~卑劣! 今からいっしょに~

 本当なら。

 本来なら。

 実際なら。

 普通なら。

 そこへ踏み入れるには、一呼吸入れるはず。

 不気味なる吸血鬼の城。

 魔王直属の四天王、知恵のサピエンチェが住まう領域。

 ましてや、そこに――ケンカ別れにも似たような状況の元仲間たちがいるのだから、一呼吸も二呼吸も入れたい。

 という内面の俺なのだが。

 外面たる吸血鬼の眷属となった俺は、それを許してくれなかった。

 まぁ、ルビーがスタスタと平気で進んで行くので仕方がないんだけど。

 ルビーにとっては自分の家でもあるわけで。お城を実家と言い続けるのはどうかと思うのだが、この様子を見るとホントに『実家』という概念で扱っている気がしないでもない。

 ジックス街で新しく買った俺の家。

 ルビーの城に比べたらオーガとゴブリンほどの違いはあるのだが、あれはあれでルビーは満足しているらしい。

 気が付けば本棚が徐々に埋まりつつある。こじんまりとした部屋の中で、人間種が新しく書き上げた本を買ってきて、読書を楽しむ、という生活は……まぁ、憧れではあるよな。

 分からなくもない。

 平和を享受するというか、余暇を楽しむというか。

 ノンキに読書ができるほど生活に余裕があるということだ。

 恐らく、貴族さまであってもそう簡単に辿り着ける生活ではない。たいてい、人間の生活というものは忙しいわけで。

 読書が楽しめる、というか、本を買う、という行為事態が相当な贅沢と言えるかもしれない。

 ちなみに。

 そんなルビーと比べて、パルは部屋の中にあんまり物が増えていない。


「好きな物を買っていいんだぞ。お金が足りなかったら言ってくれ」

「う~ん?」


 物心付いた時から共同生活が当たり前で、尚且つ、そんな場所から逃げ出したパル。初めての自分だけの空間、ということもあって戸惑っている様子ではあった。

 なにせ――


「師匠は何か買わないんですか? 師匠の好きな物ってなんです?」

「う~ん?」


 俺も同じだったので。

 趣味みたいな物があればいいんだが……ルビーのように本に興味があるわけでもないし、かといってララ・スペークラのように芸術が好きというわけでもない。料理もそこまでこだわっているわけではないし、商売をするつもりもない。

 学園都市ではあらゆる物が研究されていたが、それに対して食指が動いた物が無かった。

 というわけで、俺とパルの部屋は最初のままが維持されている。

 う~ん?

 なんかもったいないような気分でもある。

 普通に生活している家庭を一度覗いてみたい気分だ。

 ラークス少年に頼んでみようか。

 一般的な部屋ってどんな感じ?

 みたいな。


「ただいま帰りました。元気にしていますか、ガーくん」


 お城の前に番犬ならぬ番彫像というか、番ガーゴイルは、ルビーの姿を見るとイソイソと柱から降りて主人に撫でられるのを待っていた。

 よしよし、とルビーはそんなガーゴイルの頭を撫でる。


「お客さんが来てるみたいですね。イタズラはしませんでした?」

「ガー」


 なにやらガーゴイルは不満そうな表情を見せる。お客人が気に入らなかったのだろう。なにせ勇者ご一行で、モンスターとみれば容赦なく襲い掛かって倒すような連中だ。

 大方、賢者あたりがガーゴイルに気づいて戦闘態勢を取ったのかもしれない。

 彫像みたいな魔物ではあるが、意外と感情豊かというか、良く観察すれば分かるものなんだな。

 まぁ、普段から遭遇するガーゴイルは、不意打ちを受けたるのが当たり前。なにより敵対している状態なわけだから、恐ろしい顔を浮かべているのが通常。

 そんな表情しか見てないので、ガーゴイルの感情も何も分かったもんじゃないけどね。

 あと遺跡にいることが多いので、モンスターとか魔物とかじゃなくて、ゴーレムに似た防衛装置なことが多い。

 神話時代の人間種は、このガーゴイルを見て防衛装置を作ったのかもしれない。

 ガーゴイルにとってはいい迷惑だ。


「あら、お客さまに何かされまして?」

「ガーガーガー」


 やっぱり何かされたらしい。

 不満そうな表情で、ガーゴイルがルビーに訴えている。


「あら。ルビーさん家のガーゴイルに無礼を働くなんて。お仕置きが必要ですわね」


 だからその、城を普通の家みたいに表現するのはやめて欲しい。

 なんだ、ルビーさんチって。

 サピエンチェさんチだろうが。普通に俺が名付けたほうを言ってんじゃねーよ、知恵のサピエンチェ。

 いやどうでもいいけど。


「よしよし。引き続き守ってくださいね」


 ルビーがガーゴイルを撫でているとパルもそこに加わった。ルビーが命令したのか、それともまた暴走しているのか分からないが……まぁ、ルビーが驚いたりしていないので、想定内なんだろう。

