~忍者! 七星護剣『火』~ 1
盗賊団『紅蓮』が持つという火の属性力を宿した剣。
それを手に入れるためにシュユたちは、大陸の西側を拠点にするという巨大な盗賊団『紅蓮』の根城を各地で襲いました。主に武器庫と言われている場所から、情報を集めるために全く関係のない下っ端まで。
時には真正面から、時には寝込みを、時には那由多姐さまがオトリになったり。ご主人様が商人のフリをしたり、シュユが忍び込んだり。
もう全ての拠点を壊す勢いで襲っていきました。
というのも、紅蓮という組織。
なかなかしっぽを掴ませてくれなかったのです。
手に入る情報は、それこそ下っ端たちの情報ばかりで、ようやく手に入れたと思っても本拠地ではなく、紅蓮の幹部が支配する砦だったりして。
ハズレばかりの情報を掴んでいる内に、紅蓮側もシュユたちの情報が伝わって。
襲っているのか襲われているのか。
良く分からない状況になっていました。
「むしろ好都合です」
ご主人様はこの状況を歓迎していたみたいで、こそこそと隠れて移動することをやめて、ワザと目立つように移動し始めました。
なにせ那由多姐さまがいますので。
普通にしてたら、嫌でも目立ちます。関係ない人にまでケンカを売られて、関係なく姐さまが暴れて、関係ない恨みを買ったりもしてますし、今さらと言えば今さらなのですが。
「申し訳ない、那由多。悪いが利用させてもらうよ」
「今さら何言ってんだ旦那。あたいの身体、好きに使ってもらっていいよ」
「……その言い方は少し誤解を招きますよ?」
「そ、そうです那由多姐さま! 訂正を! 訂正をしてください!」
「うわぁ!? 須臾まで出てきてどうした!?」
とまぁ、そんないつも通りのやり取りをしつつ、別の七星護剣の情報を集めたりしつつ、襲ってくる紅蓮の刺客をバッタバッタと倒していきました。
そしてようやく盗賊団『紅蓮』の本拠地の情報を手に入れたのです!
それは――
地図も満足に存在していない辺境の地。
陸側からは険しい山と断崖絶壁の壁があり、海からでしか入ることを許されていない海岸沿いの洞窟を抜けた先に本拠地はあるみたいです。
付近に街や村は無いし、冒険者ですら用事が無い場所。それに加えて海からでしか出入りが出来ないとなれば、誰も知らないのは当たり前。
見つからないわけです。
では、そんな場所に侵入するにはどうすれば良いか?
「簡単です。断崖絶壁を降りればいい」
呆気なくご主人様がそう言って、丈夫で長い長いロープを用意したシュユたちは、山登りから始めました。
これがまた大変でした。
頂上に到着するまでに三日。山の途中で野営をしながら登り続けました。
結構寒くて、まだ夏だというのに雪が残っているような場所。せっかくだから、とご主人様といっしょに雪合戦をして遊びました。
「元気だねぇ、旦那も須臾も」
那由多姐さまは雪を溶かしたお湯でお茶をのんびり飲みながら、ほう、と息を吐いている。
「休んでばかりが鋭気を養うものでもないからね。遊びは必要だよ那由多」
「隙ありです、ご主人様!」
「甘い!」
「わきゃぁ!?」
という感じで頂上付近で遊んだのが楽しかったです。
翌日、噂の断崖絶壁に到着したシュユたちは巨大な岩にロープを設置して、崖を降り始めました。
まずは一番軽いシュユから。
ご主人様を先へ行かせる訳にはいきませんし、上を見られたら恥ずかしいので、シュユが先に降りました。
予備のロープを用意して、そのまま滑るように崖を下りていく。修行時代を思い出してしまいます。あの時はロープも無かったので、死ぬかと思いました。
ロープがあるので簡単で安全です。楽ちん楽ちん。
楽ちんのチンってなんでしょうか?
