~卑劣! やっちまいました案件2~
貴族たちのパーティ。
暗躍うずまく、と言えば毒殺や暗殺が横行する危険な場所のようなイメージが付きまとうが……
現実は違う。
こんなパーティ会場であからさまに毒殺なんかしたら、確実に利権関係や敵対関係上で疑われてしまう。リスクが高く、諸刃の剣と言えた。
死なばもろとも、なんていう言葉が義の倭の国に有った気がするが……さすがの貴族も、そこまで煮詰めてドロドロになったような恨みは買わないし売らないだろう。
むしろ、もっと狡猾にやるからこそ貴族的という気がしないでもない。
はてさて。
平民たる俺にはまったくもって縁の世界のはずなのだが。
どういう運命をたどれば、こんなパーティに護衛として参加することになるのやら。
むしろ勇者が魔王を倒して凱旋した際の大々的なパーティが初参加になると思っていたのに。
人生とはどう転ぶか、分かったものじゃない。
「よろしく頼みます、ジックス殿」
貴族たちの根回しや交友関係を広めるには打ってつけのパーティ。他国の貴族も訪れているので、このチャンスを活かさない理由が無い。
というわけで、イヒト領主の元にもまだまだ貴族が訪れては縁を作ろうとしている。これまではイヒト領主が挨拶に行く側だったが、橋をひとつ架けただけで奇跡の大逆転を起こしたわけだ。
そのおこぼれに、どれだけの旨味が残っているのか俺には判断できない。が、しかし、これほどまでに人が寄ってくるということは、相当な美味しい汁なんだろうなぁ、というのが予想できた。
それだけ危険も増すというところだが、幸いにして訪れる貴族たちに危険な視線は宿っていない。どちらかというと友好的な視線が多く、なかなか程良い成果をイヒト領主はあげたらしい。
バランスというのかな。
誰かの足を引っ張って上に登ったのではなく、あくまで自分の力だけで登ったわけで。誰からも恨みを買わなかったからこそ、安全に貴族パーティに参加できている。
もっとも――
一度は大失敗しているし、死者も出ている。貴族としては滅びる寸前だったのは確かなわけで。そこから持ち直したとなれば、事情を知らない貴族たちからしてみれば奇跡の逸話とも見える話だろう。
その手腕を是非とも聞きたい。
若い貴族などは、そんな尊敬と憧れのキラキラした視線でもってイヒト領主を見ているが。
よくもまぁ堂々とその視線を真っ直ぐ受け入れられるものだ。
人格者であっても、さすが『貴族』。
抜け目ない。
「ふぅ。挨拶だけとは言え疲れるな」
人の波が途絶え、ちょっとした間ができる。ワインで喉を潤すように飲むと、イヒト領主は椅子の背もたれに体を預けながら苦笑交じりにそう言った。
「ほう。サティスはさっそくちょっかいを受けているな」
会場を見渡し、目ざとくパルの姿を発見したらしいイヒト領主は満足そうに言った。確かにパルは小太りの少年に声をかけられたらしく応対しているが……?
イヒト領主の口ぶりから、それを知っていたかのように感じられる。
どういう意味だ?
「あら、どういうことかしら?」
俺と同じ疑問を浮かべたらしく、奥様が聞いてくださった。
ありがたい。
ナイスです、奥様。
「いやなに。ジャルキース・デファルス殿から頼まれていてな。ウチの馬鹿息子を教育してやってくれ、と」
「馬鹿息子?」
「ほら、サティスに声をかけている少年がいるだろう」
指は差さないものの、イヒト領主は視線で訴える。
なるほど。どうやらアレは仕込まれていたものらしい。
あの小太りな少年が馬鹿息子というわけだ。
「どうにも物事が自分の思い通りに行くと思っている少年らしくてな。一度、手痛い失敗を味合わせるのが良い薬だと判断したらしい。それにはどうすればいいか、と相談を受けたんだ。それならウチの屋敷につれてきてみてはどうか、とアドバイスしておいたのだが……見事にサティスを気に入ったらしい」
イヒト領主はちらりを俺を見た。
「申し訳ない」
それからまた視線を会場に向けて、謝った。
執事に謝る姿を見せるわけにもいかないので、仕方がない。
「あの程度、問題ないでしょう」
と、俺もこっそりとイヒト領主にスキルを使って言っておいた。
「まぁ、サティスにフラれただけで更生するとは思えないが。失敗は経験しておくものだあの年頃だと初恋の可能性もある。死ぬまで忘れないぞ」
「あら。あなたの初恋の話は聞かせてもらっても?」
