~可憐! バーサス・勇者パーティ×神官&賢者~ 2
神官さんをやっつけて。
あとは賢者さんを無力化すればあたしの勝ちっ!
「あ……くっ……うぐ……」
あたしの足元で毒によって痺れている神官さん。
そんな神官さんを踏んじゃわないように、あたしは少しだけ場所を移動した。
「やっぱり盗賊って卑劣だわ」
ぼそり、とつぶやく賢者さん。
あらら。
できるだけ隠したつもりだったけど盗賊ってバレちゃったみたい。さすが賢者さん。学園長にちょっと似てるだけはある。
でも学園長と違ってお話はそんなに長くない。
どっちかっていうと、話を聞くほう……っぽい?
「ひあ、あわ、わわ」
神官さんが何かを伝えようと言葉を発してる。でも、マニューサピスの毒が効いてるのは確かで、びくびくと口も痺れていて、内容は明確じゃない。
「……」
本当なら――ここで神官さんの喉を切り裂いたり、踏み折ったりしてトドメを刺すんだろうけど。
でも、やらない。
師匠に命令されたのは『時間稼ぎ』と『無力化』だ。
殺して来い、なんて一言も言われなかった。
だから殺さない。
――っていうのは、タテマエかな。
モンスターなら殺せるかもしれない。
でも。
人間だから。
神官さんは人間だから。
あたしには、殺せそうにない。
もちろん、神官さんが悪い人で、何人も殺している極悪非道な人間だっていうのならできるかもしれないけど。
そんな風に見えないのは、サチのせいかな。
神官って、基本的にはイイ人だから。変わり者のサチでさえも、基本的には善人だし。みんなを助けるからこそ、神さまが声をかけてくれた人だから。
この神官さんも優しそうな顔をしてるし。
う~ん……
賢者さんを警戒しつつ、あたしは神官さんに顔を近づけてこっそり耳打ちした。
「大人しくしてたら殺さないからね」
「……」
まぁ、何も答えられないと思うけど。
返事を聞かずに立ち上がると、投げナイフを取り出し魔力糸を通した。盗賊ってバレてるのなら、もう盗賊らしい戦い方をしてもいいよね。
「やっぱり盗賊でしたか。フン」
あ!
うわぁ、失敗したぁ!
ブラフだったぁ~!
「卑怯なおばさんだなぁ、もう!」
神官さんは優しそうだけど、賢者さんは嫌い!
意地悪っ!
「黙りなさいクソガキ」
「だまりませーん! 卑怯、卑劣! うそつき! あんぽんたん!」
あたしはごちゃごちゃと文句を言いながら投げナイフを投擲する。顔を狙ったので賢者さんはしゃがんで避けようとした。
さすがにこの程度は避けられるみたいだけど――
あたしは魔力糸を賢者さんの真上でナイフが止まるようにクンッと引っ張った。ピタ、と空中で止まるようにして、投げナイフはそのまま真下に落ちる。
コツン、としゃがんで避けた賢者さんの頭に当たって、投げナイフは地面に落ちた。
「あはははは! 引っかかった引っかかったぁ!」
投げナイフをずるずると引きずりながら回収しつつ、あたしはワザとらしく挑発するように賢者さんをあざけった。
投擲スキル『空中停止』!
投げナイフを投擲して、空中でピタリと止めるワザ。投げナイフは落下し、相手の意識していない頭上から襲い掛かる不意打ちワザだ。
なんと、これ!
あたしが考えたオリジナル技!
投げナイフをスリングのように投擲する最中に思いついたオリジナルスキルだ。しかも、ちょっとだけ練習しただけで習得できた素晴らしいスキル。
さっそく師匠に披露すると――
「いや、刺さるわけないじゃん……」
うまい具合にナイフの先端が下を向いたなら、多少は傷を付けられるかもしれないけど。帽子程度で防がれてしまうので無意味。
というわけでボツ!
使えないスキルとして封印されていたんだけど、復活しました。おめでとう。相手を挑発するにはもってこいのスキルかもしれない。
なんて思って使ってみたけど――
「……フン」
さすが賢者さん。
効いてない。
師匠にはあまり会話をするな、と言われたけど。でも、今のあたしじゃぁ戦闘時間を伸ばせる方法はこれしかない。
師匠みたいに、相手の行動を誘導するような実力があたしにもあれば……
ん?
賢者さんの視線がチラリとお城へ向いた。少し上を向いた感じだったので、二階を確認したんだと思う。気にしているのは、落とされた場所というよりも残された人かな?
今、師匠が戦ってる男の人を気にしてるんだと思う。
戦士さんと賢者さんと神官さんと……あとひとりのパーティだった。師匠は盗賊だから、パーティのバランスを考えて……残りの人は前衛で、剣士かな?
