~卑劣! ゴースト‐ジックス街の幻‐~

 パルに新しい防具をプレゼントした。

 それは、まぁ、なんというか、なんて言っていいのか、何を言ったところで言い訳にしかならないんだろうけど。

 いわゆる、おじさんからは余りプレゼントされたくない類の……下着に分類されるであろう物であって、いわゆるブラジャー的な物であるのは否定できないのだが、まぁ、その、言葉のニュアンスを変えればボディアーマーとも言える物であって、あの、その、まぁ、うん。

 っていう装備品をパルに渡した。

 喜んでくれたみたいなので、良かったわけだが。逆に考えると、ちょっとでも表情がくもったりしたら、俺は死んでいたのではないか。

 そう思ってしまった。

 勇者よ。

 俺はまだまだ生きていて良いらしい。

 ありがとう。

 全ての神に感謝する。

 ありがとう、ありがとう。

 で、さっそく試着するために自分の部屋に入ったパルなのだが――


「ほぎゃあああああああああああ!?」


 という悲鳴が部屋から聞こえてきた。


「どうした!?」


 まさか作製中に仮止めしていた針が残っていて、それが刺さったとか!?

 だったら大変だ!

 具体的な名称は避けるが、もしそこにピンポイントに刺さってたらめちゃくちゃ痛そう!

 俺はポーション瓶を取り出しつつ、パルの部屋へ突撃した。


「無事か、パル!」


 そこには――

 ばっちり上半身に『デフェンシオ・インナー』を装備したパルと……


「ななな、さささ、さちさち」


 半透明で後ろが透けてみえる人物がパルの目の前に立っていた。

 あわわわ、と不明瞭な言葉を震える口で言いながら、パルはその人物を指差している。

 どう見ても通常なる覗き魔でも不審者でもない。


「ゴースト種!」


 その半透明な特徴的な姿は、人の形をしていてもモンスターだとハッキリ断言できた。

 ゴースト。

 もしくは、同じ系統のモンスターであるゴースト種。

 その特性は非常に厄介であり、物理攻撃が効かない。魔力の込められた武器か、もしくは魔法での攻撃が必須となる。

 レベルの低いルーキー冒険者たちが遭遇してしまうと全滅の確率が跳ね上がるモンスターだ。

 レッサーデーモンに続いて、ゴーストまで街中に現れるなんて……!

 いったいどうなってるんだ!?

 魔王の力が強まっているとでも言うのか!


「ちくしょうが!」


 手持ちの魔力が込められた武器と言えば、パルが装備しているシャイン・ダガーだけ。

 一応、魔力糸でゴーストを捕縛はできるが……ゴーストへの攻撃として魔力糸を顕現させるのなら、相当に魔力を込めて練り上げないといけない。

 残念ながらそんな悠長なことをしている時間は無い。

 というわけで、俺は恐れおののいているパルを抱きかかえるようにベッドに倒れ込むと、パルの腰に装備していたシャイン・ダガーを引き抜いた。


「ほ、ほわあああああ!?」


 なぜかパルが俺に押し倒されたことによって悲鳴をあげた。

 それにかまっているヒマは無いので、そのままベッドの向こう側までパルといっしょに転がり落ちてゴーストから距離を取る。

 パルをしっかり抱きかかえて背中から落ちた俺は――忘れがちになるのだがパルはマグによって常に加重状態であり、それなりの体重となっているので、ゴフッ、と息が漏れる程度のダメージを喰らいつつ――素早く立ち上がった。


「フッ!」


 短い呼気のもと素早くゴースト種をターゲッティング。一撃で決めるべく、その首筋を狙ってシャイン・ダガーを逆手に振りぬいた。


『あわわわ……』

「くっ!?」


 手応えゼロ。

 少しばかりゴーストの体がブレるだけで、なんのダメージにもなっていない。

 そして、なにやら可愛らしく慌てる声が聞こえてきた。

 なんだ?

