~可憐! バーサス・勇者パーティ×神官&賢者~ 3
頭がライオン、しっぽが蛇。背中には大きな翼が生えていて、身体は象みたいな硬そうな皮膚をしている動物ってなーんだ?
「あれなに?」
「知りませんわ、あんなの」
正解は、ルビーも知らない動物でーした。
ってくらいに、意味不明な生物と賢者さんと神官さんとあたし達は対峙した。
「キメラって賢者さんが呼んでた」
「聞いたことありませんわね。召喚魔法で呼び出されたと考えるのが妥当でしょうけど……異世界の生物かしらね。なんにしても可愛らしくはありません。どうせなら猫にウサギの耳をつけて、身体はリスでしっぽはキツネとかがいいんじゃないでしょうか?」
想像してみようと思ったけど、上手く想像できなかった。
なんかこう、色が合わない。
チグハグな感じで可愛い生物になるような気がしなかった。
「くっ……吸血鬼」
さっきまで自信満々だった賢者さんが距離を取るように後ろへと下がった。
キメラが前衛をやる感じで、ぐるるるるる、と前へ出る。
同時に神官さんも後ろへ下がって、なにか魔法を行使し始めた。
「パルは神官を相手してください。わたしは賢者とキメラを担当します。サポートは必要ですか?」
「一対一だったら問題ないよ」
「よろしい。では、参りましょう」
作戦会議は短く終了。
まるでお散歩するみたいにルビーはキメラに向かって歩き出した。えぇ~、と驚いているとキメラが牙を剥き出しにしてルビーに噛みつく。
そりゃそうなるよ、と思ったら――ルビーはキメラの牙を手で掴んで、地面に叩きつけた。
……えぇ~。そんな無茶苦茶なぁ。
体重差とか普通にあるから、ルビーが投げるには無理なはず。そもそも噛みつかれた時点で口の中の牙を掴むとかありえなくない?
って思いつつルビーを見ると――足が地面の中に沈んでいた。
影に足を入れて固定した感じ?
こうなってくると、もうなんでもありだよね、吸血鬼って。
「他人の力を借りて勝負するなんて、情けない。乙女だったら己の拳ひとつで勝負なさい」
なんか男らしいことを賢者さんに向かって言ってる。
「黙りなさい、吸血鬼が!」
ルビーの言ってることは全部冗談なんだろうけど。賢者さんは間に受けてるっぽい。
賢者さんがルビーに向かって魔法を起動させる。なんか空中から光の光線みたいなのが降り注いでルビーに襲い掛かった。
その間に、あたしはこっそり移動を開始する。
盗賊スキル『隠者』と『忍び足』。
気配を薄めて、足音を消す。
神官さんがルビーに気を取られている間に、大きく迂回するようにして神官さんの死角へと入った。
よし、神官さんはルビーの動きに注視してて、賢者さんのサポートに徹してるような感じ。何か魔法の起動を準備している最中だ。
今なら不意打ち――バックスタブが可能!
「……」
息を殺し、死角に入り続ける。
目の前では怪獣大決戦みたいに、キメラと賢者さんの魔法が飛びまわり、ルビーがそれを避けたり当たったりしながらキメラを相手取ってどったんばったん暴れていた。
「ぐるるる、がおー!」
キメラの鳴き真似をしてるぐらいなので、余裕たっぷり。むしろ、そうやってふざけた態度を取ることで賢者さんと神官さんを挑発してる。
ありがとうルビー。あたしのために隙を作ってくれるなんて。
大丈夫、イケるイケる。
って思いつつ、神官さんの間合いに入る少し前――
「あっ」
そこへ足を踏み入れた瞬間、魔法が発動した。
なんか罠みたいなのが仕掛けられてた!?
「うわっとっと」
慌てて距離を取ると、足元から発せられた魔力の光は消える。あまり攻撃力はなかったっぽい。光っただけの魔法って感じ。
ダメージはなく、単純に押し戻されただけ――
「うわぁ!?」
気が付けば目の前に神官さんがいて、いきなり杖を振り下ろしてきた。
おかしいおかしい!
