~可憐! バーサス・勇者パーティ×神官&賢者~ 1

 ルビーは戦士さんを殴るようにして、窓ガラスを突き破って外に飛び出していった。

 どう進んで、どうやってルビーは戦士さんを殴ったのか。

 その動きはぜんぜん見えなかったんだけど、戦士さんはちゃんと防御してたのだけは見えた。

 すごい!

 なんて思う間もなく、作戦は開始された。


「では、後は頼みましたよサティス」


 そうルビーの声が聞こえた瞬間――

 まるでウォーター・ゴーレムと戦った時のような背の高い黒い波が女の人たちを飲み込んで流していった。

 あたしの体はそれを追いかけるように走る。

 影の波に飲み込まれたのは女の人ふたりだけ。

 もうひとり、一番奥に男の人がいたんだけど……ちらりと視線が合った。どこか優しい顔をしている気がする。

 驚いているその男の人をその場に置いてけぼりにして、あたしは波に飲まれて流されていくふたりに集中した。

 師匠に言われたことが最優先。ちゃんと任務を達成しないと。

 でも。

 なんていうか、命令を言われたっていうより、お願いに近かった感じがする。

 二階にいる人間種。

 あたしには、そこにいる女性ふたりの足止めを命じられた。


「無理はするな。無茶もするな。でも、できれば頑張って欲しい」


 いつも無理と無茶はやめるように言われている。

 訓練する時も、師匠は口癖みたいにあたしの体を気づかってくれた。いつだって、無理はしなくていい、無茶なことはするな、逃げてもいい、生きてたら勝利だ。

 そう言ってくれる。

 でも。

 今日初めて師匠は言った。

 頑張ってくれ、と。


「……」


 流されていく女の人を追いかけて自動的に進む体。

 いったいこの女の人は、何者なんだろう?

 師匠と、どんな関係があるんだろう?

 どうして魔王領いるんだろう?

 どうして、師匠は――人間種と戦えって言うんだろう?

 分からない。

 分からないことだらけだ。

 でも、師匠は優しい人だから。

 今からあたしがやろうとする事が、『悪いこと』のわけがない。

 だから、無関係な人間を襲う盗賊みたいなマネをするはずがないはず。

 必ず『意味』のあることなんだ。


「……」


 なんて思ってたら、黒の波はガラス窓を突き破って二階から地面へと落ちた。あたしの体はそれを追うように破壊された窓から地面へ飛び降りる。


「うわ、ととと」


 そこで急に眷属化が解除されて、体の自由が戻った。

 バランスを崩しそうになるも、慌てて体勢を整えて――影の波に押し流されていたふたりの女の人と対峙する。

 ひとりは神官服を着ていた。

 だから、こっちが神官さんだ。

 黒く長い髪を顔の真ん中で分けていて、背中あたりで結んでいる。髪飾りのような環を額に装備していて、白く丸い宝石が取りつけられていた。

 落ち着いた感じの女性で、瞳の色は茶色い。

 年齢は三十歳くらいかな。背は高く胸も大きくて、神官服を中から押し出しているみたい。似たような神官服なのに、サチのイメージとは全然違う身体つきだった。

 杖のような物を持っていて、白くて細い真っ直ぐな棒みたい。持ち手側の先端には聖印らしきシンボルが取りつけられていた。

 神官さんはあたしが着地したのを見ると、後ろへと下がる。

 前へ出たのはもうひとりの女性だ。

 この人が、『賢者』さんだ。

 白色に近い銀色の長い髪の女性で、ゆったりとした真っ白なローブに胸を覆う鎧を装備している。

 腰のあたりには革のベルトが装備されていて、あたしと同じようにポーションや他のアイテムなどが釣り下がっていた。

 手足には防具と思われる装備をしていて、金属が見えていた。胸の防具もそうだけど、あんまり重そうじゃなかった。

 神官の人と同じような杖を持っているのかと思ったけど……違う。

 細く長い剣だ。

 物凄く丁寧な装飾を施した鞘で、柄の先には聖印のようなシンボルが付いている。煌びやかな鞘なんだろうけど、どちらかというと斬るためじゃなくて儀式用っていう感じがした。