 単なるゴースト種ではないのか、と改めて観察してみれば……


『……あ、あの、わ、私です』


 半透明の少女は――サチだった。


「え?」


 サチアルドーティス。

 大神ナーの唯一の神官であり、ナー神殿の神殿長でもあり神官長でもあり、パルの冒険者仲間でもあり、お友達だった。

 そんなサチが、なぜかゴーストになってパルの部屋に立っていた。


「サチ? サチなの? え……そ、そんなぁ……サチが、サチが死んじゃったぁ……師匠ぉ~、サチを殺さないでぇ~!」


 うわあぁ~ん、と泣き出すパル。

 おろおろと慌てるサチのゴースト。

 俺はどうしたらいいものか、とシャイン・ダガーをかまえつつも――一向に襲ってくる気配がないので、腕をおろした。


「サチがぁ……サチが死んじゃったよぉ~……」

『……違う』

「うわぁ~~~んっ!」

『……死んでない死んでない』

「ナーさま、どうして助けてくれなかったのぉ!」

『……死んでないってばぁ!』

「うわぁ~、ひっく、うぐ、うわあああああん!」

『……助けて師匠さん』


 ゴースト・サチから助けを求められたのだが、この場合はパルを落ち着かせるでいいんだよな? なんらかの原因で肉体を失ったので、それを取り戻して欲しい的な『助けて』では、ないよね?


「落ち着け、バカ弟子が!」

「ほぎゃああああ!?」


 まったくもって現実が見えてないので、一端リセットしてやるために、パルを抱きかかえつつ、両足を払って、一回転させてからベッドに叩き落し、なおかつ布団を跳ね上げてベッドから転がり落としてみた。


「いだだだ……なにするんですか、師匠!」

「聞く耳を持て。仲間の死で動揺して判断力を失うなんて、盗賊失格です。サチが死んだからといって他の仲間のケアを忘れ、ひとり号泣していては全滅は必至だ。感情を殺せ、とまでは言わない。感情を制御しろ。いいな?」

「う、うぅ……はい」

「では状況を確認しろ。あれはホントにゴーストか? シャイン・ダガーで俺が攻撃したのに、まったくダメージを負っていない。加えて、なにかを伝えようとしてくる。さぁ、この状況で考えられることは?」

「……えっと。ナ、ナーさまが余計なことをした?」

「ふむ。有り得るな」

「無理やりサチを天界へ連れて行こうとして失敗したとか……」

「可能性は高い。もしかして天使ってこういう事を言うのかもしれないな」

「サチが天使になっちゃうの?」

『……バカ師弟』


 なぜかサチにののしられた。

 やぶにらみしてくるゴースト・サチにため息を吐かれてしまう。

 そんなサチの隣に、ひょっこりとハイ・エルフ、学園長の顔だけが突然現れた。


「「ぎゃあああああああああ!」」


 はい。

 さすがの俺もそれには物凄くビビったのでパルといっしょに悲鳴をあげてしまったのは、仕方がないと許して欲しい。

 デュラハンやゴーゴンヘッドと戦ったことはあるが。

 さすがに知り合いの生首が目の前に現れたことは無かったので。

 なんというか、こう……

 心臓に悪い……


『あははははは、上手く繋がっているようだね。見えてるし、見えてるだろう。声も聞こえるし、届いている。ふははははは、実験は成功だ。素晴らしい! ここまで距離が伸ばせるとなると、もはや大陸の端から端まで可能と言っても過言ではないだろう。これでどんなに離れた相手とも気楽に姿を見て会話ができる。やはり文字だけではなく、声だけではなく、姿を見合わせてこそ会話というもの。重要なことだ。相手の目を見て話せ、とは良く言ったものではあるが、それが離れた相手とも実現できるようになるとは思ってもみなかった。いやいや、長く生きてみるものだ。こんな可能性に気づけなかったとは情けなくもなるが、こんな可能性が生まれる事こそ、学園の意義とも言えるね。人間種はまだまだ可能性に満ちている。そうは思わないかい、盗賊クン』


 この無駄に長ったらしい喋り方は、まさしく学園都市の学園長であり、話好きのハイ・エルフの証拠でもあるようなもの。

 そう言っている間にも学園長は顔だけでなく体も現れた。サチの前に立つようにして体が出てきた感じか。不思議なことに学園長の体も透けているがサチの体が重なっているような感じで透けて見えてはいない。

 奇妙な光景だった。


「あ~、とりあえず説明を求めてもいいか、学園長」

『もちろん! その言葉を待っていたよ!』


 あ、やべぇ。

 言い方を間違えた。

 学園長はキラキラした瞳で、なにやらとても難しい話を始めたので……うん、まったく理解できなかった。

 かろうじて理解できた部分だけを抜粋すると――


『つまり、これは転移とメッセージを合わせて2で割ったような装置だ。遠隔会話魔具とでも名付けようか。マグにしては大規模過ぎる大きさだけどね。まぁ正式な名前は後で付けるとしてだ。転移の腕輪はチャージまで時間がかかるだろう? ほいほいと使えないし、未知の危険があるかもしれない。まだ判明してないだけで深淵に取り残されることがあるかもしれないだろ。だからといってメッセージの巻物は制限が多く味気ない。なにより時間制限もあって伝えきれる物じゃない』


