~卑劣! これからいっしょに~
知恵のサピエンチェ。
もしくは、ルゥブルム・イノセンティア。
その通称をルビー。
魔王直属の四天王であり、退屈に殺されている吸血鬼でもある。
「うふふ。仲良し仲良しですわ~」
そんな吸血鬼さまの気まぐれで、俺とパルはアンドロと強制的に打ち解けてしまった。
一歩間違えば俺もアンドロも大惨事だったんじゃないか。
知恵ではなく、単なる気まぐれで物事を動かさないで欲しい……結果良ければ全て良し、なんていうのはマヤカシだ。まったくもう。
「ウチのサピエンチェが申し訳ない。感情を優先するタイプなのは昔から知っていたが、ここまで愚かだとは思わなかった」
なぜかルビーの代わりに謝っているアンドロさん。
苦労してるんだろうなぁ……
「あ~、いえいえ。こちらも迷惑になっているかと、いや、えーっと、不快に思われているようで申し訳ない……」
どう答えればいいのか、さっぱり分からん!
当たり障りの無い言葉を選ばないといけないんだろうけど、魔物種の文化も良く知らんし、そもそも何が当たって障るのかも知らないのだから、言葉が続かない。
しかもアンドロは、俺やパルが『魔王領』の人間であると思っているわけで。
人間領から連れてこられた、なんてバレようものならもう一悶着起こってしまうのは確実だ。
はぁ~、と俺がため息をついたらアンドロも同時にため息をついた。
向こうも向こうで苦労があるらしい。
まぁ、そりゃそうだよな。
支配領のトップ。いわゆる国の王さまがフラフラとどこかへ遊びに行って、ずっと留守にしてたら急に魔物を友達とか言って連れてきた、みたいな?
そんなイメージだと思うので、心労を察する。
大変ですね。
「お待たせしました。美味しい紅茶をいれてきましたわ」
で、その王さまが何をしてたかというと、みずから紅茶を淹れていた。パルといっしょにキッチンにいって、トレイにカップを乗せて戻ってくる。
残された俺の気まずさっていったら物凄かったし、上に勇者がいることを忘れてません?
と、ルビーに問いただしたかった。
たぶん聞いても無駄だけど。
というか、城の主が自分で紅茶をいれて部下にふるまうっていうのは、支配者的に有りなんだろうか?
威厳とかそういうの、まったくもって無くなってしまうかと思うのだが……まぁ、だからといって強さが下がるわけでもないか。
舐められたところで一瞬にして殺してしまえば片が付く。
アンドロの毒針での一撃も恐ろしい速さがあったが……言ってしまえば、俺程度の人間で避けられる速度だ。
もしもルビーが本気を出せば、俺程度の人間ではまったく避けられないと思う。
同じ魔物種でも、強さにはかなりの差があるんだろう。
圧倒的に強いからこそ魔王はルビーを四天王のひとりとして選んだはず。
残念ながら頭は足りていないが。
それを考えれば、知恵のサピエンチェという名前。
ものすげぇ皮肉じゃねーか。
そういうこと?
そういう意味で名前を付けたの、魔王サマ?
めちゃくちゃ陰険ですね。
さすが魔王サマ。
「……ん?」
「ど、どうしましたシショ……こほん、エラント。紅茶が口に合わなかったでしょうか?」
「あ、いや、いえ、紅茶は美味しいです。サピエンチェさま、ちょっと気になったのですが」
「なんでしょう? アンドロちゃんの胸のサイズでしょうか?」
いや、大きい胸にはまったく興味ないので。
なぜかパルがアンドロの胸を凝視している。
うらやましいのだろうか。
パル、お前はそのサイズが完璧だ。機能美でもあるが、美しさも感じる。ララ・スペークラも夢中になっておまえの全裸を描いたのが理解できるぞ。
うん。
あ、ちょっと思い出し過ぎた。
無心。
無心!
「エラント? おーい、エラントくーん?」
精神集中しているとルビーに呼ばれた。
ちょっとクン付けはドキドキしちゃうのでやめてほしい。
「し、失礼しました。えっとですね、四天王サマの名前が気になったもので」
「名前?」
ハイ、と俺はうなづいた。
知恵のサピエンチェを皮肉で名付けたとすれば……他の四天王たちも同じ法則で名付けられたと考えられる。
「乱暴のアスオエィロー、愚劣のストルティーチァ、陰気のアビエクトゥス。ですわ」
「乱暴と愚劣と陰気……」
それらが皮肉に名付けられたとすれば。
乱暴の反対は……温厚か?
