~姫様! 人生最良の日~

 今日はわたしの人生最良の日です!

 わたしは自室にて、午前中にあった出来事を思い出していました。


「くすくす」


 楽しかった。

 ホントに楽しかったのです。

 毎日の生活が退屈していたのではありません。今日が、特別なだけ。それくらいに、さっきの出来事は楽しかったです。

 サティスちゃん――

 いいえ。

 パルヴァスちゃんとのちょっとした『冒険』はとても楽しいものでした。まさか自分の住んでるお城に地下があったなんて!

 どうりで、あっちには近づいちゃいけません、と言われていたわけです。

 確かに危険な物はあるでしょうし、ふつうに考えて皆さまのお仕事の邪魔になるので、近づいてはいけない理由は分かるのですが。

 正直に言ってくだされば、普通に近づきませんのにね。

 わたしのことを、そんなワガママな姫だと思っているのでしょうか。

 心外です。

 それも地下があったこと自体を隠されているなんて、思いもよらないじゃないですか。

 しかも!

 そんな場所で貴族の方々をえっちな御もてなしをしていたなんて!


「むふ」

「ベルさま。顔が」


 おっと、いけない。

 わたしは顔をキリっと元に戻しました。


「顔がどうしました、マルカ」

「……ごまかすのが上手になられましたね」

「これでも末の姫ですので!」


 どやぁ、と胸に手を置いて誇らしげな表情を浮かべたのですが……マルカは嘆息しました。


「褒めていませんよ」

「分かっております。冗談です。上流階級の会話にはユーモアが必要なんでしょ? 語彙の豊富さとセンスを魅せないといけない。道化を演じるわけではありませんが、それでも愚者の真似事は必要です。まぁ、その点でいきますとパルヴァスちゃんは完璧でした」

「そんなに気に入られたのですか、あの娘が」


 はい、とわたしはうなづく。

 そのままベッドに飛び込もうかと思いましたが、寸前で踏みとどまりました。今はドレス姿ですからね。変にシワになってしまうとメイドたちが大騒ぎをしてしまいます。

 まったくもって『立場』というものは厄介ですわ。

 なにせ、わたしのドレスにシワが寄っていると笑われるのはわたしではなくメイドたち。あとで叱られるのもメイドたち。わたしには何のダメージも及びません。責任はわたしにあるというのに。

 いっそのこと、シワが寄っていることも分からない厚顔無恥なお姫様と揶揄されたほうが楽というものです。

 人の上に立つということは、とてもとても重いこと。

 だからこそ、皆さまはわたしのことを大事にしてくださいますし、それなりの目で見てくださいますし、そういう存在として扱ってくれる。

 それが窮屈だとは思いませんとも。

 姫として生まれた限りには、それを背負って生きていくのは当たり前です。

 嫌だというのなら、全てを捨てて生きてから言うべき言葉です。自分に都合の良い物だけを選ぶなんて、そんな都合の良い人生があるわけが無い。

 でも。

 面白いことがありました。

 今日、出会った女の子。わたしと同じような長い金髪で、似たような身長で、ちょっぴりわたしより痩せていたあの子。

 ニセモノとみずから名乗る――サティスという偽名を使っていたパルヴァス。

 その正体は盗賊で、貴族の護衛をするためにお城にやってきていたパルヴァスちゃん。


「ふふ」


 思い出すだけで、笑みが漏れてしまう。

 初めは、わたしと似たような子がいるなぁ、と思って後を付けたのでした。マルカに聞けば、やっぱり後ろ姿はわたしにそっくりみたいなので。

 髪の色合いが似ていることもあるんだけど、やっぱり身長が同じくらいっていうのが決定的なのかしら。

 とにかく、興味を惹かれたので声をかけてみることにしました。貴族のようですし、上手くいけば面白い話が聞けるかもしれない。

 出会いはインパクトが大事ですし、姫であるわたしから話しかけては相手を萎縮させてしまう。

 というわけで、マルカに肩車をしてもらって、おどかしたのが正解でした。

 結局のところパルヴァスちゃんは貴族ではなかったのですが。でもでも、楽しく面白い話と出来事があったので、大正解です。

 それに。

 それ以上に。

 パルヴァスちゃんは、ちょっと間が抜けていて――言葉は悪いですが、わたしにとって都合が良かったのです。

 だって。

 だってあの子ったら。

 わたしのこと、知らないんですもの!

