~姫様! 人生最悪の日~

 夜。

 貴族の方々の会議が終わって、いよいよパーティが始まります。


「ふぅ」


 本番が近づいてるかと思うと、ちょっぴり緊張しますね。

 まぁ、特になにをするわけではないのですが。

 でもパルヴァスちゃんをびっくりさせるには事前にバレてはいけないので、そっちを考えるとやっぱり緊張してしまいます。


「すいません、何か飲む物を持ってきてください」

「はい、ベルさま。水がいいですか? それともジュースでしょうか」

「う~ん。お誕生日ですのでジュースをお願いします」


 かしこまりました、とメイドさんが取りに行ってくださいました。


「ベルさま、あまり水分と取られますとトイレに行きたくなりますよ」


 マルカがまるで教養を教えてくださる先生みたいなことを言った。

 なんでしょう?

 ちょっとムカつく。


「分かってますよ。ですが緊張するんですもの。ジュースぐらい飲ませてください」

「別にベルさまは登場するだけで、踊ったり歌ったりする必要はありませんよ?」

「分かりませんよ? 周囲に踊れや歌えと強制させられるかもしれません。こういう晴れやかな舞台で芸のひとつも見せられないとは情けない王族だ、と陰口のように笑われるのはわたしなのですから」


 まぁ、歌えと言われれば歌いますし、踊れと言われれば踊ります。

 その道で生計を立てている方々には足元にも及びませんが、それでもそこそこ出来ると自負はしていますので、たぶんきっと大丈夫。


「どんな貴族ですか、それ。国家転覆を狙われてる末期状態じゃないんですから」


 王族が嘲笑されるようになったおしまいなのは確かです。

 そうならないようにするのも王族の役目でしょうけど。


「わたしのことよりマトリチブス・ホックの皆さまは大丈夫ですか? パーティに浮かれて警備がおろそかになっていたら、お父さまがブチギレますよ」


 言葉遣い、とマルカに叱られました。

 分かってますぅ。

 ワザとでーす。


「安心してください。ベルさまには指一本触れさせません。甲冑装備のまま警備をする者とドレス姿で警戒する者とに分かれております。毒見役は私が務めますので、すすめられたからといって食べたり飲んだりしないでください」

「それはパルヴァスちゃんからでもダメですか?」

「ダメです」


 はぁ~、とわたしは盛大にため息をこぼしました。


「パルヴァスちゃんがわたしを暗殺するはずないと思うけど?」

「お酒を薦められたどうするつもりですか?」

「一気に飲み干してドヤ顔をしてやります」

「だからダメなんですよ」


 マルカのケチ、とあっかんべーをしたら、やめてください、と叱られました。

 王族というのはこうも感情表現が難しいものですか、まったくまったくぅ。


「ジュースをお持ちしました」

「ありがとうございます」


 わたしの胸の内に芽生えた反抗心。

 こうなったら絶対にトイレに行ってやるんだから!

 というわけで、メイドさんが持ってきてくださったジュースをグラス一杯、一気飲みしてやりました。


「あぁ! ちょっとベルさま~」

「ふふふふふ。けぷ。ふふふふふふふ」


 もっとおかわりするつもりでしたが……い、今のわたしにはこれが限界のようです。

 さすがに夕食が終わったあとですので、そんなに入りませんわね。

 おなかがタプタプになってしまいそうです。


「もう。絶対にトイレに行きたくなるじゃないですか、それ」

「その時は個室の中まで警備してくださいね」

「いやですよ。もう何歳になったと思ってるんです?」

「11歳です」

「そのとおりですので、そんな自慢気な顔はやめてください。来年には成人ですよ? もう立派なお姫様なんですから、トイレの世話なんてしません」

「分かってます。わたしだって末っ子の姫として自覚はあります。お兄さまやお姉さまが可愛い可愛いと甘やかしてくださるのが、もうそろそろ終わるということぐらい知っているんですから」