 今回、魔王はいないので多少の自由は大丈夫。

 正反対の勇者がいるだけだ。

 魔王と違って、殺されはしない。

 殺しにかかってくるのなら、勇者失格という話だしな。

 もっとも――

 こっちは殺しに行くつもりだ。


「おかえりなさいませ、サピエンチェさま」


 城の中に入ると、薄暗いエントランスにアンドロがいた。下半身がサソリになっている彼女の身長は子どもよりも低く、頭を下げた姿は床に這いつくばっているようなもの。

 どうやってルビーが帰ってくることを察知したのか分からないが。

 丁寧に出迎えてくれたようだ。

 それにしても――

 魔物にも頭を下げる文化があるんだな、と改めて思った。それ共に、やはりルビーは人間臭いというのを思い知る。

 なにせ違和感なく人間領で暮らしていたりするし。文化というか、人間の暮らしに違和感なく溶け込んでいるというか。

 それを考えると、魔王領も人間領も、文化や暮らしはそう変わらないのかもしれない。ただ食べ物が違うだけ。

 もちろん、その一点が致命的なのだが。

 まぁ、それはこのサピエンチェ領だけのことで、他の四天王や真に魔王が支配する地域では、また違うのかもしれないが。


「アレが来たそうね」

「はい。サピエンチェさまの命令に従い、保護しております」

「よろしい。……ん?」


 一度納得したルビーだが、思い直すように疑問の声をあげた。


「アンドロちゃん。その保護って、隠語的な保護じゃないですわよね?」

「ボコボコにして幽閉しているのを『保護』として使用しているわけではありませんので問題ないですよ」

「そう。良かった良かった」

「良くありません」


 うっ、とアンドロの怒ったような不機嫌な表情に、ルビーは圧倒されている。相変わらず、どちらが上なのか分からない従者の態度だ。

 理想的といえば理想的なのだが。


「まったく。こちらも半信半疑だし、相手も半信半疑。一触即発とはこのことです。荒ぶる神をお腹の下で温めているような気分です」

「サソリって卵生でしたっけ。アンドロちゃんの卵、見てみたい!」

「ぶっ殺しますわよ!」


 アンドロの毒針しっぽがスコーンとルビーの額に突き刺さった。

 えー!? と、内心驚いたのだが、平気で立ち続けているルビーを見て安心する。いや、安心するっていうのも変だけど。

 というか、さすが魔物というやり取りというか、平気で毒のしっぽを刺せるんですねアンドロさん。怒らせるのはやめておいたほうが無難。

 まぁ、怒らせる予定なんて無いけど。

 あ、でも現在進行形でアンドロさんをイライラさせている原因は俺か。

 ごめんなさい。


「あいたたた……なにをするんですかアンドロちゃん。マジで痛いですわよ? ちょっと卵が見たいって言っただけなのに……」

「それのどこがちょっとですか。私の卵が見たいのでしたら、同じ種族の男性を見つけてきてください」

「交尾を見学しても?」

「その時は魔王サマに頼み込んでサピエンチェさまを消滅させてもらいます。それともミノタウルスの巣に手足をちぎった状態で放り込みましょうか?」

「ひどい」

「どっちが酷いんですか、まったく」


 はぁ、とアンドロは大きくため息をついて六本の足を複雑に動かして反転した。


「どうぞこちらへ」

「あら、二階じゃないんですの?」


 二階へ登る階段ではなく、一階の部屋へと案内するアンドロ。疑問に思ったのかルビーが質問する。


「結界を張られていますので、相当に警戒されています。サピエンチェさまが不快になるかと思って、まずは一階でごゆっくりなされれば。と思いました」

「ふむふむ」


 ルビーは廊下の天井を見上げながら、ワザとらしく声を出した。

 結界を張っている……ってことは賢者の魔法だろうか。神官が使えるのはもちろん神官魔法なので、それ意外の魔法的な何かと言えば賢者の仕業の可能性が高い。

 俺の知らない未知のアイテムではなく、賢者が結界を張ったとすれば……精霊魔法か、もしくは召喚魔法の一種だろうか?

