の腕に巻いた。

 ルビーに蹴られた時に窓枠に魔力糸をかけられるんだ。

 これくらい出来るに決まってるだろ、バーカ!


「くそが!」

「はっはっは、おまえも道連れだ!」


 まぁ、落ちた先は奈落の底じゃなくて、ガーゴイルがいるお城の入口だけど。痺れる両手をごまかしつつ、地面へ着地。降り注ぐガラスから逃げるように素早く後方へと下がった。

 勇者も無事に着地する。

 この程度でバランスを崩すようなヤツじゃないよな。

 立ち上がり、長剣をかまえる。

 俺もナイフをかまえて、身を低くした。


「おい、盗賊」

「あ? なんだ勇者。命乞いなら聞いてやるぞ」

「こっちのセリフだ。先におまえがラビアンさまの元へ行くんだから、よろしく伝えておいてくれ。あと五十年はそっちに行かないってな」

「ヤなこった。誰がおまえなんか待つかよ」

「あぁ、そうだったそうだった。おまえが天界になんか行けるわけないよなぁ。ロリコンだから女風呂の幽霊にでもなっとけ」

「そいつはおまえだろうが。俺はババァばかりだからやめとけって言ってるのにしつこく誘いやがって。エロ猿が」

「おまえみたいに女性を年齢で差別しないぞ、僕は。全ての女性は美しい」

「うるせー、バァ~カ。そんなんだから賢者と神官と揉めるんだよ」

「揉んでねぇよ!」

「そういう意味じゃねー! エロ坊主が!」

「誰がハゲだって!?」

「てめぇだよ、てめぇ!」

「上等だよ! ぶっ殺しておまえの髪の毛、全部剃ってやるからな!」

「あぁ? やってみろやコラ!」

「ハゲの全裸で吊るしてやんよ!」


 殺す。

 この勇者、ぶっ殺す!

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