~卑劣! 勇気だ愛だと騒ぎ立てずに~
「え~、またお仕事なの~」
夜。
ジックス街で一番の宿『黄金の鐘亭』。自由に使って良いと言われたお風呂で汗を流し、食堂で看板娘のリンリー嬢といっしょに俺たちは夕飯を食べていた。
今日のメニューはコーンスープとパン、チキンサラダに魚の塩焼きをしたもの。パルだけ特別に鳥肉を塩で焼いたシンプルな料理を追加注文している。
俺たちの他にお客さんがいなかったのでリンリー嬢もいっしょに食べることになったのだが、そこで明日からまた留守にすることを伝えた。
「もうちょっとゆっくりしててもいいのに~」
「そうも言ってられん」
俺に対してくちびるを尖らせるリンリー嬢。
重そうな巨乳をテーブルの上に乗せて、がっくりとうなだれる姿は思わず視線が吸い込まれてしまう。
可愛らしい仕草に加えて天然の誘惑スキル。
まさに神から与えられたギフトである。
だが、俺に対しては効かん!
残念だったな。そういうことは巨乳が大好きな普通の男に向けてやってくれ。
効果は抜群だろう。
下手をすれば家財を投げ打ってでも『お願い』を聞いてくれるかもしれない。
まぁ、そうなったら本物の『嬢』ということになってしまうけど。
いわゆるチップというやつだ。
娼婦たちは普通に娼館からもらうお給金とは別に、懇意にしている客から特別なお金をもらうこともシバシバあるらしい。モテる娼婦はお給金よりそちらのお金が多かったりする。
まったくもってお金持ちの考えることは分からないが。
少しでもその娼婦の特別な人間になりたい、という気持ちは分からなくもない。
しかし、まぁ、気持ちは分からなくもないとは言うものの、不特定多数の男たちと競い合うためにお金だけを振りかざすのは逆効果に思えるのだが……
まぁ、おかげで娼婦から足を洗う……いわゆる卒業できる者がいるので一概に否定できるものではないが。
ちなみに、この卒業という言葉。娼婦から抜けるという意味合いで使われている言葉なのだが、学園都市でも使われていたりする。
学園都市から卒業。
つまり、学園を抜ける、という意味合いで。
そのせいで、いらぬ誤解を受ける元生徒が多く発生した、なんていう笑い話は有名だ。修行中の吟遊詩人や語り部が真っ先に覚える『笑い話』でもある。
「パルちゃんともっと遊びたいよぉ~」
なに言ってんだ、この成人女性は?
仕事をしろ、仕事を。
「じゃぁリンリーさんもいっしょに来る?」
そんなダメな巨乳女に対して、無責任な発言を我が愛すべき弟子がした。
「え、いいの?」
パっと瞳を輝かせるリンリー嬢は俺を見る。
もちろん俺は首を縦にふった。
ただし――
「俺は守らんからな。秒で死ぬぞ」
「私、仕事で忙しかったんだ。あぁ、大変たいへん。パルちゃん、ごめん。私はいっしょに行けない」
「あははは!」
まぁ、既定路線というか、こうなることが分かっていたパルの発言であるし、リンリー嬢もホントに付いてこれるとは思っていないだろう。
「まぁ、そんなに長くはいないだろうし、すぐ帰ってくるさ」
「ふ~ん。どこに行くの?」
リンリー嬢の質問に答えたのはルビー。
「わたしの実家ですわ」
「結婚の挨拶?」
「はい」
「ハイじゃないが?」
思わず肯定してしまいました、とルビーはすまし顔で答えた。隣でパルが怖い顔をしている。かわいい。
リンリー嬢も冗談が通じて嬉しかったのかケラケラ笑っている。揺れる巨乳が気持ち悪い。
「ちょっとした野暮用です」
まぁ、実際はそんな簡単な話ではなく、野暮用ではない上に、世界の命運をかけた話でもあるのだが。
それを語るわけにもいかないので、ちょっとした野暮用ということになってしまった。
「そうなの?」
リンリー嬢がパルに聞く。
「うーん?」
パルはじ~っと俺を見た。
俺はその視線を真正面から受けて、尚、何も言わない。
「あたしも良く知らなーい」
諦めたようにパルは肩をすくめつつリンリー嬢にそう説明した。
パルにはまだ何をするのか教えていない。
ただ一言、魔王領に行く、とだけ伝えてある。あまり良い印象が無い場所っていうのは確かだし、そうホイホイと行くような場所ではないことを理解していてか、パルは深く聞いてこなかった。
いや――
俺がそういう雰囲気を出してしまっている可能性もある。
質問するな。
そんな態度が見え透いているのかもしれない。
ごめんな、パル。
今回でたぶん、俺の正体も目的も、なにもかもがバレる。いや、何もかも説明しないといけない状況になるだろう。
それを受け入れてくれるよう願うしかない。
もしも。
もしも断られたら。
……う~ん。
まぁ、俺が我慢して勇者パーティに合流するか。賢者と神官にイジメられても、いざとなったらパルとルビーに慰めてもらおう。
うん。
なんだろう。
無敵になれる気がする。
よし。
とまぁ、その日はいろいろと準備をしてしっかりと休息を取った。
翌日――
「ふぅ」
パルとルビーといっしょに魔王領へ転移した。失敗することなく、ちゃんとふたりも俺にしがみついたまま転移できている。
人間領では秋の空気だったが……魔王領はそれ以上の寒さを感じた。
冬とはまた違った独特の冷たさ。見上げれば相変わらず分厚い雲が太陽をさえぎっていて、薄暗い。