愚劣の反対は……優秀?
陰気の反対は、陽気だろう。
そう考えると――
乱暴のアスオエィローと陰気のアビエクトゥスは、上手くいけば話し合いで決着が付けられるのではないだろうか。
事実、アスオエィローと勇者は一騎打ちをし、『引き分け』という結果に終わっている。
両者が生きている、という事実を考えるにアスオエィローは『温厚』なる性格の可能性が非常に高い。
やはり、それを皮肉って魔王サマは名前を付けたと考えられるな。
四天王となったからには、残虐非道になれ。そういう思いも込められたのかもしれない。
まぁ、それが事実とするならば。
やっぱり知恵のサピエンチェと名付けられたルビーがちょっとアレ過ぎるんだけどね。
四天王となったからにはもうちょっと頭を使え、このアホ吸血鬼。
……って、魔王サマが言っているような気がした。
「どうしました、エラント。名前が気になりました?」
そんな推測を本人に伝えられるわけもなく、ましてやアンドロさんのいるところで披露するわけにもいかないので、俺は慌てて首を横に振った。
「いえ、なんでもありませんサピエンチェさま」
そうですか、とルビーは首をかしげつつも納得したような様子で紅茶に口をつける。運んできたカップの種類はどれもバラバラで、お客様用とは思えなった。
誰かが専用で使っているような汚れも無いので、倉庫で使われていなかった物を適当に見つけてきたんだろう。
俺は一番小さなカップを取って口を付けた。
ふむ。
普通に美味しい……魔王領で作られた紅茶だが、人間領の物とそう変わらない気がする。
紅茶は紅茶、ということなんだろうか?
少々気になる。
「では、私は仕事に戻ります。何か必要な物や用事がございましたら、いつでもおっしゃってください」
みんなで紅茶を飲み終わった頃、アンドロはそう言って部屋から出ていった。
その際、ジロリと俺とパルに視線を向けてきた。
あまり調子に乗るなよ人間、といった感じか。
アンドロには申し訳ないが……もう少しだけ嘘を通し続ける必要がありそうだ。
「なぁ、ルビー。アンドロは魔王サマのことをどう思ってるんだ?」
「そうですね。脅威、でしょうか」
「きょうい?」
パルが首をかしげて聞き返した。
「えぇ、恐れの感情が強いと思います。魔王さまは強くて恐ろしい。それが魔物種に共通する認識でしょう」
「尊敬や信頼じゃないのか?」
魔王『さま』と敬称を付けているくらいだ。
畏怖だけでなく、強さへの羨望や純粋なる憧れみたいな感情があると思ったのだが……?
「それは感じていませんわね。特に魔物種は魔王さまによって助けられた部分はありませんから、あまりそういった感情は抱きにくいかと思います。逆にわたしは支配領の皆さんに愛されておりますが」
えっへん、と小さな胸を張る吸血鬼さま。
かわいい。
「そういうものか?」
う~ん、と俺は考えつつも――思ったこと、考えたことを言葉に出して聞いてみた。
「魔物種は人間……を食べてるじゃないか。それを自由に食べられるようになったのは魔王サマのおかげ、というのは考えられないか?」
「もしかすると、種族によってはそんなことを考えている可能性はあります。ですが、アンドロは人間を食べません。わたしも食べませんし。人間種を美味しいと思っている種族でしたら、もしかしたら魔王さまに感謝しているかも?」
なるほど。
「じゃぁ、こうやって平和に暮らせていることに感謝とかは? 魔王領だからこそ、平和にのんびりと生きていける」
「それこそわたしに向く感謝ですわ、師匠さん。魔王さまじゃなくて、サピエンチェさまのおかげです。素晴らしい統治能力」
「アンドロを褒めてあげてくれ」
うぐぅ、とルビーは苦しい声をあげた。
ふ~む。
しかし、分かるような分からないような……アレか。ジックス街近くの村に住んでいると、パーロナ国の王さまよりも、ジックス領の領主であるイヒト・ジックスをより身近に感じて感謝しているような感じか。
遠すぎるがゆえに交流も会話もなく、縁が無い。
それはそのまま、信頼や尊敬、信奉にも影響がある。
人々にとって魔王サマよりも四天王のほうが身近な存在となり、魔王サマとはやはり畏怖と恐怖の存在である。
どこか王族と貴族の関係に近いような気がしてきた。
