~可憐! 激昂のサティス・ディスペクトゥス~
ラディオスくんの野望は、あたしが阻止した!
えっへん。
なかなか暗殺者っぽくできたんじゃないかなぁ。
殺してないけど。
ラディオスくんはベッドの上でぴくぴく震えている。マニューサピスの毒が効いてて、まったく動けない状態だった。
体質によっては呼吸まで止まってしまう場合もあるから注意しろ、って師匠に言われているけど、この調子だと大丈夫そう。
それにしても……まったくまったくぅ、って感じだよ。
ラディオスくん。
えっちしたいっていうのは分かるけど、さすがに相手を酔わせて無理やりしちゃうのはどうかと思う。
でも、作戦は悪くなかった。
もしも学園都市でワインを飲んでなかったら、お酒の味に気づいてなかったと思う。
貴族の飲むジュースって変わった味がするんだなぁ~、とか、これが高級なジュースの味なんだな~って適当に考えちゃって、ホントにフラフラになっちゃってたと思うし。
危なかった。
あとマニューサピスの毒を持っていたのも運が良かったよね。
酔っ払いのフリができるし、ラディオスくんを怪我とかさせないで倒すことができた。針の訓練もしておいて正解。
さすが師匠。
こうなることは全部お見通しだったんだ!
……っていうのは、ちょっと都合が良すぎかな。でもでも、ラディオスくんみたいにお酒で相手を酔わせる作戦は使えるかもしれない。
師匠ってば、あんまりお酒飲まないし、好きじゃないみたいなことを言ってた。
つまりそれって、あんまりお酒に強くないってことだ。
そうなるとお酒を飲んで気分が良くなっちゃった師匠は、簡単にあたしに手を出してくれるかもしれない!
ふひひひひひひ。
いやん、師匠ってば大胆~。やだ、ルビーが見てるからあたしの部屋へ行きましょうよ~。あ、そんな我慢ができないなんて~。
うへへ。
そうなったらあたしの勝ちです。
師匠に、一生家族でいてもらうんだ~。
「じゃぁねラディオスくん。もう悪いことしらたダメだからね」
というわけで、意気揚々と部屋から出たんだけど――
「あれ?」
見張り番を頼まれていたラディオスくん専属の使用人? 執事さん? の姿が無かった。
じい、と呼ばれていた人で、あたしの視線とかにも気づいていた。たぶんだけど、ラディオスくんの作戦に協力はするけど不満があった感じ。
むしろ作戦が失敗することを願っていたというか、失敗する前提だったような雰囲気もあったし、そうなるように仕向けていたような気もする。
それを考えると、イヒト領主さまのお屋敷にラディオスくんが訪ねてきた時から、こうなることを踏まえていたのかも?
もしかしてワザとラディオスくんが暴走しちゃうように仕向けていた?
それも考えすぎか。
執事さんの姿が無いのは、あたしが無事だという確信があったから、かなぁ。見張りをする必要がない、っていうのは確かだし。
「なにか別の用事?」
通路に、くわん、とあたしの声が響く。
なんとなく耳がこそばゆい感じは、部屋の中が防音になっていて、一切音が漏れないところから外に出たから、かな。
執事さんがいないのは気になるところだけど、とりあえずパーティ会場に戻って、アルゲー・ギギの対処をしないと。
ラディオスくんは、あくまで『あたしの敵』だったわけで。あたし達の敵であるアルゲー・ギギはまだまだ健在のはず。
師匠は分かってくれていると思うけど、おサボりで外に出たわけじゃないので。
一応はあたしも護衛だからちゃんと仕事しないといけない。
早く戻って報告したほうがいいよね。
なんて思いつつ、通路を見れば――
「ん?」
あたしの影が、異様に伸びていた。
思わず天井を見てしまう。そこにあるのは光を溜めてゆっくりと明かりを放出する魔石。それが一定の間隔で天井に並んでいる。
だから、地下でも影ができる。
でも、場所によっては自分の前にも後ろにも影ができるし、なんなら影にも光が当たってちょっぴり薄くなるはず。
今、見えているあたしの影は、普通の影っぽい黒い色をしていて、普通に濃い色で、なぜか地下通路の奥へ向かって異様に長く伸びていた。
「ルビー?」
こんなことができるのはルビーだけ。
何か伝えたいことがある……のかな……?
