~忍者! 七星護剣『火』~ 2
盗賊団『紅蓮』。
そのボスが手に持つ武器こそが、シュユたちが探し求めているモノ。
致死征剛剣。
その正式の銘は『七星護剣』。
七振りでひとつの剣だという不思議な剣は、世界の各地にバラバラに点在していて。ご主人様の目的は、その剣を全て集めることです。
七振りのうち、すでに一本は手に入れました。
義と倭の国に残っていたのは、この一振りだけ。その事実にご主人様は悪い顔をして笑っていたのを覚えています。
七星護剣『木』。
まるで冗談みたいな、木の板で巨大な刃を模造したかのような剣。武骨で鍔が大きく、まるでそこに何かを収納するようにも思えた七星護剣『木』ですが……
ボスの持つ『火』の形を見て確信しました。
確実に鍔の中に収まるサイズです。
しかもご丁寧に柄が動くようになっているみたいですし。
「チッ」
ガシャガチャとボスは可変する柄を動かしながらご主人様の前に立ちました。折りたためる、という表現がピッタリくる感じかな。
鍔を支点にして、柄が刃の背中側に折りたためる。その鍔あたりには大きく丸い宝石のような物が付いていて、まるで炎が燃えているような赤い色をしていました。
いえ、実際に火の力を宿しているはずなので、燃えていると言い切れるような代物のはず。
そうでなければ、ご主人様がここまで追い詰められ、そして追い求めてきた『価値』に見合わないですから。
紅蓮のボスにしてみれば、その可変するからくりは小さく収納できるような利点だと思っているようです。
使い方としては間違っていますよね。
まぁ、教えませんけど。指摘もしませんけど。
ボスは今からご主人様に倒されるので意味がないですので。
「まったく。こっちは平和に暮らしてるってのによぉ。迷惑してんだぜ、おまえらに」
「――」
ご主人様はボスの言葉に答えることなく刀をかまえました。『正眼の構え』の手を真横にした物。ご主人様の我流剣術の防御に特化したかまえです。
対してボスは半身になるように短剣をかまえました。
チンピラ風だと思っていましたが、無駄なくきっちりかまえている。腰を少し落とし、武器を持たないほうの手は見えないように隠している。
ボスだけあって威圧感はたっぷりあり、なにより七星護剣『火』の、武器としての強さと恐ろしさみたいなものを感じる。
ジリジリと熱い熱のようなものが伝わってきた。気のせいかと思いましたが、周囲の盗賊たちも熱に顔をそむけるようにしていますので、本物のようです。
「ふッ」
そんな空気に圧し負けないように、ご主人様は短く呼気を吐き、真横にかまえていた刀を薙ぎました。
およその素人ならば、この一撃で首が飛びます。
しかし、ボスはその一撃を『火』で受け止め、弾き、ご主人様に斬りかかりました。
「おらぁ!」
言葉こそチンピラのそれですが、動きは玄人染みた変則の剣。まるで蛇のようにうねる斬撃にご主人様は一歩引いて高速の斬撃で牽制しました。
すごい!
という称賛を思わずボスに贈ってしまいます。
ご主人様を一歩引かせるなんて!
さすが盗賊団のボスだけあります。単純に武器の力のみでその地位にいたと思ったのですが、ちゃんと実力がある人でした。
ご主人様の斬撃を避けてますし、見えている。太刀筋をしっかり把握している証拠です。
もっと早く終わっちゃうかと思いましたが、予想が外れました。やっぱりシュユはまだまだ忍者として修行が足りません。
人を見かけで判断するとは、愚かの極みですね。反省です。
「どうしたどうしたダセぇ仮面の兄ちゃんよぉ。ここまで来たのは勢いだけが、ああん?」
ボスの腕の動きが上がっていく。
それこそまるで蛇のように、見たこともない奇妙な斬撃がご主人様を襲った。波を思わせるようなぐにゃりとした斬撃は時に細かく、時に速くご主人様に襲い掛かる。
それを弾き、防ぎ、避け、退けるご主人様。
「おらおらおらおら!」
短剣という特性を活かし、素早い連続攻撃でボスはご主人様へと迫っていく。
防戦一方な様子に、段々と周囲の盗賊たちが賑やかになってきた。
「いけいけ、ボス!」「やっちまってくださいよ!」「へへ、その女は俺が頂いちまいますからね」「仮面の下はブサイクなんだろ、おい!」「ぶっ殺してくださいよボス!」
などなど。
ご主人様の仮面の下がブサイク?