王族に不敬を働くと一撃で首が飛んでしまうようなものだ。貴族と王族どっちが怖いか、と領民に聞けば、全員が王族と答えるだろう。
政治というか、支配というか。
そういうものは、難しいな。
「では、ルビーが魔王サマを裏切っていても、アンドロは受け入れてくれる可能性はある。と、考えてもいいだろうか?」
「生真面目な子ですからね~。そこは難しいかもしれません。ふざけないでください、と信じてくれないかも?」
「あぁ、そうかもしれないな」
「でも、自由にしていい、と言っていたのは魔王さまですからね。わたしが裏切ろうともアンドロちゃんも裏切ろうとも、仕事をするのは同じですから。もともと人間大好きな自治をしておりますので変化はないでしょう。もしもアンドロちゃんがわたしを見限って魔王さまに付いたとしても、新しい四天王になったとしても、その結果は変わりませんわ」
そんなもんなのか、と俺は肩をすくめた。
「ルビーも働けばいいのに」
パルの言葉に吸血鬼は肩をすくめた。
「飽きました。わたしだって最初はちゃんと領主みたいなことをしていましたわよ。でも飽きました。本気で飽きました。つまんない。面白くない。時折入ってくるモンスター退治の話がどれだけ心待ちでしたか」
「ダメ人間」
「失礼な。吸血鬼ですぅ」
「ダメ吸血鬼」
「はい」
「認めた!?」
「ふっふっふ。パルもダメ人間にしてあげようかしら~」
「きゃー、やめて~」
パルが部屋の中を逃げ出し、ルビーが追いかける。楽しそう。美少女が楽しそうなので世界で一番平和な光景だと思う。うん。
だがしかし――
美少女たちがキャッキャウフフと楽しんでいる部屋の中におっさんがひとり。
どう考えても異物であり不純物だ。
俺、出ていったほうがいいんじゃないだろうか。
そんな風に思った。
いやいや、違う違う。そんなことを思ってる場合じゃない。この上には勇者がいるっていうのに、なにやってんだ俺たち?
「おーい、そろそろ聞いてくれ」
「あ、はーい」
「分かりました」
俺の合図でパルとルビーが遊ぶのをやめて戻ってきた。この状況、アンドロさんが見たら怒髪天を突く勢いで毒針が飛んでくるんだろうなぁ、なんて思う。
あ、良かったら帰りにアンドロさんの毒をもらえないだろうか?
「それ、とんでもない言葉ですわよ?」
「え、そうなの?」
「おしっこください、とか、唾液をください、って言っているようなものです。わたしだったら師匠さんの精――」
「いわせねーよ!?」
「あたしも欲しい!」
「ややこしくしないでくださいます!?」
はぁ、と落ち着いてから。
俺はパルを見た。
「――さて、パルヴァス」
「は、はい」
俺の真面目な様子に、パルは背筋を伸ばして聞いてくれる。
イイ子だ。
「今から……俺たちはとても大事で、とても重要なことを起こす」
「起こす?」
「やる、と言ってもいいし、する、と言ってもいい。まぁ、言葉はなんでもいい。とにかく、極めて重要で失敗の許されないことだ」
「わ、分かりました」
少しだけ緊張するような面持ちでパルはうなづいた。
「もしも成功すれば、俺が隠してることを全部話すよ」
もう、誤魔化しようがないし。
「あ……はい。はい! がんばりますっ!」
パルは嬉しそうにうなづいた。
俺という人間が、単なる盗賊でもなく、ましてや旅人じゃないことをパルはすでに知っている。そして、なにか重要なことを隠しているということも。
その答えは――
今、自分たちの上に……このお城の二階にいる。
自然と俺は天井を見上げた。
もちろん、なにひとつ感じられない。恐らく結界というやつが気配や物音という『情報』を遮断しているのだろう。
おかげでノンキにお茶会が出来るんだが。
でも。
ここにはいるんだ。
勇者が。
共に育ち、共に旅立ち、共に生きてきた友人でもあり――
世界の運命を担う人間が。
そして。
俺を憎み、疎み、追放した女たちもいる。
まったくもってどんな因果をしているのか、どんな応報を持って、ここに辿り着いたのやら。
自業自得か。
はたまた自縄自縛か。
なんとも複雑な気分だ。
だが。
それも、今日。
決着がつく。
決着がついてしまう。
いや。
決着をつけなくちゃぁいけない。
どんな形になろうとも。
どんな結果になろうとも。
今から。
これから。
俺とパルとルビーの三人で。
いっしょに決着をつけよう……!
