~卑劣! 夜明けだ朝だと騒ぎたてずに~

 降り注ぐ太陽の光は、その威力を弱め。

 暑い夏が終わり、いよいよ秋がやってきた。

 風は心地良く涼しくなっていくが、それはどこか厳しい冬の始まりを告げるような気がしないでもない。

 気持ちまでもが萎えてしまう冬になるまでの準備期間。

 神さまからそれを与えられているのかもしれない。

 もっとも。

 冬を司る神への信仰があつくなると、その地域は年中寒くなってしまうので。平均的に季節が巡る国とは、人々の信仰がバラバラなことでもある。

 つまり、準備も何も気のせい、ということになってしまうので情緒も何もない。

 まぁ、神官にそんなことを語ると説教されてしまうし、学園都市の学園長に語ると長ったらしい説明と解釈が口を挟む暇もなく垂れ流されるので注意が必要だ。


「あわわわ、ま、ままま、まってまってまって!? いや、師匠、ちょ、あう、ひゃぁ!?」

「待たん。ほれほれ、続けていくぞ」

「ひぃ!」


 俺とパルは家の屋上で戦闘訓練中だった。

 間違っても刃を当てるわけにはいかないので、その辺で拾ってきたいい感じの枝で戦っている。

 と言っても、まだまだパルは防戦一方。素早く振り下ろす枝に対して防御するのが精一杯な感じだった。


「地形を利用してもいいんだぞ」

「こんな場所で!?」


 まぁ、屋上には何もないんだが。

 そもそも家の屋上という場所に隠れるところはないし、壁もない。できることと言ったら飛び降りるくらいか。

 無策で飛び降りてもギリギリ大丈夫な高さ。

 逃げの一手には使えるな。


「ただ逃げる、防御する、ではなく次を考えて動け。特にこういった限られた場所での戦闘は簡単に追い詰められる。こうやってな」


 逃げようとするパルの一歩を足で牽制し、視線誘導とフェイントを利用して次の一手を防ぐ。同時に枝を大きく振るってパルを後退させると――


「あっ……」


 という間に、パルを屋上のすみっこへ追いやることができた。

 パルからしてみれば全ての行動を潰されて下がることしかできなかったわけで。つまり、手前の状況から『詰み』だったわけだ。


「二手先を考えて行動してみましょう」

「は~い」


 というわけでパルにトドメを刺した。

 枝でお腹をぷにっと突っつく。心臓を一突きにしようかと思ったが、それだとなんか微妙に意識しちゃうので、胸じゃなくてお腹にしておいた。


「いやーん」


 マヌケな悲鳴をあげながら、パルはぱったりと倒れる。ざんねん、俺の愛すべき弟子は倒れてしまった。

 まぁ、すぐに立ち上がるけど。

 すぐさま、先ほどの状況を脳内で振り返っているらしく、目を閉じて分析している。

 ギフト『瞬間記憶』。

 パルの成長の速さは、この才能のおかげだろうな。恐らくさっきの訓練も最初から最後まで行動を全て振り返れるはず。

 一度の訓練で二回の効果。

 ひとりだけ二倍の経験が得られるわけだ。

 うらやましい。

 俺と勇者も、そんな才能があればおっさんになるまで人間領を旅することは無かっただろうに。


「勉強になりますわ」


 パルが復習している間にフリュールお嬢様が声をかけてきた。

 アルゲー・ギギの件を報告に来てくれたのだが、ようやく王都から帰ってこれたらしい。いろいろと聞き取り調査などがあり、時間が掛かってしまったようだ。

 巻き込んでしまって非常に申し訳が無い。

 しかも、わざわざ報告をするために家まで訪ねてきてくれたようで。ルビーが喜び勇んでフリュールお嬢様のおもてなしをしていたのだが……


「あぁ~……お嬢様力が満たされていくぅ」


 という謎の言葉を発しながらフリュールお嬢様に抱き付くだけだった。


「おやめなさいったら!」

「拒絶する姿も麗しいですわぁ~ん」


 そのままキスをしそうな勢いでくちびるを伸ばすルビーだったが、さすがに彼女のメイドであるファリスに引き剥がされていた。

 まったくもって、吸血鬼が理解できない。

 なにがルビーをここまで狂わせてしまうのか。フリュールお嬢様の謎の魅力に迫りたいところだが、余計なことをすると後ろで目を光らせている戦闘メイドにボコボコにされそうなのでやめておく。

 で、アルゲー・ギギがどうなったかと言うと――

 砂漠国の貴族であるアルゲー。

 なので、そちらの国との連携も必要だったらしく、そこそこ結論を得るのに時間を要した。パーロナ国の貴族もそうだが、それ以上に砂漠国の貴族が多く関連しているだけに調査が難航したのは想像にたやすい。

 アルゲーが製作していた危険な薬物である『魔薬』。

 それを高値で貴族に売りつけ、私腹を肥やしていたアルゲー・ギギ。それを承知で魔薬を楽しんでいた一部の貴族たち。

 単純に気分が高揚するだけの薬なら問題はないが、そこそこ危険な物質であることはアルゲーの護衛だった男の末路を見るのが早い。

 ルビーによって手足を折られた男――俺にケンカを売ってきたあの冒険者は、常時ヘラヘラと笑い続け、時に正気に戻ったかと思うと悲鳴をあげ、そんな自分の悲鳴に驚いて気絶する。

