~復讐! 適当にやってりゃ拉致るくらい余裕~

 オレを馬鹿にしやがったあのおっさん。

 名前をエラント。

 くそ生意気な老害盗賊野郎。

 あのおっさんに現実を理解させてやるために必要なのは、おっさんが大事にしてる弟子を無茶苦茶にしてやることだ。

 そのためにクソつまんねぇ貴族連中のパーティに参加したわけだが――


「ふん」


 特に面白味のない連中が、特に面白くもなんともない普通のことを話してやがるだけ。新しいなにかをするつもりもねぇし、新しいことを話し合うつもりもない。

 既存の物事を確認しあうだけのような話がゴマンと溢れていた。

 全員が全員、腹の中に何かを抱えたまま。それを吐き出しもしない。なにが会議だ。なにが話し合いだ。

 実りある腹の探り合い、と訂正したほうがいいんじゃねーのか。どいつもこいつも、上っ面だけの会話をしてやがる。

 音楽の鳴り響く中、適当に歩き回りながらそう思った。

 アルゲーのヤツは会場のすみっこでひっそりと話し合いを進めている。ここ数日で随分と客を集めたようだが……帰り道の危険度が跳ね上がってる気がするな。

 どんだけ稼いでいるんだよ、あのおっさん。

 盗賊に狙ってくれ、と言わんばかりの金貨の枚数だ。

 もっとも――


「帰りにゃ、ガキがふたり増えてるだろうし。オトリにでもすりゃいいか」


 金髪と黒髪。

 こんなところで解放してやる訳にはいかんよなぁ。大事に大事に国に持って帰ってやるつもりだったが……

 エラントが大事にしているガキを襲ってきた馬鹿な連中にさしだして、好き放題になぶられるのをエラントに助けさせるっていうのも最高かもしれん。


「もらうぜ」

「えぇ、はい」


 ウェイターが怪訝な表情を浮かべながらも差し出したトレイから酒を取り、一口あおる。さすがに貴族が集まるパーティの酒。一級品なのは言うまでもない。

 庶民には滅多に飲めないレベルの酒が飲み放題とは贅沢な話だ。ちょっとくらい庶民に回してくれてもいいだろうに。

 これだから貴族連中は嫌いだ。

 力も無いくせに無駄に偉そうにしているヤツは、かたっぱしからぶん殴ってやりたくなる。


「あぁ、イヤだイヤだ」


 親から引き継いだだけの力を、さも自分の力だと思って振りかざす。

 その姿に反吐が出る。

 ここにいる連中を全て殴り倒したら、さぞ気分がいいことだろうに。


「チッ」


 それを可能にできない自分にも、反吐が出そうになる。いっそのこと魔物でも襲ってこないだろうか。どさくさに紛れて殴り倒して魔物にさせだせば、さぞ愉快なことだろうよ。


「はん」


 窮屈に首をしめてくる執事服のネクタイをゆるめ、息を吐いた。結局のところ、面が割れてる今のオレにできることは何にもない。

 ティウネが上手くガキどもを外に誘導してくれるのを待つだけだが――


「さっそく声をかけてやがる」


 あいつにはもうちょっと『待つ』という空気感みたいなものは分からないのか。


「あぁ~ぁ~。怪しいだろうが」


 まだパーティが始まって間もないっていうのに、もう黒髪に声をかけてやがる。いや、正確には黒髪が護衛をしている貴族の女に、か。

 両手の指を確認する限り独身である可能性は高そうだ。

 それを考えると、ティウネが声をかけても問題はない……か。


「楽しんでる? どうかな、いっしょにお話でも」


 軽薄な貴族の男をティウネは演じているつもりだろうが、オレから見てみればホンモノと遜色ない。なにせ、軽薄な貴族っていうのはティウネみたいな野郎だからな。

 女を見れば声をかけないのは失礼。

 なんて、素で言ってみせる馬鹿な種族は『軽薄な貴族』とカテゴライズしていいだろうよ。

 馬鹿が服を着て歩いている、とオレが揶揄したところでティウネは笑って受け入れた。


「いいね、それ」


 なにが気に入ったのか、そう言って笑っていた。

 女以外、何を考えているのかさっぱりと分からないヤツだ。むしろ、女のことしか考えてないのかもしれない。


「え? 私!?」


 ティウネに声をかけられた貴族の女は素っ頓狂な声をあげた。

 まるで自分が声をかけらる訳がない、と思い込んでいたようなニュアンスだが……そんな貴族もいるらしい。

 物珍しさに思わず女の顔を見たくなるが、声が聞こえるギリギリの範囲で内容をうかがうしかない。

 こんなところでバレたら台無しだ。


「あら、ルーシュカ姉さま。良かったじゃないですか、ナンパですわよナンパ」

「この私に?」


 黒髪に言われても貴族の女は納得していないようだった。