賢者さんはたぶんだけど、さっさとあたしを倒してパーティと合流したいはず。なにより後衛だけの状態なので、前衛がひとりでもいたらそれだけで賢者さんの本来の戦い方ができる。
つまり、賢者さんはあまり現状を良く思っていなくて。
できれば逃げたいって思ってるってことだ。
だったら、そんな攻めないでじっくりじっくり戦うだけで充分に時間は稼げるかも……?
「ふひひ」
とりあえず、笑っておく。
なにかしているぞ、というのをアピールしておいて投げナイフを再びかまえた。
対して賢者さんは儀式剣の柄側をあたしに向ける。鞘を持つようにして、派手な装飾の付いた柄と鍔をこちらへと向けた。
剣というより、絵本とかで見る魔法使いの杖っぽい。
魔女のおばあさんが魔法を使う時に木の杖を掲げたりするんだけど、それとは違って。お城に使える騎士みたいな魔法使いが使う杖っていう感じ。
学園長の弟子。
魔法使いの専門家。
師匠も良く知らない、普通じゃない魔法を使う人。
もしかしたら、あの儀式剣から放たれるのかもしれない。
それを警戒しつつナイフを投擲した。今度はしっかり賢者さんの胸のあたりを狙ってナイフを投げる。
「サジッタ・デビータ」
展開される魔力の盾が投げナイフを弾く。魔法の防御魔法だ。まるで分厚い騎士さまの盾みたいな魔力の塊が、ナイフを弾く。
物凄い厚みで、そう簡単に貫けそうにない。
「むぅ」
魔力糸を引っ張ってナイフを回収。
その間に賢者さんが何事か小さな声でつぶやいてる。
呪文?
なにをしているのか分からないけど、とにかく邪魔しないと。
「フッ!」
ナイフを回収しつつ別の投げナイフを投擲した。今度は威力を強めに速く。賢者さんの魔法行使を邪魔するつもりだったけど――
「え!?」
賢者さんは儀式剣を前に出す。するとさっきと同じように魔力の盾が剣の前に現れてナイフを弾いた。
呪文はブラフ!?
明らかに儀式剣を使って魔法が発動した気がする。
いったいどういう事だろう?
「スピリトス・ヴェントス、ルーデレ!」
賢者さんの言葉に魔力が込められたのが分かった。魔法だ。盾の魔法が消えない内から魔法を使ってる!
魔法の二重起動!?
そんなの聞いたことない!
賢者さんの足元から、ぶわり、と風が拭くようにして緑色の光の弾が出てきた。数はふたつ。それらはまるで意思を持っているようにあたしに向かって複雑な動きをしながら近づいてくる。
「な、なななな!?」
なに!?
なんの魔法!?
これが召喚魔法ってやつ!?
とにかく逃げなきゃ、と思って後ろへ下がると緑の弾も追いかけて来る。真っ直ぐかと思ったら無駄にカーブしたりして、ちっとも動きがよめない。
魔法の起動でもなく、物理的に何かを投擲したのでもない動き。
「なにこれ!?」
むしろ遊ばれてるみたいだ。
追いかけるばっかりで攻撃してくる様子はない。
「ん? そっか」
だったら撃墜しちゃえばいいんだ。
魔力糸が付いたナイフを目の前でぶんぶんと回した。ちょっとした障壁。それを見た緑の弾は途端にこちらに近づいてくるのを止めて、空中で止まった。
あれ、襲って来ない……まるで魔法そのものに意思があるみたいな感じ。やっぱり召喚魔法ってやつ? それとも精霊魔法?
「スピリトス・ヴェントス、デミタス!」
えぇ!?
追加呪文!?
やっぱり魔法が二重起動してる?
賢者さんの声が聞こえた瞬間、緑の弾が一直線にあたしに向かってきた。魔力糸にぶつかって糸が切れると同時に二発目が飛んでくる。
それをなんとか避けると、賢者さんが儀式剣をかまえた。
まさか!
と、予想したとおり、緑色の弾が二発、あたしに向かって飛んできた。
「うわ、と、とっと」
緑の魔法を避けつつ、投げナイフで牽制。
当てるつもりは無かったけど、上手い具合に賢者さんを動かすことができた。賢者さんの行動を阻害しつつ、あたしはお城へ向かって移動する。
なんとなく分かったぞ!
あの儀式剣、直前に使った魔法を繰り返してくれるんだ。二重起動じゃなくて、二回行動みたいな?
え~っと、つまり、賢者さんが使った後にもう一度同じ魔法が飛んでくるってことで、魔法の数が二倍になるってことで――めっちゃ卑怯じゃん!