奥様の鋭いツッコミに、げふんげふん、とイヒト領主はワザとらしく咳き込んだ。貴族であっても、お嫁さんの力は強いらしい。
どこの世界でも同じだなぁ。
「ふふ。あとでたっぷりと聞かせてもらいましょう。ルーシュカとプルクラは大丈夫かしら? どこにいるんでしょう」
奥様が見つけられないようなので、俺が後ろからアドバイスする。
「あちらです」
「あ、いたいた。あらあら、ルーシュカも声をかけられてるじゃないの。あなた、結婚相手が見つかったかもしれませんよ?」
「あれか……いやぁ、ちょっとなぁ……」
長い金髪の男で、どうにもナンパされている雰囲気だ。
イヒト領主が言葉を濁すのも分かる。あれがウチの義理の息子になるっていうと、ちょっと嫌だ。もしもパルがあんなのと結婚するって言ったら、俺は相手を暗殺してしまうかもしれない。
領主さまがハラハラと心配していたが、どうやら別の不安に変わった。ルーシュカを置いて、ルビーだけがその金髪男といっしょに移動していったのだ。
「ん? どうなっているんだ?」
「……もしかしたら、アルゲー・ギギ関連かもしれません」
こっそりと俺は伝える。
アルゲー・ギギの恨みを買った覚えはないが、アルゲー・ギギが懇意にしているという冒険者の恨みは買った覚えがある。というか確実に買った。ケンカを売られたので堂々と買った。
あの時の闘士の仲間があんな金髪の男だったような気がしないでもない。
それを考えると、ルビーはわざと罠にハマりに行ったのか。
物好きだなぁ。
「なるほど。プルクラは大丈夫なのか?」
「問題ありません。場合によっては、俺より強いですから」
特に夜は。
ぶっちゃけてしまうと、人間領で一番強い可能性がある。
殺そうと思っても殺せる存在じゃないので、心配するだけ無駄というものだ。むしろ殺せる方法があるなら教えて欲しい。魔王を倒すヒントになるかもしれないからね。
とりあえずアルゲー・ギギに関連することはルビーに任せておいて大丈夫そうだ。
プルクラが金髪男と会場から出ていくのを見届けているとルーシュカさまがルーシャといっしょにこっちに戻ってきた。
「あれって明らかに怪しいナンパよね」
戻ってくるなり肩をすくめるルーシュカさま。自身の立場を狙うというより、その異質さに勘付いていたようだ。
「付いていかなくて正解だったわ。さすが私の娘」
「うむ。物事を俯瞰で見れるのは成長の証だな。どうだ、そろそろ王都から帰ってくるか?」
おっと。
意外なところでイヒト領主から幽閉終了のお知らせが出たな。
「……いいえ、お父さま。まだやりたいことがあります。もうしばらく王都で暮らしたいのですが、よろしいでしょうか?」
ルーシュカはルーシャを見て、その頭を撫でた。
これからは罪滅ぼしではなく、慈善事業としてメイド教育を続ける、ということらしい。
「分かった。好きに続けるがいい。もちろん困ったことがあれば何でも言ってくれ。資金提供もするぞ。ひとつを除いて、なんでも協力しよう」
「わ、分かっております。大丈夫ですから心配無用です」
その『ひとつ』が大問題なわけだが。
表立ってそれを話せる段階までようやく戻ってきたわけか。
もちろん、知らない人間からしてみれば意味不明な会話なのだが。ルーシャも首を傾げているし。
俺も知らないフリをしておこう。
分からないなぁ。なんのことだろうなぁ。
と、表情を崩しているところへ、今度はフリュール・エルリアント・ランドールとそのメイドであるファリス・クルクが足早にやってきた。
どうにも挨拶をしに来たとは思えない雰囲気がある。
フリュールの表情は、なんとも言えない不安な感じだった。イヒト領主の屋敷を訪ねてきた時の不安そうだったあの表情を思い出す。
その後ろに付いているメイドのファリスも済ましているが、どうにも通常ではなく臨戦態勢に近いものを感じた。周囲に気を張って警戒している状態だ。
「失礼します、イヒトさま。お時間、よろしいでしょうか」
「もちろんだともフリュール。ガドランド殿は大丈夫なのかな?」
一応、フリュールお嬢様がガドランド氏の護衛ということで貴族会議に参加しているはず。その護衛対象を放っておいて、こんなところへ来ても大丈夫なのか。
イヒト領主の疑問に、問題ありません、とフリュールお嬢様は答えた。
「安全な場所に待機してもらっております」
……言い方が少し不穏だな。
安全な場所に待機だって?
