~流麗! 一方その頃、忘れられていた吸血姫は~

 アルゲー・ギギの護衛に誘拐されて、拷問のように暴力を受けたわたしは。

 濃度の高い薬品を無理やり嚥下させられました。

 一気に押し寄せてくる何か。

 まるで全身の血が頭に集まってくるかのような感覚に加えて、多幸感とでも表現しましょうか。甘い甘い感覚に満たされて、全身がビクビクと震えるようでした。

 たぶん。

 えぇ、えぇ、そうですとも。普通の人間でしたらビッガビガに薬品の影響を受けるのでしょうが、残念ながらわたしは吸血鬼です。

 吸血鬼なのです。

 はい。

 効きません。

 ちっとも効きません。

 それこそ人間の血を好んで飲むような種族ですからね。多少は口から接種した物の影響を受けますし、人間種と似たような種族でもありますので、薬品の効果はゼロではありません。

 そもそもこの『薬』というもの。

 ポーションやスタミナ・ポーションという怪我に効く特効薬という存在のために、ほぼ忘れられた存在といいますか、あまり普及していない概念と申しましょうか。

 病気など神殿で神官魔法をかけてもらえますからね。

 一般的には不必要な知識でもあります。

 もっとも。

 冒険者や神殿も無く、神官が常駐していない辺境の田舎村などでは、薬草といった知識は今でも使われているらしいです。

 擦り傷程度にポーションを使うのはもったいないので、薬草と言われる植物の葉を傷に当てていると治りが早くなる、というものです。

 もちろん知識は必要です。植物の中には手で触るだけで腫れてしまう危険な物もありますし、キノコなんかは毒がある物が多いので、素人が手を出すのはやめておくのが賢明です。

 そういった知識を持つ者を『薬師』と呼んでいるエルフはいましたが、旧時代に忘れ去られてしまったのでしょうか。もったいない。

 魔物種はそういった毒に強い耐性がある者が多いので、一時期流行したんですよね。

 効果が弱まりますので、なんかいい感じになれるのです。

 舌がピリピリしたり、なんかこう幸せな気分になったり。

 食べると笑ってしまうキノコが発見されたのですが、みんなで食べてヘラヘラと笑っていたのは良い思い出です。

 アンドロちゃんの食事に混ぜ込んで、彼女がくすくすと笑い続けているのは面白かったですが、笑ったまま怒られるので逆に怖かった気もします。

 まぁ、そんな感じですので濃度の高い薬物を口に入れられたところで効果はいまいち。きっと普通の人間でしたらダメになってしまうような物でしょう。

 まぁ、面白いので効いているフリをしますが。


「あびゃびゃびゃぁ~」

「はっはははははは! 随分とマヌケ面になったなぁ、おい」


 マヌケはあなたですけどね。

 という言葉を飲み込んでおきました。

 さて、この男に付き合ってるヒマはありません。

 あちらを――なにやら襲われている人がいますので、そちらに対応しないといけない。レッサーデーモンでしたっけ。このタイミングで襲ってくるとは思いもよりませんでした。

 まぁ、どこの誰が襲われていても、わたしに助ける義理はありませんが……

 しかし。

 今のわたしは師匠さんの愛人――いえいえ、仲間ですので。つまり、勇者パーティの一員といっても過言ではないでしょう。

 正義。

 正義の味方です。

 困っている人を助けるのが勇者らしい行為ですからね。

 がんばりますよー。


「というわけで、人を助けないといけません」

「は? イカれちまったか?」

「人類種を見過ごすなんて、勇者の仲間のひとりとして、そんなこと出来ませんもの」

「はは、勇者ねぇ。おら、そんな状態で勇者ごっこができるならやってみな」


 男は再びわたしを殴り始めましたので良い機会です。

 こっそりと自分の影を、扉の隙間を通して外にまで伸ばしました。

 そこで眷属を召喚。二匹目もネズミでいいでしょう。

 一匹目のネズミはパルの元へ、いま顕界させたネズミは師匠さんの元へ行ってもらいます。

 急げいそげ~。

 じゃないと襲われてる女の子が食べられてしまいます。


「おらおら、反撃してみろよ勇者ちゃん」


 まったく。

 楽しそうに女の子の顔を殴り続ける男ですわね。最低じゃないですか。ちょっとは別の楽しみ方をしたらいいのに。

 まぁそのおかげで影が異様に伸びていることに気づいてませんね。これで冒険者をやっているというのですから、ホント笑えてきます。

 実はレベル10くらいなんじゃないんですか?