えっちな意味じゃないと思うんですけど、謎です。
「よっ、と」
かなり長い時間を降りていき、ようやく崖の底へと到着しました。そこは河になっていて、かなりの深さがあるみたい。
大きな岩の上に降りれたので運が良かったです。
水流は多いですが、流れはそこまで速くない。なので、泳いで向こう岸には渡れそうでした。
盗賊団『紅蓮』の住処や根城、砦といった施設は周囲にはなく、人の気配もありません。
ロープを大きく揺らして、次に引っ張って合図すると、しばらく待てばご主人様が、その後に大きく遅れて那由多姐さまがロープを伝って降りてきました。
「こういう時、ご先祖様が空を飛んでたっていう話が嘘に思える」
ひぃひぃと息をしながら那由多姐さまはそう言ってました。
龍は空を飛べるらしいので、こんな断崖絶壁関係ありませんからね。ひとっ飛びで山も崖も越えて太陽まで飛んでいけそうです。
「さてと。ではこのあたりを拠点にして、探索を開始しましょう」
現在位置が定かではありませんので、ここから更に周囲を調べる必要があります。
まずはみんなで裸になって河を渡りました。
服が濡れてしまうと体温が急激に落ちますので、それは避けないといけない。盗賊団を襲う前に病気になるわけにもいきません。
少しだけ流されつつも河を渡り切ると、開けた場所を探して荷物を置きました。
ご主人様は裸のまま嬉しそうに野営の準備を始めたので、シュユも裸のままテントを張りました。夜露はしのがないと体調を崩しますから、重要です。
那由多姐さまは体を拭いて服を着ていました。
恥ずかしがり屋さんです。
姐さんが周囲から集めてきた焚き木は葉っぱが覆い茂っている木の下に設置しました。煙が立ち昇るとバレてしまいますから、できるだけそれで抑えます。火の明かりが漏れないように周囲を葉っぱが付いた枝で囲うのも忘れてはいけません。
そんな感じで野営地を完成させ、服を着てから探索に出発です。ご主人様がちらちらシュユの身体を見ていたのは気づかないフリをしておきました。えへへ。
一週間ほど探索を続ける覚悟でいましたが、二日目にすんなりと紅蓮の根城を見つけることができました。
想像よりも紅蓮の根城の規模が大きく、ひとつの村みたいになっていたのが要因です。
驚くことに農業なんかもやっていて、ほとんど裸に近いような格好の男性や女性が働かされていました。
奴隷のような扱いを受けているらしく、身体に傷も見られますし、女性の目には生気が感じられません。相当に酷い仕打ちを受けているようです。
中にはシュユより年齢の低い少年が、荒れた土地をボロボロの道具で開墾させられていましたし、見世物にされているような少女が柵に裸で張り付けにされていました。
シュユはそれを見て、嫌な気分になりました。
「ご主人様……」
「助ける義理はありません。ですが、知ってしまったからには助けようと思います。義を見てせざるは勇無きなり、というやつですね」
全員を無事に解放できるかは保障できませんが。
と、ご主人様は付け加えた。
それは仕方がないことです。すでにこの根城で死んでしまった人も大勢いるでしょうし、シュユたちが攻め入ったことで混乱が生じます。
それによって人質にされたり、殺される人もいるかもしれません。
安全に全員を救うのは、それこそ不可能という状況ですから仕方がないと思います。
「勇者ならば――」
「え?」
「世界を救う勇者ならば、誰一人犠牲を出すことなく盗賊団を壊滅できるのかもしれませんね」
「そりゃ勇者を買いかぶり過ぎだぜ、旦那。そんなことはウチのご先祖様にも不可能だ。夢物語を追うのはいいが、現実をちゃんと見ないと大切な物を失っちまうぜ」
そう言って那由多姐さまはシュユの背中をパンパンと叩きました。
「そうですね……肝に銘じておきます。では、予定通りにいきましょう」
シュユたちは村のような根城へ侵入し、本拠地である建物を探しました。
奴隷のように働いている者たちはシュユたちを見ても特に何も言わなかった。騒ぐ気力がないのか、それとも侵入者など今までいなかったので、対処の方法を教えられていないのか。
