~卑劣! プレゼントとしては下の下~

 ジックス街。

 なだらかな坂になっている場所にある、比較的穏やかな街。

 その商業区の入口にある酒問屋『酒の踊り子』。

 筋骨隆々たる店員に符丁を合わせると通される地下空間に盗賊ギルドはあり、なおかつ、ニセモノのギルド員とニセモノの壁を越えたところに、本物の受付であるゲラゲラエルフが退屈そうに座っていた。


「んお!」


 ルクス・ヴィリディは俺の姿を見ると、退屈そうだった顔がパァーっと明るくなる。

 そういう顔は恋人だけに見せて欲しいものだ。

 まるでしばらく旅に出ていた愛しい恋人が帰ってきた時に浮かべる笑顔じゃないか。

 もっとも。

 ルクスの場合、恋人ではなく『面白い人間』なのだろうが。退屈を打開してくれる人間がさぞ嬉しいのだろう。

 吸血鬼もエルフも、魔王やモンスターではなく『退屈』が怖いらしい。


「おかえり犯罪者」

「誰が犯罪者だ」

「牢屋にぶち込まれた人間種ってのは、だいたいそう呼ばれているぞ」


 そう言ってゲラゲラエルフは、ぶふっ、吹き出す。

 名前通りゲラゲラと笑い始めた。


「くふ、ふひ、ふひひひひ! ははははは! いやいや、はじ、んく、はじめて、聞いた時は驚いたん、だけどさ、ひひ、ふは、はははははははは! 助けに行こうかって、おも、思ったけど、ぶふぅ! うふ、ふふうふへへへへははははははは! あん、あんな理由で、ひへへははははははははは!」


 まぁ、盗賊ギルドに情報が伝わってると思ってたよ?

 貴族パーティで末っ子のお姫様がモンスターに襲われた、なんていう情報はそれこそ世界レベルの出来事であるのは間違いないので。

 モンスターの発生した場所から襲われる経緯に至るまで、詳細な情報はそれこそ王族にとっては重要なものだ。

 いつ自分たちの身に同じことが降りかかるか分からないので、失敗した情報は貴重となる。

 むしろ成功した話より失敗した話のほうがタメになる。

 たとえば――

 冒険者がこんな大成功を成し遂げた、という情報があったとしよう。それを当事者が自慢げに話ていても、マネできるところなんてほとんど無い。

 大抵それは『運』が良かっただけなのだ。

 運良く未発見の遺跡を発見し、運良く罠を潜り抜け、運良く残されていた古代遺産を手に入れ、運良くなにひとつ問題なく帰還できた。

 その他にやっていたことは、大抵のことは冒険者にとって『当たり前』のこと。特別なことなんてなにひとつ無い常識的な話ばかりだろう。

 なにひとつ参考にならない。

 なるわけがない。

 しかし、失敗した話には経験が山ほど詰まっているので重要だ。

 冒険の途中で食料が尽きた話、野営中にモンスターに襲われた話、遺跡探索中に罠にハマった話、冒険の帰りに迷子になった話、パーティメンバーが女の子ひとりで、そのメンバーを巡って冒険中に男同士で争いとなり、パーティが瓦解した……などなど。

 そこから得られる教訓は多い。

 得に恋愛関係は重要だ。

 うん。

 女の子パーティに男がひとり、というのもヤバイらしい。

 うん。

 ただし、そういった失敗した話っていうのは恥ずかしいわけで。なかなか語りたがる者はおらず、伝わってこないのが現状だ。

 致命的な失敗は命を落としているわけだし、余計に伝わらない。

 そういうこともあってか、王族の姫が城内でモンスターに襲われた話、なんていう経験値の宝庫たる情報は、今ごろ世界中の王族に駆け巡っていることだろう。

 もちろん、盗賊ギルドを通じて。

 今ごろは大陸の南の果て、学園都市の盗賊ギルドでも知られている出来事だろうな。

 あの三つ子も笑っているだろうか。

 このエルフみたいに。


「あははははははは! お姫様を助けたのに牢屋にブチ込まれた英雄とか! 面白過ぎだろ、エラントちゃんんんふふふふふふふははははははははは! あ、あー、ダメ~、漏れる、漏れるぅ! ひぃ、いいひひひひひ! はははあははははははははは!」


 いっそのこと漏らしてしまえ。

 周辺の盗賊ギルドにその情報を売りまくってやる。

 たとえ銅貨1枚であってもな!