 人間として壊れてしまった。

 そんな状態を我がパーロナ王国の王さまは、貴族に対して公開したらしい。

 こうなるからヤバイぞ、やめとけよ。

 という意味合いで。

 もちろん無理やり飲ませて相手を廃人に追い込む可能性もある。なので『魔薬禁止』という単純な言葉が王様から発せられ、今後パーロナ国を始めとする国々で危険な物として取り締まられることになった。

 使用はもちろん製作するのも禁止。

 調べることすら許されない、という禁忌に指定された。

 そんな魔薬を作ったアルゲー・ギギは、砂漠国に送り返されている最中らしい。

 向こうの国で処罰されるので、しっかりと関係者も含めて『掃除』しておいてもらいたい。

 なにせ今回の事件は逆恨みも当然な結果であり。

 アルゲー・ギギ関連の人間が、またしても俺たちに余計な恨みを持たれても困る。

 しっかりと貴族たちを正常化してもらいたいし、浄化もしてもらいたいし、なんならアルゲー・ギギの存在をまるっと全て消しておいて欲しいくらいだ。

 そういった報告をパルの戦闘訓練をしながらフリュールお嬢様に語ってもらった。

 体を動かしながら情報処理。

 これもひとつの訓練、と思ったのだが――パルには戦闘だけで精一杯だった様子。まだまだ早かったか。


「あと、エラントさま」

「さま?」


 どうにもかしこまった呼ばれ方をして、フリュールお嬢様を見た。なにやら震える手で手紙をメイドのファリスから受け取り、俺に手渡してきた。ファリスが持っていたカバンも必要以上に重厚で、彼女の手もまた緊張しているのか震えていた。


「こ、こちらを預かって参りました。どうぞお受け取りください」


 あの毅然とした態度を取っているファリスすらも緊張していた様子。これは相当な相手からの手紙の可能性が高い。

 そう思いつつ受け取って、検めてみた。

 上等な紙で作られた封筒だ。

 色は薄いピンク色。淡い雰囲気の良い封筒には『エラントさまへ』という文字が小さく遠慮気味に書かれていた。

 手触りの良い紙に何か嫌な予感を覚えつつ、裏返すと――


「うわぁ!?」


 パーロナ王家の紋章入りの封蝋がバッチリと押してあった。

 てっきり、有力な貴族からの手紙かと思っていたが、違った。

 それ以上だった。

 国だよ、国。

 王族からの手紙だ。

 そりゃフリュールお嬢様の手が震える訳だよ。

 パーロナ王家の紋章ということは、国の重要な文書という意味を示している。もしもこの蜜蝋が少しでも欠けていたり外れていたらアウト。中を勝手に見た、ということでフリュールお嬢様が俺みたいに牢屋に入れられてしまう。

 共謀したと考えられメイドのファリスも同罪だろう。

 厳重なカバンに入れられていた訳だ。

 公式な文書を盗み見たとなれば、相当な罪になるはず。下手をすれば一族に渡って処分されてしまう。

 恐ろしい手紙だった。

 というか、こんな手紙があるなら最初に渡しなさいよ。


「いえ、つい緊張してしまって。後回しにしてしまいましたわ……」


 気持ちは分からなくはない。

 とりあえずナイフで封蝋を剥がしてみる。

 これで俺がエラントじゃなかったら処刑されるのが決定となった。いや、俺はエラントだけど。でも厳密にはエラントと名乗っているだけで、実は他にもこんなふざけた名前の人間がいるかもしれない。

 なんていう悪い方へ悪い方へと考えがいってしまうのはアレか。勇者のせいなのか。そういうことにしておこう。

 うん。


「よ、よし」


 震えそうになる手を一端、ギュッ、と握りしめてから封筒から手紙を取り出す。中に入っていた便箋も上質で、少し厚みを感じるような物だった。

 封筒よりもピンク色が濃ゆくなったような色合い。だからといって目が痛いような物ではなく、あくまで上品な感じだ。

 こんな紙、どこかで売ってるんだろうか?

 学園都市で作られたのかなぁ。

 無駄に装飾的というか、色の付いた紙自体が珍しいというのに、それを惜しげもなく庶民たる俺に使用するとは。

 さすが王族。


「なにが書いてあるんでしょう」

「師匠、しゃがんでしゃがんで。見えないよぉ」

「……」


 お気楽な美少女たちに嘆息しつつ、俺はその場にどっかりと座った。

 パルやルビーだけでなく、フリュールお嬢様とメイドのファリスも俺の後ろにまわって手紙を覗き込む。

 尚更、指の震えは見せられないな。

 気合いを入れなおし、俺は正確に指先を動かしながらふたつに折られた手紙を開いた。


「拝啓、わたしの『勇者さま』へ……ん?」


 え?

 なに?

 なんて?