「ズルいぞ! 卑怯者!」
賢者さんは応えない。
でも、あたしは賢者さんが気にしていたお城側に立つことができた。これで、賢者さんが師匠の方にすぐに行くことは阻止できそうなので完璧だ。
はっはっはー。
「スピリトス・ヴェントス、デミタス」
と思ってたら新しい魔法だ。
さっきと違う力のある言葉。スピリトスから始まる呪文っぽいのだから、同じような丸い弾での攻撃か――と思ったら、あたしの背中からにょきにょきっと手が伸びてきた。
「うえ!?」
慌てて逃げようとすると足が動かない。
なんで、と思って足元を見たら地面からも手が生えていて、あたしのブーツちゃんを掴んでいた。
背中のはオトリで、足元が本命。良く見れば賢者さんはすでに儀式剣で二回目を発動しちゃってる。いつの間にか捕まっちゃってた。
「こ、この……ブーツちゃん!」
あたしの声に反応してくれるように、ブーツちゃんが一瞬だけ大きくなった。え、なにそれ凄い。そんなことできるの!? マジで!?
って思っている間に逃げ出すことに成功。
成長するブーツちゃん、凄い! 偉い! あとで綺麗に洗ってあげるね!
なんて思っている間にも次の魔法が発動していた。
「スピリトス・テラ、デトクシファイ」
あたしは警戒するように周囲に注意を払うが――
「あっ!」
その魔法はあたしじゃなくて、倒れている神官さんに使ったものだった。
地面から伸びてきた無数の手に包まれる神官さん。
気持ちわるっ、て思うと同時に自分がミスをしていることに気づいた。
賢者さんがお城の二階を気にしていたので、そっちに逃げる算段をしているのかと思ってた。
だから、あたしはお城を背にして逃がさないようにしてたんだけど……違った。
ワザとそれを見せることによって、あたしを神官さんから離れさせたんだ。
もう!
ムカつく!
「こんにゃろ」
あれ、ぜったい解毒魔法だよね。
というわけで倒れてる神官さんに向かって投げナイフを投擲した。それを防御魔法で弾かれると、いよいよ神官さんが立ち上がる。
「気を付けて。あの子、魔法を使ってくるわ」
「魔法?」
「加重の魔法。ポンデラーティ、だったかしら」
あぁ、神官さんがバラしてる!
もう! もうもうもう!
せっかく切り札にしてたのにぃ!
「魔法盗賊? 無駄の極みね」
賢者さんがバカにしたような感じであたしを見た。
なんでよぅ、魔法が使える盗賊なんて無敵じゃん! 自分に能力アップ魔法をかけながら素早く動いて相手を倒せるんだから。しかも魔力がめちゃくちゃあるんだから、魔力糸の扱いだって一流になるはずだし。
「おばさんってば、魔法使いが一番エライとか思ってるタイプでしょ!」
「そうですが?」
「そのとおりよね?」
素直にうなづく賢者さんと神官さん。
きぃ!
やっぱりムカつくぅ!
「さて、再び二対一になったけど。どうするクソガキちゃん? まだやる?」
「やるよ! やるやる! あたしの最終技、まだおばさんには見せてないもん」
「クソガキの技なんて、大したことないでしょ」
賢者さんが鼻で笑った。
「あの子、吸血鬼の手下のようですが。どうします? 殺しますか?」
「そうね。私たち、罠にハメられたみたいだし。勇者さまさえ生きていれば問題なし、とでも考えたのでしょう。あの吸血鬼」
ん……?
え? なんて?
勇者さま?
聞き間違い……?
「勇者さまは生かされますが、私たちはその限りではない。乱暴のアスオェイローとの約束は果たされる、ということでしょう。やはり魔物の言葉など信じられないわね」
フン、と鼻を鳴らす賢者さん。
やっぱり勇者って言ってる……
じゃぁ、あのお城に残されたもうひとりの男の人が――勇者?
「そうですね。では、抵抗しても良いと考えられます。観察していたところ、あまり強い盗賊というわけではなさそうです。舐められたものですよね」
うっ。
神官さんの辛辣な意見。
ど、どうせあたしは修行中ですよーだ。
「殺しても良い人間に出会えるのは僥倖と言えるでしょう。このクソガキで実験をするのが最良のチャンスとも言えます。失敗しても、遺体をいかようにも利用できるでしょうし。浄化できますか?」
「試したことはありませんが。良い機会です。それに蘇生魔法の実験も行いたいところ」
……な、なんか凄いこと言ってない?
あっ、勇者ってそういう意味? そういうこと?
神さまの加護を受けたあの『勇者』じゃなくって、勇気ある行動をする人ってことで勇者って呼んでるとか?
っていうか、蘇生魔法とか開発したんだ……
え、ホントに?
でも遺体を利用できるって言ってるし、ちょっとなんか、ヤバイ人たちなんじゃないの?
