~流麗! ヤーヤーヤーヤ、ヤヤヤー~

 住み慣れたお城。

 まるでお姫様みたいな言葉ですが、事実は事実。

 その階段をゆっくりと登っていく。

 パーロナ国のお城と比べると大きさや絢爛さは見劣りしてしまいますが……それでも吸血鬼の城としては雰囲気は充分に出ていると思います。

 むしろ不気味さもあって、威厳は損なわれていないはず。

 それを確かめるには――今から応対する勇者パーティの皆さまに聞いてみたいところですが。


「余裕があるかしら?」

「だ、大丈夫……」


 おっと。

 独り言のつもりでしたが。

 隣にいたパルは自分へ投げかけられた言葉と思ったようです。


「ふふ。あなたは世界最高峰の盗賊に直接指導して頂いているのです。自信を持ってもよろしいのではないでしょうか?」

「う、う~ん……でも、調子に乗っちゃいそうで怖い」


 自信というよりは、師匠さんの実力を信じている雰囲気ですわね。

 なんという師匠思いな弟子なのでしょう。

 自分の実力と言われると不安な顔をするくせに、師匠さんに鍛えられた部分はしっかりと自信を持っている。

 師匠さんに訓練された自分、という部分には信頼を置いているみたいですわね。

 しかし。

 それも一歩間違えれば過信につながる。

 パルの言う事も分からなくもないです。


「ふふ。一理ありますわね。では、わたしも調子に乗らないように気を付けます」


 顔の半分だけを隠す仮面を付けなおし、ふぅ、と息を吐きました。

 深呼吸。

 吸血鬼のわたしには必要ない行為ですが……パルには必要でしょう。

 いっしょに空気を吸ってぇ~、ふぅ~、と吐きました。


「では参りましょう」

「うん」


 階段を登って行き、二階へと登る。

 誰もいないかのようにシンと静まり返っている二階。普段ならアンドロが仕事をしていて、何人かのメイドがウロついたり作業していたりするはずなのですが。

 勇者パーティが来たおかげでその気配はゼロ。

 こういうのを営業妨害と言うのでしょうか。

 アンドロちゃんに迷惑がかかっているでしょうから、さっさと終わらせたいものです。

 もっとも――

 この作戦が上手くいったところで、勇者パーティはわたしという『魔物』を受け入れるとは限りませんし。

 アンドロちゃんが勇者パーティを受け入れるとも限らない。

 そもそも師匠さんがおかしいのです。

 あっさりとわたしを受け入れて仲間にするなんて。とんだお人好しですわ。

 もしくは、ロリコン。

 厳密にはわたしはロリロリではなくロリババァなんですけど。いえ、自分でババァと言うとなんか悲しいので、生まれたての吸血鬼とでもしておきましょう。

 まぁ、そういう意味では――

 他人の感情を推し量ることはできても、強制できないというのは……吸血鬼として皮肉な感じでもあります。

 せいぜい、勇者サマに嫌われないようにしましょう。

 師匠さんの仲間ですからね。


「これが結界ですわね」


 廊下を進んで行くと、なにやら違和感を覚える空気が見えた。視えた、と表現するほうが適切でしょうか。

 一見すれば、何事もない普通の空間なのですが……どうにも魔力によって薄い膜が張っているように見える。空気の層が違うというか、冷たい空気と温かい空気が混ざり合わずに面しているような雰囲気。

 魔力的というよりも物理的な意味合いでの結界に感じました。


「え、見えるの?」

「パルには見えませんの?」


 こくこく、とうなづくパル。


「魔力を見るようなイメージなんですけど……う~ん、見えませんか。センスの問題かもしれませんわね」

「嫌味を言われてる?」

「違いますわよ。慣れれば見えるようになると思います。訓練もせずに人が空を飛べるわけがないでしょう?」

「分かるような分からないような……?」

「まぁ、単なる警報装置でしょう。侵入者を探知するような魔法だと推測されますわ。こうやって突っつくと――部屋の中に閉じこもってる人間たちが慌ただしくなるオモチャだと思えば面白いですわよ」