 一瞬にして混乱におちいった俺の代わりに、後ろから覗き込んでいるパルが続きを読み始めた。


「すっかりと秋になってしまいましたね。夏の暑い日差しも大好きですが、秋の涼しい風も好きです。今日、新しいドレスに身を包みましたが、すこし生地が厚くなってきて温もりを感じました。きっと師匠さまが抱きしめてくれている温もりも、こんな風に温かいのでしょう……ん?」


 なんか不穏になってきて、パルがいぶかしげな声をあげた。

 その続きをルビーが読み上げる。


「師匠さまの声、師匠さまの腕、師匠さまのなにもかもがステキで美しく、また理想的であるとわたしは思っています。抱きしめられたわたしは、きっと甘いチョコレートのように溶けてしまうことでしょう。どんなにお金を持った貴族であろうとも、どんなに功績をあげた冒険者であろうとも、幾千万の魔王を倒した勇者であろうとも、師匠さまには敵いませんとも……ん?」


 幾千万の魔王ってなに!?

 魔王ってひとりだけじゃなかったの!?

 と、ルビーといっしょに俺もパニックになりました。

 その続きをフリュールお嬢様……ではなく、ファリスが冷静に読み上げていく。フリュールお嬢様は顔を真っ赤にして頬をおさえていた。


「あぁ、師匠さまとお別れして何日が経過してしまったのか、もう数えるのをやめてしまったくらいに月日が流れました。ひとつ屋根の下で暮らしていた時はとても嬉しく思っておりましたが、あなたは牢屋でわたしは私室。その距離はなかなか埋められるものではありません。今日もわたしは枕を濡らし、師匠さまのとてもステキな腕に抱かれることを夢見て眠りにつくことでしょう。また会える日を楽しみにしていますね。わたしの勇者さまへ。ヴェルス・パーロナより。追伸――パルちゃんによろしく」


 ファリスがご丁寧に追伸まで読み上げてくれた。

 うん。

 分かった。

 これ――


「ただのラブレターじゃねーか!」


 王族からの手紙をびたーんと屋上の床に思わず叩きつけ――そうになって、寸前のところでえなんとか踏みとどまった。

 俺、偉い。

 勇者よ、褒めてくれ。

 頼む。


「ベルちゃん、本気だ……」

「助けてくれパル。あの末っ子姫、なんとかならんのか。こんな正式な手紙で送ってくるとか、ちょっとシャレにならん」


 マジじゃん?

 こんなもんが見つかったら、なんかいろいろやべぇことになる気がする。

 分からんけど。

 いや、ホントどうなるかぜんぜん分からないけど。

 とにかくやべぇことになると思う。

 知らないけど。


「わりと話しやすい子だよ、ベルちゃん。あたしなんかと友達になってくれるし、可愛いし、美人だもん」

「いや、推してどうする」

「はっ! そうでした。恋敵は倒さないと。ちょっと暗殺してきます」

「やめてください。俺まで殺されます」


 あぁ~ぁ~、もう、もう、もう。


「はぁ~、まったく……緊張して損した」


 まぁ、王さまから呼び出しだとか、これからの命令とか、勇者に関連することとか、そういうのじゃなかったので良かった。というか勇者関連だったら思いっきりパルたちにバレてたじゃないか。緊張のあまり忘れてた。失敗しっぱい。


「はぁ~」


 俺もまだまだダメだなぁ。

 もっとしっかりしないといけない。

 王族からの手紙ひとつでこの体たらく。勇者なんて王族や皇族と話すことも多かったから、こういうのは慣れてるんだろうなぁ。

 ていうか、俺を勇者と呼ぶのはやめてほしい。

 ただの盗賊だ。

 それ以上でもそれ以下でもない、ただの卑劣な人間なので。

 はぁ~。


「伝えることはこれで全てでしょうか。それでは、わたくし達はエルリアント村に戻りますわね。なにか用事や助力が必要であれば、いつでもお声をかけてくださいまし」

「ありがとう、フリュール。冒険者ギルド、頑張ってくれ」

「はい、もちろんですわ」


 失礼します、とフリュールお嬢様とファリスは帰って行った。

 屋上から降りながら興奮した様子でラブレターについてメイドと語っている。

 あまり街中でしないで欲しい会話だ。どんな噂になって王都に届いてしまうのか、分かったものじゃない。


「むしろ、それが狙いか末っ子姫……」


 噂には尾ひれが付いて勝手に泳ぎだすのが世の常。娯楽に飢えた貴族や国民にしてみれば、お姫様の恋路など大好物に決まっている。

 有ること無いことが付け足されていく内に、それは事実だという風に語られていくことだろう。そうなると、もう手が付けられないわけで。否定すれば否定するだけ怪しくなっていく。

 いわゆる既成事実、というやつに似ている。

 もうため息を吐くこともできん。


「あら?」


 そんな俺を苦笑しつつ見ていたルビーだが――彼女の前に魔力が線を引くように集まってくるのが分かった。


「これって……」


 メッセージのスクロール。

 魔力の光が文字となって形成されはじめる。

 ルビーへと、それは送られてきたのだった。

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