失礼ですね!
そんなわけないじゃないですか、見る目ゼロです。ご主人様のカッコ良さが分からないなんて人間失格じゃないですか。そんなだから盗賊なんかになってしまうんですよ。真面目に生きてきた人に謝って、それからご主人様に殺されてください。
ですが。
ボスを含めて、盗賊団はやっぱりアンポンタンです。
防戦一方と表現しましたが、あくまでご主人様が攻撃を仕掛けてないだけ。その証拠に、最初の一歩下がった状態からご主人様は一歩も動いていませんからね。
前にも後ろにも。
那由多姐さまも余裕で見物してますので、ぜんぜん大丈夫です。
「――ふむ。戦技指導してやるつもりだったが……その必要はないということか」
「あ?」
「速度をあげるぞ」
ご主人様は柄を持つ手の左右同時に順手と逆手を入れ替えました。今まで正眼の構えから横に向けた持ち方でしたが、刀を逆手に持ったのを体の前まで持ってきて両手で持つ感じです。
ご主人様特有の速度に特化した構え。
防御から攻撃へと切り替わる合図。
「ふッ!」
短い呼気。
今度はご主人様からボスに斬りかかりました。
刀の柄を押すと同時に引く。その独特の斬り方は一定方向からしか来ないと分かっていても、
受け切れる速度と威力ではない。
ガチン、と金属同士のぶつかる鋭い音がして、ボスの『火』を持つ右手が跳ね上がった。防御できたのはいいけれど、勢いまでは殺せず、体勢が崩れた。
「なっ!?」
そこを容赦なくご主人様は斬り込む。
伸ばした右腕に沿うほどに刀を引くと、ガラ空きになった胴に二撃目の刃を走らせる。シュユからしてみれば神速にも匹敵する一撃を、果たしてボスは後ろへ転がりながら避けた。
追撃に、と一歩踏み出したご主人様ですが、そこで止まりました。
「てめぇ……簡単に死ねると思うなよ……!」
転がりつつ『火』をかまえるボス。
その刀身は赤く輝き、一瞬にして空気がカラカラに乾いたのが分かった。
「そうだ。それが見たかった」
ご主人様はトンと跳ねるように後方へ下がり、警戒するように再び防御の構えを取った。
「後悔してもおせぇからな!」
距離は遥かに開いている。どう考えても届くはずのない距離にも関わらず、ボスは赤く輝く刀身を真横に振った。
その瞬間――
赤い軌跡が刃となってご主人様へ向かって射出された!
ご主人様はそれを予想していたのか、それとも知っていたのか――防御するのではなく、しゃがんで避ける。
刃はそのまま後ろで見物していた盗賊たちに当たり、バッと血が飛んだかと思うと、すぐに収まった。
「げはっ!? ぐああああ!?」
傷口がすぐに火傷のようになり、強制的に血が止められている。ただし、裂傷と火傷の痛みに苦しむことになり、赤い刃が当たった盗賊はその場に倒れて痛みにうめいた。
簡単に死ねると思うなよ、という意味が分かりました。
この攻撃では、むしろ痛みが増加するだけで致命傷にはならない。苦しませるばかりで意識すらも失えない一撃です。
まったくもって卑劣な盗賊らしい武器。
もっとも。
真の使い方は別にあるのですが。
「うわあああ!」
ご主人様の後ろで見物していた盗賊が慌てて空間をあける。そんなものはおかまいなしに、ボスは次々と赤い刃を振り回した。
「そらそらそらそらそら!」
縦、横、ななめ。ボスが腕を振るうたびに赤い刃が飛んでいき、ご主人様に襲い掛かる。ご主人様はそれを避けて観察しているようです。