 っていうのが分かるのは――

 全部師匠から教えてもらってたんだけどね。


「くっ」

「……してやられましたね」


 女の人たちはあたしを警戒するようにギリリと歯をきしませた。前後に位置していた状態が、明確に神官さんが後ろへ下がり、賢者さんが前へと出る。

 賢者。

 師匠が最大限に注意をするように言っていた人で、とても嫌そうな顔をしていた。師匠があんな顔をするなんて、初めて見た。

 賢者とは――学園都市の学園長と同じ名前だ。もちろん目の前の賢者さんには、普通の名前があるんだろうけど……その名前を受け継ぐほどの存在。

 だから注意しろ。って、師匠は言った。

 そんな凄い人ならば、神官もそうなのか?

 師匠は迷うことなくうなづく。

 恐らく、世界最高峰の神官だろう――

 と。

 そう言って、師匠は困ったような笑顔で語った。

 あたしが知らない人で、師匠が良く知っている人。

 だから、分かった。

 いや、ホントはもっと前から分かってたことかもしれない。

 考えようとしなかったのは、あたしだ。

 どこか師匠が真実を隠している気がしたから。

 だからあたしも、考えようとしなかった。

 でも。

 考えなくても分かってしまうくらいに。

 情報がそろってしまった。

 きっと。

 きっと師匠は、このパーティの一員だった。

 いっしょに旅をしていた仲間だった。

 でも、今はそうじゃない。そうじゃなくなってる。

 でもパーティはまだ存在してる。師匠抜きで、ちゃんとパーティらしく冒険を続けてた。

 ――あぁ。

 それって、つまり。

 師匠は追い出されたんだ。

 師匠はこんな人たちに追い出されて、あたしがいた街まで帰って来たんだ。ひとりぼっちにされて、こんな遠いところからひとりで帰って来たんだ。

 ……かわいそう。

 って、思った。

 酷いって思った。

 師匠は優しいから素直におまえらの悪意を受け入れたんだ。

 だから悪いのは、絶対におまえ達だ。

 そう、思った。

 でも。

 もしも。

 もしも、師匠が追放されなかったら……あたしは師匠と出会えなかったわけだから。なんかちょっと複雑な気分になった。

 でも、なんとなく。

 なんとなくなんだけど、この女の人たちが悪い気がした。

 ただの女の勘だけど。

 さっきみた戦士の人はイジメなんかするようなタイプじゃないし、一番奥にいた男の人は師匠みたいな優しそうな顔をしてた。

 だから消去法で、この女の人たちが悪い。

 うん。

 そう決めた。

 師匠が頑張れって言ってたし、ぜったいこの神官さんと賢者さんが悪い。

 そういうことにしておこう。

 よぉし!

 あたし、頑張って師匠の恨みを晴らすね!


「パル。おまえに期待していることは時間稼ぎだ。最低でもそれだけは頼む」

「はい師匠! ……ん~、別に倒せそうだったら倒していいんですよね?」

「――くく、ははははは! あぁ。頼んだぜ、愛すべき弟子よ」


 って師匠も言ってたし。


「ふっふっふー」


 あたしは少し腰を落とし気味にして、いつでも飛び掛かれるように準備した。

 そんなあたしに対して、賢者さんが声をかけてくる。


「――お嬢ちゃんは人間種?」

「さぁ、どうでしょう。吸血鬼に操られてるだけかもしれないよ? 今だってそう言わされてるだけかも。でも魔王サマの支配領だから、人間が魔物の味方するのは当たり前だよね?」