 まぁ、いいでしょう。

 そうでなくては、マヌケな男という評価が崩れてしまいます。

 せいぜい道化でいてください。

 というか、わたしは勇者じゃありません。あくまで勇者の仲間の愛人です! 失礼ですので間違えないで欲しいものですわ。

 おっと、それよりも――


「おそい!」


 ようやくパルが仮面を付けたようです。

 まったく。

 判断が遅いですわ。


「は? なにが遅いって?」

「声が届くと以前伝えませんでしたか?」


 仮面にはわたしの眷属を通じさせる力を使って声を届けることができます。同じ言葉を眷属に喋らせるのではなく、声の乗った風を伝える、というイメージです。

 これで会話ができるので便利ですよね。


「ナイショ話に向いているのは確かですけど。とりあえずヤギの部屋へ向かってください。人が襲われてますわ」

「ヤギ? なんだ、いよいよ本気でイカレちまったか。おら、正気に戻ってくださーい。つまんないですよー」


 ボコボコと殴られていますけど、いま重要な話中なので演技できません。

 薬物で痛みを感じていない、というテイでよろしくお願いします。


「ほらほら、早くしないと死人が出てしまいますよ。いえ、もう死んでる人もいますが」

「おまえが死ぬのか? まだ死なせねーよ。こんなところで死なれたらおっさんが普通に悲しむだけじゃねーか。もっと絶望するような状況がいいよな。ギリギリ死んでない、みたいなよぉ」

「共通語ですわ」

「……ダメだこりゃ」

「いえ、何を言っているのと言われましたので。共通語を話しています」

「おう知ってる知ってる。いきなりエルフ語とか話さなくて助かったぜ、おい。さっさと正気に戻れよ、おらぁ!」

「拷問中です。いま薬を盛られて意味不明なことを言っている最中ですわ」

「分かってんじゃねーか!」

「いえ、わたしが拷問されているのです」

「はぁ? おいおい、ムカつくなぁ! 適当なこと言ってんじゃねぇぞ、どブスがぁ!」


 思い切り前蹴りをあびせられまして、わたしはまたごっちーんと後ろへと倒れました。いや、ほんと頭を強く打ってますので、普通でしたら死にますわよ?

 分かっていますの、こいつ?

 殺す気がないとかおっしゃってましたけど、マジで頭が足りていないんじゃなくて?


「それ、魔王さまにもやってましたけど……共通語が話せる魔物でも普通は応対不可ですわよ?」

「魔王? 勇者じゃなくて今度は魔王になったのかよ。どうなってんだ、こいつ。マジでイカれてるわ」


 だからわたしは勇者でも魔王でもありませんってば。

 人の話を聞いていませんの?

 と、やっている間にもネズミさんがパーティ会場に到着しました。

 貴族のパーティ会場には護衛の人間がたくさんいますからね。中には優れた盗賊もいるでしょうから、できるだけ発見されないようにこっそりと師匠さんに接触しないといけません。

 パルひとりでは不安ですもの。

 レッサーデーモン。

 確か、そこそこ強かったはず。まぁ、わたしに比べたらザコもザコ。傷ひとつ負わせられませんけど。

 でも師匠さんに助力を要請しておいて損は無いはず。

 天井を走りネズミさんは人間種たちの隙をついて飛び降りました。もちろん師匠さんの近くに。

 眷属化を使って師匠さんに気づいてもらおうかと思いましたが……さすが師匠さん。そんなことをせずともバッチリ気付いてくださいました。


「おいこら、こっち見ろ」

「はい?」


 髪の毛を掴まれて顔を近づけられましたら、誰だってそっちを見ていることになると思うんですけど?

 まったく。

 師匠さんが会場の外に出るまでお相手してあげますから、なんですか?


「てめぇ、オレを無視すんじゃねぇ」

「分かりました。どうぞ、お続けになってくださいまし」

「あ?」

「殴るだけが取柄なのですから。弱者をいたぶるのが唯一の自慢ですので、それを誇れば良いではありませんか。人間種、誰でもひとつは自慢できるものがあるというもの。お絵描きで一番に慣れなければお絵描きが一番の人間を殴り殺せば良いのです。あなた、そういうタイプでしょう?」

「なにがいいてぇんだ、てめぇはよぉ!」


 男はわたしの後頭部を床に叩きつけました。髪の毛を掴んだまま、それを何度も繰り返します。はい、死にます。普通に死にますって、それ。

 なにを考えてるんでしょうか?

