~愚息! 作戦名は『酔』~

 パーティが始まった。

 鳴り響く宮廷音楽家たちの演奏は、まさに僕が偉大なる人間種になるのを祝福しているように感じる。

 大人に成るときがきた。

 その偉大なる一歩には、偉大なる音楽が付いてくるもの。

 まさに、舞台は整った、と言えた。


「じい」

「はい。なんでございましょう、ぼっちゃん」

「身だしなみをチェックしてくれ」

「承りました。ぼっちゃんからそんな命令を頂けるなんて、じいは嬉しい限りでございます。願わくば――」


 じいの言葉を待ったが、そこから先は出てこなかった。


「なんだ?」

「いえ、なんでもございません」


 じいはいつものように頭を下げると、身だしなみを整えてくれる。

 パーティが始まってからも、大人たちはアクセクと人脈づくりに勤しむように動き回っていた。

 それではせっかくのパーティが台無しだ。

 なんて思いながら、じいにチェックをしてもらい整えてもらった。

 これから僕の少しだけ早い成人の儀式を行うっていうのだ。服装に乱れがあってはカッコが付かない。

 最後に少しだけ襟を正してもらって、問題ありません、という言葉をじいからもらう。


「うむ」


 と、僕はお父さまみたいにうなづいた。

 パーティの流れはだいたい決まっている。

 まずは食事会のように立食パーティとなって、お腹が満たされ、酔いがまわってきた頃にダンスパーティとなる。

 お酒が飲めない者にとっては、酔いの頃合いなどどうでもいい感じがするが……酒が飲めない貴族というのも情けない話だ。

 だがしかし。

 今日はその『お酒が飲めない』を利用させてもらう。


「ふひ」


 これから起こることを想像して、思わず笑ってしまった。大人になる儀式といっても、それは僕にとってはとても素晴らしいことで。

 もちろんそれはサティスにとっても素晴らしいことだ。

 きっとお互いに気持ちいい思い出になるに違いない。

 ひひひひ、としばらく笑っていると、そんな感情にも慣れてくる。

 笑い声がおさまったところで協力を取りつけた男たちに命令をくだした。


「頼むぞ、おまえたち」

「分かっております、ぼっちゃん。へへへ。そのかわり、報酬は頼みますよ?」

「前払いだけでは不満か?」

「ご褒美が豪華なほうが仕事のやりがいはありますからなぁ」


 だろ? と、ふたり組の男たちは笑った。


「じゃぁ特別ボーナスだ。僕のメイドを自由にしていいぞ。十人くらいでいいか?」

「はは、それはいいですな。では、張り切らせてもらいます」

「頼むぞ。金髪で白いドレスの子だからな」

「確認済みですよ。そうあせらないでください。成功するものも失敗してしまいますぜ」


 任せておいてください、とひとりの男は去って行く。執事服を着ていて、周囲に溶け込むように分からなくなった。

 もうひとりはウェイターの格好をしており、手品のようにトレイをどこからか取り出した。


「ではオレも準備してきます。メイドの件、頼みますよ」

「そっちこそ、失敗しないでくれよ」


 分かってますよ、とウェイター服の男は去って行った。


「ふぅ」


 それなりの前金を払って雇った男たちだ。

 ただのチンピラみたいな盗賊だと思っていたが、いつの間にかウェイターの服まで手に入れているので、腕前は保障されているというもの。そこそこの金を払っただけはある。

 最低でも金額に見合った成果は出してもらいたい。


「ふん」


 会場を見渡すと……貴族の娘たちは大勢いた。

 おおかた未来の旦那でも探しているのだろうが、まだまだ青いヤツばかりだ。なにせ、この僕に一言も声をかけてこないのだから。

 まったくもって見る目がない。

 それもまぁ仕方がないか。

 僕の気持ちはすでに固まっている。未来の嫁候補、なんて生ぬるい言葉ではなく、僕たちはすでに結婚を誓いあったも同然の仲なのだ。

 サティス。

 あぁ、とても可愛いサティス。

 今日はたっぷりと君を可愛がってあげるからね。

 君を本物の女にしてあげよう。

 そして、僕といっしょにしあわせな未来を築くんだ。兄さまたちにも負けない、いや、お父さまを越える立派な貴族となり、素晴らしい領地を得て、歴史に僕という人物を刻み込む。

 その隣には、サティス。君という素晴らしい妻がいてこそ、だ。

 そう。

 今日はその歴史書の一ページに書かれるべき日。

 僕とサティスの愛が結ばれる日なんだ!