 嘘にはほんの少しの真実を混ぜればいい。

 ルビーに操られてたのはホントだけど、今は操られていない。

 人間種だけど、オーガの仮面を付けてるし。大体ここは魔王領で、普通の人間種がいるはずないんだ。

 なにより師匠が言ってた。


「賢者とはマトモに会話をするな」


 って。

 なにもかもがバレバレになっちゃって、目論みや作戦、やりたいこと、行動の予定、思惑、それら全てを見通されてしまう可能性が高い。

 だから賢者さんとは『マトモ』な会話はしない。


「……気に入らないわね」


 賢者さんの顔が歪む。

 ちょ、ちょっぴり怖いけど、だいじょぶ。魔王サマのほうがもっと怖かったし。うんうん。


「どういうつもりかしら? ねぇ、あなた。困っていることがあるのなら聞かせてちょうだい。助けてあげられるかもしれないから」


 今度は神官さんが話しかけてくる。


「ふ~ん。教えて欲しい?」

「はい。できればあなたを救いたいと思っています」

「……あたし、孤児だったの」

「それは、大変でし――」

「生まれた時から親に捨てられて、孤児院に拾われて、そこで男の子たちに目を付けられて犯されそうになって、逃げ出したの。ずっと路地裏で逃げながら生きてた。夏は食べ物が腐ってロクな物が食べられなくて。寒い寒い冬は普通に死ぬかと思った。ねぇ、神官さん。今から過去のあたしを救ってくれる?」


 あたし孤児院の記憶なんて何にも持ってないことにしてるから、それって全部嘘なんだけど。でも嘘には聞こえなかったみたいで、神官さんは言葉に詰まった。


「……ごめんなさい」

「許さない……誰もあたしを救ってくれなかった。救おうともしてくれなかった。自分で何とかするしかなかったし、なんとかしたよ。そしたらみんなが優しくなった。おかしいよね。普通は逆だよ。みんなが優しくしてくれたら、自分でなんとかできるのに。そう思わない?」

「詭弁だわ」


 賢者さんが言った。


「うるさいな、おばさん」

「なっ!?」

「ひひひ。あたしは頑張ったんだもん。これからも頑張るから、褒めて欲しいんだ。ずっと一緒にいるために、ずっと助けてもらうために、もう二度とひとりぼっちにならないために。あたしはあたしのために。それだけの理由だから」

「うるさいガキね」

「ギルティ」


 あたしは賢者さんに指をさしながら言った。


「あなたに、あたしは救えない」


 あたしを救えたのは師匠で。

 師匠に救ってもらうには。

 あたしは、あたしだけで頑張るしかなかった。

 もうひとりぼっちにはならないために。

 あたしは、頑張るしかない。


「救われる態度ってものがあるわ。救われる気がない者を、救うことはできない」

「性格の悪そうなおばさんだ」

「分かった。教育のなっていないクソガキにはお仕置きが必要だわ。体罰? なにそれ。教育の一環よ。言葉で分からない者には理論よりも暴力が有効なのは、歴史から学べることだもの」

「ふぅ……仕方ないわね。ごめんね、お嬢ちゃん。ちょっと痛い目を見てもらうから。きっと神さまもあなたの所業を嘆いていると思うの。あなたと、あなたを助けなかった者、全ての罪を光の精霊女王ラビアンさまに、赦してもらえることを請うわ」


 ふたりの女の人が武器をかまえる。

 あたしはそれに対して――自分の手札を見せずに、徒手空拳でかまえた。

 シャイン・ダガーも投げナイフも、魔力糸すらも見せない。

 まだ、あたしの正体を掴ませない。

 初見殺し。

 あたしをただの子どもだと思っているうちに、倒す。なにがなんだか分からない間に、ひとり倒す。

 卑怯、不意打ち、卑劣――

 それらは全部、盗賊の専売特許だ!