「その自覚がお有りでしたら、是非とも普通にしてください」


 普通って何ですか、普通って。

 お姫様の普通を教えて欲しいものです。


「いいじゃないですか、お誕生日会の日ぐらいは」


 気持ちは分からなくもないですが、とマルカはしぶしぶ答えた。

 それらのやり取りを聞いていたメイドさん達は笑っているので、少なくともわたしの気持ちを理解してくださっていると思います。

 ちょっとくらいワガママでもいいじゃないですか。

 なにせ、今日はわたしのお誕生日会でもあり、人生最良の日なのですから。


「ベルさま、そろそろお時間です」


 マトリチブス・ホックの方が呼びに来ました。甲冑を装備していますので、表立った警備を担当しているようです。


「はーい」


 貴族の方々のパーティは、あくまで貴族の物。初めからわたしの誕生日会だ、とやってしまうと、それは貴族の物を王族が奪うことになってしまう。

 あくまでお誕生日会はオマケという扱い。

 と言いますか、正式なお誕生日にはお父さま、お母さま、お兄さまとお姉さま、いつもお世話をしてくれるメイドさんにマトリチブス・ホックの騎士たち、みんなそろって盛大にやりましたからね。

 本日はそのオマケというか、お父さまがわたしを貴族の方々にお見せしたい、という願望みたいなものの表れでしょうか。

 こういうのを『親バカ』というのでしょうね。

 もしくは『王さまバカ』。

 というわけで、わたしの出番はパーティの中盤あたり。でもスタンバイはその手前から。出発する前に遺恨は解消しておきましょう。


「はい、マルカ。仲直りです」


 わたしはマルカに手を差し出しました。


「……ベルさまのそういうところ。好きですけど嫌いです」

「なになに、ケンカしたの?」

「ベルさまのいつものヤツです」

「あぁ~。マルカはベルさまのこと好きだもんね~」


 やかましい、とマルカがガツンと同僚の鎧を殴っている。


「さぁ、参りますよ。盛大にお祝いしてもらいましょう」


 騎士とメイドを後ろに控えさせながら自室を出た。さすがにお城の上階には『敵』となる存在がいるはずがないのですが、それでもマルカは警戒しているように周囲を見渡してから、わたしの後ろに付く。

 そういえば――

 パルヴァスちゃんが調査していたレッサーデーモンは見つかったのでしょうか?