「お飲み物をどうぞ」


 本物のウェイターがジュースを持ってきたので受け取っておく。ぶどうジュースか。飲み飽きているけど、仕方がない。

 サティスもきっと飲んでいることだろうし、味わっておくか。

 音楽が止まり、誰か知らないが長ったらしい爺の挨拶も終わったところで乾杯となった。意味不明なジョークは分からなかったが、まぁ適当に合わせておく。


「それなりだな」


 ジュースを一口飲んで、あとはじいに渡した。

 パーティが正式にはじまり、ガヤガヤと騒がしくなる。再び音楽が鳴り響き、周囲に人の動きが出始めた。

 よし。

 まずはサティスを見つけて観察だ。

 最初から鼻息を荒くして会話を迫ってしまっては、落ち着きのない犬のように思われてしまう。待て、もできないアホでは、千年の恋も冷めてしまうというもの。

 無論。

 その程度で僕を見限ってしまうほどサティスは愚かな女ではないだろうが。それでも落ち着いた姿、良いところを見せるのが男というものだ。

 僕は子どもでもないし、ましてやマヌケな大人でもない。

 恋愛の駆け引きなど、たやすいものだ。

 家で勉強をしているより、よっぽど簡単にこなせてしまうので。もしかしたら、僕は恋愛の天才なのかもしれないな。

 こんなまわりくどい手を使わずとも、サティスは普通にオトせるのではないか。

 僕が一目見て、女にウィンクを送るだけでたちまち落ちるのではないだろうか。


「と、調子に乗るのは良くないな」


 念には念を。

 99%を100%にしておくのも悪くない。いや、1%でも失敗する確率があるのであれば、それをゼロにしておくのは当たり前という話でもある。

 なるほど。

 大人どもが会議の始まる前から根回しをしている理由が分かった。余計な労力をかけているように見えたが、これが一番の安全な近道だったということか。

 ふふん。

 僕も大人の考え方ができるようになってきたわけだ。

 やはり、このやり方で間違っていない。


「さて」


 サティスを探そう。

 僕は会場内を歩いてまわる。

 会議はすでに終わったというのに、それでも根回しをする貴族もいれば、関係づくりのために動いている者もいる。

 思惑が見えれば苦労はないが、それが見えないからこそ、というわけだ。


「ラディオスさま、ごきげんよう」


 と、後ろから声をかけられた。

 チッ。

 声をかけられたのならば、挨拶しなければならない。

 これが大人のつらいところだな。


「あぁ、君は……えっと?」


 見覚えのある少女がいた。見上げなければならない程に背の高い帽子に白い羽をたくさん付けた、ゴテゴテに着飾った少女。

 見覚えはあるけど、名前は覚えていない。


「ふふ、冗談がお好きですね。マーデュですわ、ラディオスさま」


 そんな名前だったな、確か。

 どうでもいいから覚えてなかった人物だ。


「お父さまもお母さまも大人の相手をして退屈しているのですわ。ラディオスさまもそうでしょう?」

「まぁな。でも僕は退屈とは思わない。これが大人の世界だからね」


 口を大きく開けて驚く女。

 そんな変なことを言ったか?


「ステキですわ、ラディオスさま。さすがです」

「ふふん」


 当たり前だろ。

 わざわざ言われるまでもない。


「で、なにか用事か?」

「このあとのダンス。是非とも踊ってくれませんか?」

「ふ~ん」


 なんだ、この女も僕に惚れているのか。

 面倒だな。僕はサティスと愛の儀式をしないといけないっていうのに、この女と踊っている時間は無い。もちろん、その後にもベッドで愛を語り合う必要があるから時間を作ることは不可能だ。