 メッセージのスクロール。

 相手に魔力で書かれた文字や絵を送ることができるアイテムなのだが、学園長の言うとおり制限が多い。

 文字数が多すぎると相手が読み切る前に消えてしまうし、文字では伝えきれないニュアンスの場合は、誤解が生じるかもしれない。

〝おまえには二度と会いたくないものだ(笑)〟

 という文字から受け取れるニュアンスは確実にふたつあるわけで。

 できるだけ伝わるような簡素な文章しか送れない。

 それこそ俺が学園長に頼んで勇者に送ってもらったメッセージは酷く簡潔にして、伝えたいことを限りなく削ぎ落した物だった。


『というわけで、深淵魔法である転移とメッセージを合わせたら、こうなった』

『……じゃじゃーん』


 学園長とサチが両手を広げてポーズを取った。

 練習したのかもしれない。

 まぁ、なんにしても――

 これならば離れた相手とも顔を見合わせて会話ができる、という素晴らしい発明なのだが。

 なのだが。

 なのだが……


「誤解が過ぎる!」


 という俺の言葉に、パルはうんうんうんと何度も首を縦に振ってくれた。


「サチが死んじゃったかと思ったよぉ!」

「ゴーストに見えてしまうから何とかしてくれ!」

「ていうか、いきなり現れるから死ぬほどびっくりしたよ!」

「サチに向かって俺は斬りかかってしまった……」

「あ、師匠が今ごろになって落ち込んだ」

「俺は……俺は、知り合いの顔も確認せずに斬りつけてしまうなんて……!」


 思い返せばとんでもないことをしてしまった。

 もしも本当にサチのゴーストだったら今ごろは……いや、いいのか。ゴーストなんて本人の意思が残ってるかどうか怪しいもんだし、倒して魂を解放してあげたほうが本人のためでもあるので、たぶん、きっと、大丈夫。と、信じたい。でも。うぅ。


『ふ~む。改良の余地はあるというか、半透明なのが良くないのか。しかし、そこを加減するにはそちら側に漂う大気中の魔力量が影響する。特別に濃い魔力量の場所なら問題ないかもしれないが、どこにでも違和感なく、問題なく会話をするにはやはりこの半透明の状態がいいんだがねぇ』


 学園長が横に移動すると、彼女の姿がある一定の場所になると見えなくなった。

 恐らくだが、サチがいる場所の周辺だけが見えている状態で、そこから離れると見えなくなるらしい。

 さっき顔だけ見えたのはそういう事なんだろう。


「ねぇねぇサチ。そっちではどういう風に見えてるの?」

『……部屋の中が見えてる。こっちも同じように半透明になってて、パルの周囲が見えてる感じ。……そこって泊まってる宿の部屋?」

「あ、えっとね」


 パルとサチは最近あったことを話し始めた。

 仲良しの女の子同士の会話を、なんか横で聞いているのは申し訳ない感じもあったが……


「あとね、師匠ってば牢屋に入れられてね」

「いらんこと言うな」


 余計なことを言い始める弟子を咎めるには、隣にいたほうがいいのかもしれない。


『……あはは、大変だったねパル』


 そんな会話をしていると、少しだけサチの濃度というべきか半透明度というべきか、そういうのが上がった気がする。いや、半透明度は下がった、と表現するのが正しいか。

 とにかく、少しだけ濃くなって見えやすくなった。


『これでどうだい? ん~……まだ半透明か。でもこれ以上は厳しいぞ。しかし、このままでは会話メッセージを飛ばすたびに悲鳴をあげられてしまうな。それはそれで面白いが』

「超迷惑なのでなんとかしてくれ」


 夜中に真っ暗な中で立たれていたらシャレにならない。

 たぶん俺でも悲鳴をあげると思う。


『人を脅かすには素晴らしい発明だな』


 カカカと学園長は笑っているが……

 ふむ。

 確かにそういう意味では使えるかもしれない。

 ただし、条件は相当限られているし、一回キリしか使えないが。


「これ触ったりはできないんだよね」


 パルがサチに近づいて手を伸ばす。サチも向こう側で手を伸ばしたみたいで、ふたりの手が文字通り重なった。

 スカ、スカ、と幻を掴むようにお互いにわちゃわちゃと手を重ねあっている。


「やっぱりダメか」

『……キスは?』

「できるかも!」


 いや、できるわけないんだが?