「あ」
影が頭のほうに集まって行った。
いや、言葉にしたら意味不明なんだけど、濃ゆい色の黒い影が、あたしの足から離れていくようにズズズっと頭のほうへ集まっていく。
長く伸びていた影の頭あたりで、それは丸い水たまりみたいになった。もちろん真っ黒の水たまりで、まるで通路に穴が空いてるみたいに見える。
あたしはその影の水たまりへ駆け寄ってしゃがんだ。
「なに? なんか用事?」
そう影に聞いてみたけど――返事はない。
まぁ、そっか。
今までルビーの眷属は喋ったことなかったもんね。動物の姿で出てくることが多いけど、耳とか羽とかだけだったりしたし。あんまり生き物って感じじゃないのかも。
でも、なんか用事があるのは確かだろうから、そのまま黒い水たまりを見ていると……ずずず、と今度は別の形になった。
平面的だった影が段々と立体になって、知っている形となって顕現した。
「これって」
仮面だ。
巨大レクタ退治に行ったとき、盗賊ギルド『ディスペクトゥス』として活動していた。その時、特徴を印象付けるために仮面を付けていたんだけど。
その時と同じ、口元だけを隠す仮面。
まるでオーガの牙が並んだような、真っ黒な仮面が顕現した。
「付けろってこと?」
まぁ、それ以外に意図なんて無いと思うけど。まさかこの仮面を蹴って遊べ、なんていうはずないし。
「う~ん?」
とりあえず仮面を付けてみることにした。口元に当てると、まるで吸い付くみたいに勝手に固定される。
仮面を装備した途端――
『おそい!』
って声が仮面から聞こえた。
もちろんルビーの声だ。
「えぇ!?」
思わずきょろきょろと廊下を見渡したけど、ルビーの姿は無い。
『声が届くと以前伝えませんでしたか?』
「そういえばなんか言ってた気がする……こしょこしょ話しか使い道が無いな~って思ってたけど」
『ナイショ話に向いているのは確かですけど。とりあえずヤギの部屋へ向かってください。人が襲われてますわ』
「あ、うん、分かった。……え!?」
襲われてるって、なに!?
『ほらほら、早くしないと死人が出てしまいますよ。いえ、もう死んでる人もいますが』
「なに言ってんの!?」
あたしは慌ててドアに刻まれた動物を見ながら走り始めた。
ヤギ!
ヤギって、ヤギだよね!?
ヒツジとヤギの違いってなんだっけ!?
『共通語ですわ』
「なにが!?」
『いえ、何を言っているのと言われましたので。共通語を話しています』
「ふざけないでよ!」
ヤギ、ヤギ、ヤギ、ヤギ!
どこだ!?
どこどこ!?
「ていうかルビーは何をやってるのさ!」
『拷問中です。いま薬を盛られて意味不明なことを言っている最中ですわ』
「そんなことしてるヒマがあったら、襲われてる人を助けてよ!」
『いえ、わたしが拷問されているのです』
「――は? え? なんで? もう! もうもうもう! 意味わかんない!」
と、叫んだところでヤギのドアを見つけた。
ルビーの状況を理解する前に、襲われてる人を助けないと!
あたしは慌ててドアを開けようとして――なにかイヤな予感を覚えて、踏みとどまった。
襲われてる?
なにから?
この場所で、なにから襲われてる?
……ラディオスくんの執事さんがいなくなった。見張りをしていたはずの執事さんが、襲われたってことだ。
さっきの部屋から、それなりに離れていた場所だったのに?
どうやって見つかった?
どうやって感知させられた?