「はぁー、はぁー、んぐ……すまない、もう落ち着いた……ギリギリセーフ……」


 下半身を見ながら言うな。

 アウトだったらどうするつもりだよ。


「話が出来るみたいで助かったよ。じゃなきゃ無駄足だ」

「悪かった。すねないでくれよ、男の子だろ。で、末っ子姫に求婚されたってのはホントなのか?」

「ルクス。おまえさんは『吊り橋効果』っていうものを知っているか?」

「あぁ、アレだろ。高所が怖くてドキドキしているのを恋愛のそれと勘違いしてしまうやつ」


 なるほど、とルクスは納得してくれた。


「つまりホントだった、と」

「求婚まではされてない。というか、されていたら俺はまだ牢屋の中だろう」


 もしくは王都から帰ってきていない。


「確かに。そうなったらパルヴァスが末っ子姫を暗殺。ルゥブルムも共謀したとして、あんたらは全滅だな」

「おい、やめろ。やめてくれ」


 有り得そうな話ではあるが……実行犯はルビーのほうだろうな。できればパルには逃げて欲しいが、俺を助けに城に忍び込みそうな気がする。

 いや、味方にルビーがいる限り、残念ながら全てが成功するんだろうけど。しかし、どう考えてもしあわせな結末にならないよな。

 たぶん魔王領に逃げ隠れる人生になってしまう。

 ……いやいや末っ子姫を殺してしまって普通に生きていくのは嫌だなぁ、なんとなく。ちゃんと処刑されたい。魂となった末っ子姫をちょっとでも救ってあげたい。でもそうするとパルが悲しむ。う~ん……難しい……


「なにを悩んでるんだ?」

「今後の生き方について」

「王族と結婚したら人生安泰だろう」

「だから求婚まではされてない。正確な情報を回しておいてくれ」

「はいはい。『盗賊ギルド・ディスペクトゥスのギルマス、エラント。パーロナ国の末っ子姫に惚れられるもヘタレで逃げた』と」

「正確な情報を回せ」

「冗談だ、冗談。というかアルゲー・ギギのほうはどうなったんだ? 護衛があんたの情報を買っていったぞ。ひとりが死んで、ひとりは投獄中と聞いたが。どっちが死んだ?」

「金髪のほうだ」

「そいつは素晴らしい。はっはっは」


 なぜかパチパチと手を叩いてルクスは喜んだ。


「あの冒険者め。私のことを『やさぐれエルフ』と呼んだ。その報いをまだまだ受けさせることができるってことだな」

「……死んでないのを喜んでいるのか」


 まぁ、ほとんど死んだような状態だけど。

 両手両足が折れている上に薬物でイカれてしまった。ルビーという最上級の魔物にいいようにされたので、狂ってしまってもおかしくはない。

 むしろ魔薬と呼ばれるもので頭がぶっ飛んでいる状態のほうがしあわせでいられるのかもしれないのにな。


「この私がヤツを正気に戻してあげようと思ってる。さて、どんな顔を見せてくれるのか楽しみだ」

「……ほどほどにな」


 ゲラゲラエルフではなく、ニヤニヤエルフになってしまったので俺は肩をすくめた。


「そうだ。アルゲー・ギギについてはどうなったんだ?」


 貴族パーティの最中に牢屋にぶち込まれることになったので、詳しくは聞いていなかったりする。なにせイヒト領主は仕事があるからと先に帰ってしまうし、情報を詳しく聞ける先もなかった。

 フリュールお嬢様は大丈夫だったのだろうか。

 そのあたりも気になる。


「アルゲー・ギギに関してはそこまで詳しい情報はまわってきてない。が、ちゃんと捕まってその関係者や薬物を売った貴族などが調べられている最中らしい。パーロナ王も大変だな」

「いや、パーロナ王はそんな仕事をしないと思うが」


 むしろ俺を牢屋にぶち込むのを優先させたので、アルゲー・ギギは二の次だったんじゃないか?