赤い刃はある一定の距離になると消滅するようで、部屋から飛び出していったものは空中に溶けるように霧散した。
壁に当たった物はしっかりと焦げた跡のように残る。ただし、燃えにくい金属部分には跡が残っていない。
そのまま炎を刃にしたような特徴でした。
「おらおらどうしたよ、仮面さんよぉ」
仮面さんが亀さんに聞こえた。
ご主人様は亀。
ふふ。
なんてシュユがくすくすと笑っているうちにご主人様はある程度の刃の見切りができたようで、段々と避ける動作が短くなっていった。
「もう充分に見せてもらった。終わりにしよう」
そうつぶやくと刀を納刀する。普段は杖に見せかけている仕込み刀。それを腰にさし、右手を添え、左手で柄をにぎった。
抜刀の構え。
そのままヒラリヒラリと飛んでくる赤い刃を避け続ける。
「く、くそが!」
ボスの攻撃方法は間違っている。
赤い刃は距離を取れて安全なのだけれど、その攻撃は単調になる。真っ直ぐにしか飛ばない赤い線なんて、動きさえ見切れば忍者見習いの赤ちゃんでも避けられます。
さっきの蛇のような短剣使い。
あの不安定で単調さの欠片も無い変幻自在の攻撃のほうが遥かに強かった。それに赤い刃での攻撃を混ぜるだけで、途端にいやらしさが跳ね上がるというのに。
ご主人様の怖さにビビりましたね。
近づけたくない。
近づきたくない。
その感情が、一辺倒の遠距離攻撃に表れています。
まぁ、どっちにしろご主人様の敵ではないので、結果は同じですけど。
「我流抜刀術――!」
酷く静かにつぶやいたご主人様の言葉。
それは死の宣告となり、ボスへと襲い掛かった。
赤い刃の下をかいくぐり、まるでシュユの身長と同じほどに前傾姿勢となったまま。ご主人様はボスへと一足飛びで突撃しました。
「く!?」
慌てて防御するように手を動かすボスですが……遅い。
だって。
シュユにすら、いつご主人様が刀を抜いたのか分からなかったのですから。
ぶん、と刀に付着してもいない血を払って、ご主人様は再び刀を杖に納刀しました。
もう必要ありませんからね。
「あ、あああああああ!?」
七星護剣『火』。
それを持っていた右手ごと、斬り落としたのですから。
床にゴトンと落ちた右手。
その場にいた盗賊の全員が、静かにそれを見下ろしました。
「俺の、俺の右手が!? くそがああああああ! 女共々、マジで楽に死ねると思うなよ? 這いつくばって泥を舐めながらごめんなさいって言わせてやるからよぉ、マジで」
さすが盗賊団のボスですね。
右手が切断された程度で泣きわめきもせず、士気も下がりませんか。
ならば――
「ご主人様」
シュユは落ちた右腕から短剣を剥ぎ取り、ご主人様の隣まで移動しました。そこまですると、さすがに透明化の仙術効果は消えてしまうので、どよめきが起こる。
いつだって暗殺できた、ということです。
「な、なんだそいつ! くそ! ひ、卑怯だぞ!」
「卑怯や卑劣は盗賊の専売特許ではなかったでしょうか」
ご主人様が柔和な商人みたいな表情に戻っていました。
すっかり戦闘は終わってしまった、みたいな感じ。
やる気ないけどいいのかな、と思いつつシュユは背負っていた大きな剣と短剣をご主人様に渡しました。
そう。
ついに七星護剣の『木』と『火』。
ふたつの武器がそろったのです!
