~卑劣! 殴りにいこうか~
勇者の肉体の限界はピークを過ぎている。
光の精霊女王ラビアンのおかげなのか、見た目は若々しくあるが。俺から言わせてみれば、随分と年を取ってしまった、と言える程度には時間の経過を感じる姿だ。
だからといって。
あいつは目に見えて弱くなっているわけではない。
勇者の強さは――体力が減るかわりに技術や経験が上がって、天井に達しているような感じだろうか。
徐々に衰えてはいるが、技術と経験の向上によって補っている。
つまり、簡単に言ってしまうと。
勇者はこれ以上、強くなれないことを表していた。
もちろん――
武器や防具、その他のアイテムやアーティファクト、神さまからの加護、魔法による補助、仲間との連携、環境を利用したバックアップ、などなど。
それら、勇者以外のモノで強くなれる可能性は、それこそ無限大に広がっている。状況と作戦さえ整えれば、今すぐルビーほどの強さを持つ魔物種は倒せるはず。
そう。
だからこそ、勇者パーティがいるのだが……
一騎打ち。
乱暴のアスオエィローが勇者との戦いに一騎打ちを選んだ。
それは、勇者パーティ的には幸運だったのだろうか。それとも不運だったのだろうか。その場面を見ていない限り、何も言えることはない。
だが、結果は引き分けという真実が残っている。
引き分けだ。
魔王直属の四天王と引き分けできるレベルだったんだ。
勇者は。
でも。
でも、それはもう『これで終わり』ということを示している。
いくら回復しようとも、いくら時間を置こうとも、劣化した肉体は元には戻らない。全力全開で全てを出し切った肉体は、もう元の状態まで回復してくれない。
それが、年を取る、ということだ。
老いるという意味だ。
衰える真実だ。
だから。
だからこそ。
偶然に作り出せた『時間遡行薬』を勇者に使わないといけない。
勇者の肉体を全盛期にまで若返らせ、全ての経験と技術を持った最高の状態にまで高める必要がある。
ただし――
時間遡行薬の『使用条件』と『今の状況』が、普通に投与するのを許してくれない。
なにせ、俺。
勇者パーティから追放されているわけで。
言ってしまえば、すでに終わった人間なので。
勇者から直々に追い出されたわけじゃないけど、追放されることをあいつは是とした。
そんな状況で、ひょっこりと顔を見せるのは難しいというか怪しまれるというか、なんかちょっと面倒なことになる。
いや、確定で予想できるのだ。
なにより魔王直属の四天王、知恵のサピエンチェと仲良くしてるっていう時点で……言い訳無用というか、おまえ絶対に眷属にされてんだろ、とか、裏切ったな、という疑いが必ず発生する。
うん。
俺が勇者の立場だったら、絶対に疑うもん。
これがゴースト種である陰気のアビエクトゥスだったり、愚劣のストルティーチァだったりしたら、話せる余地はあったはず。むしr、ちゃんと話せば分かってもらえたと思う。
けど、吸血鬼なので説得は無理。
むしろ説得しようとすればするほど怪しくなってしまう。
なので、話し合いは不可能……
いや――
本音を吐露してしまうと、勇者は話し合いには応じてくれるだろう。いくら吸血鬼と行動を共にしているからといって、最初から俺を疑いはしない。
しない、はず。
たぶん。
いや、自信を持って勇者は俺を信頼してくれてるぜ、と言いたいんだけど、ちょっとなんか自信がない。
ま、まぁ、それは〝もしも〟の話なので。それが真実であろうと無かろうと、勇者パーティが俺を邪魔するのは必須だ。
特に賢者と神官が、信用しないだろう。
この薬を飲めば肉体が若返る、なんていう言葉を誰が信用するというのか。
もちろん、懇切丁寧に時間遡行薬の作り方の説明をしてみてもいいが……作り方を説明した瞬間に神官がキレる可能性もある。
ポーションを煮詰めるとは何事か、と。
信仰心の高い神官ほど、時間遡行薬の作り方には賛成しないだろう。
勇者パーティの一員となるくらいの神官だ。恋愛に頭の中が犯されていても、神への信仰心は本物であり、その恋愛観も勇者を通して神を見ているのではないか、と疑ってしまうほど。
もういっそのことおまえが神になればいいじゃん、と言いたい。
言ったところで鼻で笑われるだろうけど。
いや、むしろ魔王を討伐すると『英雄』となることが決定されているわけで。英雄はその後に神となった、みたいな伝説とか伝承もあるからなぁ。
マジで神になるつもりかもしれない。
そんな人間種に対して、ポーションをぐつぐつ煮ると白い粉が残るよ、なんて説明できるはずもなく。むしろ決定的に隠したほうが良い情報だろうな。
そんな信心深い神官を騙せたとして、更には賢者をも丸め込めたとしても。
次に説明しなくてはならない『使用方法』が、どう考えても説得不可能。
アレだよ?
瀕死状態で使わないと逆に危ない。
だよ?
通常の状態で時間遡行薬を使うと若返り過ぎる。
母親のお腹にいる状態に戻ってしまうとか、下手をすればそのまま消滅するとか。
そんな危ない薬を使えるか?