 サティスを妻に迎え入れたあと、愛人でよければ付き合ってやってもよいが。

 それをストレートに言って、断ってしまっては女を傷つけることになってしまうからな。


「分かった。誰も相手がいなければ、よろしく頼む」

「ラディオスさまはモテますもの。それでは私の相手をしてもらえないことになってしまいます」

「ん? あぁ~、そうなるのか」

「予約です、予約。私が一番ですからね」


 女は僕に近づくと、お願いします、という感じで体に触れてくる。

 化粧をしているのか、香水のにおいなのか、食欲が無くなるようなにおいがした。あまり気分の良いものではないな。


「では、のちほど」


 女はそう言って去って行った。

 どうせ他の男にも同じように声をかけているのだろう。小汚い手を使う女だ。

 僕に余計な時間を使わせないで欲しい。

 今はサティスを探している最中だというのに。


「お」


 そうこうしている間にサティスを発見した。

 料理を運んでいるらしく、ちょっと早足だ。他の人にぶつかってしまわないか心配だが、サティスは器用に移動していき、テーブル席へ料理を運びきった。

 どうやらあの貴族に料理を運んでいたらしい。ジックス、だったか。のんきに食事を楽しむようではあるが、いろいろと話しかけられている。

 サティスは何事かを話したあと、再び料理の並ぶテーブルへと移動していった。


「よしよし」


 うまい具合にサティスはひとりになっている。

 場合によっては、メイドや執事を引き離す必要があったが、それはいらない心配だったようだ。

 僕は少し時間を置いて、サティスのあとを追った。

 ガヤガヤと騒がしい会場に音楽が鳴り響く中、まるで偶然のように彼女に再会するのも悪くない。

 僕はそっとサティスに近づき――


「やぁ、また会ったね」


 何度も練習したとおりの言葉を彼女に告げた。


「んお?」


 サティスは僕の声に振り返り――口の中いっぱいに頬張っている食べ物をもぐもぐと咀嚼した。

 ほっぺたがふくらんでいる。

 どれだけ一気に食べたんだ。


「き、君は、まったくもって見た目を気にしないんだな……」


 取り繕う気がないというか、なんというか。

 まさに、素、のサティスを見せてくれている。


「んぐ、ぷはぁ。ごきげんよう、ラディオス・デファルスさま」


 まるでリスのようにほっぺたを膨らませていたのが嘘のように、ごっくん、と食べ物を飲み込んで――サティスはカーテシーで挨拶をした。


「綺麗なドレスだね。君に似合っているよ」


 これも練習していた言葉だ。


「えへへ、ありがとうございます」


 サティスは照れるように笑って、僕にお礼を言った。

 めちゃくちゃかわいい。

 その真っ白なドレスを丁寧に脱がせてあげられるかと思うと、今すぐにでも手を出したくなってしまう。

 でも、そんなことをしたら台無しだ。


「ちょっと話がしたいんだけど、いいかな」

「え? え~っと……」


 サティスはすぐにうなづくと思っていたのだが、不思議なことに言い淀んだ。おかしい。僕が誘っているというのに、なにを遠慮することがある?

 だが、その答えはすぐに分かった。

 チラチラとサティスはテーブルに並ぶ料理の数々を見ている。そして自分の手には空っぽになったお皿。

 なるほど。

 サティスはお腹がすいているわけだ。

 そうだね。

 これからたっぷりと運動することになる。お腹を満たしていたほうが、いっぱい動けるだろうから、良い心掛けだ。


「食べながらでもいいんだけど」

「あ、うんうん! じゃぁ、いいよ。あ、いいですよ」

「砕けた言葉でいいよ。僕と君の仲じゃないか」

「え? あ、うん。分かった。あはは、ラディオスくんはもっと厳格? な感じだと思ってたけど、意外とアレなんだ」


 アレ?

 アレってなんだ?

 まぁ、いい。


「サティスの好きな食べ物ってなんだ?」

「お肉」


 キラキラした瞳で答えるサティス。

 めちゃくちゃ可愛い。


「じゃぁ、あっちがいいかな。あのローストビーフは絶品だと思うよ。切り分けてもらおう」

「お~。さすがラディオスくん。ねぇねぇ、もっと美味しい物も教えてよ」

「いいとも。任せて」


 ふふふ。いい感じじゃないか!

 まるでデートでもしているような雰囲気になってきた。やっぱりサティスは確実に僕のことを好きだ。間違いない!