つまり、それって。
相手は……人間じゃない。
「レッサーデーモン!」
ドアを蹴るようにして開いた瞬間――まるでそれを待っていたかのように、三本の爪があたしの目の前に振り下ろされた。
「っ!」
危なかった。
なんにも考えないでドアを開けば、そのまま不意打ちをくらってた。盗賊としては一番情けない死に方。師匠に笑われちゃうところだ。いや、師匠なら泣いてくれると思うけど。
でも、師匠を泣かせるわけにはいかないので、こんなところで不意打ちをくらってやれない。
「ふぅー!」
大きく息を吐いて、素早く周囲の状況を確認。
敵は――え、キモい。
なんかミッチミチに張り裂けそうなメイド服を着ている赤黒い肌をしていて、人の形をしているような感じの生き物だった。
顔は縦に長く、長方形みたいな角ばった顔。そこにヒビ割れたような筋があちこちに入っていた。黄色く濁ったような丸い瞳に、くちびるの無い割れ目のような口が開いていて、ギザギザの小さな牙が並んでいるのが見えていた。
メイド服から伸びる赤い肌の手足は細くて、まるで棒みたいだった。そこもやっぱりヒビ割れているような黒い筋がいくつも入っている。
細い腕の割りに手は大きい。指の数は四本。人間の小指が無い感じだけど、異常なまでに指が細くて長くて、その先端には鋭利な爪が付いていた。
メイド服のスカートからひょろりと伸びるしっぽ。その先端は葉っぱのような形をしていて、見ようによってはハートマークに見える。
これが――
レッサーデーモンの正体。
メイド服を着てるから、きっと、さっきまでメイドさんに化けていたんだ。
魔物だ。
いや、モンスターって言うべきだ。
でも。
でも。
「お、お控えなすって!」
でも一応は確認ということで、レッサーデーモンに『仁義を切る』をやってみた。
「×××!」
あ、はい。
そうですよね、もちろん『モンスター』ですよね。
もしかしたら魔物種だから、魔王領からやってきた共通語を話せる魔物の可能性もあるかな~って思ったんだけど、ぜんぜん意味不明な言語だったので、モンスター確定でいいや。
『それ、魔王さまにもやってましたけど……共通語が話せる魔物でも普通は応対不可ですわよ?』
「うるさいなぁ。拷問されて喜んでる人は黙っててよ――って、うわぁ!?」
まるで犬みたいに飛び掛かってきたレッサーデーモン。掴まれたらおしまいなので、あたしは下をくぐるようにして避けた。
位置が入れ替わり、あたしは部屋の中、レッサーデーモンは通路になる。
部屋はそこそこ広いけど……服とか倒れてる人がそれなりにいた。執事服を着てる初老っぽい人は、ラディオスくんのじいさんだ。
やっぱりレッサーデーモンに捕まってたんだ! 意識はないけど、呼吸はしてるっぽい。良かった。
「ぱ、パルヴァス……?」
「え?」
その声に。
あたしは思わず振り返ってしまった。
部屋のすみっこで。
たった一本の、小さな小さな針にすがるように。ガタガタと腕を震わせながら、縮こまるように針をかまえていて。
血で赤く染まった片足で。
綺麗だった金髪が乱れに乱れていて。
「うあ、あああああああ……!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で。
「ベルちゃん!?」
あたしの友達が、泣いていた!
その瞬間――
あたしは叫んでいた。
「おまえぇ!」
通路に飛び出たレッサーデーモンをにらみつける。
くちびるの無い、ただ単純に割れているだけのような口を開けて。
そいつは、にちゃぁ、と笑った。
「あたしの友達に何してんだあああ!」
ベルちゃんを助けないといけない。でも、守るように戦ってたら絶対に不利だ。
部屋の中には他にも人がいる。
全員を助けるためには、あたしから攻めるしかない!