楽に内部まで侵入すると盗賊団らしきマトモな格好をした人物を発見。
すんなりと背後から近づき、あっさりと捕らえた。
「さぁ、いろいろと吐くでござる」
適度に情報を聞き出しつつ、チクチクとクナイで軽く刺してみせる。痛い程度で血は出ていませんが、悪い顔はしておきます。ふっふっふー。
こういうのパルちゃんは得意そうな気がしますので、マネをしてみました。ふっふっふー。
「ほら、早くしませんと穴だらけになってしまいますよ。ウチの忍者は残虐で有名ですから」
「ひ、ひぃ!」
ご主人様におどされて、男は港の場所を吐きました。
それにしてもご主人様の嘘は酷い。バレたらどうするんですか、もう。
「では、シュユ。頼みましたよ」
「はい。ご主人様と那由多姐さまも気を付けて」
ふたりは男を連れて本拠地に向かいました。
シュユはその間に別の仕事を与えられています。
息を吸って――体内で『気』と合わせ、吐き出す。
仙術の基本は呼吸から。
シュユは忍者ですけど、仙術の専門家になると呼吸ひとつ取っても一味違ってくる。
たった一呼吸を一日かけて行ったりする凄い人たちなので、やっぱりシュユは忍者の中でも落ちこぼれ。息を止めて水の中に潜んでいる修行も苦労しました。
体内に巡る気をよく練り上げて、仙人の証たる仙骨に集中。
仙術行使の準備が整い、素早く手で印を結ぶ。
この手と指の動きを『導引』と呼んでいて、仙術発動に必要な儀式みたいなもの。
仙術は基本的には魔法とは違う自然現象そのものです。なので、風が吹いた時に導引の形を形成したことを利用し、逆に導引の形を作り上げると風が吹く、みたいな感じ。
どうして風と指の動きが連携したのか、頭の悪いシュユには分からなかったけど。その意味は最後まで理解できませんでしたが。
でも、導引の形さえ覚えれば術が使えるので難しいことは無視してしまいました。
そして仙術発動には導引の他にもうひとつ。
魔法で言うと呪文のような物、『口訣(こうけつ)』が必要となる。
つまり、導引で仙術を準備して、口訣で発動させる。
というのが仙術です。
「――以風為透明 消(風をもって透明となす 消えよ)」
シュユがそう口訣を唱えると、シュユの身体が透明になりました。もちろん服も持っている荷物も透明なので裸になる必要はない。
そのままトコトコと根城を進んで行き、目的地である港に到着しました。
「おぉ~」
そこには船がいっぱい停泊していて、あまり大きな船は無いようです。
それもそのはず。
大きいと目立ってしまって場所が丸わかりになってしまう。盗賊であって海賊ではない、という感じでしょうか。
さてさて。
見張りもいないのでチャンス。
というわけで、透明になっていた仙術を解除して、姿を現したシュユは素早く導引を結びました。
「――命火行生火 燃(火行に命じて火を生じる、燃えよ)!」
口訣を唱えた途端に、ボゥ、と船が燃え上がった。
よし。
これで盗賊団が簡単に逃げられない。ご主人様の考えた作戦です。目的の七星護剣を持って逃げられたら大変ですし、間違っても海に落としてもらう訳にはいきませんので。
「お」
根城の中がにわかに騒がしくなってきたので、シュユも早く仕事を終わらせて合流しないと。
というわけで、仙術を連続で使っていき盗賊団が使っている船を次々に燃やしていきました。
「ふ、船が!? て、てめぇこのガキ! なにしてやがる!」
おっと。
船を燃やすのに夢中になっていたので、こちらへ逃げてきた盗賊に気づくのが遅れしまいました。
「はぁ……やっぱりシュユはダメダメです……」
忍者が敵に姿を見られるなんて、最悪だ。
まぁ、もっとも――
「全員殺すので関係ないでござるが」
嘘です。
シュユは人が殺せません。
ダメダメ忍者です。
ご主人様がいなければ、今ごろシュユは『くの一』の娼婦として扱われていたか、もしくは奴隷とされていたかもしれません。
こんなダメな忍者でもご主人様は好きでいてくれます。
だから、シュユは精一杯がんばります!