さっきまで賢者さんといっしょにルビーの方を向いていたはずなのに、いきなり動作も無く反転して、しかも目の前に現れた。
どうなってんの、とびっくりしつつ振り下ろされる杖を避ける。
カツン、と地面を叩く杖。そこに魔力が溢れるように光が灯り、地面を伝ってあたしに向かってきた。
「わわわ!?」
後ろへジャンプして避けるが、追従してくる光。
びしっ、と身体に痛みが走る。
でも激痛じゃなくて、ちょっと強めに叩かれた感じ。痛いものは痛いけど、動けなくなっちゃうレベルじゃない。
「……人間種には効果が薄いのね」
神官さんがそうつぶやく。
「安心して。すぐに解放してあげる。完成したわ」
「へ?」
なにが?
と質問するより早く、神官さんは杖をカツンと地面に当てた。
キラキラと輝く魔力が足元から吹き上がり、神官さんの服をはためかせる。
「さ、させるもんか!」
投げナイフを投擲したけど――それは賢者さんの防御魔法に阻まれた。たぶん儀式剣で起動させた分だと思う。
神官さんの足元に大きく魔力が溢れ、聖印が展開される。光の精霊女王ラビアンさまの聖印であり、光り輝く魔力のラインが力の強さを多いに示していた。
今まで見てきた神官魔法の誰よりも大きく強い。
その範囲はめちゃくちゃ広くて、あたしだけでなくルビーまでも含まれていた。
大規模神官魔法。
「な、ななな」
聖印の中は魔力が吹き上がり、バタバタと服と髪が揺れる。あまりにも濃い魔力に息苦しいほどだった。
「いきます!」
神官さんの言葉。
その『圧』みたいなものに、あたしは妨害することも忘れて……思わず神官魔法の発動を見守ってしまった。
「エクペンション・フィルド――ミィノース!」
展開された聖印が上空へと昇る。まるで光の柱みたいになって、空へ空へと光が溢れていった。
ミィノース。
確か、浄化の魔法。
サチがお風呂場で、石鹸の泡を全て消滅するのに使った魔法。
それが、いま――
「う、わぁ!?」
足元から天に向かって登る光が一層と濃く真っ白になった。それは空を覆う分厚い雲を突き破って、何もかもを光に染め上げていく。
浄化?
そんなレベルじゃない。
綺麗にするんじゃなくて、真っ白に塗りつぶす勢い。
強制的にラビアンさまの光を押し付けられた感じ。なんていうの? 光を全身に塗りたくられた感じで、身体中がビカビカする。熱いお湯のお風呂に入った時みたいに、身体の表面がピリピリした。
肌に付いていた砂とか埃が全て消滅し、汚れが付いていた服までもが綺麗になっていく。それだけじゃなく、なんだか冷たかった周囲の空気までもが温かくなって、なにかもが洗われるみたいに綺麗になっていった。
もちろん、ぜんぜん痛くない。
「あ、でもこれじゃぁ――」
光に弱い吸血鬼にとっては……
「ふぎゃあああああああああ!?」
予想通りルビーの悲鳴が聞こえてきた。
真っ白な光の中で目をこらすと、ルビーが燃えながらゴロゴロと転がっている。聖骸布を装備したのと同じ状態だった。
あぁ、なるほど~。
これが狙いだったのかもしれない。
浄化っていうより、むしろレベルが高すぎて光の押し売りみたいな魔法だ。吸血鬼にとっては攻撃魔法みたいになっちゃってる。
しかも、魔王領の空にぽっかりと穴が明いてた。あ、違う違う。空に穴が明いてるんじゃなくて、雲に穴が明いてる。
なので青空が見えていた。
疑似的だけど、太陽の光もそこから降り注いでいるのかもしれない。
「ひぎゃあああああ!」
紅い炎に包まれながらゴロゴロと転がるルビー。空から日差しがさして、余計に燃え上がってそう。
「……あ」
いつの間にかキメラの姿が消えている。もしかしたら浄化のせいで召喚魔法の効果も消えちゃったのかもしれない。
「これでもう大丈夫ですよ、お嬢さん。もう吸血鬼に操られなくて済みます」
ふふふ、と穏やかにほほ笑む神官さん。
あれ?
めっちゃ優しそうに笑ってる。
操られずに済むって、どういうこと?
「へ? え?」
神官さんが無警戒に近づいてくるのであたしは思わず逃げてしまった。
なになになに? 怖いんですけど?
