~流麗! 楽しく楽しむ拷問タイム(薬)~

 わたし、気絶させられました!

 なんていうと、吸血鬼なのに何をやってるんだ? なんて馬鹿にされそうですが。でも面白そうなので相手の策に乗ってあげようかと思いまして。

 フリです。

 あくまで、気絶したフリ。

 ほら、この愚かな男性の方って――

 自分のほうが強いと思い上がってるじゃないですか。

 こんな可愛らしくて美しい十年ほどしか生きてない美少女が自分より強いわけがない。

 なんて。

 とんだ思い込みですわね。

 もっとも。

 人間種と考えれば、それが普通なのですが。

 エルフのような尖った耳をしていれば、多少は警戒されたかもしれませんし、ドワーフのように、少しむっちりとしていれば種族を確認されたかもしれません。さすがにハーフリングみたいに気まぐれで自殺志願者のような行動はとって――とってますわね、わたし。ちょっとハーフリングっぽいところがあるかもしれませんが、違いますのであしからず。

 そう。

 わたしの種族特徴は口の中にある牙ですので。

 牙といっても長く尖っているわけでもなく、ちょっぴり犬歯が長い程度。血を吸う時だけ活躍する便利な牙。

 見た目でわたしを吸血鬼だと看破するのは不可能でしょう。

 ですが、同情はしません。

 なにより、この冒険者。

 師匠さんとの力量差も計れないほどの愚か者でしたからね。彼我の差が判断できないのにケンカを売るな、でしたっけ。師匠さんの講義でした。あれはわたし達に言ったのではなく、この冒険者にも言っていたはずですが……

 まったくもって師匠さんの言葉が響いてない様子。

 仕方がありませんので、このわたしが教育してさしあげましょう。


「……」


 というわけでわたしは、女の子のお腹に遠慮なく拳を叩き込むという卑劣な行為を受けて気絶させられて、そのまま肩に担がれて運ばれて行きました。

 さすがに貴族のパーティが行われている最中で、しかも夜という時間帯。人通りは皆無に等しく、目撃者はゼロ。幸いな事に騒がれることなく拉致されることができていますので、たっぷりと楽しめそうですわね。

 更に贅沢を言うと、この男の血が美味しそうだったら文句の付けどころが無いのですが……残念ながら、普通です。不味そうでも美味しそうでもない。

 いえいえ。

 選り好みするようなグルメではないのですよ、ホントは。

 これも全て師匠さんの血が悪いのです。

 あんなに極上で美味しい血を飲んでしまったら、もう普通の血なんて楽しめません。今まで美味しいと思っていた物が、実は泥水だった。そんな感覚ですよ、まったく。

 あとでたっぷり師匠さんの血を舐めさせてもらいましょう。

 無遠慮に担がれて運ばれていく場所は……予想通り地下でした。確か一番奥にアルゲー・ギギが寝泊りをしているんでしたわよね。

 恐らく、そこでわたしに対する拷問が始まるのでしょう。

 わくわく。


「ちっ」

「……?」


 小さく舌打ちをして、方向を変えた様子。ちらりと目を開けて周囲をうかがうと、どうやら区画を仕切るための壁に隠れたみたいですわね。

 なんでしょう、と思ったらコツコツと靴音が通り過ぎていきました。

 安堵するような呼吸がわたしを担ぐ男から聞こえたので、危うく目撃されてしまうところだったらしい。

 もうちょっと上手くやりなさいよ。

 無計画もいいところじゃないですか、ほんと。

 ちらりと顔をあげて確認すると――通り過ぎていったのはメイドでしょうか。小柄なメイドさんが地下から地上へ上がる方向へ向かって歩いているところでした。

 居残りの仕事でもあったのでしょうか?

 大変ですわね。

 わたしは今から拉致られて拷問されちゃったりする予定ですので、気にしないでくださいまし~。

 と、そんな感じでメイドさんを見送りつつ廊下の一番奥まで連れられてきました。扉に鍵は付いていないのか、そんな素振りもなくガチャリと音がして中へと入れられる。

 そろそろ真剣に気絶した演技をしておいたほうが無難でしょう。だらーんと力を抜いて目を閉じておきました。

 なにやら乱暴に肩から降ろされたかと思うと、椅子に座らせられた感じでしょうか。そのまま肘置きに腕が拘束されるようにベルトを巻かれました。

 同じように椅子の足に足を拘束されて、完全に動けない状態にされてしまいましたわね。

 まぁ、この程度ならばいつでも外せますので、問題にもなりません。


「おら」


 男がペチペチとわたしの頬を叩いた。

 目を覚ませ、という合図でしょうか。

 面白いので素直に起きてなんかあげません。


「おい、こら、おい!」


 短気ですわねぇ。

 ペチペチと叩いていたのがすぐに本気になったじゃないですか。思いっきりぶん殴られましたけど、これって逆に意識が戻らなくなるのでは?