 俺が手の内を明かせなかったのと同様に、賢者の魔法を全て知っているわけではない。

 今回、もっとも危惧するのが賢者だ。

 できれば、戦闘開始まで何も情報を与えたくはない。

 ことごとく邪魔をされるだろうし、なんならそれ以上の損害を与えられてしまう。

 環境と状況によってはルビーも負けてしまうんじゃないだろうか。

 そう思わせるほど、頭が良い。

 ので。

 余計な策を練るよりも、真正面からバカ正直にぶっ潰すのが一番安全で効率が良い。

 変に小細工を仕掛けると失敗するし、読み切られてしまうので。

 まぁ、賢者にはせいぜい中途半端に余計なことを考えて自滅してくれることを願おう。不可能に近い願いだけど。

 そもそも魔王領で願ったところで精霊女王ラビアンさまには祈りが届かないわけで。だったら神官魔法も弱まっている可能性があるし、そこを突ければ楽になれるが。

 ここは我が愛すべき弟子に頑張ってもらおう。


「どうぞこちらへ」


 アンドロに案内された部屋は、少し大きめの部屋でテーブルと椅子が置いてあった。元は何か別の用途に使われていたように感じるが、慌てて片付けでもしたのだろうか。

 窓の無い部屋、ということで倉庫だったのかもしれないが……吸血鬼の城、ということで窓が無いのが通常という気もしないでもない。

 いや、本来は地下にある宝物庫こそが吸血鬼の部屋として正解だとは思うが。

 このヘンテコな吸血鬼さまにとっては、なんの面白味も変化も無い地下なんて、退屈で仕方がないだろう。


「エラントとパルヴァスの椅子が無いですわ」

「まだこの人間を連れていたんですね」

「当たり前です。面白いですわよ。普通に話してみます? 案外、アンドロと仲良くできそうですわよ」

「え、いや、それには及びませ――」


 アンドロが否定する前に俺の眷属化が解除されたらしい。

 一気に自由になったので、危うくバランスを崩すところだった。


「――こ、これはこれは初めまして? あ、いや、エラントと申します。よろしくお願いしますアンドロさん……」

「ど、どういうことですかサピエンチェさま?」


 俺が挨拶したのにも関わらずアンドロさんは挨拶を返してくれませんでした。

 だから年上って嫌いなんだよ。

 うぅ。


「ほら、アンドロちゃん。挨拶は基本ですわよ。魔物種も人間種も、コミュニケーションが大切です。仲良しの秘訣はお話ですわ。話し合いが少ない国から滅んでいくのです」

「そういうことではありません。なんで無理やり眷属化されている人間がサピエンチェさまに好意的なんですか、と聞いているのです」

「友達だからですわよ? ねぇ、パルヴァス」

「うわっ。あ、うんうん。友達だよ~」


 わーい、とパルの眷属化も解いたらしく、のんきにルビーと抱き合っている。


「友達ですって……」


 なにやらアンドロがプルプルと震えだす。

 これは、どちらかというと怒りを抑えている雰囲気。

 ヤバイ予感がする。

 助けてルビーさま……!


「この失礼な人間どもがぁ!」


 先ほどルビーの額を突き刺した毒針しっぽでの一撃。まるで神速の槍で突かれるような気迫と速度だ。

 俺は床に頭突きをする勢いで避けると、そのまま床を両手で押すようにして立ち上がると、大きく後ろへ下がる。

 なんとか避けれた!

 でも、パルが――と、心配したがアンドロの攻撃からパルを守ってくれた。さっきは額に当たっていたくせに、今度はちゃんと指先で毒針を止めている。

 というか掴んでいて、攻撃を続行させなかった。

 支配領での強さは、やっぱり半端じゃないな知恵のサピエンチェ。おもしろ吸血鬼じゃなかったら絶対に勝てないよ。


「こらこら、アンドロちゃん。わたしの所有物を傷つけようとするなんて許せませんよ。特にパルヴァスは壊れやすいので丁寧に扱ってくださいまし」

「人間種がサピエンチェさまと友達などと――!」

「ふーん。では、アンドロちゃんは魔物種だからわたしが大好きということですか」

「ど、どういう意味ですか?」


 上手い。

 アンドロの怒りを一瞬にして疑問という形に変換させ、有耶無耶にした。


「もしもアンドロちゃんが魔物種ではなく人間種だったら。わたしと友達にはなってくださいませんでしたの?」

「それは詭弁です。方便です」

「詭弁で結構。方便でも同じ。わたしは前から言っていますわよ。人間が大好きだ、と。わたしは人間が好きですから、人間がわたしを好きになる権利はありますわよね? 一方的な愛しか認めないなんて、奇妙ですわ。こちらは好きでいいのに、そっちからは好きではないことを望む。おかしくないですか?」