答えはノーに決まっている。
むしろ、それを是としたところで、待っているのは瀕死状態になること。
つまり、死にかけるという状態であり、つまりは物理的に刺されたり色々と酷いことにならないといけない。
俺は上半身と下半身の間が物凄いことになっていたらしい。両手両肩も骨が外れて、それはそれは酷い状態だったと学園長は語っている。
パルに聞こうとすると声が詰まって泣きそうになってしまうので、聞いていない。ルビーもおおむね学園長と同じような症状を語っていたので、間違いは無さそうだ。
その時の記憶が曖昧なのだが、逆に言うと、それが全てだ。
マジで死にかけたからこそ、2年ほどの若返りで済んだ。
と、言える。
なので、まぁ、あらゆる説明を信じてもらって、あらゆることを受け入れてもらったとしても。
この最後の一線だけは、勇者パーティは誰も首を縦に振らないだろう。
むしろ、最後の瀕死状態にならなくてはならない、という説明をする時点で怪しくなってしまう。
なんとも因果だ。
俺が、盗賊ではなかったら。
卑怯や卑劣、不意打ちや罠、詐欺や嘘をつくのが当たり前の盗賊ではなかったら。
多少は信じてもらえたかもしれない。
だが。
残念ながら、俺は盗賊だ。
生まれた瞬間に親に捨てられ、孤児院で育ち、勇者が旅立つのに同行しただけの。
死に物狂いでくっ付いていただけの。
友達といっしょに冒険者ごっこに甘んじていただけの。
卑怯で卑劣な――普通の盗賊だ。
英雄でもなんでもない。
勇者ですらない。
ましてや、仲間からの信頼さえも手に入れることができなかった。
そんな男の言葉が。
信じられるか?
……まぁ。
あいつなら、首を縦に振るんだろうけどさ。
笑って受け入れるんだろうけどさ。
そんな訳で。
そういう訳で。
今さら真正面から悠長に気長に実るわけもない話し合いをするほど、俺は人格も性格も良くはないので。
もう単純に決めてしまうことにした。
そう。
今までの色々な感情を全て込めて――
ぶっ殺してやる。
そう決めた。
自分たちで追放した元パーティメンバーに殺されるんだ。
これ以上ないってほど、ざまぁみろ、って展開だろ。
しかも、追放した張本人たちには、俺が育てた『未熟な弟子』をあてがう。そもそもおまえら程度、小娘が相手で充分だ。
って話だ。
痛快だろ。
せいぜい無駄に抵抗してみせてくれ。
パルが失敗したら、俺が後から行って一撃で終わらせてやるよ。
「……ふぅ」
「緊張していますか、師匠さん?」
「……いや。気合いを入れるための儀式みたいなものだ」
ルビーに言われ、俺はごまかしつつ首元に巻いていた聖骸布を引き上げる。
赤から黒へと変化した聖骸布は能力を向上させてくれるが――魔王領では、その効果は薄い。
オーガの黒仮面と聖骸布の黒。
それこそ、まるでオーガ種になったような見た目だろうな。
「準備はいいか、パル」
「いつでも大丈夫です。え~っと、師匠……」
「なんだ?」
「上手くできたら、いっぱい褒めてください」
「ふむ」
それはもちろん、やぶさかではない。
ので。
俺はパルを抱き上げると聖骸布ごしではあるが、キスをした。
「前借りさせてやる。上手く出来たら聖骸布無しでもう一度だ」
「ふ、ふえぇ~」
「あぁ、ズルいですわズルですわ! わたしもわたしも!」
「ルビーは上手くいくだろ」
「あ~ん、もしかしたら失敗しちゃうかも~」
仕方がない吸血鬼だなぁ、まったく。
パルをおろしてルビーを抱き上げる。
同じように聖骸布ごしにキスをしたのだが……
「ん~、いだぁ!?」
布越しにくちびるを付けた瞬間、ルビーに光属性の魔力的な物が流れ込んで思い切り顔をそらした。
さすが精霊女王の遺体を包んだアーティファクト。
魔物種の、とりわけ太陽の光に弱い吸血鬼への効果は抜群だった。
「あはははは! 欲張るから痛い目を見ちゃうんだよ、この強欲吸血鬼ぃ」
「ぐぬぬぬぬ! 見てなさい小娘。あなたより完璧に師匠さんの作戦をこなしてあげて、完璧なご褒美を頂きますからね。あとでひとり枕と下着を濡らして指を口とあそこでくわえ――」
「具体的な説明はしないでくださいます!?」
とんでもねー下ネタを突っ込んでくる吸血鬼を止めて、俺はため息を吐いた。
「はぁ~、まったく。緊張感が霧散した」
「良いことですわ。わたし達はこうでなくては」
「それ、ルビーだけだからね」
「パルも道連れです。人生はおもしろカッコよく笑って生きなければ意味がありませんもの」
素晴らしい理念だが。
ルビーに言われると、なんか否定したくなってしまうのは何故なんだろうか。
はぁ~……
まぁ、いい。
もう一度、ふぅ~、と息を吐いて体内の空気を入れ替える。
「頼むぜ、パル、ルビー」
「はーい」
「了解ですわ」
うむ、と俺はうなづき、階段を見上げる。
この先に勇者と、その仲間たちがいる。
「では、作戦開始」
俺の言葉を合図として、静かにそこを登っていく弟子と吸血鬼を見上げながら。
「……」
少しだけ表情がイビツに歪んでしまうのを。
俺は懸命にこらえるのだった。
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