 結界の膜をワザとらしく指で突くと、まるでシャボン玉が割れるように結界が弾け、消え去った。

 侵入者を拒むものではなく、あくまで侵入者を発見するための物。

 攻撃用でも防御用でもありませんわね。

 鳴子の魔法番でしょうか。


「あ、ホントだ」


 パルは人の気配が動くのを感じた様子。

 警戒する空気と言いますか、にわかに慌ただしくなった気配を感じます。


「では、ここからが本番ですね」

「うん……!」

「準備はいいでしょうか?」

「いつでもオッケー」


 よろしい、とわたしはうなづき――パチンと指を鳴らしました。足元からせり上がってくる真っ黒の影に包まれ、吸血鬼らしい漆黒のドレス姿に着替える。

 師匠さんが聖骸布でスイッチを入れるように。

 わたしもそれをマネして、ドレスに着替えることをスイッチとしました。

 静かに。

 冷たく。

 深く。

 みずからの気配を殊更に主張させるように。

 わたしは前方の空間を睨みました。


「ひっ」


 隣でパルが悲鳴をあげる。


「あ、ごめ」

「いいですわ。そうでなくては、意味がありませんもの。怖がってもらえて光栄です」


 表情を消して、世の中をにらみつけるように感情を抑制する。元よりそういう存在なのですが、人間種の敵であるように。人間種はわたしの配下であるように。

 そんな認識を、周囲にぶつけるように発散させた。

 隣に立っているパルには申し訳ありませんが。

 少々、恐怖を覚えてもらいましょう。

 いつもやっている訓練のパワーアップ版と思って頂ければ問題ないはず。

 魔王さまには程遠いですが――

 わたしだって、本気を出せば周囲の人間種が思わずひれ伏したくなるほどの『恐怖』を与えることはできるのですから。


「よろしければ、今だけ眷属化しておきます?」

「お、おねがい。じゃないと、失敗しそう」


 さすがに震える手足では満足に動けないでしょうから。パルを眷属化しておきました。スン、と表情が消えると同時に表情も消える。

 震えていたパルの手足は自然体となり、ただの人形のようになってしまった。

 とてもつまらない状態に思えますが、仕方がありません。全ては師匠さんの作戦を実行するためですから。

 あと、この状態のほうが『っぽく』見えるでしょう。

 吸血鬼とそれに従う部下の人間。

 オーガの仮面が、なにより深みを出しているようにも思えます。

 ふふ。

 ちょっぴり楽しくなってきました。

 これ、アレですよね。

 名シーンですわよね。

 勇者が魔王さまを倒した時には英雄譚として残り、語り継がれ本になりますけど。今これから起こる出来事は、確実に英雄譚で描かれる場面ですよね。

 上手くいけば挿絵も付けられるんではないでしょうか。

 四天王のひとり、闇の吸血鬼である知恵のサピエンチェと勇者パーティの会合。追放したはずの盗賊の弟子を引き連れてやってきた吸血鬼の思惑とはいったい!?

 みたいなシーンになること間違いなし。

 英雄譚のページをめくる少年少女たちが、どうなってしまうの!?、勇者が殺されちゃう!?、とドキドキわくわくする場面です。

 なので。

 精一杯盛り上げてあげましょう。

 子どもたちが、勇者パーティが負けちゃった!? と思わせてあげられれば幸いです。

 うふふ。

 楽しくなってきましたわ~。

 思わずスキップして廊下を進みそうになりましたが、それを寸前でこらえて、ゆっくりと一歩一歩を歩き出しました。

 そのたびに警戒が強くなっていく気がします。

 えぇ、そうですそうです。

 早く迎撃に来ないと、大変なことになってしまいますよ?