 まさかお姫様が肩車するはずなんてない、みたいな思考が働いているのでしょうか。それともお姫様がお城をフラフラと歩いているわけないと思ったのでしょうか。

 とにかく、わたしのことを一切知らないおかげで、パルヴァスちゃんと友達になれました。

 ふふ。

 きっと今も、わたしのことを貴族の娘と思っているに違いありません。

 情報収集を怠るなんて、ダメな盗賊ですねぇ~パルヴァスちゃんは。今ごろは師匠さまに叱られているんでしょうか。だったら悪いことをした気分です。

 でも。

 もしもまだわたしの正体に気づいていなくって。

 夜のパーティに、『お誕生日のお姫様』として登場した時のパルヴァスちゃんの顔を想像すると――


「ふへへへ」


 これが笑わずにいられますか、っていうもの。

 びっくりして大口をあけてこっちを指差すパルヴァスちゃんを見るのが楽しみですわ!


「ベルさま、顔」

「おっと」


 ぺちん、とわたしは自分で両頬を叩きました。気合いを入れないと顔が緩んでしまいますわね。


「そんなに気に入ったのでしたら、ここへ呼んでしまえばいいでしょうに。そうすれば正式な客人として迎え入れられますよ?」

「む。マルカは何も分かっていませんね。パルヴァスちゃんは、わたしが普通の貴族だと思っているから、友達になれたのです。きっとお姫様だと知ったら『普通』ではいられませんわ。だからもう少し。もう少しだけ、友達を続けさせてください」

「……そうかもしれませんね」


 マルカはそう言って、目を伏し目がちにしながら頭を下げた。

 わたしの近衛騎士団『マトリチブス・ホック』。マルカをはじめ、いろいろな騎士たちがいますが……その誰もが『友達』にはなってくれませんでした。

 年齢が離れているから当たり前、ということもあります。

 でもやっぱり、姫と騎士の関係というのが大前提となっています。

 仲良くはなれます。仲良しです。冗談を言い合えます。時には怒られたりケンカをします。たまにはいっしょにお風呂に入ることもありますし、食事をいっしょに取ることもできます。