それじゃぁ、まるで狙われているみたいな言い方じゃないか。
「なにがあった?」
イヒト領主も同じ疑問を抱いたらしく、少しばかり声をひそめて聞き返した。
「わたくしもアルゲー・ギギについて調べておりましたところ……どうにも藪を突ついて蛇を出してしまったようで……」
歯切れの悪い言い方をしつつ、フリュールお嬢様は周囲を見渡した。
どうやら、相当に都合の悪いことになっているようだ。またしても『やっちまいました案件』なのかもしれない。
「なにがあったんだ? いや、なにを掴んだ?」
イヒト領主の質問にフリュールお嬢様は答える。
「アルゲー・ギギは薬を売っています。いわゆる『気持ちよくなる薬』というものらしくて、かなり危険な物であるようです。なんでも『魔薬』と呼ばれているようですわ」
魔薬。
そういえば、学園都市のギルドマスターの実働担当であるイアから情報を買った時、そういう話もあったな。
確か人間を苗床にして植物を育てているという噂だったか。
それが単なる噂にしろ事実にしろ、ヤバイ薬っていうのは間違いなさそうだ。
「アルゲー・ギギの情報を集めていましたところ、偶然にも当たりを引いてしまったらしく。わたくし、どうにもその魔薬を求めていると勘違いされて。その……気が付けばなにやら仲間扱いされてしまったらしく、あとで集会のお話を頂いてしまいました。パーロナ国の貴族に、それなりに使用者がいるようで、ちょっとこれは……わたくしの手にもお爺様の手にも負えそうにないです」
このお嬢様。
運が良いのか悪いのか。
どうにも、そういうのを引き寄せてしまう運命にいるようだ。神さまに愛されているのか、それともオモチャにされているのか微妙なところ。
今度、是非とも学園都市に遠征してサチを通して大神ナーさまに連絡をとってもらったほうがいいかもしれない。
神さまに直訴できるのは、今のところサチしかいないだろうし。
「その反応を見る限り、あまり表立って言える薬というわけではなさそうだな」
「場合によっては命を落とすから、量には気を付けろと言われてしまいました。わたくし、常習者に思われたのでしょうか。心外です」
ときどき『ハイ』になっている感じがあるからなぁ、フリュールお嬢様。
それを知っていると、確かに薬の影響を疑うかもしれない。
「そ、そういうわけですので、イヒトさま。ど、どうかわたくしの潔白を保障して頂けませんでしょうか。ちょっと調査するだけでしたの。ほ、ホントですのよ」
「分かってる。そう心配しなくても保障しよう。それよりも我が国の貴族に薬物が蔓延しているほうが問題だ。この件は早急に王に報告したほうが良さそうだ。その際に君の名前を出すが、いいかな」
「ほひゃ!?」
フリュールお嬢様が奇妙な声をあげた。
まぁ、王さまに報告するとなると、そんな声をあげてしまうのも無理はない。でも、そういうところだぞフリュールお嬢様。もうちょっと貴族の娘らしい悲鳴をあげないと。
「わ、分かりました。どうぞよろしくお願いします。はぁ」
肩の荷が降りたように、フリュールお嬢様は胸を撫でおろす。
「ところでサティスとプルクラはどちらでしょう? 薬物を盛られないよう気を付けなさい、と伝えようと思ったのですが……?」
会場内を見渡しても、ふたりの姿はなかった。ルビーは金髪男に連れられて出ていったし、パルは少年におんぶされて出ていったのをさっきから見ていた。
ありゃ酔っ払ったフリをしているな。
素晴らしい。
かなり力が入っていなかったので、マニューサピスの毒を使って偽装したのだろう。あれって結構な毒なので、全身の力が抜けるのはいいが……漏らさないか心配だな。
ドレスは借り物だって言ってたけど、かなり質の良い物だった。汚したらおいそれと弁償できる金額ではないことを自覚していなさそうで怖い。
そもそもどこの誰に借りたのか教えてくれなかったんだよなぁ。
かなりのお嬢様であることは間違いなさそうなんだけど、俺に紹介できないということはアレか。物凄い美少女に違いない。
どうせ俺がその美少女に惚れるから、とは無駄な心配をしているんだろう。
まったく。
余計な心配はしなくてもいいっていうのに。それでなくともルビーという通常では抱えきれない物を無理やり背負ってるんだ。
俺にはパルだけで充分だ。
これ以上、他人の人生を背負いきれるものじゃない。
「ふたりなら心配ない」
俺は心配そうなフリュールお嬢様にそう答えた。
「罠に自分からハマりに行っただけだ」
「はぁ。漢探知、ですのね」
「それそれ」
冒険者用語である漢探知。わざと罠を踏み抜いて無理やり罠を解除する方法。
その言葉を知らないイヒト領主と奥様、そしてルーシュカとルーシャは首を傾げるのだった。
むしろ、その言葉を知っているフリュールお嬢様が異端である。
やっぱり薬物の疑いを持たれるのも、不思議ではない。
かもしれない。
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