いや、ぜったいヤバイ人だ。
危ない人だ。
師匠が倒そうとしてる意味が分かった気がする。
たぶん、これ、神さまも許してないよね……
師匠がこの人たちのパーティにいたのは、もしかして監視してたとか? なんかこう、危ない人たちがいたので潜り込んで阻止しようとしたけど、逆にバレて、追放されたとか……?
う~ん、なんかちょっと違うっぽい。
分かんないけど、う、う~ん……?
ま、まぁ、とにかく。
とにかく――
「ハジメマシテ、サティスです。イザ。ジンジョーにショーブ」
「……殺します?」
「舐められてますよね、私たち」
時間を。
時間を稼がないと!
「うりゃああああああああああ!」
というわけで、作戦変更!
一気に破れかぶれ突撃!
してるフリをして、賢者さんに向かって指を一本立てて指し示した。
「デバフが来ます!」
神官さんが警戒を発した。
ざんねん、使いません!
そのまま足を止めてナイフを投擲しつつ魔力糸を顕現。ナイフが儀式剣の魔力盾に弾かれたのを承知で、そのまま賢者さんに向かって走り続けた。
「セレリタス・クルトゥーラ」
速度上昇の神官魔法。賢者さんの行動が速くなる。
「ルクス・ムールス」
速度上昇で早まった魔法行使。あたしの目の前に魔法の壁が現れて、行動が阻害された。
光の壁で、まぶしくて向こう側が見えない。
「あう」
どうしようか、と迷っている最中にも神官さんの魔法がどんどん発動していくのが分かる。防御アップに攻撃力アップ、スタミナアップに魔力アップ。
「こ、このぉ! アクティヴァーテ!」
やぶれかぶれでマグを使ってみた。とりあえず効果は発動してる。ちょっとくぐもった声が賢者さんから聞こえてきたので、賢者さんを重くはできた。っぽい?
よし。
え~っと……うん。
逃げよう!
軽くなった身体で後方へと下がる。
神官さんが倒せなくなった今、あたしに勝てる道はもう無い。盗賊ってバレたし、マグで重くすることもバレてる。
もう不意打ちは効かない。
残された方法は『時間稼ぎ』のみ。あとはひたすら粘って粘って、逃げ続けるしかない。
そんな風に後方へ下がっていると、何かにぶつかった。
「え?」
後ろからまぶしいくらいの光の壁。賢者さんの魔法があたしの真後ろで発動していた。儀式剣の二回起動。同じ場所じゃなくても発動できるんだ!?
「うわっ!?」
壁にぶつかり、弾かれるように前へと押し出されてしまう。
それと同時に激しい音がした。まるで巨大な何かが壁にぶつかるような衝撃音。地面がドンと揺れて、慌てて顔をあげれば――
「げぇ!?」
そこには巨大な見たこともない生物がいた。
いや、見たことはある。
図鑑や絵本とかで見たことはあるんだけど。どうしてそれらがいっしょになっているのか、ちょっと意味が分からない。
顔はライオンだった。たてがみが付いているオスのライオンが吼えるように口を開いた。剥き出しになった凶悪な牙がいくつも並んでいる。その背中には大きな鳥の翼が生えていて、しっぽは蛇になっていた。身体は象みたいになっていて、皮膚が硬そうだった。
見たことある。
見たことあるんだけど、見たことない生物。
なにこれ……?
ホントに、ホントにこの世の生物……?
「一応、殺さない程度に傷めつけてください」
無機質な賢者さんの声。
も、もしかしてこれがホントの――召喚魔法?
「お願い、キメラ」
命令されたライオンみたいな生物は。
あたしに向かって、牙を剥き出しにしてガオーっと吼えた。
「ひ、ひぃ!」
どう考えても逃げられそうにない。加重の魔法が効いたところで、絶対に速いでしょ、この生物。空は飛ぶし、攻撃は効かなそうだし、足も速そうだし、しっぽの蛇は毒を持っているに違いない。
「まったく。今はわたしの眷属ですので、情けない悲鳴をあげないでくださいまし」
と、その時。
トン、と上空からひとりの少女が降ってきた。
綺麗な真っ黒なドレスのスカートをおさえながら、あたしの前に降りてくる。
「助けに参りましたわよ、サティス」
優雅に空から着地した吸血鬼。
「あ、あ、ありがとー!」
ルビーが助けに来てくれた!
絶望的な状況に、最強の吸血鬼が助けに来てくれた!
「ふふ。随分と楽しそうなモノがいるじゃない」
ルビーが余裕そうに笑う。
吸血鬼の登場がこんなに嬉しいだなんて、なんだかおかしな話だ。
だって、吸血鬼って退治される存在なのに。
まるでピンチに駆けつけてくれた勇者サマが登場したかのように。
あたしは嬉しく思ったのでした。
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