「まぁ気になるのなら調べておくが?」


 ルクスは親指と人差し指をくっ付けて手のひらを上にするポーズを取った。

 つまり、お金を払え、と。


「俺には関係ないことだから、別にいい」

「おいおい、ちょっとはウチのギルドに貢献してくれよ。良い仕事をまわしてやるからさぁ」

「それなら普通に上納金を払うよ」


 ほれ、と金貨を一枚渡しておいた。


「……うわ、こわっ」

「なんでだよ」

「ここはせめて銀貨だろう。なんだよ金貨って。どんな金持ちだ? 危ないお金じゃないだろうな」


 盗賊が何を言ってるんだ、まったく。


「末っ子姫を助けてくれたお礼だ、とお城を警備する衛兵や騎士たちからの寄付だ。場内で働く人たちから集めていった金額がこれだけになったらしい……」

「はぁ~。慕われてる良い末っ子姫じゃないか。というか、そんな大切な金貨をほいほいと上納するなよ」

「まさか盗賊ギルドの人間に倫理観を問われるとは思わなかった」

「この卑劣野郎が」

「盗賊だしなぁ」

「このロリコン野郎が」

「……」

「おい、こっちを見ろ。目をそらすな。これが現実だ。私の胸も見せてやろうか? エラントちゃんの大好きな貧乳だぞ」

「やめろ。エルフの胸なんて見たら目が腐る。13歳未満のエルフを連れて来てから言ってくれ」

「分かった。今からちょっとエルフの森を燃やしてくるわ」

「なんでだよ」

「泣き叫ぶエルフに、犯人はエラントちゃんです、と教えてくる」

「やめてください。俺が悪かったです」

「よろしい」


 なぜか負けたことになったので、俺は素直に戻ってきた金貨を受け入れた。代わりに上級銀貨を上納していく。


「これも大概の値段だとは思うけどな。ま、上納金として受け取っとく」

「ありがとう。ところで、頼んでいた物はできているか?」

「あぁ、ちゃんとできてるよ」


 待ってろ、とルクスは後ろの扉へ移動し、すぐに戻ってきた。

 手に持っていたのは黒い布。それをカウンターの上に置く。


「剥き出しかよ」

「わざわざ布を布で包んだりしないだろ」

「いや、しかし、物が物だけに……」

「いいから持ってけ」


 はいはい、と俺はちょっぴり丁寧にその黒い布のような物を持ち上げる。あんまりベタベタと触るわけにはいかないので、端っこのほうを少し引っ張ったりして素材の感じを確かめた。


「ふむ。問題なさそうだ」

「エラントちゃんのも作るか?」

「ん~、気が向いたら作ってもらうか」

「そうしとけ。命あっての物種ってヤツだ。死んで後悔するより生きて後悔しとけ」

「ほう、いい言葉だな。誰が言ってたんだ」

「私だ」

「途端に陳腐な気がしてきた」

「おまえより遥かに長く生きている年上のエルフお姉さまのありがたい言葉だぞ。ちゃんと聞いとけ」

「はいはい」

「ハイは一回だ!」


 なんか絵に描いたような『お母さん』みたいなことを言い出したぞ、このエルフ。


「ほれ、それ持ってさっさとパルパルとイチャイチャしてこい」

「イチャイチャはしない」

「どうせパルパルからイチャイチャしてくる展開だ。見なくても分かる」

「むぅ」


 物が物だけに、そうなってしまう可能性は高い。


「子どもの名前はピルピルにしよう」

「やめろ。というか、そんなふざけた名前を子どもに付けるわけないだろ」

「あはははは!」

「笑ってろ。じゃぁな」

「あいよ」


 ふへぇ~、と無駄に疲れた息を吐いて、俺は盗賊ギルドを後にする。店員の男に、またいっしょに飲む約束をしつつ、家へと向かった。


「う、う~ん……」


 しかし、こう、受け取った物を剥き出しにして持ち歩くというのもアレなので、抱きかかえるように持とうかとも思ったが――それもやっぱりアレなので、折りたたもうかとも思ったけど、やっぱりベタベタ触るのもアレなんで、結局は小脇に抱えるような感じで家まで戻った。