「よろしくお願いします。あたしの名前サティスです。いざ尋常に勝負!」


 師匠が言ってた。

 賢者はバカだから、挨拶されたら挨拶を返すぞ、と。


「え? あ、わたくしはシャシール・アロガンティアで――待て待て待て!」


 賢者さんが名前を名乗ってる間にあたしは突撃した。

 慌てて魔法を起動する賢者さんの一手を地面に落ちていた石を拾い上げ、投げつけて解除させる。もちろんワザと避けられるように投げつけた。

 慌ててしゃがんで避ける賢者さん。そのおかげで魔法は中断し、起動しなかった。


「私はウィンレィ・インシディオシスです。お嬢さん」


 賢者さんとは違って神官さんは冷静だった。

 足元に魔法陣が広がる。

 神官魔法だ。

 神さまの加護が薄いなか、ホントに神官魔法が使えるのかどうか師匠は怪しんでいたけど、普通に使えるっぽい。

 もしもその場合、最初に狙うべきは――


「神官から!」


 補助魔法を連打されるとどう考えてもあたしに勝ち目は無くなる。なにより回復魔法とか体力回復とか、そういうのを使われると戦闘が長引いて、こっちの体力切れになってしまうので。

 なので賢者さん以上に神官さんに魔法を使わせるわけにはいかない。


「ひっ!?」


 いつもは守られっぱなしの後衛。

 そのふたりが前に出ているのだから、あたしにも充分にチャンスがあった。突撃するあたしに向かって賢者さんは剣を振り下ろしてくる。

 殺意もない、腰も入っていない、情けない攻撃。

 鞘ごと振り下ろされた剣をかいくぐって、賢者さんをスルー。

 そのまま後方にいる神官さんに向かって体当たりをくらわそうとしたんだけど――


「うわっ!?」


 光の障壁にぶつかって、身体ごと弾かれた。ガチン、と何かが弾ける音がして魔力が霧散したのが分かる。

 すでに何らかの魔法は仕掛けられていたのか、それとも別の何かなのか。

 師匠にも教えてもらってなかったから、きっと賢者さんの魔法と思う。

 ヤバイ!

 ミスった!


「ウィンレィ、いま!」

「言われずとも!」


 神官さんの魔法が起動しちゃう。


「させない!」


 あたしは右手の指で神官さんを指し示した。

 神官魔法よりあたしのほうが速い!


「アクティヴァーテ!」

「――なっ!?」


 加重魔法『ポンデラーティ』の効果があたしから神官さんに移ったはず。驚愕と体が重くなることによって行動が一手遅れるはず。

 逆にあたしは、いつもより遥かに軽くなった体で――


「うりゃぁ!」


 振り下ろされる賢者さんの儀式剣を蹴り上げた。

 そのまま拳をかまえて賢者さんを殴りつけようとする――フリをして、スルー。神官さんへと迫った。


「くっ、この!」


 迫るあたしに向かって杖をぶんぶんと振り回す神官さん。こうも接近されると後衛職専門ってホントに弱いんだ。

 ほとんど戦闘訓練なんかしないだろうから、当たり前だけど。

 師匠と木の枝を使った訓練のほうが、よっぽど速いし、怖い。だから、神官さんの攻撃をかいくぐるのは余裕だった。


「素振りくらいしておけば良かったのに」


 なんて言いながら、あたしは神官さんに抱き付くように体当たりした。


「うっ――あ……」


 もちろん、ただ抱き付いたわけじゃない。

 日々の訓練は裏切らない。

 こっそりと手に忍ばせていた針。

 先端にはマニューサピスの毒を付着させている針で、ぷすり、と神官さんを刺した。神官さんの防具、薄そうだったので、普通に刺してみたらホントに刺さった。

 ラッキー。

 これでまだ手の内を賢者さんにあんまり見せてない。そもそも賢者さんにポンデラーティの効果もバレてないはず。


「あ……く……う……」


 びく、びく、と震えるように痺れる神官さん。

 それを確かめてから、あたしは立ち上がった。


「次はあなたね。え~っと、ごめん。名前を聞いてなかったや」


 なんて名乗ってたっけ?

 まぁ、いいや。


「初めまして、サティスです。いざ尋常に勝負」

「二度と名乗るか、クソガキ」


 こわ。

 おばさん、マジでめっちゃキレてる……

 こわっ!

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