 やっぱり馬鹿なのでは?


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 息が切れるほど女の子の後頭部を床に打ち付けるなんて、正気の沙汰じゃありませんわね。

 おっと。

 そうこうしている内に師匠さんが外に出て仮面を装備されました。


「師匠さん」

「あ? あぁ、またイっちまったか。へ、へへへ……」

「パルの援護をお願いします。地下のヤギの部屋へ」

「はん。まだ正気に戻る余裕があるらしいからな」


 男は無理やりわたしの口を開くと、薬物の原液を流し込み、それに加えて葉っぱも口の中に突っ込んできました。

 あぁ~ぁ~、それ絶対致死量ですわよ。

 まったくもう。

 演技する身にもなってくださいまし。

 楽しいのでやりますけど。

 こほん。

 いきますわよぉ~。


「お、おげぇ~……あびゃ、あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」


 視線を上にあげながら首を左右に振りつつ、適当に叫んでおきました。


「は、はは、ははははは。なんだそりゃ。どういう反応だよ、それ」


 男は疲れたように笑いながら、再びわたしの髪の毛を掴んで椅子ごと起こしました。


「いよいよぶっ壊れたか」

「あびゃびゃびゃぁ」

「まぁ、いいや。次はたっぷり犯してもらえ。キまってる状態で犯されると相当気持ちいいそうだぜ。ガバガバにしてやんよ」

「あべべべべべべ」

「ケっ」


 男は疲れたのか、ツバを吐き捨ててからベッドに座りました。

 あらら。

 拷問はこれでおしまいですか。

 もっと色々とやってくださると思ったのに、つまんないです。

 眼球をぐりゅぐりゅと触ったり、耳の鼓膜を破ってみたり、爪の間に針を刺していったり、その針をテコにして爪を剥いでみせたり、歯を抜いていったり、髪の毛を全部剃って屈辱を味合わせたり、全裸にして外に放置したり、大勢の前で犯されたり、犯させたり。

 いろいろありますのにぃ。

 もっと精神的にクるものを期待してましたのにぃ。

 ただ殴るだけじゃありませんか。

 期待外れです。

 がっかりです。

 発想が貧困過ぎます。

 教養がまったく足りません!

 ここまで愚かな人間種だとは思いませんでした。

 ぷんぷん。


「にしても、あいつ遅ぇな。どこで何やってんのか。まさか別の女をナンパしてんじゃないだろうな」

「あの金髪の人でしたら死にましたわよ」

「――は?」


 驚く表情で男はわたしを見ました。


「なにを言ってんだ、てめぇ――」

「不意打ちでも受けたんでしょうね。傷から見て、一撃で死んでますわよ。抵抗の後も無いようですし、冒険者が聞いて呆れます。そんなにレベルが高くないんじゃないですか、あなた達。ちょっとレベルがいくつか本当のところを教えてくださいます?」

「なんの話をしてんだって聞いてんだよ!」

「ですから、あなたのお友達でしょ? 金髪のちょっと長い髪をしたそこそこ顔の整った男の人。まぁ、師匠さんには負けますけど。顔だけじゃなく血もですけど。師匠さんの血は極上ですし性格も優しくてステキですし、体もいいです。うふふ、ぜひ一晩中抱きしめられていたいものです」


 いやーん、とわたしは両手をほっぺたに付けて、フリフリと体を揺すりました。


「おい、動くな――って、いや、どうなって……」

「どうなってって、椅子を破壊しただけですわ」


 確かにベルトは丈夫でしたね。なんとかのベルトでしたっけ? 覚えてませんが。

 ですが椅子は木です。

 単なる木材。

 ベルトを切るつもりで手を動かしたら、先に椅子の肘掛が壊れてしまいました。


「次に拷問する時は金属製の椅子をおススメしますわ」

「ま、まて、待て待て待て! いったいどうなってんだ!」

「待っても良いですが、結論はきっと出ませんわよ」


 男は慌てて近づいてきました。

 椅子を何度も確認しますが、破壊されている事実は変わりません。


「ど、どうなって……ま、魔薬がオレにも……?」


 男は慌てて自分の頬を叩く。

 正気を失っているのかを疑っているみたいですわね。


「いいえ、あなたは正常ですわ。よろしかったら足の拘束を見ていてくださいます?」

「は? なにが――」

「このように動くだけで椅子は壊れます」


 右足を蹴るようにして前へ出すと、簡単に椅子の足は折れた。続いて左足を前に出したけれど、椅子ごと前へ蹴りだされるようになってしまった。


「あ、あら? うふふ、失敗してしまいましたわね。恥ずかしい」

「いやいやいや、おかしいおかしい。どう、どうなって……」

「どうもこうもありません。現実を認めるべきですわ」

「な、なな、なん――くそ! くそが!」


 男は殴り掛かってきました。

 結局、最後には暴力ですか。

 まったく飽き飽きです。

 このまま会話による情報のすり合わせによって、自分がいかに愚かで能力が無いのかを悟って頂き、人生の無意味さを理解しながら死んでいって欲しかったのですが……所詮はお猿さんですね。