 ほら。

 ほらほら。

 ほらほらほらほらほら。

 あなた達はすでに袋のネズミ。吸血鬼の城の奥深くまで入り込んでしまったのです。

 いいえ。

 誘い込まれてしまった。

 卑劣にも罠にハマったのです。

 そう。

 あなた達は、パーティに必要不可欠な存在である盗賊を追放した。

 哀れ、盗賊は思いました。

 ――絶対に許さない。

 ――思い知らせてやる。

 と。

 ひとり魔王領に潜入し、ひょんなことから吸血鬼と出会ってしまった盗賊。その強大な力に恐れ服従すると共に、お願いを伝えたのです。

 ――あいつらを、殺してくれ。

 ――俺が騙して連れ込む。

 ――だから、遠慮なく勇者パーティをぶっ殺してくれ。

 その願いを嬉しく思った吸血鬼は、哀れな盗賊の願いを叶えてあげることにしました。

 退屈だったのでしょう。

 単なる暇つぶしと考えたのかもしれません。

 勇者なんて滅多に出会うことがありませんから……それこそ、勇者やそのパーティを自分の眷属にして、奴隷みたいにしたら面白いのではないでしょうか。

 勇者を従える吸血鬼。

 さぞ、愉快な人生の終え方をできるでしょう。


「さぁ出てきなさいな」


 勇者たちがいるのは、二階のほぼ中央にある部屋。

 そこへわたしの影を伸ばしました。

 壁を伝うように黒く何も見えなくなるような闇が部屋の中を覆ってしまうように、徐々に徐々に、ゆっくりと影を床から天井に向かって壁を這わせていく。

 少しだけ恐怖サービスとして――

 影に眷属の『目』だけを顕現させました。

 大小さまざまの目を闇の中に浮かべ、部屋の中の様子をうかがう。

 これで観察できると同時に、相手へ恐怖を与えることができます。

 ふ~ん。

 なるほどなるほど。

 部屋の中にいる人間種は四人。

 不思議なことに、種族は全員同じ『人間』ですのね。ドワーフやエルフ、獣耳種や有翼種が混ざっていてもおかしくはないはずなのに、人間ばかり。

 ちょっとした神の意思を感じますわね。

 人間至上主義と言いますか、いつだって勇者は人間ですから。

 なんなんでしょう?

 たまにはハーフリングの勇者が誕生してもいいと思うんですけど?

 まぁ、そんな勇者は調子にのってすぐ死んでしまうと思いますが。エルフだと時間の感覚が間延びしすぎて、いつまでたっても旅立たない気もします。ドワーフも同じでしょうか。魔王さまを倒すことより世界中の建築物を見てまわりそうですわね。

 ……やっぱり人間が適切なんでしょうか?

 獣耳種と有翼種にも頑張ってもらいたいところです。

 さてさて。

 この焦るようにオロオロしているのが神官でしょうか。神の力が弱まっている魔王領ですので、闇の力に対抗するには弱くなっているのかもしれませんね。

 で、気丈にも周囲を確認するように見まわしている女性が賢者ですのね。なるほど、いけ好かない女の空気を感じます。

 ひとり入口を指差しているのが戦士でしょう。大きな斧、バトルアックスを背負っているのがなによりの証明ですわね。

 で、最後のひとり。


「あら」


 あらあらあら。

 この人間が――

 とっても美味しそうな血をしてそうな、この人間が――

 勇者サマですのね!

 師匠さんの血はとっても甘くて美味しそうでしたが、勇者サマの血はその逆とでもいいましょうか。まるで食事のメインディッシュ。上等なお肉のような、荒々しくも野性味があって若々しく、それでいて柔らかくてジューシーで、口いっぱいに頬張りたくなってしまうような感じです!

 あぁ、師匠さんの時もそうでしたが。

 もしも勇者サマの血を見てしまうと、わたし我慢できそうにないかもしれません。

 ふ、ふふ。

 うふふふふ。

 さすがですわ、光の精霊女王ラビアン。

 あなたの人を見る目、間違いないです。だって、こんな美味しそうな血をしている男性なんて、早々と見つかりませんわよ!?

 人間領で生活をしていて分かりました。

 ほとんどの人間種は平凡で平均的な感じがします。今のところラークスくんがちょっと頭を出しているくらいで、あとは同じくらいです。むしろ美味しくなさそうな人が多いかもしれません。

 そんな中で、やはり選ばれるだけはあります。

 勇者サマ!

 あぁ、なんてステキなんでしょう。

 決して眷属化して好き放題にしないと誓いますので、あとで血を飲ませて頂けないでしょうか。

 師匠さんにバレたら怒られそうなので、こっそり。

 こっそり頼んでみましょう。

 うんうん。


「あぁ、楽しみですわ~」


 頬に手を当て、うっとりしたところで。

 ようやく部屋から出てきた勇者サマご一行。

 警戒するように戦士を先頭として、部屋から廊下へと出てきました。もちろん、最初から警戒心マックスといいますか、すでに武器をかまえている状態。

 いつだって戦闘できる体勢です。

 会話や様子見をする様子は無いみたいですね。

 まぁ、それも当たり前ですけど。

 どう考えても城の主が自分たちを殺しに来た。

 そこで悠長に話し合いを求めるほど、勇者サマたちは甘い経験はしていない。ここですぐさま武器をかまえられるからこそ、生き延びてきた。

 そう考えるのが妥当です。

 ふふ。

 師匠さんの読み通り、ですわね。


「ごきげんよう、勇者サマ、戦士サマ、神官サマ、賢者サマ。ごくろうさまです」


 わたしは優雅に頭を下げて礼をしました。

 そして、大げさなほどに両手を広げて、にっこりと笑う。

 では。

 これより作戦実行とまいりましょう。


「死にぞこなってくださいまし」


 作戦『ざまぁ』――

 開始ですわ。

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