「ただいま~」


 と、家に帰るのもなんというか、まだまだ新鮮な感じでいいな。

 王都から帰った時なんか、パルはちょっと涙ぐんで嬉しそうだったし。

 やっぱり家っていうのは良い。


「あ、おかえりなさい師匠」


 階段を登っているとパルが顔を覗かせた。

 何か訓練でもしていたのか、少しばかり汗が額に浮かんでいる。

 感心感心。

 俺と違って偉いなぁ。


「あぁ……その、パル」


 そんな弟子に対して、ちょっとだけ遠慮がちに聞いてみる。


「はい、なんですか?」

「レッサーデーモンから受けた傷は、もう大丈夫か?」

「はいっ」


 パルはそう言って胸とお腹をナデナデと手で触った。

 傷はポーションでふさがっていたものの、しばらくは痛みが続いていたようだ。神殿で回復魔法を使ってもらったりしていたのだが、それも完治したみたいだ。


「もう師匠が触っても大丈夫です。どうぞ!」


 胸を突き出してくるパル。

 まだまだぺったんこだ。末っ子姫もほとんどぺったんこと言える状況だったが、パルと比べれば大きくなっていると言える。

 いやいや。

 違う違う違う違う。

 そうじゃない。


「どうぞ、じゃねーよ。ほら、これ」


 俺は小脇に抱えていた黒い布をパルに渡した。


「なんですか、これ?」


 そう言いながらパルは布を広げる。


「おぉ~! 下着だ」


 まぁ、そうなんだけどね。

 冒険者の女性がよく用いる防御アイテム『デフェンシオ・インナー』。

 丁寧に作り上げた丈夫な布素材に、防御力をアップさせる染料を混ぜ込んだ染色をほどこした防具で、補助的に鎧の下に着ることが多い。

 通称『冒険者用ブラ』とも『防ブラ』とも呼ばれる物で……まぁ、そういう理由でベタベタ触るのは、なんとなく気が引けた。

 今までパルに買ってやらなかったのは――出会った当初、ガリガリに痩せていたということもあり、体型が安定するまで待っていたこと。それとプラスして、パルの年齢的にまだ大きくなる可能性があったので、作っていなかった。

 だが、そうも言ってられない領域になってきた。

 当初の予定では、二年か三年ほどかけてパルを一人前にしようと思っていたのだが……思いのほか、パルに盗賊としての才能があった。うらやましいくらいだ。

 まぁだからこそ、たったひとりで路地裏で生き延びることができたんだろうが。

 いろいろと経験を積んでいく上での危険度が上がったのでツールボックスと針といっしょに注文していたところ、受け取れたのが今、ということだ。

 なにせぺったんこだし。

 特注品になるのは仕方がない。

 もしももっと早くパルに装備させていれば、レッサーデーモンの一撃を耐えられたかもしれなかった。

 判断ミスだったなぁ。

 なんて思う。


「わーい、師匠からのプレゼントだ~」

「ちゃんとした物だからな。問題ないか装備してみてくれ」

「はーい。見ます?」

「見ません」

「えへへ」


 嬉しそうにパルは自分の部屋へと移動した。

 まぁ、プレゼントであるのは間違いないわけで、それを喜んでくれるのは嬉しいものだ。物が物だけに、下手をすれば物凄く嫌な顔をされた可能性もあるわけで。

 喜んでくれて良かった良かった。

 で、少したった頃――


「ほぎゃあああああああああああ!?」


 パルの悲鳴が家の中に響き渡ったのだった。

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