「安心してください。もう吸血鬼からの束縛はありません。自由にしていいんですよ?」
「え、そうなの?」
あたしは覗き込むようにルビーを見た。まだ燃えてる。ジタバタしてるので余裕っぽい。あれ、どう見ても演技だし。
「もしかして眷属化が無くなった?」
浄化された、というのがホントなら。
もしかしたら眷属化の効果が失われてるのかもしれない。
でも、確かめてみようにもルビーはゴロゴロと転がってるし……
う~ん。
でもまぁ、いいや。
この状況を利用しよう。
「あ、ありがとうございます。良かった、怖かった~」
はぁ~、と胸を撫でおろして息を吐いた。ちょっぴりオドオドする感じで、神官さんの影に隠れるようにしてルビーを見る。
上空はまだ切り取られたようにぽっかりと雲に穴が開いていて、太陽の光が降り注いでいる。聖印は消えているけど、浄化魔法の効果は残り続けてるみたい。
その下でメラメラとルビーは燃え続けていて、すっかりとドレスが燃え尽きて裸になっちゃってる。
肌も黒く焦げていて、真っ黒になっていた。
「お、お、あ、あぁ……!」
ルビーは苦しそうに手を伸ばすけど、その先にいるのは賢者さん。
「フン。ざまぁないわね、吸血鬼」
そう声をかけると、光属性の魔法発動させる神官さん。丸い光の弾のような物がいくつか現れると、倒れてるルビーの背中に全部叩き込んだ。どどどどど、という感じでルビーはエビ反りになっている。
わぁ、容赦なーい。
性格わるーい。
って思ったけど、これが正しい方法なので仕方がない。なにせ、燃えるばっかりでいつまでたっても死なないルビーが悪い。
ほらほら、消滅する演技をしてよ~。塵になって消えてこそやられた演技でしょ~。
下手くそ~。
「しぶといわね。ウィンレイ。もう一度浄化を」
「はい」
神官さんの浄化魔法。
今度はそんな大規模じゃなくて、ピンポイントでルビーが浄化された。
ぴかー、って光ったかと思うとシュワーって何かが収束するような感じがして、ボゥ、と紅い炎が強まる。
「お、おおお、おおぉぉぉおおおおお……」
再び紅い炎に包まれたまま、ズリズリと這いずるようにこっちに向かってくるルビー。
怖い怖い。
「は、早くトドメを刺して!」
あたしは怖がる演技をしながら神官さんの背中に抱き付く。背中からチラリと覗くと、ルビーはあたしを見てた。
「た、たす、け、て……あ、あああ……あああああああ……」
「人間に助けを求めるなんて。四天王のプライドとかないのかしらね」
神官さんはフンと鼻で笑うと、ルビーの背中に容赦なく儀礼剣を刺した。鞘から引き抜かれた刀身は細く、まるでレイピアみたいな剣だ。
トスン、と難なく剣はルビーの身体を貫き、ルビーを包んでいた炎が消え去った。
「あ……あ……あ……」
腕を伸ばしてたルビーはそれでぱったりと地面に手を落とし、息も絶え絶え、みたいな声をあげ続ける。
凄い。
ぜんぜん死なない、吸血鬼。
ちょっとしつこ過ぎるので、そろそろバレそう。
なので――
「いたっ……え?」
あたしは神官さんの背中を毒針で刺した。
本日二回目の麻痺毒に、神官さんは倒れる。
「シャ、シー……くっ……」
倒れつつ賢者さんを呼ぶ神官さん。
でも――
「な!? どうなっ、クソガキが!」
――もう遅い。
「動くな」
あたしは崩れ落ちる神官さんを盾にするようにして首筋にナイフを当てた。
「どういうつもり、クソガキ」
「あたしはサティス。クソガキじゃないよ」
「名前なんてどうでもいいのよ。クソみたいなガキだからクソガキっつってんの。ウィンレイを離しなさい。じゃないと、ウィンレイごと魔法で吹き飛ばすわよ」
「いいよ。でもその時には――」
「あなたは二度と殿方の前に立てないほど、酷い顔になってしまいますが」
「なっ!?」
一瞬で復活したルビーが賢者さんの頭を掴むと、そのまま地面へと叩きつけた。ガツ、という嫌な音がして、跳ねるようにルビーが引きずり起こした。
そのまま一瞬にして影を伸ばすと手足に巻きつくように拘束する。儀式剣すら影の中の包み込み、ズルズルと這うようにして伸びた影が一瞬にして賢者さんの口に入り込み、喋るのを封じてしまった。