「なっ!?」
船で脱出しようと逃げてくる盗賊の強さなんて、たかが知れている。素早くクナイで足を斬りつけておけば、転がって動けなくなるでしょう。
逃げてくる盗賊たちを斬りつけながら、ご主人様の元へ向かいました。
追いかけてくる盗賊が誰もいなくなったところで再び姿を消して移動する。
港から移動して、根城として作られたいた村の奥へと移動すると――そこには大きな砦があった。
石で作られたそれなりに立派な砦。どちらかというと敵を迎え撃つという目的じゃなくて、奴隷たちの反乱を抑える『畏怖』の象徴に思えました。
入口には何人かの盗賊が倒れていて、重そうな扉は解放されてる。中からはわぁわぁと怒号と喧噪が聞こえますので、ご主人様と那由多姐さんが戦っているみたいです。
「……」
周囲を確認して――
砦に入る前にやっておくことがありました。
それは奴隷たちが集まってきていること。まるで生気を感じられない死んだ目の奴隷たちが、仕事をする手を止めて、砦の前へ集まってきていた。
助けを求めているのか。
それとも、成り行きを見に来ただけなのか。
「――解」
シュユは姿を現し、倒れている盗賊の腰にぶら下がっていた剣を抜きました。
そして剣の柄を奴隷たちに向けて地面へと置く。
これで意味が分からないのであれば、仕方がありません。ですが、反乱する意思が少しでもあるのなら、伝わるでしょう。
なにも出来なくてもいいです。
ただ、生きること、逃げること。
それを思い出して欲しいだけです。
砦の中に入ると、死屍累々という状況でした。
死体の山。
それをシュユは――踏み越えていく。
ご主人様たちは上階にいるようでしたので、シュユは念のために一階を見てまわりました。まだ生きている盗賊がいたら困りますし、抜け穴とか隠し通路があるかもしれません。
それらを探索していると倉庫のような場所を発見しました。
かなり大きな部屋で、どうやら『戦利品』を保管する場所のようです。数々の武器もありますし、宝石や金貨もこぼれそうなほどありました。
「……七星護剣は無い」
さすがにこんな場所でいっしょに保管されていることは無いっぽい。ざんねん。
相当に重要な剣であることを盗賊たちは示唆していましたから。ボスが普段から持ち歩いていると考えるのが普通ですね。
まぁ、どれだけ凄い剣であろうとも。
使い手が人間である限り、ご主人様が負ける道理はありませんが。
「他に役に立ちそうな物は無いですね。残念」
旅費と手間賃として金貨を数枚だけ貰って、あとは上階へと登りました。盗賊たちがわんさかといるそれなりに広い部屋の中心でご主人様と那由多姐さまが取り囲まれていた。
周囲には倒れている盗賊たち。
襲っているのか襲われているのか、良く分からない状況ですが。
盗賊たちの表情を見るに、恐怖が張り付いている感じ。ですので、ご主人様が襲っている側ではあるようです。
「おらぁ、てめぇらビビってんじゃねぇ! 一斉に襲え! 後ろから襲うんだよ!」
そう命令した人物が紅蓮のボスなんでしょう。
もっと凶悪な人相で、筋骨隆々のデカイ図体をした男を想像してましたが。目つきの悪い普通のチンピラみたいな男でした。
ヒゲが生えていて、それなりの体付きはしていますが。大男というわけでもなく普通の悪い盗賊っていう感じ。
そんな男の手には赤い刀身の幅広の短剣が握られていた。
一目で分かる。
あれが、七星護剣のひとつ。
炎の短剣。
それを確認できれば充分です。むしろ、これだけ離れていてもその異様さが伝わってくるのだから凄い。
まるで熱を発しているように思え、刀身が揺らいでいるようにも見えた。
間違いなくあれが、ご主人様が探している一振りだ。
「ビビってんじゃねぇ! いいかてめぇら――!?」
誰一人動かず躊躇している盗賊たち。そんな中を仙術で姿を消したシュユはこっそりと移動して、ボスの背中をドンと押した。
よろけるようにご主人様の前に出てくるボス。
「なっ!?」
誰が押したんだ、と振り返るその首目掛けてご主人様の刃が薙ぐが――そこはさすがのボス。
その一撃を炎の短剣で受け止めた。
「今さら引き下がれんよな、盗賊団のボスともあろう方が」
「てめぇ……!」
ご主人様対紅蓮のボス。
直接対決が始まりました!
わくわく!
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