「試してみましょうか」
ご主人様は『火』の柄を折りたたむように可変させると、そのまま『木』の大きく開いた鍔に挿し込みました。
ガチン、としっかりとハマる音。
「ほほう」
まるでそれが当たり前かのように、二振りの剣はひとつになった。まだひとつだけですので酷く不安定な見た目。
でも、木で出来ていた刀身が赤く光り、まるで金属の刃のように火の膜が覆う。
すごい。
これが七星護剣のホントの姿なんだ。
「七星護剣『木生火(もくしょうか)』。といったところでしょうか」
「ご主人様、ダジャレになっちゃってます」
「そうでしょうか?」
「そうでしゅよ」
うふふ、とご主人様といっしょに笑っているとゴホンゴホンと後ろで那由多姐さまが咳払いした。
おっとっと。
そうでした。
いま、戦闘中でしたね。
「ふ、ふざけやがって! おら、全員でやっちまえ!」
そうボスが声をかけても誰も動きませんでした。
ボスがやられたんです。
そんな強い相手に真っ先に襲い掛かったら、自分だけが死んでしまいますからね。盗賊たちは誰が最初に動くか牽制しあっている状態でした。
「そっちから来ないのであれば、こちらから行きますね」
ご主人様はそう行って、肩に担いだ大剣を横薙ぎに振るった。
それだけで短剣よりも遥かに威力も規模も大きい赤の刃が発生し、盗賊たちを貫いていく。
でもやっぱり傷は火傷のようになって血は流れない。
「があああああ!?」
非殺傷の攻撃でした。
ただし、威力がぜんぜん違って、一撃で意識を失ってしまう衝撃はあるみたいです。白目を剥きながら一撃で何人かの盗賊たちが倒れました。
「ひ!?」
「う、うわあああああああ!?」
その一撃だけで効果は絶大。
恐れおののいた盗賊たちは我さきにと逃げ出していく。わちゃわちゃと騒ぎになって、下界へ向かう階段に殺到したが――
「ひぃ!?」
そちらから悲鳴が聞こえてきた。
なにが起こったのか見てみると……奴隷たちが武器を持って盗賊たちに襲い掛かっている。下の階に武器が置いてある倉庫とか宝物庫がありましたから。
そこには強力な剣とかもあったでしょう。
こうなっては、もう盗賊団もおしまいです。
「覚悟」
「ひ、ひぃ、やめてくれ!」
ご主人様と那由多姐さまも加わって、奴隷の反乱を手助けしました。ボスがいつ誰に斬られたのか分かりませんでしたが、気づけば倒れていました。
シュユは小さい子を守ることにしました。
人質に取られたら困りますし。
なによりかわいそうです。
そんなこんなで盗賊団『紅蓮』は簡単に壊滅しました。いえ、一番最初の情報収集から考えてみると、ぜんぜんまったく簡単ではなかったですけど。
それでも目的の七星護剣のひとつは手に入ったので、バンザイです。
「では次に行きましょう。この調子で次も簡単に手に入ればいいのですが」
「ご主人様なら大丈夫ですよぅ。那由多姐さまもいますし」
「応よ。あたいも活躍できる場があるといいんだけどねぇ~」
なんて三人で並んで帰ろうとすると――
「あ、あの」
奴隷だった人に呼び止められた。
「はい、なんでしょう?」
「こ、これから我々はどうすればいいんでしょう……?」
「はい?」
なんか凄い質問をされたので、ご主人様と思わず顔を見合わせてしまった。
「自由に生きては?」
「じ、自由に……」
なんか納得できてない感じ?
「今まで生きてきたんですから、それを続けてはどうですか? これからは仕事を強制する人もいませんから」
「は、はぁ……」
「宝物がいっぱいありましたよ。あれを売ってここに村を作ったらいいんじゃないですか?」
シュユの言葉にご主人様が、おぉ、と納得してくださいました。
「須臾は賢いですね」
「えへへ~」
そんなシュユの言葉を聞いて、奴隷だった人はざわざわと相談を始めた。
きっと帰る場所も無いんだろうなぁ。
なんて思う。
それはご主人様もシュユも那由多姐さまも同じだから。
奴隷の人たちが戸惑う理由が、なんとなく分かった。
ここからどうやって生きていくのか。シュユにはご主人様がいたから、生きている。でも、もしご主人様と出会うことがなかったらどうなっていたのか。
それを考えると、ちょっと怖い。
「行きますよ、須臾」
「はい」
別にシュユたちは奴隷の人たちを救いに来たわけじゃない。
それでも。
結果的に救われた奴隷の人たち。
ここから先、この場所と彼らがどうなっていくのかは。
シュユたちには関係の無いこと。
もしも縁があったら。
またどこかで出会うこともあるだろう。
そんなことを考えながら、シュユたちは盗賊団の根城を去るのでした。
でも――
「これ登るのか!? 無理ムリむり!」
那由多姐さまが崖登りを拒絶したので、奴隷の人たちといっしょに船を作って脱出することになり……
「那由多姐さま~、せっかくカッコ付けて去ったのにぃ」
「ごめんって! ごめん! いや、ほら、あたいが頑張るから! 須臾と旦那はそっちでイチャイチャしてりゃいいから」
「い、イチャイチャって……あう~」
「そ、そうですよ、那由多」
「……はぁ~。いつまでウブでいるのやら」
那由多姐さまは天を仰ぎました。
だってだって。
恥ずかしいんだもん!
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