「アクティヴァーテ!」
初手、切り札。
足首に装備したマグを発動させ、レッサーデーモンを重くした。ビクっと身体が震えるのを見て、あたしはそのままヤツに体当たりを喰らわせるように突っ込んだ。
向かい側のドアを破壊する勢いで、あたしとレッサーデーモンは転がり込む。
ちくしょう!
シャイン・ダガーを持っていれば、このままレッサーデーモンを刺し殺せたのに!
でもドレス姿じゃ装備できなかった。
持っているのは『針』と『毒』だけ。
ドレスに仕込んでいた針を引き抜き、レッサーデーモンの顔に刺す。目を狙いたかったけど、追い払うような手の動きに邪魔されてしまった。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ!」
呼吸が荒くなる。
ダメだ、ベルちゃんが捕まっていたことに血が登っちゃった。
冷静にならないと。
「ふぅー」
大きく息を吐き、両手に針を装備しつつレッサーデーモンを見た。
顔に刺さった針など、ものともしていない。
あたしは半身になるように身体の位置を調整し、スカートをゆっくりとめくり上げた。太ももに装備しているツールバック。そこから投げナイフか、小瓶に入っているマニューサピスの毒を取り出したかったのだが――
「×××!」
「くっ!?」
その隙を許してくれない。
また犬のように飛び掛かってくるレッサーデーモン。同じように下をくぐったら危なそうなので、あたしはベッドへダイブするようにその攻撃を避ける。
クッション性能は抜群。そのまま枕を持ち上げ掴みかかってきたレッサーデーモンに向かって、逆に体当たりをするように突っ込んだ。
顔面に押し付けるようにして枕を押し付けると素早くレッサーデーモンの後ろへ回る。
盗賊スキル『影走り』!
「こんにゃろー!」
まだ上手くできないけど、枕で視界を奪った今なら、なんとかできる!
もつれそうになる足を踏ん張りながら、魔力糸を顕現。丈夫さを選んだから毛糸みたいになっちゃったけど、知ったこっちゃない!
「おあああああああ!」
そのままレッサーデーモンの首に魔力糸を巻き付け、思い切り後ろから首を絞めた!
「げげげげげぎゃ!?」
奇妙な悲鳴をあげつつレッサーデーモンは暴れる。
効いてる!
このまま絞め殺せば――
「うぎゃっ!?」
レッサーデーモンは暴れるように壁に背中側から体当たりをした。もちろん、後ろにはあたしがいるので、壁とレッサーデーモンに挟まれる。
衝撃で息がつまり、力を弱めてしまった。
振りほどくように魔力糸を掴んだレッサーデーモンはそのまま魔力糸を掴むあたしごと、力任せに投げ捨てた。
「ぐぇ」
通路でバウンドして奇妙な声をあげてしまう。天井も地面も分からなくなって、どこを見ているのか分からなくなって、ようやく身体が止まった。
「パルヴァス!」
ベルちゃんの悲鳴にも似た声が聞こえた。
またヤギの部屋に戻ってしまったらしい。
痛い。
息ができないくらいに、痛い。
でも、柔らかい物……犠牲になった人たちが着ていた服に突っ込んだおかげで多少は大丈夫。
「あ、ああああ! パルヴァス、起きて!」
ベルちゃんの悲鳴。
レッサーデーモンが来たんだ。
早く、早く立たないと……!
「うぎぃ!」
痛い。ポーションを飲みたい。
でも、そんなヒマもない。
入口から、レッサーデーモンがにちゃりと笑い、なんとか立ち上がったあたしを見て、大きく腕を振り上げた。
爪。
爪での攻撃。
防御しないと――!
「くっ!」
手に持っていたのは魔力糸だけ。それを天井に向かって掲げるようにかまえて、なんとかレッサーデーモンの爪を防御し――
「あっ」
爪は、あたしの魔力糸をたやすく切り裂いた。
だから。
そのまま爪はあたしに振り下ろされる。
「パルヴァス――!」
ベルちゃんの悲鳴を聞きながら。
あたしの身体は。
レッサーデーモンの三本の爪で、引き裂かれたのだった。
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