「それはおかしいです。ですが、今は『友達』の話をしているんです」

「つまり、対等の関係に問題があるのでしょうか」


 ルビーはようやく毒針しっぽから指を離す。アンドロの後ろに下がった毒針は、その先端が見えないように背後へと隠された。

 二撃目が無い、ということでホッと息を吐いたパルはルビーの背中から顔を出した。


「これが対等の関係に見えます?」

「う……」

「このパルヴァスは、わたしが保護しないとすぐに死んでしまいます。この関係が対等に見えるのだとしたら、アンドロちゃん。あなたは相当に弱くなりましたわね」

「……」

「いいではないですか。話し相手です。退屈殺しです。面白い人間とは、楽しく話すべきなのです。退屈しませんわよ?」

「……」

「ふふ、どうしましたアンドロちゃん。アンドロちゃーん。だいじょうぶですか~、よちよち、勘違いしちゃいましたね~、頭の良いあなたがそんな『嫉妬』をするなんて。失敗しちゃいまちたね~」


 あ、言っちゃった。

 それ言っちゃったら、もうおしまいじゃないですか?


「うがあああああああ!」


 アンドロさんの毒針しっぽが再び超高速の動きでルビーの額にスコーンと刺さった。

 それを甘んじて受け入れるルビー。

 さらに連打。

 スコスコスコスコスコスコ、と何度も毒針が刺さり、引き抜かれ、刺さりを繰り返し――


「ぜぇぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ……!」


 最後にはがっくりとアンドロさんが肩を落とした。

 お疲れ様です。

 ムカつく吸血鬼、できればいっしょに倒し方を考えてあげたい。

 そう思いました。


「うふっ。アンドロちゃん大好き~」

「私は嫌いです」

「残念でした。わたしは二倍アンドロちゃんが大好きなので、ふたり合わせて同等です。つまり、アンドロちゃんもわたしが大好きということになりますので、あきらめてください。相思相愛です。いっしょに卵を産みましょう」

「産みません!」

「果たしてベッドの中でもそう言い続けられますでしょうか。うふふふふふふ!」


 逃げようとしたアンドロをルビーが追いかける。

 もちろんルビーのほうが遥かに速いわけで、アンドロは抱え上げられた。まるで抱っこするように持たれると、サソリの足がぶらーんとなる。なんかちょっと可哀想だ。


「はい、エラントとパルヴァスに謝ってくださいまし」

「……申し訳なかった」

「名前を呼んであげてください」

「エ、エラントとパルヴァス」

「はい、握手」


 無理やり近づいてくるので、アンドロさんと握手した。パルヴァスも握手している。


「はい、これでわたし達は友達です。アンドロちゃんと仲良くしてあげてくださいな、エラント。パルヴァスも」

「あ、あぁ」

「はーい」


 俺としてはうなづくしかないのだが、パルは元気に返事をしてた。


「よろしくね、アンドロさん」

「ち、近づかないでください」

「え~、なんでなんで~?」

「なんでもです。わ、ちょ、ちょっと触らないで。危ないですわよ」

「毒針が気になって。刺されると死ぬ?」

「死にます。ホントに危険ですので、離れてください」

「はーい」

「……ふぅ」


 安堵の息を吐いたアンドロを見て、ルビーはニヤニヤと笑みをこぼした。


「仲良しですわ~」

「……この吸血鬼を仲良しから外したくなります」

「分かる」

「賛成」


 アンドロさんの言葉に容赦なく俺たちはうなづいた。


「なんでですか! ちょ、わたしだけ仲間外れとか泣いてしまいますからね! え、なん、へ、返事をしてくださいましー!」


 もしかしたら。

 無視をするのが、吸血鬼たる知恵のサピエンチェに一番効果のある攻撃方法なのかもしれない。

 倒せはしないが、かまってください、と擦り寄ってくるのは明白であり。

 仲間にするのは簡単だったかもしれない。

 う~む。

 魔王サマ、人選間違ってない? この場合は、吸血鬼選。

 まぁ、いいけど。

 恐ろしいだけの吸血鬼だったら。

 今ごろ勇者パーティは全滅しているのだから。

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