 暴力で解決がお望みなら、そうしましょう。

 とりあえず男に殴られたり蹴られたりしながら左足のベルトを外しました。

 これで自由です。

 もともと自由でしたけど。


「な、なんで倒れない! くそ! くそくそくそくそ! くそがぁ!」

「弱い」


 トンと人差し指で拳を止めてさしあげました。


「なんの魅力も感じない攻撃です。愚直な殴るだけだなんて。それこそ猿でもできますわよ。ロマンの欠片もありませんわ。武器を持たないスタイルは良いかもしれませんが、特に面白味が無いのが残念です。これならオリジナルの弱くて意味不明で役立たずな武器のほうがよっぽど魅力的ですのに」


 あ、もちろんラークスくんのアンブレランスのことではありませんので誤解しないでくださいね。

 ラークスくんの武器はロマンの塊です。

 ラークスくん自身も魅力的です。

 思わず血を吸っちゃうくらいに!

 そう思ったら会いたくなってきましたわね。ちょっと師匠さんにワガママを言って、学園都市に転移して遊びに行こうかしら。

 おみやげはアップルパイにしましょう。ラークスくんのちょっと困った顔を見てみたいです。

 うふふ。


「なにがだちくしょう!」


 未だ諦めずに殴り掛かってくるようですわね。

 ホント、彼我の差、を理解していない様子。

 普通でしたら逃げる場面でしょうに。子どものほうがまだ賢いですわよ?

 もっとも。

 逃がしませんけど。


「もういいですわ」


 殴り掛かってくる拳をパンと受け止め、肘を軽く叩き上げました。


「うぎゃ」


 という情けない悲鳴と共に肘が逆に曲がりました。慌てて自分で元に戻そうとしますが、反対側の腕も逆に折ってあげました。


「い、い、いいいい!?」


 垂れ下がるようになった両手。

 無様ですわね。


「さて、どうします? 死にます? それとも生きていたいですか?」

「な、ちくしょうが!」


 両手が使えなくなったので蹴ってきました。

 だから効きませんって。

 まだ足が無事なんですから逃げる場面でしょう? どうして逃げないんです? もしかして、まだ自分のほうが有利だとか思っているんですか?

 だとしたら本物のおバカさんですけど。

 猿にも劣りますわ。


「いい加減になさいまし」


 わたしは影を伸ばすようにして男を拘束しました。

 両手両足を、まるで張り付けにするようにして動きを止め、持ち上げる。


「な、な、なん、ひ、ひぃ!? これ、な、うわぁ!?」

「まったく。こうでもしないと理解できないようですからね。あなたがさっきまで散々好き放題に殴っていたのは、こういう存在ですのよ」


 わたしは口を『いーっ』として牙を見せてあげました。


「な、なに、が、うわあぁ!?」

「分かりませんの? 吸血鬼です、吸血鬼。ヴァンパイアです」

「う、嘘だ! そんなわけがない!」

「いや、ここで嘘を言っても仕方がありませんし……」

「薬だ! あぁ、俺にも薬がまわっちまってるんだ!」

「はぁ~」


 ダメですわね、これ。


「では殺しますね」


 あまり触れるのも嫌ですし、影でジワジワと刺し殺しましょうか。


「ゆっくり殺しますわね」

「ひっ!」


 影をランスのように尖らせて、それを男のお腹に向かってジワジワと進めていきました。


「い、いた……ひ、や、やめ……! やめてくれ! い、いたい、いたいぃ!」

「そのセリフ、今まであなたが手にかけた人間も言ってませんでした?」


 ズブズブとお腹に刺さっていく影。

 そこから垂れてくる血液を、わたしは汚い汚物を見るような目で見下ろしました。

 不味そうな血。

 性格と血の美味しさは連動しているのでしょうか。


「い、いやだ、いやだ! し、死にたくねぇ!」

「ふーん。命乞いをしますのね」

「お、おねがい、お願いします! た、たす、助けてください!」


 まぁいいでしょう。

 無様に生き続けるのも、『面白い』ですから。


「では」


 男の両膝を蹴りぬきました。

 これで両手両足が逆に曲がっている状態の完成です。この程度でしたらハイ・ポーションで治るんでしたっけ? どうなんでしょう? 切断された部位は戻らないそうなんで、ギリギリいけるかもしれませんわね。


「い、いでええええ! ふうう、ううううああああああ!」

「え? うるさ」


 わたしでもこんな悲鳴はあげてませんでしたよ?