 でも少女たちは嬉しそうに顔を近づけて、キスしているフリをしてくすくすと頼んでいた。

 美しい。

 素晴らしい。

 この世はなんて平和なんだ。

 と、神に感謝したくなった。ナーさまでいいかな。ありがとう、ナーさま。無垢で無邪気な少女たちに幸多からんことを。

 そんな適当な祈りを捧げていると天啓のようにアイデアが俺の頭の中に降り注いだ。

 天啓?

 違う。これはアイデアというものだ。

 いや、それも違う。

 危惧だ。

 これは天啓という形で危惧が天界から降り注いだ。

 いや、ヤバイ。

 これは伝えておかなければ危ない!


「学園長!」

『な、なんだい盗賊クン。そんな慌てなくても私はここにいるよ? キスしたくなったのかい? だったらこんな装置を使わなくても君なら今すぐ私の元に転移できるじゃないか。なかなか転移の腕輪は作れる物じゃないから二個目の製作に難儀しているよ。ホント、運が良かったよね、盗賊クンは。で、キスだけでいいのかい? なんなら君がしたいところへキスをするのを許そうじゃないか。私のおすすめは太ももの交わるところ――』

「言わせねーよ!?」


 いやいや、そういうことじゃなくてだな。


「学園長。その会話装置は誰にでも使えて誰にでも会話を送ることができるのか?」

『誰にでも、という条件は少々違う。決められた手順で装置を起動し、決められた方法で魔力を送り込む必要があり、独りで操作することはかなり難しい。更に加えて、誰にでも会話を送れるかと言われるとそれもちょっと違う。知っている人物にしか送れないよ。どこかの街の知らない誰かに、という条件では装置が上手く動かない。言ってしまえば、メッセージのスクロールを送るのといっしょだからね。特定の人物ではないと、やはり難しいと思うよ。で、それがどうかしたかい?』

「どうしたもこうしたもあるか。今のパルの状況を見て、どう思う?」

『パルヴァスくんかい?』


 ふむ、と学園長とサチがパルの姿を見るように視線を動かした。

 パルはいま、着替の真っ最中だったわけで。

 ちょっとタイミングがズレていたら上半身が裸だったぞ!

 という状況から俺が導いたこと。

 それは――


「対象に対する時間とタイミングによっては、お風呂中の相手を装置によって思いっきり覗き放題になるぞ、その装置!」


 それこそお風呂なんて時間を決めて入ることが多い。

 そのタイミングを狙ってその会話装置を起動すれば、強制的に相手の全裸を見ることができてしまう。

 場合によっては公衆浴場に通うこともあるだろう。

 そうすると、周囲の人間をも巻き込んだとんでもない覗きに発展してしまう!


『なるほど確かに! それは盲点だった!』

『……うん』

『しかし、それを瞬時に思いつくなんて、盗賊クンはすけべだな!』

『……えっち』

「師匠のえっち~」

「なんでだよ!」


 うわーん、と俺は泣きたくなった。

 装置の危ない欠点を指摘したというのに、この始末。

 納得がいかない!

 ちくしょう!

 と、その時――


「さっきからうるさいですわね。おちおち眠ってもいられませんわ……」


 自室で寝ていたらしいルビーが入ってきた。

 で、半透明のサチを見て――


「ひぎゃあああああああああああ!」


 悲鳴をあげた。


「ささささ、サチがゴーストになっていますわ! あぁ、ハイ・エルフまで! わた、わたしの人間領に来てから初めてのお友達ですのにぃ!」


 魔物種のくせにゴーストかどうかの判断は、やっぱり視覚に頼るものらしい。ゴースト種の四天王がいたはずなんだけど、曖昧なんだなぁ、そこは。


「ルビルビ、それもうあたしがやったので大丈夫」

「なにが!?」


 という感じで、新開発の遠隔会話装置は、改良必須、という結果になった。

 まぁ、サチと会話できてパルは嬉しそうだったし。

 悪い装置ではないんだろうなぁ。


「これ、魔王さまとも会話できるんですかね」


 えぇ~……なにそれ怖い……

 悪い装置というか。

 とんでもない装置になってしまう可能性もあった。

 怖い。

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