 まさかお城で魔物が発生するなんて思いもよりませんでしたし、そんな話なんて聞いたことがなかったので、びっくりです。

 お姫様には関係ない、なんていうつまらない理由で話が来ていないとすると、ちょっぴり悲しい。


「……」


 ちょうど廊下の窓から、あの井戸が見えました。

 そういえば先日も、夜も遅い時間に井戸を調べている人がいましたね。もしかしたら、あの人もレッサーデーモンを調べていたのかもしれません。

 手を振ってしまったのは、もしかしたら邪魔をしてしまった可能性もあります。

 やはり、情報伝達は大事ですわ。

 そんな失敗……というか、余計なことをして邪魔をしてしまったというか。そういうこと心配してしまいますもの。関係の無いことでも教えて欲しいです。


「ベルさま、こちらでお待ちください」

「はい」


 一階へ降りて案内されたのはパーティ会場の横にある控室のような場所。音楽隊の演奏が漏れ聞こえてくる場所で、わたしはちょこんと座りました。

 タイミング的にはまだまだパーティは序盤でしょうか。皆さま、お食事を楽しんでいる最中ですから、今から出て行ってはそれこそ邪魔してしまいますね。

 しばらくは待機しましょう。

 ふふ。

 今ごろパルヴァスちゃんは美味しい料理を楽しんでいるかしら。お城の料理、気に入ってくださるといいんですけど。

 準備というか、頃合いが整うまで待っていると――


「ん……」

「どうしました、ベルさま」

「案の定です」

「はい?」

「おトイレに行きたくなりました」


 はぁ~、とマルカは盛大にため息を吐いた。


「ふふ、作戦通りです。さぁさ、マルカ。警戒しつつおトイレまで護衛をお願いしますわね」

「分かりました。ちゃんと警備させてもらいます」

「はい。でも特別手当は出せませんよ?」

「いらないです。遠いんですから、先に済ませてくだされば良かったのに……」

「え? わざわざ上まで行きませんよ。近くに皆さんが使ってるおトイレもあるでしょ。そこでいいですわ」

「いや、それではさすがに――」

「なにも外でする、なんて話ではないですから。王族のおしっこも貴族のおしっこも平民のおしっこも同じですよ。下水に混ざれば、全て同じです」

「ベルさま下品です」

「真実です。きっと神さまのおしっこも同じですから。下水を綺麗にしてくれて、魔物を退治してくださる冒険者の方々には感謝しませんと」


 はぁ~、とまたしても盛大なため息を吐くマルカといっしょに控室から出ました。

 他にも大勢の方々が付いて来ようとしたのですが、拒否しました。

 たかがトイレです。

 トイレひとつ行くのに、大勢をお供しないといけないなんて、逆に情けないですからね。

 マルカだけで充分です。

 貴族パーティに全員参加しているからか、廊下に人気はなくてちょっぴり不気味。いつもは人が多くいますので、そのギャップでちょっと怖い感じがしました。

 しーん、と耳が痛くなってきそうな感じ。

 なんだか心細い気がします。


「む」


 そんなお城の通路をトイレに向かって歩いていると、マルカが声をあげました。


「ベルさまはそちらで待っていてください」


 柱の影に入るように言われたので、隠れる。マルカはそれを確認して、小走りでトイレのほうへと向かった。

 ちょっと暗くて分かりにくいですが、どうやらトイレの前に男の人がいるっぽいですね。

 貴族の、ちょっと太ってる少年とその執事さんを退散させました。


「今のうちに」

「はーい」


 トイレに到着するとマルカは先に中へと入る。

 安全を確かめてから、わたしはトイレの中へと入りました。どうやら先客がひとりいらっしゃるみたいです。

 問題はないだろう、ということでマルカは入口で待っててくださるみたいで……わたしは個室に入りました。

 せっかくのパルヴァスちゃんとおそろいドレスを汚しちゃったら大変ですので、細心の注意を払いながらおトイレを済ませました。


「ふぅ」


 自分でやっておいてなんですが……やるんじゃなかった。無駄に面倒なだけでしたね。嫌がらせのつもりが自分に返ってくるなんて。

 世の中、上手くできているものです。

 因果応報というか、自業自得というか、自縄自縛といいますか。

 そんな言葉を考えながら個室から出ると……


「――、そこ――メイド――」


 と、なにやら声が。


「?」


 マルカの声らしきものが聞こえてきました。なんでしょう? メイドさんに何かあったのでしょうか?

 疑問に思いながら身だしなみをチェックして、トイレから出ると――


「へ?」


 一瞬にして目の前が真っ暗になりました。

 え?

 なにか目に当てられ――


「ん!? んんんんんー!?」


 混乱していたら、口が布のようなものが当てられて声が出せなくなった。

 なになになに!?

 なんですか!?

 サプライズ!?

 え!?


「へへ、ラッキー、ラッキー。獲物がこんなとこでひとりでいるなんてよ」


 獲物!?

 な、なんのことですか?

 え、あ、も、持ち上げないでくださいまし!


「んんん! んんんんん!」

「うるせー! 静かにしねぇと、こうなるぜ」


 え?

 熱い……ちが、痛っ!

 え? 痛い……あ、足が痛い……!?

 こ、これ、もしかして足を切られた……?


「そうだ、大人しくしとけぇ。じゃないともう二度と歩けなくなっちまうぜ、お嬢さん」


 ど、どう、どうして……?

 なんで!?

 あ、ああ、あああ!

 助け、助けください!

 誰か!

 誰か助けてください!

 マルカ!

 マルカはどこに行ったんですか!?

 誰か!

 誰か助けてください!


「おっと、待ってくださいそこの人」


 あ、誰か、誰か分かりませんが声をかけてくださっています。そうです。わたし、襲われてますから、止めてください!

 さっきの貴族の少年でしょうか、それとも執事さんのほうでしょうか。

 どちらでもかまいませんので、お願いします!


「そのレディは、こちらにも用事がありますので。渡してくださると嬉しいのですが」

「は?」


 は?

 な、ななな、なにを言っていますの!?


「おいおい、イケメンの兄ちゃん。こっちも依頼でやってるんでね。そうホイホイと渡すわけにもいかないな。ぼっちゃんの許可を得てくれよ」

「こっちも相棒が欲しがっているんだけど。ふ~ん、ぼっちゃんとやらは、その子をどうするつもりだい?」

「さぁてね。嫁にする気らしいから、犯すんじゃないのか」

「なるほど。気に入った」


 なにが!?

 え!?

 た、助けてくださるんじゃないんですか!?

 犯す?

 ちょ、ちょちょちょっと待ってください!

 わたし、これから犯されるんですか?

 やだ、やだやだやだ!

 嫌だ、嫌よ! 嫌だ!

 助けて! 助けてください!

 誰か、助けてください!

 お願いします!

 今日は――

 今日は人生最良の日じゃなかったのですか!?

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