「た、助けて! 誰か助けてくれええ! ば、バケモンがいる!」

「失礼な。吸血鬼です。吸血鬼。わたしだって貴族なのですから。支配領ではお姫様扱いですのよ? というかあなた言いませんでした? この部屋は防音が完璧だって。いくら叫んでも助けなんて来ませんわよ?」


 もう仕方ありませんわね。

 確か、こっちの机から取り出してましたわよね。あったあった、これですね。これはタバコでしょうか。なるほど~。


「えっと、煙にして吸うんでしたよね。つまり、このタバコに原液の液体を染み込ませて……できました。やばい薬のタバコです。はい、火を付けますので吸ってください」

「ひ、い、嫌だ! そんなの吸ったら狂っちまう」

「なんでですか。痛いのも何も分からなくなりますよ? 楽になれるんです。わたしは吸うべきだと思いますけど?」


 仕方ありませんね~。

 もっと吸いたくなるようにしてあげましょう。


「10数える前に決めてくださいね~。いーち」


 数えると同時に男の小指を影で握りつぶしてあげました。


「ぎゃああああ!」

「にーぃ」

「ひいいいいいいいいああああああああああ!」


 薬指。


「さーん」


 中指。


「ま、まままま、待って! 待ってください!」

「吸います?」

「すい、吸います! 吸わせてください」

「最初からそう決断してくださればいいのにぃ。わがままですわね」


 男にタバコをくわえさせ、適当に部屋に灯してあったランタンを持ってきて、男に近づけました。


「ひぐ、う、うぐ」

「なにを泣いているんです。男の子でしょ。男が泣いていいのは生まれた時と大切な物を失った時。ですので泣くのはその時までとっておいてください」

「ふ、ぐ、うあああ」


 男は泣きながらタバコを吸いました。


「あははは! 泣きながら吸ってる。おもしろーい」


 男は何度か煙を口から出していると――


「へ、へへっへ、へへへへへっへ」


 だらしなく笑い始めました。

 う~ん、相当な効き目ですわね。

 とりあえず演技じゃないのを確かめるために指をもう一本、人差し指を握りつぶしました。


「うは、はははは、へへへ」

「大丈夫そうですわね。よろしいよろしい。では参りましょう」


 影を元に戻し、べちゃりと床に転がった男。手と足が奇妙な方向に向いていますが、ちゃんと生きてますので大丈夫です。

 髪の毛をむんずと掴むと、そのままズルズルと引きずりながら部屋を出ました。

 これにて一件落着。

 という具合でしょうか。

 さっさと城の人間に引き渡して、わたしは護衛に戻るとしましょう。まだ美味しい料理も満足に食べていませんし。

 高級なお酒も味わってみたいですもの。

 楽しみ楽しみ~。

 と、地下通路に出ました。

 すると――


「違う違う! 話を、話を聞いてくれ! 俺は助けただけだ!」

「黙れ下郎! 犯罪者はみなそう言う! ベルさまを傷物にした罪は万死に値する! 処刑してやる! 止まれ! 大人しくしろ!」

「落ち着きなさい! み、みんな落ち着いて! マトリチブス・ホック! 聞きなさい! き、聞いて! 聞いてくださーい! マルカ! マルカー! 他のみんなも止まってー!」

「師匠は悪くなーい! 待ってまって! 師匠を捕まえないでください! うわーん! 師匠、ごめんなさいー!」


 師匠が騎士団の方々に追われていて、その後ろを半裸の美少女が追いかけて、その後ろをぱんつだけ履いたパルが追いかけていきました。


「……どうなってますの?」


 わたしの疑問に答えてくれる者はもちろんいませんので。

 さっさと護衛依頼に戻るわたしでした。

 偉い。

 わたし偉い。

 あ、この男は面倒でしたので途中に開けっ放しになっていたヤギの部屋に放り込んでおきました。

 死にはしないでしょうけど。

 もう二度と、普通には生きられないでしょう。

 いろいろな意味で。

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