 この状態で好き放題に殴らせるのも面白いですが、ここは目を覚ましておきますか。


「……ん、ここは……?」

「やっと目を覚ましたか」

「あなたは……なっ、これ……なにをするつもりです!」


 ガチャガチャ、とわざとらしく手と足の拘束をゆする。あまり強くやると引きちぎってしまいますので、それっぽく加減をしながら演技をしました。

 なかなか楽しい。

 もしかしてわたし、演技者の才能があるのかもしれません。

 舞台女優を目指してみようかしら。


「暴れても無駄だ。スティングレーの革で作ったベルトだからな。そう簡単にちぎれると思うなよ」

「……スティングレー?」

「物の知らねぇ馬鹿だったか」


 ふん、と鼻を鳴らした男。わたしのお腹を蹴るようにして後ろへ椅子ごと倒した。

 一応は悲鳴をあげておきましょう。


「きゃぁ!?」


 絶対に拘束が外れないっていうパフォーマンスのつもりでしょうか。

 バターンと後ろへ倒れたあと、男はわたしの胸を踏みつけながら笑った。


「気分はどうだ、ルゥブルム」

「……いたたたた、ひどいですわ。わたしの名前を知っておりますのね」

「あぁ、知っているとも」


 男はわたしの胸倉を掴むようにして椅子を起こした。


「ぐぅ……な、何が目的ですか?」

「目的? そんなもん、おまえの師匠への当て付けに決まってるだろ」

「師匠さんに?」


 あぁそうだぜ、と男はニヤニヤしながらわたしの口元を鷲掴みにした。


「この綺麗な顔がボコボコになるくらいに殴ってやろうか。それともしょんべんが我慢できないくらいに股をゆるゆるにしてやろうか。どっちがいいか選ばせてやろうか?」


 げひゃひゃ、と下品な笑い声をあげながら男は顔を近づける。

 なんと品の無い煽りでしょうか。

 では、ここは気丈にも反抗するのが一番盛り上がるところですわよね。


「思い出しました。あなた、師匠さんにいいように転がされた方ですわね。直接復讐ができないからと言って弟子のわたしを狙ったということでしょうか」

「あぁ、そうだぜ。間違いない。おまえの師匠には勝てないが、それでもあのおっさんへ復讐することは簡単にできる。こうして、おまえを適当にぶっ壊すだけでいいんだからな」

「声を上げますわよ。助けが来たらあなただってタダでは済みません」

「いいぜ、やってみろよ」


 ふ~ん。

 許可したということは、防音が行き届いている、ということでしょうか。それとも誰もこんなところへは来ない、ということかも?


「誰かー! 誰か助けてくださいましー!」


 一応は叫んでおきましょう。

 まぁ、誰も来ないでしょうけど。


「へ、へへ、はははは! 無駄なのにご苦労なこった。この部屋は特別製でよ、どんなに叫んだところで外には声が聞こえない。便利な部屋を作ってくれて感謝だよなぁ、パーロナ国王に感謝しとけよルゥブルムさんよぉ」


 そう言って男はわたしは殴りました。

 遠慮の無い一撃。加減はしてそうですが、それでも女の子を殴って良い威力ではありません。


「ぐっ、い、いたい……なにをするのですか」

「なにをするもねぇよ! 殴るに決まってるだろ!」


 頬、目元、鼻頭、と三発ほど殴られました。

 まだ腰の入っていない腕だけのパンチ。

 それでも、女の子の顔を殴るような威力ではありません。わたしじゃなくてパルが受けていたら危ないところですわ。


「やめ、やめて……! ひっ!?」

「おらおら、どうした! まだ始まったばかりだぜ!」


 顔を殴られたあとはそのまま胸のあたりを殴られ、お腹も遠慮なく殴られる。


「お、おご……い、いたい……や、やめ、て……!」

「やめるわけねーだろ!」


 今度は思い切り蹴られて、わたしはまた椅子ごと後ろにひっくり返りました。


「ほら、どうした。まだ気を失うのは早いぜ」


 倒れたままのわたしの腕を男は蹴り上げる。普通なら相当痛そうなので、ぎゃー、と悲鳴をあげておきました。


「や、やめてくださいまし!」

「ダメだね、やめない」


 肩のあたりを踏みつけられる。鎖骨というのでしたっけ。普通に折れますわよ、そんなことをされたら。


「よっこいせっと! げはは!」

「ひぃ!?」


 髪の毛をつかまれ、そのまま引っ張られるように椅子を起こされました。抜ける抜ける、髪の毛が抜けてしまいますわ。

 どうしますのよ、美少女がハゲになったら。

 あとで犯すつもりなんでしょ!?

 綺麗なままで犯しなさいよ、普通に!


「おうおう、丈夫なこって。くさっても冒険者か。なかなかいいサンドバックだなぁ、ルゥブルム」

「……あ、あなたも冒険者なら、こんな復讐はおやめになったらどうですか?」

「は?」


 返答の代わりに殴られました。

 理不尽。


「冒険者らしい復讐だろうが。冒険者ってのは、あらゆる手を尽くすんだよ。無理難題を知恵と勇気で突破するのが冒険者ってもんだろ、あぁ?」


 正論でした。

 ん?