 はははは、ティウネが信用されていないのはある意味でいい気味だ。

 なまじ顔が良いからコロっとアホな女どもは騙されて、無駄に捨てられるのを見てきたが。中には顔で判断しないマトモな女もいるじゃねぇーか。


「ないない、私なんてもうおばさんって年じゃない。プルクラよ、プルクラ。こっちの娘に声をかけたんでしょ?」

「ん~、どちらかというとあなたに声をかけたんですけどね」

「え、ホントに?」


 本来ならここで女は喜ぶような表情を浮かべるものだが……より一層と怪訝な声になった。

 世間の常識に相当な疑問を持ってるというか、あんまりマトモな貴族じゃなさそうだな、あの女。いや、ある意味マトモな感性を持っているのかもしれん。

 まぁいい。

 問題は黒髪をどうやって引き連れて外に出すか、だ。まさか護衛対象の女をナンパしておくので、その間にオレにどうにかしろ、ってんじゃないだろうな。

 そうなったらティウネもアルゲーの魔薬漬けにしてやる。おまえとの冒険者稼業もここまでだ。楽しかったよ。


「悪いけどお断りさせてもらうわ」


 ハハ。

 マジでフラれてやんの。


「う~ん、僕は年上が好みだったんだけどね。でも声をかけちゃった手前、単純に去っていくのは失礼になるので、そっちの黒髪のお嬢ちゃんはどうかな?」

「あら。わたしはあなたより年上に見えるのでしょうか。傷ついてしまいますわ」

「いやいや、僕が年上好きっていうのは、年齢を経た女性のほうが美しいと思っているからさ。でも君は今でも充分に美しいと思うからね。年齢は問題じゃない」

「お上手なこと。――」


 黒髪が何かを言った。

 だが聞き取れない。ちらりと様子をうかがうと、どうやら後方に控えるメイドに何かを言っているようだ。向こう側を向いているので上手く聞き取れなかった。

 そうこうしていると、少しばかり人の流れが変わった。執事服を着ている手前、なにもせずに一ヶ所で止まっていると悪目立ちしてしまうので、場所を移動する。

 その後もなにやらティウネと黒髪が言葉を交わしていた。

 会話が聞き取れない距離まで離れたので、なにを話しているのか分からないが……それなりに上手く話が進んでいるようだ。


「では、少しだけ付いてきてくださるかしら?」


 その前に、と黒髪はお皿にいろいろな料理を盛っていた。あとで食べるつもりか。まったくもって無駄な行為で笑えてくるな。

 黒髪と貴族の女、そして貴族に仕えるメイドと共にティウネは移動する。オレもさりげなく料理を取って適当に移動するフリをしながら追いかけた。

 テーブル席まで戻った黒髪はそこに座っていた貴族の夫婦に話しかけている。依頼主でもあり護衛対象でもあるジックス領主とその妻だ。

 その後ろにエラントが控えているのだが、視線を向けるのはやめておく。ただでさえ盗賊っていうのはやべぇヤツらだ。チラっと視線を向けただけでこっちを特定してくる『視線恐怖症』みたいな頭のおかしい連中の集まり。

 特にオレは面が割れている。

 ティウネは適当に話しかけていた程度だから問題ないが、向かい合って戦闘までしてしまったオレではリスクが高かった。

 おっさんに視線を向けるのは絶対に避けないといけない。

 思い出させれる前にさっさとケリを付けたいものだ。


「許可が出ましたわ。うふふ」


 なにをどう話したのかは分からないが、ティウネが黒髪を釣りだすのに成功したらしい。

 アレか?

 貴族の娘のフリをしている、ということで誘われた限りには話を受けるのは筋、みたいな考えなのかもしれない。

 阿呆め。

 まぁ、狙われているのが貴族ではなく護衛のほうだとは普通は考えないので当たり前か。

 のんきに執事のフリを続けてるがいい、マヌケなおっさん。

 その間におまえの大切な弟子が後悔しても遅すぎるほどに無茶苦茶にしてやるからな。せいぜい安全な場所で何も危険が無い夫婦とその娘を守ってな。


「ん?」


 そんなことを考えつつ、先に会場から外に出て準備しておくか、と出入口の仰々しい扉に向かう途中――


「おいおいおい」


 金髪がデブと楽しそうに飯を食っていた。

 なにやってんだ、あのクソガキ。護衛のくせに普通に食事を楽しんでるじゃねーか。師匠が阿呆なら弟子も阿呆だ。


「笑えるほどマヌケな師弟だな、おい」


 とりあえず様子をうかがうか。

 あのデブの執事のような初老がいたので、オレは足早に近づくと気配を消して初老の後ろに付いた。

 金髪は顔が赤くなっていて、足取りがおぼついていない。どうやら体に力が入っていないようだ。

 酔っ払っているのか?