「じい」

「はい」


 僕は後ろに控えているじいに合図を出した。

 少しだけ離れたじいは、ウェイターに声をかける。もちろん、そのウェイターは僕が金で雇ったウェイターであり、そのトレイに乗っているジュースは『特別』なジュースだ。


「どうぞ、こちらを。サティスさまもどうぞ」

「お~、ありがとうございます。あ、このぶどうジュース美味しいよね」

「そう思って用意していたんだ。乾杯」

「かんぱーい」


 くぴ、と遠慮なくサティスは口をつけてジュースを飲む。先ほどから塩味の多いものを好んで食べていたので喉が乾いていたに違いない。


「ぷは。美味しい~」


 かわいらしく、ほう、と息を吐くサティス。

 目論みどおり気づいていないようだ。

 味の濃いぶどうジュースにはお酒を混ぜてある。もちろん薄まっているので、酔いがまわってしまうのはもう少し後からだろう。

 僕もお酒は飲んでみたことがある。

 少量だったが、それでも体はフラフラになって、気分が高揚した。あとでたっぷりと怒られてしまったのでそれからは飲んでいないが、サティスのような小さい体だと酔ってしまうのも早いはず。

 肉料理を切り分けてもらって、それを食べつつも、サティスはくぴくぴとお酒入りのジュースを飲んでいった。


「ん~ふふ。今日は楽しいね、ラディオスくん」

「あぁ、そうだねサティス。ほら、遠慮しないでもっと飲んで」

「え? うん。……ん、ふぅ。あれ? なんだか暑い」


 顔が赤くなってきたサティスは手でパタパタと顔をあおぐ。ちょっとだけ目がトロ~ンととろけてきたような気がした。

 いいぞ。

 酔ってきた、酔ってきた。

 今すぐにでもそのふにゃふにゃになった身体に触れたいが……もう少しの我慢だ。


「ラディオスくんは暑くない? あたしだけ? んふふ~」


 こんな状態になっても僕を心配してくれるなんて。

 やはりサティスは僕のことが好きに違いない。

 待っててね。

 もうすぐ君の望みを叶えてあげるから。


「僕は問題ないよ。サティスこそ大丈夫かい? あぁ、暑いのであればこっちの冷たいジュースはどうだだろう?」


 ダメ押しにちょっとお酒を強めにいれたジュースをじいから受け取り、サティスに手渡した。


「うん、ありがとう」


 サティスはコップを両手で受け取ると、ほっぺたに当てる。ひやりとした感覚を楽しんでいるのかもしれない。

 それからコップに口をつけて、勢い良くあおった。


「ん……ふぅ……はぁ~……あ、あれ?」


 ふらふら~、とよろめいたサティスはそのままバランスを崩すような足取りになった。くるりと反転して、反対側を向いてしゃがんでしまった。

 おぉっと、大丈夫か?

 ちょっとお酒が強すぎたのかもしれない。


「大丈夫かい、サティス」

「ま、まってまって……よし……いっ、あ、あう。う、うへ~……ひゃへない……あ~」


 ぐにゃり、と体中の力が抜けたみたいにサティスはその場で座り込んでしまった。

 やっぱりちょっとお酒が強すぎたみたいだ。

 だが好都合。

 もう少し時間が掛かる予定だったが、目論みどおりサティスを酔い潰すことができた。


「大変だ、僕につかまって」

「ありがひょー、らひおふふん」


 口もまわってないな。

 ふひひひひひ。

 今すぐその口を僕の舌でなめまわしたいところだが、やめておこう。もうすぐたっぷり楽しめるからな。

 口だけじゃない。

 サティスの全てが僕の物になる。いや、もうなった、と言っても過言ではない。


「ほら、立ち上がって」


 僕が引っ張るけど、ほんとに力が入ってないらしく、ぐにゃりと動かない。加減をしらない馬鹿め。もう少しサティスの身体を気づかって欲しいものだ。

 僕の妻になる女だぞ。

 まったく仕方がない。


「じい」

「分かりました」


 じいにサティスを抱き起こしてもらう。まるで人形のようにひょいと持ち上がってしまうのは、サティスの軽さゆえ、か。

 これなら僕がおんぶしても大丈夫そうだな。


「僕が背負う。サティスを乗せてくれ」

「はい」


 サティスを背負うけど……うん、軽い軽い。ぐにゃりと力が入ってないサティスが落ちないようにしっかりとお尻を支える。

 スカートがふわりと豪勢なだけに感触が遠いな。ざんねん。あとでしっかりとサティスのお尻も堪能することにしよう。


「あ~」


 サティスが背中でキョロキョロとしている。自分の状況が分かっていないらしい。


「休める場所につれていってあげるよ」

「う~」


 ふふ。

 ふふふふ。

 もうすぐだ。もうすぐサティスが僕の物になる。

 たっぷり朝まで楽しもうね。

 僕のサティス。

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