「はい、おしまい」
パンパン、と手のほこりを払うようにルビーは手を叩くと、パチンと指を鳴らした。そのまま影が盛り上がるようにルビーを飲み込むと、すぐにドレスを着た状態で出てくる。
「まったく。サティスがさっさと神官を無力化しないから演技を続けるハメになったじゃないですか。しかも全裸で。恥ずかしかったんですからね、もう」
「え、あたしのせい!?」
「当然です。もうちょっとで笑っちゃうところでした」
まぁ、笑ったら笑ったで『不気味な最後』みたいな演出で良かったのかもしれないけど。
「先にルビーが賢者さんを倒すと思ったから。で、その隙を突こうかなって思ってた」
「あぁ~、なるほど。お互いに『待ち』でしたのね。でも、どちからというとサティスが隙を突いて神官を無力化。それに驚いた賢者の隙をわたしが突く、というのが綺麗に収まりません?」
「ル、じゃなくて、プル、でもないや。サピエンチェ? さまのほうが強いんだから、賢者さんをさっさと無力化して、その驚いてる間にあたしが神官さんを無力化するのが安全だと思う」
「……結論としましては、どっちでも良かった、ということでしょうか」
「そうかも?」
あたしとルビーは、あはは、と笑う。
「ところでめっちゃ燃えてたけど、大丈夫だったの?」
「燃えてたのは眷属ですわ。わたしも多少は燃えましたし、ダメージは受けていましたが。こんな風に影を自分にまとわせて――」
影に飲み込まれて真っ黒になるルビー。むしろ影が地上に出てきた感じの姿になった。
「この状態で影を眷属化。スライムをイメージした感じでしょうか。できるものですね。身体が真っ黒でも、燃え尽きた風でもあり、それが正体みたいな感じでごまかせたと思いますし。で、眷属スライムが燃え上がって消滅したところを再び生成。それを永遠と繰り返していました。どうです? わたしも成長しているんですよ?」
「長生きのくせに今さら?」
「今さらです」
えっへん、とルビーは胸を張った。なんかムカついたので、おもいっきりおっぱいを殴ってやろうと思ったら避けられた。ちくしょう。
「むぅ……ま、いいや。眷属化が消えたって神官さんが言ってたけどホント?」
「ホントみたいですよ? ほら、仮面も消えてますし」
「あ、そういえば」
一瞬にして無くなったから、気づいてなかった。燃えなくて良かったぁ。
「じゃ、また吸って吸って」
「はいはい」
あたしが首筋を出すと、ルビーが牙を立てて血を吸ってくれた。そんな様子を、物凄い形相で賢者さんが見てた。
驚愕と怒り。
そんな表情かな。
「ぷはぁ。少し美味しくなってますね、サティス。このままいけば一級品に認定してさしあげますわ」
「師匠は?」
「特級です。いえ、唯一無二です。それに並ぼうだなんておこがましいですわよ、サティス」
「はーい」
では、そろそろ参りましょうか。
と、ルビーは眷属召喚で二匹のオオカミを顕現させた。その背中に痺れて動けなくなっている神官さんと影で拘束されて動けない賢者さんを無造作に乗せた。
「そろそろ決着が付いている頃でしょう」
「うん」
あたしとパルはお城の二階を見上げる。
その動作に、賢者さんが抗議のうめき声をあげた。きっと神官さんも痺れながらも同じような感想を持っていると思う。
あの男の人のことかな?
大切に思っているのかもしれない。
あたしとルビーが師匠を好きなように。神官さんと賢者さんは、あの男の人が好きなのかも?
そう思うと、なんだか変な気分。
師匠は、あの男の人に用事があったんだよね?
神官さんと賢者さんに『勇者』と呼ばれた人。
「ねぇ、ルビー」
「なんでしょう?」
「あの男の人って……勇者なの?」
あたしの言葉に。
ルビーは、ふふ、と笑った。
「さぁ、どうでしょう?」
そう言って、あたしに神官さんと賢者さんを任せて、屋根を飛び越えるようにして跳んでいってしまったのでした。
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