 確か子ども用には果実ジュースが配られていたはず。

 なのに、金髪は酔っている。


「ふひひ」


 デブの忍び笑いが漏れ聞こえた。

 ふーん。

 なるほど。

 そういうことか。

 このデブも金髪狙いってことね。オレ達がわざわざ動かなくとも、おっさんの弟子は馬鹿なデブに犯されてたってわけだ。マヌケめ。

 ただ、それだけじゃ復讐にならねぇな。

 たかが処女を失う程度でおっさんが一回泣く程度ではオレの尊厳は回復しない。金髪がデブの性奴隷として一生を過ごす、なんてアホみたいな荒唐無稽な話でもないかぎり。

 しかし、これは好都合。逆にチャンスだ。

 デブから金髪を強奪することくらいたやすい。

 この隙を狙って金髪を奪えるかもしれない。

 そう思ったが、後ろで仰々しい扉の開く音がした。ちらりとうかがえばティウネと黒髪が会場から出て行ったようだ。

 おいおい、もうヤリに出ていくのかよ。

 行動が早いというか、あの黒髪の貞操観念はどうなってんだ?

 まったく、これだからクズは困る。


「まぁいい。さっさと黒髪を終わらせるか」


 酔っ払った金髪はいつでも拉致れるだろう。なにせ、デブが外に連れ出してくれるだろうしな。

 ならば、先に一撃で黒髪を仕留めればいい。


「ふっ」


 息を吐き、体の中の魔力を練る。『気』だとか『闘気』だとか、そういう表現をするヤツらが多いが、オレはこの力を単純な魔力だと思っている。

 それを拳と足に集中させつつ、オレは会場から外へと出る。物々しく開く扉だ。できるだけ、開閉を少なくしたいのは扉を管理するヤツらも同じだろう。

 オレはティウネと黒髪を追うように、扉が閉まってしまう前に外へと出た。

 暗く静かな城内。

 貴族も護衛もメイドも使用人も、その全てが会場内に集まっているせいで、周囲に人の気配は無かった。

 いや。

 あったとしても問題ない。

 なにせ、狙われているのは貴族の娘ではなく。

 ただの護衛のガキなんだから。


「――」


 月明かりも星明かりも入ってこない壁際の闇へ入る。素早く移動し、そこからちらりとティウネに視線を送った。

 さりげなく後ろへ下がるティウネ。

 それを確認した瞬間――

 オレは床石を蹴り砕くように踏み込み、一足飛びで黒髪へと迫った。


「まぁ!?」


 驚く顔を浮かべる黒髪。

 この一瞬に気づくとは褒めてやろう。

 ただし、驚いていてまったく対応できていないマヌケだがな!


「おらぁ!」


 拳を思い切り腹へと叩き込んだ。にぶい感覚が腕に伝わり、確かな手応えがある。防御も何もできなかった感触だ。ましてやドレスを着ていて防具すら装備していない。

 確実に仕留める一撃だった。


「おげぇ」


 なにやらマヌケな悲鳴が聞こえたが、黒髪は思い切り吹っ飛び、通路にごろごろと転がった。


「おっさんの講義は役に立ったか、ああん?」


 うつ伏せで転がった黒髪の頭を踏んづける。意識は無い。まったくもって簡単な『作業』だったな。戦闘ですらない。


「あぁ~ぁ~。女の子のお腹を殴るって、外道にも劣る卑劣さだと僕は思うけど」

「これからぶっ壊すガキに何言ってんだおまえ」

「妊娠させたら面白いなって思っただけ。でもこれじゃぁ一生子どもが産めないお腹になっちゃったかもしれないじゃないか」


 なに言ってんだこいつ。

 どっちが卑劣だ。

 おまえのほうが外道じゃないか。


「オレはこのガキを運んでおく。金髪がデブに狙われてるから、そっちは頼むぞ」

「え? なに? どういうこと?」


 把握してねーのかよ。

 舌打ちをしてから、黒髪を小脇に抱えつつティウネに状況を説明してやった。


「ふ~ん。簡単に誘拐できそうだね」

「頼むぞ」

「分かった。金髪ちゃんは任せておいて。黒髪ちゃんと金髪ちゃん、どっちが気持ちいいかなぁ。楽しみだ」


 ふん、と鼻を鳴らしてティウネを見送る。

 オレはさっさとこいつを地下室に運んで、とりあえずボコボコに殴ってみるか。それとも新しい魔薬の実験に使ってみるか。

 なんにしても――


「ちょろい復讐だったな」


 魔物退治のほうがよっぽど大変だ。

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