「では、今から作戦を説明する」
ふたりの美少女たちは返事をして、俺の目を真っ直ぐに見た。
そのうちのひとり。
ルゥブルム・イノセンティアの目を見て、俺は言う。
「ルビーには、もっとも厄介なヤツを相手して欲しい」
「分かりました。どんな命令でも忠実にこなしてみせますわ」
「頼もしい限りだ。ルビーにやってもらいたいのは戦士の相手だ。アホみたいにタフで頑丈で重くて強い。あいつの前に立つどーんと分厚い壁だ。その戦士を引き剥がして、倒してくれ」
「ふふふ。それはそれは楽しそうな命令ですわ」
ルビーは笑う。
勇者の盾としての役割を果たす戦士。職業的には騎士のほうが合っているのだが、攻撃の要としても存在感は充分にある。
攻撃も出来る盾。
ある種、完璧な戦士の姿でもある。
パーティの中で一番厄介なのは確かで、あいつを勇者の前から引き剥がすのは至難の業だ。
だが、ルビーならやってくれる。
つくづく出会っていて良かったと思うよ、まったく。
「パル。おまえにやってもらいたいのは――」
ごくん、とパルがつばを飲み込んだ。
緊張しているのだろう。
なので、一呼吸おいてからゆっくりと説明してやる。
「ふたりの人物を相手取ってもらう」
「ふ、ふたり!?」
今までになかった命令にパルは驚いた声をあげた。
「大丈夫だ、落ち着け。相手は後衛職である『神官』と『魔法使い』だ」
賢者と説明するより魔法使いと言ったほうが良いだろう。もちろん後で詳しく『賢者』であることを伝えるが、第一印象で賢者と意識させると、パルの行動を制限してしまう可能性がある。
のびのびやれば、賢者など恐るるに足らん。
ただのババァだ、ババァ。
10歳の美少女が負けるわけがないだろう?
「ただし、その魔法使いはあらゆる魔法を使ってくる。なにより俺もヤツの手を知らない。学園長ですら知らない魔法を使ってくるかもしれん。なので、あまり的確なアドバイスはできん。ただ――」
「魔法さえ使わせなければ、楽勝ですね!」
俺の言葉を奪うようにパルは言った。
まるでイタズラっ子のように、にっかりと笑う。
「そのとおり」
俺はパルの頭をクシャクシャと撫でてやる。
かわいい弟子め!
あとで思いっきり抱きしめてやるからな。
「師匠は何をするんですか?」
「残ったひとりをぶっ倒す」
なるほど? と、パルは疑問符を浮かべながらも納得した。
この戦いが何を意味しているか。
それを知った時が、全ての答え合わせになるわけで。
是非ともパルに説明してやりたいものだ。
俺、実は勇者パーティの仲間だったんだぜ、と。
「では、今回もこれが必要ですわね」
ルビーが影から仮面を取り出し、手渡してくれた。
すっかりとお馴染みになったオーガの仮面。
なるほど。
勇者を倒す者としては、おあつらえの物だな。
「作戦名はどうしますの?」
「いるのか、そんなもの」
いりますわよね~、とルビーはパルに訴えて、パルも、うんうん、とうなづいている。
作戦名か。
じゃあ、適当に――
「作戦名は『ざまぁ』で」
「「ザマァ?」」
「ざまぁみろ、という意味だ」
有能な人間を追放した結果、その人物に復讐されてしまう。
よくある話、といえばそれまでなのだが。なかなかそういうことは起こらないわけで。だが、とりわけ恨みのある人物だったらこういうだろう。
ざまぁみろ、と。
おまえらの判断は間違っていたな、と。
そう言って笑うのだろう。
もっとも――
俺の感情としてはちょっと違うけど。
とりわけ、パルが真実へと到達するのをほんの少し邪魔するだけの作戦名だ。勇者討伐作戦、という名前では答え合わせを先に済ませてしまう。
そうなると、パルは萎縮してしまう可能性が高い。
今から自分が戦う存在が勇者パーティだなんて。知らないほうがマシだ。
卑怯で卑劣。
ハッタリと見栄だけで生きてる俺みたいな盗賊には、丁度いい作戦名だろう。
そう思う。
なぁ、勇者。
おまえならどんな作戦名を付ける?
きっと、バカみたいに恥ずかしい言葉を思いつくんだろうよ。
後で聞いてみてもいいが。
聞くまでもない気がしないでもない。
「師匠」
「ん? どうした?」
「なんだか楽しそうです」
「そうか?」
あぁ。
「そうかもな」
じゃぁ、細かく打ち合わせていこう。
なに。
ターゲットは真上にいる。
のんびりとやっていこうじゃないか。
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