 正論ですわよね。

 ぐぅの音も出ないほど正当性のある冒険者らしい復讐方法でした。


「……じ、自己研鑽をするのも冒険者ではないでしょうか。より高みへの自分の技術を高めていくのも冒険者らしい姿だとわたしは思いますけど」

「美しいねぇ!」


 また殴られました。

 理不尽。


「でもそれじゃぁ遅ぇだろ。おっさんがじいさんになった状態で勝ったところで意味が無ぇんだよ。今すぐ、弱いままのオレが強いおっさんに復讐できるからこそスカっとすんだ。弱いヤツに勝ったところで、そりゃ弱い者イジメにしかならんからな」

「い、今、わたしにやっていることは弱いイジメでは?」

「おう。だから気分がいいよな!」


 右、左、と二発殴られました。

 理不尽。

 答えも理不尽でしたけど。


「おらおら、とりあえず気がすむまで殴らせてもらうぜ。一回やってみたかったんだよな、生身の人間をサンドバックにするのをよ!」


 というわけで、わたし。

 殴られ続けました。

 まぁ、受け答えをするつもりがなくなったようなので、適当に悲鳴をあげつつ合わせておきました。

 ダメージはゼロです。

 適当に影の能力を使って血に偽装する感じで流したりはできるのですが……顔の形はさすがに変わりませんからねぇ……できるのかしら……?

 吸血鬼に変身スキルとか有ったりする物語もあることですし、もしかしたら隠された能力がわたしにあるのかも!

 と、頑張ってみましたが今さら新しい能力に覚醒するわけもなく。

 綺麗な顔のまま血っぽい物を流すのが精一杯でした。


「ぐはぁ……ひぃ、も、もうやめてくださいまし……痛い、痛いですぅ……」

「おうおう、随分と弱気じゃねーか。まだまだ続くぜ、おら! はは! ひゃはははは!」


 それが興に乗ったらしく、また随分と殴られましたわね。

 これ、普通だったら死んでもおかしくないと思いますけど?

 というわけで、ぐったりしておきましょう。


「う……あ、あう……」

「さすがに限界か。なんだなんだぁ? 綺麗な顔してんのによぉ」


 鼻血とか口からそれなりの量の血を流してるんですけどねぇ。結構ブザマな顔になってると思いますわよ?


「にしても、あいつ遅ぇな。金髪のほうを捕まえるのに、どんだけ手間取ってんだ?」


 おや、仲間がいるようですわね。

 しかもわたしだけではなく、パルまで狙ってるとは。

 強欲、ここに極まれり。

 いくら師匠さんに手も足も出ないからって、相当に卑怯な復讐方法ですこと。

 仕方ありませんね。

 眷属としてネズミさんを放っておりますが、パルに気を付けてと警告しておきましょうか。

 師匠さんの命令で地下を調べておいて、と言われましたが。わたしがこの部屋に連れてこられたので、その必要も無くなりましたし。


「……」


 あら?

 ちょっとこれは、どうなっているんでしょう……? あら? あらららら?

 えぇ。

 なんか色々と起こっていますわね。

 まずはこっちを優先させてパルに連絡でしょうか。それから師匠さんに連絡するのが良い感じになりそうです。

 ふむふむ。

 まだ余裕がありそうですし、わたしはこの状況を楽しみたいので。助けに行くのは本当にピンチになってからでいいでしょう。


「おら、口を開けろ」

「……?」


 あら。

 気が付けば、口元になにやら薬品を押し付けられてましたね。

 なんでしょう、これ。

 鼻をおさえられ、無理やり口を開かされる。そのまま口の中に薬品が入れられましたが……なんか嫌だったのでゲボッと咳き込んでおきました。


「飲めっつってんだろうが!」


 殴られました。

 だから、理不尽!

 分かりましたわよ、飲みます飲みます。なんですか、これ? 神さまの威光を示す太陽の力、とかだったら、わたしこの場で燃え上がりますからね! 比喩表現じゃなくて物理です。燃えますから。

 なんて思いつつ、ごっくんしました。

 あ、これ――


「あ。ああああああ……!?」


 やべぇ薬ですわ。


「あば、ばばびゃばばば、あ、あ、あ、ああああ!」

「おおう、即効だなおい。こいつは魔薬って呼ばれててな。気持ちよくなる薬だ。本来なら煙を吸うんだが、こいつは濃縮した液体でよ。一発で頭をイカれちまうだろ」

「そ、そそそそあばややややややっややややっや」

「ひひひっ! そうだよ、それだ! その顔がみたかった!」


 男がわたしに顔を近づけてくる。


「だ、だだだだ、だずげ、だずげでえええええええ! あば、あばばばっばばばばっばばばばばっばば!?」

「ひひ! ははは! はははははははは!」


 男は満足そうに笑い。

 わたしをまた殴り始めるのでした。

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