刺すような冷たさではなく、まとわりついてくる冷たさ、と表現すればいいだろうか。
何にしても秋でこれなのだから、魔王領の冬は殊更に厳しそうだ。
「う~む」
俺は周囲を観察しつつ、ちょっとした疑問に襲われる。
「何か問題でもありました、師匠さん」
「いや、ここはルビーの支配地域なんだろ?」
街からは少し離れた場所で、荒野が広がっている。草木が少ないながらも生えているのだが、人間領のそれとはまったく違う種類をしていた。
否応なく、ここが違う世界だと認識させてくれる。
だからこそ、疑問に思うことがあった。
「そうですわね。それがどうかしました?」
「実質、ルビーは人間に寝返ったも当然。そうなれば、ここは魔王領ではなく人間領という扱いにならないものか、と思ってな」
「言いたいことは分かりますけど、あくまで魔王さまの領域を借りているようなものですから。それに、わたしの支配領というのでしたら、余計に太陽には顔を出させませんよ?」
ルビーはそう言って腕に装備していたマグを外して見せる。
人間領ならそれだけでルビーの体が燃え上がってしまうのだが、朝という時間帯でも無事にいられるのは分厚い雲と魔王領という領域のおかげか。
環境や空模様がどうこうの問題よりも、単純に神さまの力が届いていない。そういう問題なのかもしれない。
「じゃぁ魔王サマを倒したら、ルビーはここにいられないね」
「実家を失うのは少しさみしい気もしますが……でも、師匠さんが王になれば問題ありませんわ。パルが王妃で、わたしは性奴隷。ステキな余生を過ごせそうです」
「なんで性奴隷なんだよ……どんな設定だ、それ」
「古来より、敗北した国の姫のあつかいなど、このようなものですわ。あぁ、今宵もわたしは無理やり王の相手をさせられてしまいますのん」
なにが、のん、だ。
エロ吸血鬼め。
「安心しろ、俺は王にはならん。領民そのいち、でいいよ。パルが王さまにでもなってくれ」
「女王さまだ。えっへん」
「かわいい女王ですわね。でも鞭は必要かと思いますわよ」
「なんで?」
「え? 女王と言えば鞭ではないのでしょうか?」
俺とパルはふたりで首をかしげた。
魔王領独自の文化なんだろうか?
女王の持つ武器は鞭。なんていう常識は聞いたことがない。
まぁ、リーチがかなり長い上に重い槍に比べたら取り扱いは楽なので、非力な女王という存在に合っているといえば合っている。
しかし、鞭という武器の特性はなにより習得が難しいこと。狙った場所に打ち付けるには相当な熟練度が必要だ。
加えて、どうしてもダメージが伸びないので一撃で相手を倒すことはできない。マジックアイテムやアーティファクトの鞭があればいいのだが、普通の鞭で身を守るのはかなりリスクが高い気がする。
「――というわけで余りおススメの武器じゃないな」
「なるほどですわ」
そんな鞭に対する話をしながらルビーの城がある街へと踏み入れた。
「では、ここから眷属化しますね」
「頼む」
「はーい」
ルビーがうなづくと同時に体の自由が効かなくなる。相変わらず視線だけは動かせるので、街の様子を見つつルビーに続いて体は歩き出した。
街に変化は見られない。
いま、ここに――『勇者』がいるというのに。
街は普段の様子を崩していなかった。
そう。
ルビーの元に届いたメッセージのスクロール。それは下半身がサソリの魔物種、アンドロから送られてきたものだった。
内容は単純に『連絡』というシンプルなもの。
さすがにアンドロという名前は添えられていたが、それ以上でもそれ以下でもない、彼女らしいメッセージと言えた。
もっとも。
俺がアンドロの何を知っているか、と問われれば何も知らないわけだが。
しかし、ルビーとの仲を考えると『無駄を愛する者』と『無駄を排除する者』という感じでバランスが取れている気がする。
「……」
う。
またしても、人間が売られている店を見かけてしまった。
何度見ても慣れないな。
あいつが、これを見てどう思ったのだろうか。
人間種と魔物種がいっしょに暮らしていて、人間と魔物の子どもたちはいっしょに遊んでいて、それでいて食べ物として一部の人間種が売られている。
矛盾しているようなこの街を。
あいつはどう思いながら、通り過ぎたのだろうか。
きっと賢者は怒りをあらわにしただろう。
きっと神官は神に祈りを捧げただろう。
きっと戦士は拳を握りしめただろう。
では勇者は?
勇者は、どう思ったんだろうか。
「……」
分からない。
否定するはずだ、という思いもあるし。なぜかこの風景を受け入れそうだ、という気もした。
それは肯定ではなく。
そういうものとして見る気がした。
限りなく平和に近い光景と。
限りなく異常と言える風景。
それがふたつ同時に見えているのだから。
「……」
そうこうしている間に体は街を通り過ぎ、その奥にある城へ向かって岩肌の坂道を登り始める。
突き出した崖の上に建つ吸血鬼の城。
何度か訪れて、一度は死にそうになった場所。
ごくり、と心の中で嚥下する。
どうしてだろう。
あそこに勇者がいる、ということが分かっているのに。
なぜか。
なぜか、敵対している者の城――まるで魔王城にも思えたのだった。
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