 でも。

 やっぱりわたしは姫で、彼女たちは騎士。本当の意味で『友達』になれることはありませんでした。

 それはメイドたちもそうですし、貴族の娘たちもそうです。

 友達という間柄の前に『姫とメイド』『王族と貴族』という大前提のようなラインがありました。

 みんな、そのラインを越えることはありません。いえ、わたしもそのラインを越えて近づこうと思ったことはありませんでした。

 ラインを越えたとしても、向こうが後ろへ引くことは目に見えていますから。また新しいラインが間に生まれるだけですから。

 でも。

 パルヴァスちゃんは違いました。

 だってわたしのこと知らないんですから、ラインなんてあるはずがありません。貴族というラインがあったかもしれませんが、ひょい、と軽くそれを飛び越えてきてくれました。

 それがどれほど嬉しかったか。

 だからわたしのラインを飛び越えて手を取ってみたのです。

 楽しかった。

 面白かった。

 刺激的で、わたしにとっては大冒険とも言えることでした。井戸の調査も面白かったですし、地下を歩くのは意識がパチパチと弾けそうなほど興奮しました。

 ですので、今日は人生最良の日です。

 きっと、お誕生日会が終われば――いいえ、わたしの正体が姫だと分かった瞬間、パルヴァスちゃんはラインの向こう側へ行ってしまうでしょう。

 なので。

 なのでもう少しだけ。

 もう少しだけ、友達という期間でいさせてほしい。


「乙女心、というやつですね」

「友情と言ってください。どちらかというと、男くさい話です。殴り合って友情を確かめるタイプ」

「そうでしょうか?」


 マルカは首を傾げて考えている。


「これだからマトリチブス・ホックはダメなのです。もっと本を読みましょう。これなんかいいですよ、男同士の友情を描いた騎士同士の物語です」

「いやぁ……本はちょっと」

「えぇ~。読みましょうよ、語りましょうよ。主人公の心情描写はなかなか良い物があります。もう友情と恋愛は紙一重という感じで、むしろ愛情にも思えます。命をかけて守るものがあり、背中を預けるパートナーとの関係。むしろ愛です。男同士の恋愛物語と言っても過言ではないでしょう」

「過言では?」

「過言ではないのです!」


 ほらここ、とわたしはページをめくり、主人公とライバルがお互いを認め合って抱きしめ合うシーンを見せました。


「読んで!」

「は、はぁ……」


 マルカに本を渡すと、彼女はその場で座りました。なんでしょう? 本を読む時は座って読みなさい、という教育でもされたのでしょうか。変な教育文化ですわね。

 とりあえずマルカは黙ってそのページを読んだのですが……ふふ、いいですわいいですわ。ページをさかのぼってますわね。

 どうして主人公とライバルがお互いを認め合ったのか、そこが気になるでしょう。えぇ、えぇ、そこに罠があります。なにせ、その少し前では男同士の裸の付き合いがあるのです。

 お風呂シーンです。

 お互いの全裸を見て、その体に刻まれた傷の意味を知る、というシーンなのですが。

 むふ。

 ふひひひひ。

 マジマジとお互いの身体を見つめ合うなんて。

 もうそれって、ラブですよね、ラブ。愛。愛です。

 できれば主人公とライバルの男性的な部分の描写をして頂ければ良かったのですが、残念ながら作者さまはそこまで書いてくださいませんでした。

 挿絵もありません。

 ちくしょう、と思いましたが文句は言いませんでした。

 わたし、姫ですから!


「……」


 ほほぉ、という感じで読んでいるマルカはさておき――


「すいません、着替えたいのですが」

「なにか不備でも?」


 部屋に控えているメイドの皆さんに声をかける。


「いえ、今日のドレスは素晴らしいです。ですが、やはり誕生日会に出席するのですから、それなりのサプライズが必要と思いまして」


 ふふん、とわたしは笑顔を浮かべる。


「パルヴァスちゃんに貸したドレス。あれと似たような白いドレスを用意してくださいな」

「なるほど。ちょっとした姉妹ごっこ、ですね」


 おっと?

 そんなつもりはひとつも無かったのですが……でも、それもステキですね!


「もちろんわたしが姉ということで。ふふ。ということは、ですよ。妹の師匠ということは、わたしの師匠にもなりますわよね」


 盗賊の師匠さま。

 パルヴァスちゃんにお姫様の情報を伝え忘れている素晴らしい御人。

 師匠さまのおかげで、パルヴァスちゃんと友達になれたのですから。

 ここは姉として、お礼に挨拶しないといけませんね。


「あぁ、楽しみですわ」


 ちらりと横目でマルカを見る。

 まだ本の内容に夢中のようですので、今のうちに、とドレスの胸元に隠していた盗賊の針を抜いてベッドの布団の中に隠しておく。

 やりました!

 わたしもそこそこ立派な盗賊になれるのではないでしょうか!

 是非とも師匠さまに教えを願いたいところ。

 お父さまは、ぜったいに許してくださらないと思いますけど。お母さまは笑って許してくれそうな気がします。


「あぁ、お誕生日会が楽しみですわ」


 なにせ。

 今日は人生最良の日なのですから!

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